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#17 散歩

 私は、近所にあるお店に入る。

 そして、その店の商品棚から、ある品を取る。

 そのまま、店の出入り口に向かう。レジが見えるが、私はレジに行かずその前を通って外に出る。

 やや後ろめたい気持ちと格闘しながら、私は店の外に出た……

 すこし店から離れた場所で、私はスマホを出し、あるアプリを立ち上げる。それは、電子マネーの残高を教えてくれるアプリ。そこには、さっき店から持ち出した品の金額が記録されていた。

 ああ、あれが無人コンビニというのか。本当にレジを通らずに、お金を払うことができるんだ。

 まるでコソ泥のように品をこっそりと持ち出してみたが、お金はちゃっかり取られるのね。さすがはこの街の技で作られた店だ。

 でも、人がいないのはちょっとなぁ……やっぱり私、ああいうお店は苦手だわ。

 無人コンビニというお店を初体験し、悶々としていると、向こう側から誰かが近づいてくる。


「あれ?オルガレッタさんじゃないですか。このようなところで、何をしているんですか?」

「ああ、キースさん」


 それはキースさんだった。こんなところで出会うとは、なんて奇遇な。


「ええとですね、あそこにできた無人コンビニというお店に行ってたんです。本当にレジを通らずに、買い物ができるんだなぁって思って」

「そうですね。まあ、コンビニですから」


 えらくそっけない反応だ。キースさんにとっては、当たり前のことなのだろうか。


「ところで、あのコンビニで何を買ったんですか?」

「はい、『つぶやき広場』で知ったこのお菓子です」


『つぶやき広場』とは、最近この帝都で始まった、スマホを持った人達が街で見つけた情報や自分の趣味を見せるためのサービスだ。SNSともいうらしい。


「ポテトスナック……帝都ジャガイモ味?変わった味ですね」

「それがですね、私の大好きなポテトスナックに、帝都の名が入った味が出たんですよ!でも、あのコンビニでしか手に入らないって『つぶやき広場』には書かれてたんです!これは帝都民として、買わずにはいられないじゃないですか!」

「はあ、そういうものですか……」


 ちなみにこのポテトスナック帝都ジャガイモ味の値段は、2ユニバーサルドルだ。つまり、銀貨2枚。以前の私なら、とても買うことなど叶わなかった。


「キースさんも食べてみます?つぶやき広場によれば、とても不思議な味がするそうですよ」

「えっ!?いいんですか!じゃあ、いただきます!って、ここじゃなんですから、あの公園に行きませんか?」

「そうですね、行きましょう!」


 ということで、キースさんと一緒に公園へ向かって歩く。

 そういえば、キースさんと一緒に歩くの、久しぶりだよね。母の結婚式や中将閣下の無茶振りに振り回されてたから、キースさんと会う暇なんて、なかった。


「そういえば、この間のお母さんの結婚式、すごかったですね」

「ええ、そうですね。あんなに綺麗なお母さんを見ることになるとは、思わなかったなぁ」

「オルガレッタさんも、ウエディングドレスを着れば、同じくらい綺麗になれますよ」

「そ、そうですか!?じゃあ私も結婚式、挙げなきゃいけませんね」

「うん、そうですね……その時は……」


 キースさんは何かいいかけたが、そのあとはなぜか私の顔をじっと見つめていた。

 そんな話をしながら公園にたどり着く。


 地球(アース)122の人が大勢住むこの帝都宇宙港の街は、どこへ行っても私達が想像もつかない仕掛けがある。

 が、この公園は別だ。ベンチという長椅子があること以外は、帝都でもよくみられる広場といった場所だ。土日はこの公園にも露店が立つ。クレープやチュロス、帝都から果物を売る店もやってくる。

 そんな公園の風景を眺めながら、私とキースさんは公園のベンチに座る。


「……どうです?」

「うーん、確かに不思議な味ですね……パサパサしてますが、妙に甘みがある。周りにかかっている塩は、ちょっと濃い味ですね」

「これは多分、岩塩だと思うんです。帝都の近くの山地で取れる岩塩、平民街に住んでる時は、この岩塩にはとてもお世話になったんですよ」

「そうなんですか?でも、岩塩って何に使うんです?」

「そりゃあもちろん、料理ですよ。平民街で食べられる干し肉や豚肉って、そのままじゃ生臭いですからね。岩塩をつけて、臭みを消すんです」

「へぇ~っ、調味料的な使い方をしてたんですね。確かにこれなら、お肉も美味しくなりますよね」


 帝都ジャガイモ味は、確かに帝都周辺でよく取れるジャガイモの味だった。

 パサパサしているが、よく噛むと甘みがあるジャガイモ。その味を、実にうまくポテトスナックに仕立てている。このジャガイモ、毎日食べると飽きるけれど、しばらく食べないとこの味が恋しくなる。そういえば、しばらく食べてないな、帝都のジャガイモ。今度久しぶりに買ってみようかな。

 2人でぼりぼりとポテトスナックを食べる。こういうのも、デートというのだろうか。よく分からないけど、私は楽しい。

 小さな袋のポテトスナックを2人で食べたものだから、あっという間に空になってしまった。私にとっては懐かしい味で、キースさんにとっては不思議な味のポテトスナックだったようだ。


「そうだ、オルガレッタさん。チュロス食べません?」

「えっ!?チュロスですか?」

「ポテトスナックのお返しです。私が買ってきますよ」


 そういって、目の前にあるチュロスの露店に向かうキースさん。そういえば私、あのチュロスという食べ物をまだ、食べたことがない。

 キースさんが戻ってきた。まるで棒のような長い食べ物を、私に渡してくれた。

 うっすらと黄色いこのお菓子は、一見すると硬いパンのようにも見える。一口かじってみる。

 ああ、なんだろうか、確かにちょっと硬いけれど、程よい弾力があって噛みごたえがある。表面には甘い砂糖が塗られていて甘い。でも、表面以外はさほど甘くない。甘すぎず、薄すぎず。この絶妙な味と歯ごたえが、やめられない美味しさを引き出している。


「美味しいですか?」


 キースさんが尋ねる。あれ、私、まだ何も言っていないのに、どうして美味しいと思ってるって、分かったんだろうか?


「美味しいです。でも、どうして私が美味しいと思ってるって分かったんですか?」

「それはオルガレッタさん、顔に出てますからね、美味しいって」


 ああ、そうなんだ。顔に出てるんだ、私。そういえば母も美味しいものを食べると、つい微笑んでしまう。ああいう感じなのだろうか?


「初めて食べますけど、美味しいですね、チュロスって」

「そうですか。良かったです、気に入ってもらえて」


 キースさんといると、心がぽかぽかする。だんだんと肌寒くなる季節。でも、キースさんと一緒なら私、全然寒く感じない。

 その後も、クレープを一緒に食べた。季節に合わせてほかほかの状態で出してくれるその露店のクレープは、心まで暖かくしてくれる。


「で、キースさん、この間の戦闘はどうだったんですか?」

「ええ、比較的短時間でしたから、このあいだのと比べたらまだ楽でしたね。結果的には引き分けでしたが、我々の統率力を見て、しばらく連盟のやつらも攻めてこないでしょう」

「そうですね、その方がいいですよね」


 キースさんやフェデリコさんがそうしょっちゅう命の危険に晒されるのを見るのは、あまり好ましいことではない。できれば連盟の悪魔どもにはこのまま二度と、この星にこないで欲しい。

 キースさんとは、司令部の話や、街の話題などを話す。この間の戦闘での30分はとても長く感じたが、楽しい時間というものは短く感じてしまうようで、気づけばもう2時間が経っていた。

 そろそろ夕方で、寒くなってくる。そういえば、弟のことをすっかり忘れていた。もう、帰らなきゃ。


「そうですね、そろそろ帰った方がいいですね。明日は日曜日ですし、ショッピングモールにでも行きませんか?」

「いいですよ、じゃあ、また明日、お会いしましょう」

「あ、そうだ、キースさん」

「何でしょう?」

「久しぶりに、占ってあげますよ。ちょっと手を出してもらえます?」

「えっ!?いいんですか!?じゃあ、お願いします」


 最近は、ちゃんと占っておけば良かったと思うことが続いたから、念には念を入れてキースさんのこと、占っておこう。

 キースさんのちょっと大きめの手を握って、私は目を瞑った。


 ◇


 ここは、どこだろう。部屋の中だということは分かるが、見たことのない部屋だ。

 でもここは、どこ?布団の上?だけどまだ真昼間だ。周囲は明るい。でも、どう見てもここは、布団の上だ。

 その布団の上に、誰かの顔が見える。って、どうみてもこれは私だ。今度の占いでも、私の顔が出てきた。よっぽど縁があるんだな、私とキースさんって。

 いや……ちょっと変だぞ?どうして私、素っ裸なんだ?

 もしかしてここは、帝都の公衆浴場?いや、どう見ても部屋の中だ。しかも、布団の上。なぜ私は、布団の上でこんな姿でいるのだろうか?


 ◇


 私は、目を開いた。まるで暖炉で暖めたように、顔が熱くなるのを感じる。心臓が、高鳴る。

 私の異変を感じたキースさん、心配になって尋ねる。


「ちょっと、オルガレッタさん!?どうしたんですか!?」


 今見た光景、私にはとても説明できない。恥ずかしくも驚愕の光景を見てしまった私は、こう応えるのが精一杯だった。


「な、何でもありません!さよなら!」

「あ、ちょっと!オルガレッタさん!?」


 それからどうやって家にたどり着いたのかは、あまり覚えていない。気がついたら、高層アパートの15階の部屋にいた。

 そこで、私はハッと気づく。

 あーっ!しまった!キースさんと、まずいお別れの仕方をしてしまった!

 どうしよう、あんな別れかたしたら、キースさんと顔を合わせられない……

 占いで見た光景と、別れ際のキースさんの困惑した顔とが、私の脳裏に浮かぶ。

 私は、私自身を占うことができない。だから、あの続きがどうなるか、私自身は知ることができない。

 いや、なんとなく分かる。あの先で待ってるのは、きっと大人の階段を駆け上がるってやつだ。だが、もはやあの光景通りのことが起こるのかどうかすら分からない。起きた方がいいのかどうかも、私には分からない。

 相談しようにも、母はいない。あまり役に立ちそうにない弟しか、この家にはいない。

 思わず見てしまった、キースさんのほんの少し先の未来。それは私にとって、衝撃的な未来だった。

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