#16 贈物
私は今、ショッピングモールのある店の中にいる。
そこは、私が立ち入ったことのないお店。時計や首飾りなどの装飾品を売るお店だ。
どうして私が、ここにいるのか?
それは、ある人の「占い」から始まった。
「ほほう、彼女があの未来が読めるという占い師なのかね」
「さようです、閣下。3か月ほど前の敵艦隊300隻との遭遇戦で、敵の艦隊の潜伏場所を喝破することができたのも、彼女のおかげでございます」
今、目の前にいる閣下と呼ばれるこの人物は、この司令部でも一番偉い人、アルデマーニ中将というお方だ。
閣下と呼ばれるからには、要するに我々でいう貴族級の方、それも伯爵か公爵並みのご身分の方だろう。やばい、変な汗が出てきた。
「どうです?閣下も占ってもらいますか?」
「そうだな、是非とも頼む」
ああ~っ!やっぱりそうなるのね。フェデリコさんも簡単にいってくれるものだ。だが毎度のことだが、私に断る勇気など、あろうはずもない。
にこやかな笑顔で、手を差し出す中将閣下。私も引きつった笑顔で応える。そして、その手を握る。
落ち着け、中将、伯爵、公爵閣下がなんだ。私は皇族を占ったこともあるんだ。この程度でビビってどうする。そう言い聞かせながら、目を閉じた。
◇
目の前に、娘がいる。私と同じくらいか、いや、少し歳下か。
少し茶色の、まっすぐに流れる髪の娘。だが、この星の人ではなさそうな雰囲気だ。多分、地球122の人だろう。
だがこの娘、泣いている。中将閣下の手を引っ張って、泣きながら何かを抗議しているように見える。
腕を掴んで、振り回している。よほどお怒りのようだ。でも一体、何があったのだろうか……
◇
そこで私は目を開く。それを見た中将閣下は、私に尋ねる。
「どうだ、何か見えたか?」
「はい、ええとですね……誰かはわからないのですが、閣下の腕を引っ張りながら泣いて抗議する娘が見えました」
「は?娘だと!?」
周りにあった家具や、その娘の特徴から、そこは中将閣下の自宅の玄関で、そこにいたのは中将閣下の娘、マルガレスさんだと分かった。
「だが、妙だな……なぜ娘が泣いているのか……」
「私の見た光景だけでは、分かりかねますね」
「そうだな。よし!ではオルガレッタ殿、君がそのあたりを探ってはもらえないか!?」
「は?」
さすがは閣下と呼ばれるお方だ。このど底辺の平民に、あまりにもさらっと無茶振りをしてくれる。しかし探れと言われても、どうやって探るというのか?第一、私はこの方の娘さんと会ったこともない。
すると、アルデマーニ中将は、私にとある「作戦」をお与えになった。
その日の夕方のこと。
中将閣下のお屋敷……というにはこじんまりとした家だが、その家の前に、私はいる。
「お待たせ!どちら様?」
「あ、ええと、私、司令部から来ました、オルガレッタと言います」
「へえ、オルガレッタさんっていうの」
出てきたのは、まさに私が中将閣下の手から見えたあの光景で、泣いていた娘。少し茶色で、長いサラサラとした髪をした人だ。
だが、今はとても嬉しそうな顔だ。この顔が、なぜ涙と悲しみに覆われてしまうのか。今の様子からはとても考えられない。
「あの、中将閣下よりお使いを頼まれまして参りました」
「ああ、パパからも連絡あったわ。ちょっと待っててね」
今日はアルデマーニ中将は先日の戦さの後処理で、今日は家に帰れないらしい。それで、家に忘れた荷物を取りに行ってもらうことにして、私を家に送り込み、この娘のことを探らせようという作戦だ。
しかし、たまたま娘さんが出たからよかったが、他の家族が出てきたら、どうするつもりだったのか?
しかもだ、ここからどうすればいいんだ?荷物を受け取ったあと、帰るしかないじゃないか。会話すらする機会が無い。何をどうやって探れと言うのか?
こう言ってはなんだが、艦隊を指揮する中将閣下にしては、作戦が雑すぎやしないか。これでよくあの悪魔との戦いに今まで、負けずにこられたものだ。
「お待たせ!じゃあ、お願いね。パパによろしく!」
「はい、ありがとうございます。では……」
こうして、私は彼女から何も探ることもできず、司令部に帰投することになった……
「ちょっと、オルガレッタさんだっけ?あなたって一体、何歳なの?」
……と思っていたら、急に話を振られた。私は応える。
「は、はい、18です」
「ええ~っ!?まさかと思ったけど、やっぱり私と同じ歳じゃないの!なんだって、その歳で働いているの!?」
「えっ!?いや、普通ですよ、16歳以上ならもう大人ですし」
「いや、大人は20歳からでしょう」
「そ、そうなんですか?」
「オルガレッタさんってさ、この星の人?」
「はい、そうですけど……」
「あー、そうか、だからなんだ。そうよねぇ。こっちの星の人なら、納得だわ」
うーん……なぜだろうか。すごく帝都の民のことを馬鹿にされてるような、そんな風に聞こえる。
「でもすごいよね。その歳で、あの司令部で働こうって思うなんて。私なんてまだ、パパのすねかじって生きてるからね。オルガレッタさんもパパに頼っちゃえばいいのに」
「ええと、私の父はもう死んでしまって……」
「ええーっ!?あ、ご、ごめんなさい。そうとは知らず、つい……」
「いえいえ、大丈夫ですよ。昔のことですから」
この無神経な会話のおかげで、私はマルガレスさんと話すきっかけができた。
「あの……あなたのパパって、病気か何か?」
「いえ、戦さです。数年前、遠征の途中で……」
「そ、そうだったんだ……じゃあ、それからずっと、働いているの?」
「はい。以前は占い師をやってて、今は司令部の主計科で、雑用係をしています」
「そうなんだ……でも、そうよね。うちもパパが軍人だから、死んじゃったらどうしようって、思うことあるなぁ」
「そうなんですか?」
「中将だから、前線には出ないとはいってもね、やっぱり軍人だし、命の危険がないというわけじゃないわ。もしパパが死んじゃったら、私も働かなきゃいけないんだよね」
そうか、マルガレスさんのお父さんは軍人だ。マルガレスさんも、いざという時のことを覚悟しているようだ。
「ところで、うちね、私とパパだけで住んでるのよ」
「ええっ!?そうなんですか?あの、お母さんは……」
「別れちゃった。2年前に。で、私はパパについてきたの」
「はぁ……そうなんだ」
「パパ一人じゃ、生活できるわけないじゃない。だからね、私がいなきゃって思ってさ。1年前にパパがこの星に赴任することになったので、私もついてきちゃったのよ」
「そうなんですか。いや、凄くお父さん想いで、尊敬します」
「そーぉ!?いやあ、普通だよ、普通」
中将閣下の家庭の状況はよく分かった。が、彼女の涙の原因となりそうなものは、まるで掴めない。
「だから、私はパパに、パパは私にべったりなんだよ。明後日は私の誕生日だし、プレゼント楽しみにしてるんだ」
と、ここでなんとなく引っかかる言葉が出てきた。
「おっと、あまり引き止めちゃ悪いよね。それじゃあ、パパによろしく!」
「はい、失礼します」
こうして、マルガレスさんと別れる。司令部への道すがら、私は考えた。
もしかしてあの涙は、誕生日の贈り物が気に入らなくて流した涙ではないのか?マルガレスさんとの会話からは、そう考えるしかない。
司令部に戻って、私は荷物を渡しながら、そのことを中将閣下に話した。
「そうか!誕生日か!すっかり忘れていたぞ!」
いや……想像以上だったな。この中将閣下、娘の誕生日すら忘れていたようだ。そりゃあマルガレスさん、泣くよね。
「さすがは我が艦隊を救い、皇子を救った占い師だけのことはある!そんなこと、考えもしなかった!あっはっは!なるほどな、誕生日プレゼントか!」
で、この丸投げ中将閣下、今度はその娘の誕生日プレゼントを私に買ってくるよう依頼してきた。
というわけで、私は今、ショッピングモールの店に来ているというわけだ。
もちろん、1人ではない。私が地球122の娘の欲しがるものなど、分かるはずがない。
だから、リリアーノさんに同行してもらった。
「女の子のプレゼントといえば、やっぱり宝石か、時計よねぇ」
「はあ、そうなんですか。まるで貴族のようですね」
「そういうオルガちゃんはどうなのよ?」
「うーん、私ですか……私なら、最近できた1階のピザ屋のピザがいいですねぇ。なにせ、一枚買うともう一枚が無料で付いてくるっていうのをやっててですねぇ……」
「オルガちゃん、よだれよだれ!っていうか、そんなもの私の星の女子が欲しがるわけないわよ!」
「そうなんですか……量が多い上に、とても美味しいんですけどね」
「うーん、やっぱりこの件、オルガちゃんに任せたのが間違いよね。まったく、何考えてるんだか、中将閣下は」
ということで、リリアーノさんがプレゼントを選ぶことになった。
「いらっしゃいませ。何をお探しですか?」
「ええとね、そうそう、これくらいの女の子がよく買いそうなものって、何?」
「この方へのプレゼントで?」
「いや、ちょっと違うんだけどね……で、これくらいの女の子には、どういうのが売れてるの?」
「そうですね、今はこれがよく売れてますね」
といって店員さんが持ってきたのは、腕時計だった。
「なんだ、ただの時計じゃない」
「いや、それがただの時計ではないんですよ。見ててください」
店員さんがその時計を腕にはめる。おもむろに、時計の文字盤のあたりを指で触れる。
すると時計の上に、人の姿が飛び出してきた。
その人の形をしたものが、何かしゃべっている。どうやらこれ、伝言のようだ。この時計、人の姿と伝言を立体的に送ることができる仕掛けがあるらしい。
「他にも、これから食べる料理のカロリーの概算を出してくれたり、運動状態を把握してカロリー消費を計算してくれたり、その他の生体データ取得やスマホとの連携もできるので、とても便利なんですよ」
「へえ~、そういう時計だったのね。いいわねぇ、これにするわ」
ということで、この腕時計をプレゼントとすることにした。私とリリアーノさんは、司令部に向かって歩く。
「でも……本当にこれでよかったんでしょうか?」
「何が?」
「いや、なんていうかその……確かにこれはいい贈り物ですけど、それだけでいいのかなぁって」
「うーん、どうだろうね。でも、いいんじゃない?オルガちゃんも私も、やれるだけのことをやったんだから」
「そ、そうですかねぇ」
うまくはいえないけど、何か引っかかることがある。本当に、贈り物だけでいいのだろうか?
そして、誕生日の当日。
その日は少し早めに帰宅する中将閣下。そこに、私も付き添うことになった。
「ただいま」
「おかえり、パパ!」
中将閣下は早速、贈り物を手渡す。
「マルガレス、これ、プレゼントだよ」
「えっ!?プレゼント!?」
「喜んでくれるといいなぁと思って、買ってきたんだよ」
「うわぁ!ありがとう、パパ!」
早速、中を開けるマルガレスさん。このプレゼントに喜んでいるようだ。
よかった、私のあの光景は、回避されたようだ。それを見届けて、私はその場を立ち去ろうとする。
「でもパパ、これだけ?」
だがマルガレスさんのこの一言が、この場の雰囲気を変えた。
「何言ってるんだ。それなりに高いプレゼントだよ?不満なのかい?」
中将閣下が応える。するとマルガレスさん、突如泣き出す。
「もう!パパ!何にも分かってないんだから!」
玄関の前で叫び、中将閣下の手を引き抗議するマルガレスさん。さっきまでこの贈り物を喜んでいた様子だったというのに、一体、何が不満だったのだろうか?中将閣下にも、分からないようだ。
するとマルガレスさんが、こんなことを言った。
「私が欲しいのは、パパと一緒に過ごす時間なの!いっつもパパ、帰りが遅いんだから!この家、私1人なのよ!寂しいんだよ!分かる!?」
マルガレスさんは叫びながら、アルデマーニ中将の腕を掴んで振っている。よほどお怒りのようだ。だがそのマルガレスさんの気持ち、なんとなく分かる気がする。
それを見た中将閣下は、そっとマルガレスさんを抱き寄せた。
「そうか……なんだ、プレゼントはパパでよかったのか」
「……うん、そうなのよ……分かってんの?」
「じゃあ、これから一緒に何か、食べに行こうか?」
「うん!行く行く!」
ああ、私がなんとなく足りないと思っていたのは、これだったんだ。中将閣下の一言で、マルガレスさんの顔が涙顔から笑顔に変わったのを見て、私はなんとなく理解した。
私の方を見て、にこっと微笑むマルガレスさん。私も思わず、笑顔で返す。
星は違えど、人の求めるものは同じなんだ。そう私は感じた。




