#19 友人
その日の夜。久しぶりに我が家で夕食を共にする母が、私にこんなことを言った。
「キースさんと、何かあったの?」
私は顔に出やすいとよく言われるけど、まさか顔に「キースさん」とでも書いてあったのだろうか?あまりに図星な母からの指摘に、動揺を隠せない。
「い、いや、別に、ななな何にもないよ!」
「そう」
私のこの応えに、そっけない返事をする母。そしてハンバーグを食べながら、母は私にこんなことを言う。
「キースさんのこと、大事にした方がいいわよ。あんないい人、めったに現れるものじゃないわ」
「ももももちろんだよ!いい人だと思うし、大事にしたいと思ってるよ!」
「なら、いいけれど」
私のことを見透かしているのかいないのか、母のこの言葉からはまるで察しがつかない。
が、そこに弟が、無神経なことを言い出す。
「なんだよ、姉ちゃん。さっさとキースさんと結婚しちゃえばいいじゃん!」
まったく、この弟は……まだ子供だからって、適当なことを言いやがって。だがその直後、弟がまったくの「子供」とは思えないことを言い出した。
「俺も、将来結婚しようと思う娘ができたくらいなんだしさ、姉ちゃんもさっさと身を固めなよ」
はぁ?なんだって!?この弟、今とんでもないことを口走りやがったぞ。
「ちょっと待って!なんのことよ、あんたと結婚する娘って!」
「ああ、イルマっていうんだ。同い年の娘でさ」
「ど、どこで出会ったの?あんた友達なんていなかったじゃないの!」
「教室だよ。いま通っている教室で、よく話しているんだ」
ああ、そうか。あの教室でできた友人なんだ。
「で、そのイルマさんって、どこの人なの?」
「平民街に住んでる娘だよ。教室の帰りに時々、一緒にショッピングモールに行ってるんだ」
「そうなの?ってあんたそれ、デートっていうんじゃあ……」
「そうなんだ、デートっていうんだ、そういうの。でも、ただクレープ屋へ行ったり、ピザ食べたりして、話するだけだよ」
いや、平民街出身の娘なら、それでもかなり衝撃的ことをされていると思うはずだ。弟が彼女に奢っているのは、軽く銀貨4、5枚はする食べ物ばかり。そんなものを施されると知ったら、平民街の娘なら皆、ついていくだろう。
「で、結婚云々というのは、あんたが勝手に思ってるだけなの?」
「いや、もちろんイルマにも尋ねたよ。いつか結婚しないかって」
「で!どうだったの!」
「うん、『ヘルムート君となら、いいかな』ってさ」
「あんたそれ……食べ物で釣っただけじゃないの?」
「そんなことないよ!ショッピングモールへ連れていくようになったのは、そのあとなんだからさ!」
「本当に?怪しいなぁ……」
まだ14歳になったばかりで、もう結婚相手と称する娘を見つけてしまった弟。まったく、お姉ちゃんでさえやっと、お付き合いする相手を見つけたばかりだというのに……
「でもさ、彼女といると俺、頑張らなきゃって思うんだよ」
「何をよ」
「いや、早く一人前にならなきゃってさ。結婚したら、せめて今の姉ちゃんやお母さんみたいに、お金稼げるようにならなきゃだめだろう?」
「そりゃ、そうよね」
「だからさ、俺、早く一人前になって、イルマを支えられるようになりたいんだ。それで最近、勉強頑張ってるんだぜ」
「そ、そうなんだ。へぇ……」
まあ、動機はともかく、本人が目指すべき何かを見つけたことは、喜ばしいことだろうと思う。
「てことでさ、俺の小遣い、もうちょっと上げていただけると、イルマも喜ぶんだけどなぁ……」
「はあ?今でさえあんた、毎月、平民街の3か月分の収入に相当するお金をあげてるのよ!?贅沢よ、贅沢!」
「ちっ!いいじゃねえか、ちょっとくらい……」
まったく、半人前のくせに、言うことだけはいっちょまえだ。結婚相手だのなんだのとは、お金を稼げるようになってから言ってほしいものだ。
ところで、実は私にも結婚を約束した相手は、キースさん以前に、いるにはいた。
といっても、ご近所での親同士の約束で、将来一緒になろうってことになっていただけなのだが。
しかも、その相手は5歳で急逝し、その両親も帝都を離れてしまい、いずこかへ行ってしまった。名前ももう、思い出せない。
平民街では、10歳になるまでに半分くらいの子が亡くなる。私と弟は、運が良かった。仲の良かった友人も、何人か亡くなってしまった。
そういえば、近頃はあの平民街に行かなくなったな。私の住んでいたあたりは、どうなっているんだろうか?
その平民街に、たった1人だけ同じ年の友人がいる。ここ最近まったく顔を合わせていないけれど、多分まだそこにいるはずだ。そういえば彼女、どうしているのだろうか?
急に気になったので、翌日の日曜日に、久しぶりに平民街へと向かった。
本当はキースさんと一緒に過ごす予定だったのだが、日曜日だっていうのに急に仕事が入ったらしくて、デートの予定がなくなってしまった。1人寂しく、帝都の平民街をうろつく。
つい最近まで住んでいた場所だけど、ところどころ、変わったところがある。
まず、コンビニができた。無人コンビニだ。平民街でも裕福な人が、この店を利用するのだろうか。店ができたということは、そういうことだろう。
私が住んでいた家のあった場所へ行く。クレープ屋になると言っていたが、確かにそこはクレープ屋があった。しかし、平民街でクレープなんて……と思ったら、これが思いの外、繁盛している。
そういえば、ここの近くには裕福な商家の家がある。最近は宇宙との交易で羽振りがいいようだから、その家族らがコンビニやクレープ屋に来るのだろう。それに、私のように宇宙港の仕事をしている平民も少なからずいるのかもしれない。
そのクレープ屋のお向かいに並ぶ長屋の中に、その友人の家がある。
そこは、クレープ屋にもコンビニにもなっていない。以前と変わらない建物が並んでいる。
その長屋の扉の一つを、私は叩いた。
「あれ?オルガレッタじゃない!久しぶりぃ!」
出てきたのは、私の友人だった。彼女の名はイェシカ。夏生まれだから、歳はもう19歳だ。
「久しぶり、イェシカどうしてるかなぁって思ってね、ちょっと立ち寄ったの」
「うんうん、元気にしてたよ。そういえばオルガレッタ、急にいなくなったから、どこ行っちゃったのかなぁって、心配してたんだよ」
「ごめんごめん。ちょっとね、このところ、いろいろとあってね……」
「そうなんだ……お母さんや弟、元気にしてる?」
「うん、元気だよ」
たわいもない会話が続く。玄関先で話すのはなんだから、近くの広場に行こうってことになった。
「あ、そうだ。あそこのクレープ、買っていこうか」
「ええーっ!?く、クレープって、あれ、めちゃくちゃ高いよ!」
「大丈夫よ。私が買うから」
「いやさ、あれひとつで銀貨4枚もするんだよ?」
「いいよ。それくらい」
「……それくらいって、オルガレッタさ、今一体、どんな生活してるのよ……」
私はイチゴとブルーベリーのクレープを一つづつ買った。イェシカはイチゴの方を選ぶ。
もうすぐ冬。風が寒くなってくる季節。だけどこのクレープはほんのり温かい。初めて食べるこの未知の食べ物に、イェシカは感激している。
「ん~っ!んまい!何これ、こんなに美味しい食べ物だったの!?」
「そうだよ。なかなか美味しいでしょう」
「そりゃ銀貨4枚だもんね。美味しいわけだわ。でも、金持ちか貴族しか食べられないものだから、目の前で売っていても私、手が出せなかったのよね」
「そうだよね……普通、平民街の収入じゃ、無理だよねぇ」
「そうなのよ!だからオルガレッタさ、どうしてこんなもの、ポンと買えるわけ!?」
「あのね、私、ここ引っ越すちょっと前から、あの街で働いているの」
「あの街って……お空から船が降りてくる、あの街のこと!?」
「そう。あの街にある、司令部っていうところで働いているんだ」
「ええーっ!?まさかあなたそこで、いかがわしい商売してるんじゃないでしょうね!」
「違うよ!ほら、ちょうどあそこを飛んでいる灰色の船、駆逐艦っていう船に、荷物を運び込む仕事をしているんだ」
「えっ!?駆逐艦に荷物!?」
ちょうど空を駆逐艦が一隻、宇宙港に向かって飛んでいるのが見えた。それを指差して、私の仕事のことを話す。
また私はイェシカに司令部のことなどを話す。駆逐艦のこと、宇宙での連盟という悪の組織のこと、洗剤やタオルを運んでいること、そして、今の暮らしのこと。
「……ふーん、そうなんだ。オルガレッタは今、あの街で暮らしているんだ」
「そうなの。引っ越してからすぐお母さんが再婚することになってね、バタバタしてたんだよ」
「そりゃあ大変だったよね。オルガレッタのところも、いろいろあったんだ」
「そういうイェシカのところは、どうなの?」
「うん、そういえばお父さんがね、新しい仕事を始めるって言ってた」
「そうなんだ。お父さん、鍛冶職人だよね」
「なんでも、核融合炉っていうやつの部品を作ることになったんだって。それが結構な稼ぎになるっていうんで、お父さん張り切ってるんだけどさ、なんだか怪しくて……」
「どうして?」
「いや、今まで農耕器具や剣や鎧なんてもの作ってたのに、そんな得体の知れないもの作ると、急に収入が上がるんだよ?なにかまずいことに手を出したんじゃないかって、心配になるじゃない」
「そうかな。核融合炉ってとても需要があるよ。私もお世話になってるし……」
「ええっ!?オルガレッタ、その核融合炉ってやつのこと、知ってるの?」
そういえば平民街の人は、すぐそばにあるあの街のことをほとんど知らない。かくいう私だって、ついこの間までそうだった。
「……そうなんだ、核融合炉って、灯りをつけたり、船を動かしたり、便利な化け物を動かすのに使われてるんだ」
「そうだよ。私もね、最初は驚いてたけど、便利だし、だんだん慣れてきちゃった」
「ふうん、あそこはそんなものまであるんだ。私もね、時々あの街に行くけど、平民が行ったところで何か得られる街じゃないからさ、最近はもう行かなくなってたんだよ」
「そう、じゃあ、来週にでもいこうか」
「ええーっ!いいよ。どうせ分かんないし」
「そんなことないよ。私がいいところ教えてあげるからさ」
「そ、そう?じゃあ、行ってみようかな……」
帝都の平民街の広場でクレープを食べがてら、こっちの街の友人と久しぶりに長話をする。気づけばもう、結構な時間になっていた。
「じゃあ、そろそろ帰るね」
「うん、じゃあ、また来週ね」
「あ、そうだ、イェシカ。久しぶりに占ってあげようか」
「ええっ!?いいの?オルガレッタの占い、よく当たるから、助かるんだよねぇ!」
最近は別れ際に占うという習慣が、身についてきたようだ。私はイェシカの手を握って、目を閉じる。
◇
暗い場所だ。うっすらと建物が見えるが、ここは夜の平民街のようだ。
月が見える。半月だ。昨日の晩はまだ三日月だったから、今日から2、3日後くらいの光景を見ているのだろう。
だが、その半月の光に照らされて、人の姿が見える。
2、3人の男が、イェシカの周りにいるのがわかる。その1人は、手には縄のようなもの、別の1人は、ナイフのようなものを持っている。
明らかに普通じゃない。どう見ても、イェシカを捕まえようとしているように見える。
そして1人が手を広げ、イェシカに襲いかかってきた。そのまま男は……
◇
思わず私は、ハッと目を開ける。急に、現実に引き戻される。その反応を見て、イェシカが尋ねる。
「どうしたの!?顔が真っ青だよ!?な、何かあったの!?」
「い、イェシカ、あのね、今私が見た光景は……」
半月の夜に、数人の男に襲われる光景を見たことを話す。それを聞いたイェシカも、顔色が変わる。
「なにそれ!?めちゃくちゃまずいじゃない!人さらいだよ、それ!」
「そうだよ、捕まったらまずいやつだよ!とりあえずさ、夜は家を出ちゃダメだよ!」
「わ、分かった。じゃあ夜の間、家にじっとしてるようにするわ」
そして、イェシカと別れる。宇宙港の街ならば、あんな犯罪は起こりようがない。監視カメラがあちこちにあって、犯罪の現場を見つけると自動的に通報されるし、そもそも犯罪者が少ない。だけどあの街を一歩外に出れば、まだまだとても治安が悪いのだ。
おそらくあのまま捕まれば、イェシカはベーゼホルンの奴隷市場あたりに売り飛ばされて、金持ちの相手をさせられるかもしれない。イェシカって、私よりも胸が大きいから、金持ちの男の受けが良さそうだし。
それから平日を超えて、土曜日になった。私はイェシカに会うため、平民街を訪れる。
「そういえば、オルガレッタさんが以前暮らしていた街に来るのは、初めてですね」
「そうですか?でもここは平民街といって、あまりいいところではないですけどね」
「いえ、歴史ある風格の建物ばかりで、なかなかいいですよ」
一緒についてきたキースさんは、なんだか妙にこの平民街の建物が気に入っているようだ。そんなに面白いのかな、ここ。
それよりも、イェシカのことが気になる。半月の夜は、無事に過ごせたのだろうか?
私の家だったところのクレープ屋を通り過ぎてすぐの長屋の一角の扉を、私は叩く。
すると中から、イェシカが出てきた。
「よかった!イェシカ、無事だったのね!」
「ああ、オルガレッタ……そうね、無事だったわ」
「どうしたの?なんだかちょっと、元気ないけど」
「うん、ええとね……ところで、横にいるのはどなた?」
「あ、こちらはあの宇宙港の司令部ってところでパイロットをしている、キースさんていうの」
「ふうん、つまり、オルガレッタの恋人さんね」
「ええと……そうだね、そういうことになるね」
イェシカの言葉に、私は思わず顔が熱くなる。
「ところで、イェシカの方はどうだったの?」
「実はね……オルガレッタの言う通り、襲われたのよ、半月の夜に」
「ええーっ!?ちょ、ちょっと!あれほど外に出るなって……」
「いや、どうしようもなかったのよ。3日前の夜にさ、突然外で『火事だーっ!』って叫ぶのよ。そりゃ、飛び出すでしょう」
「そ、そうだったんだ。そんなことがあったんだ。で?」
「お母さんと一緒に慌てて飛び出したら、男が1人、私の腕だけを掴んでね。そのまま口を塞いで、3つほど向こうの路地まで引っ張っていかれたのよ」
「なによそれ……最初からイェシカが目当てだったっていうの?」
「うん、そうみたい。で、行き止まりの路地につれこまれて、4人の男に囲まれてさ」
「それで、どうなったの!捕まっちゃったの!?」
「あわや捕まると思ったその時、突然、向こうから大きな声がしてね。『動くな!』って」
「そうなんだ、で、それって一体誰なの?」
「帝都の警備兵かと思ったら、なんていうか……紺色のさっぱりした服を着ててね、あの宇宙港の街の人だって、すぐに分かったの」
ああ、そうか。それは多分、連合の軍服のことだろう。
「で、それからどうなったの?」
「4人のうち2人の男がね、その男を突き返そうとしたの。するとその人、突然手から青白い筋のようなものを出したのよ」
「それって……もしかして……」
「ああ、それは拳銃のビームだな」
それを聞いていたキースさんが応える。イェシカがキースさんに尋ねた。
「あの、拳銃ってなんですか?」
「これだよ。護身用の銃のことだよ」
そういって、キースさんが腰から何かを取り出し、見せてくれた。
手のひらより少し大きなこの仕掛け。ああ、これはフェデリコさんも持っているやつだ。私が司令部で働く直前に、フェデリコさんも私を暴漢から守るために、これを使ったのを覚えている。
「軍人と警官しか持っていないし、街の外なら間違いなくそれは連合の軍人だな」
「そ、そうだったんですか。で、イェシカ、それからどうなったの?」
「うん、その青白い光を見て、男たちは一目散に逃げたのよ。そして私は、その人に連れられて家に戻ったの」
「そうか……そうよね、捕まってたら、ここにいるわけないよね。その人のおかげなんだ」
「そうなの。でもねその人、とても急いでいたようで、すぐに立ち去ろうとしたの。それで私、せめてお名前をって尋ねたのよ」
「ふうん、で、なんて名前だったの?」
「ランベルトって言ってたわ」
「ランベルトさん?」
「そう。でも、それ以上はわからなかったの……」
それでイェシカ、あんなに沈んでいたんだ。確かに、助けてくれた人の名前しかわからないんじゃ、どうしようもないよね。
ところがそれを聞いたキースさん、イェシカに尋ねる。
「もしかしてそのランベルトって人、背が高くて、髪が少し立っていなかった?」
「えっ!?あ、はい。そうです。頭の先が尖ってて、とても背が高かったですね」
「間違いないな……ランベルト大尉だ」
ええーっ!?キースさんの知り合いだったの?その人。私はキースさんに尋ねる。
「あの、キースさんの知り合いなんですか?」
「そうですよ、知り合いも何も、同じ航空隊所属の先輩です」
「ええーっ!?じゃあもしかして、すぐに会えます?」
「多分、ランベルト先輩は休日中、家でゴロゴロしていると思うから、会えると思いますよ」
世間っていうのは狭いものだ。まさかキースさんの知り合いが、イェシカを助けていたなんて。
ということで、私達は宇宙港の街に戻って、ランベルトさんのところへ向かうことになった。例によって、ランベルトさんもあの高層アパートに住んでいるという。
イェシカも、自分を救ってくれた人に会える、彼女は心踊らせながら、3人で宇宙港の街へと向かった。




