#12 解明
ところで、ブロイセン第4皇子がこの日、黒い馬車に乗ることを知っていたのは、皇族以外には、3人の公爵だけだったという。
皇族内の重要な会議が行われる予定だったようで、貴族でも一部しか知らされていない。王族が、皇位継承権のない皇子を殺すとはほぼ考えられない。そこでまず、この3人が疑われた。
そして、捕まえた男の尋問と「脳波解析」が進められる。
黙秘を続けるこの実行犯に、依頼人の名を尋ねる。無論、口では答えないが、何度か聞くうちに、頭の中にその名が思い浮かんでしまう。それを文字に変えて、読み解く作業が続けられる。
その結果、その3人の公爵の内の1人の名が現れた。
依頼人は「ヴュルテンベルク」と名乗っていたようだ。この帝国の3大貴族の一人の名である。
これを証拠に、そのヴュルテンベルク公爵が容疑者となる。だが、このことにフェデリコさんは納得していない様子だ。
「怪しいな……どう考えても怪しい」
「何がですか、フェデリコさん?」
「考えてもみろ。下手をすれば捕まるかもしれない実行犯に、わざわざ自分の正体を馬鹿正直に明かす奴がいると思うか?」
「さあ……思わず言っちゃったんじゃないですか?」
「そんな不用心な奴が、こんな回りくどい犯罪を仕掛けるとは思えない。どうもきな臭いな……」
フェデリコさんは、作戦参謀だ。戦さであれ犯罪であれ、ついつい裏の裏まで考えてしまう癖がある。
ともかく、犯人から名前が出てしまった以上、ヴュルテンベルク公爵に、陛下から出頭命令が下された。
そこで何がなされたかは分からない。だが、犯人の脳内に現れた証言だけで監禁するわけにはいかず、しかも3大公爵ほどの人物ゆえに、無碍に扱うわけにもいかない。
そんな私は、宮廷内のゴタゴタとは無縁の場所に来ている。そこは、この宇宙港の街のはずれにある、拘置所だ。
「もおーっ!私がそんなことするわけないっちゃよ!」
この妙に明るい声で抗議してきたのは、あの青髪の娘だ。その宮廷内の事情に巻き込まれた、いわば被害者だ。
本人の意思とは無関係で、暗示による犯行だということがようやく証明されたため、晴れて無罪放免、保釈されることになった。
しかし彼女、奴隷市場で売られていたこともあり、しかも暗示にかけられ犯行に及んだ人物。似たような境遇のガエルさんのように、どこか後ろ向きな人物だろうと思っていたが、まるで印象が異なる。
「いや……大丈夫だよ、あの黒服男の仕業だって分かってるから」
「そうっちゃよーっ!あたいがそんなことするわけないっちゃね!見ての通り、新しいご主人様に忠実に仕えようって心に決めた、心優しい奴隷なんよ!」
しかしだ、いくらなんでもガエルさんとは対照的すぎる。同じ奴隷でも、こんなに前向きな人物もいるんだ。光が当たると銀色に輝く不思議な青い髪を揺らしながら、私に訴えかける。
「でね、あなた、どうせ行くところがないだろうってことでね、うちの司令部で雇おうってことになったの」
「ええ~っ!?ほんとけぇ!?てことは、あなたがあたいの新しいご主人様!?いやあ、嬉しいっちゃねぇ!よろしくお願いします、ご主人様!」
「いや……ご主人様じゃないよ、私は」
彼女はもはや、奴隷ではない。司令部の従業員だ。だから、ご主人様と呼ぶべき人はいない。まあ強いて言うなら、彼女を雇って救済しようと言い出したフェデリコさんこそがご主人様か?
てことで、彼女を司令部まで連れて行く。その道すがら、彼女のことを聞く。
彼女の名はリーゼロッテ。17歳。帝国の北の辺境国出身の人だ。その辺境出身の人が、どうして帝都で奴隷として売られていたのか?
「もしかして、戦さで負けて親を殺されて身売りさせられたとか……」
「んなことないっちゃよ~、戦さなんかあったこともないし、多分、親も死んでねえよ」
「えっ!?そうなの?」
「んだけどあたい、知らんとよ、親の顔」
「どうして?」
「捨てられたっちゅう話よ、あたい。ある教会の前で。んだからあたいは、教会で育ったんよぉ」
「ええーっ、そうだったの……でもじゃあ、どうして奴隷市場に?」
「もう成人やし、いよいよ教会から自立しようってんで、仕事探したんよ。そしたら、変な連中に捕まって、帝都に売られたんよぉ」
「なにそれ、酷い奴らじゃない」
「んだけどさ、そいつらの言うことにも一理あるんよ。あんなクソ田舎いるよりも、帝都行って金持ちに買われた方が、ええ暮らしできるって言われて。なるほどなあ、確かにあんな田舎じゃ、畑いじるくらいしか仕事あらへんし、毎日イモばっか食うしかねえし、んならいっそ、帝都でいいお方に買われるよう、愛想よく頑張ろうって思ったとこやったんよ」
「へぇ~、前向きだねぇ……」
「したら変な奴に買われて、変な罪着せられるとこやったんよ。でも結果的に、なんかええとこ行けそうなことんなったし、よかったっちゃよぉ~」
「そ、そうだね。よかったね、リーゼロッテさん」
「んでさ、その司令部っちゅうとこは、どないなとこやろか?」
「ああ、ええとね……」
この娘、今から行くところがどんなところか知らずに、いいところへ行けると喜んでたのか?前向きと言うより、底抜けに楽観的な娘だな。
「ねえ、ちょっと聞くけど、あなたあの空に浮かぶあの灰色の船のこと、知ってる?」
「あの石砦んみたいなやつけ?よう知らんけど、なんか星の国からやってきた連中っちゅうことは聞いたっちゃよ」
「じゃあ、あなた、あの船が何をしてる船か、知らないんだ」
「うーん、聞いたことないんね。何しとるんやろ?ぷかぷか浮かんで、なんや気持ち良さそうなやっちゃけどな」
「いや、別に気持ちいいわけじゃないけどね。あのね、あの空高くずっと上がったところというのはね、真っ暗闇のすっからかんの場所なのよ。でもね、そこは連盟っていう魔王の手下が時々現れるの」
「ええ~っ!?なんや魔王って、怖か名前やねぇ~!」
「そいつら、この帝国を襲い、蹂躙しようとしてるんだって。でも、その魔王の手下どもを、あの灰色の船が追っ払ってるんだよ」
「そ、そうやったん!?よう見るけど、そんなことしとる船とは知らんかったっちゃよぉ」
「だけどその船もね、ビーム砲のエネルギー粒子や洗剤、タオルなど、いろんなものを運んであげないと、戦えないのよ」
「なんや、ビームや洗剤やタオルって……ようわからんけど、魔王倒すんに、いるんやな?」
「そうなの、で、その洗剤やタオルを運ぶのが、私達、雑用係の仕事なのよ」
「ええーっ!そんなすげえ仕事しとるっちゃね、あんたは!?」
「そう。そしてあなたもするのよ」
「ええーっ!あ、あたいが!?」
「いい仕事よ~!忙しいけど、お金いっぱいもらえるし、食べ物は美味しいし、いい服も着られるし」
「ほ、ほんとか!?いやあ、それは嬉しいっちゃねぇ!さすがは帝都や!あたい一所懸命働くけぇ、オルガレッタさん、よろしう頼むわぁ!」
「はい、こちらこそよろしく頼みます、リーゼロッテさん」
青くキラキラした髪を揺らしながら、新たな仕事への期待を胸に司令部へと向かうリーゼロッテさん。
が、司令部に着くと、リーゼロッテさんの顔色が変わる。司令部のすぐ横に、全長300メートル、高さ70メートルの駆逐艦が鎮座している。そのあまりの大きさに、驚愕しているようだ。
「な、なんちゅうおっきい船や……あの空飛ぶ灰色の船って、こがに大きい船やったん!?」
「そりゃそうよ。帝国を襲う魔物達と戦うんだよ?あれでも小さいくらいよ」
「そ、そうやったね……やけど、本当にあんなもんが空飛んどるんけぇ!?」
「あ、ちょうど一隻、降りてくるわよ」
私達の目の前で駆逐艦が一隻、降りてくるところだった。2番ドックめがけて、まさに繋留するところだ。
ガシャーンという音が鳴り響き、繋留ロックがかかる。と同時に揺れが伝わってくる。でもこの駆逐艦の航海士さん、操艦が下手だなぁ。結構揺れたよ、今の。
だが、この揺れのおかげで、さすがの前向き楽観娘も、恐れおののいてしまう。
「あ、あわわ……なんちゅう音っちゃねぇ!今、めっちゃ揺れたっちゃよ!?」
「ああ、そうよ、時々揺れるのよ。そんなことより、司令部へ入るわよ、リーゼロッテさん」
「は、はいなぁ……」
来たばかりで、さすがに駆逐艦の入港の音と揺れに少しビビってはいるが、あの後ろ向きなガエルさんでさえも慣れたんだ。この娘なら、なんとかなるでしょう。
エレベーターで6階に上がる。エレベーターのボタンや、奥に貼られた鏡を珍しそうに見るリーゼロッテさん。
帝都でさえも珍しいと思うものばかりに出会うこの辺境からやってきた田舎娘には、エレベーターの床に敷かれたカーペットですら珍しくて、興味津々だ。
6階に着き、私は彼女を連れて、フェデリコさんの部屋へと向かう。
「失礼します」
中に入るとそこには、フェデリコさんと、メイド姿の母がいた。
「うむ、来たか」
フェデリコさんが立ち上がる。
「リーゼロッテさんをお連れしました」
「あ、あたいは、リーゼロッテです!田舎もんっちゃけど、懸命に働くけ、よ、よろしう頼んます!」
リーゼロッテさん、少し怖い形相のフェデリコさんに、青い髪を揺らしながら挨拶する。
「うむ、こちらこそよろしく頼む。宇宙港拡大に伴い、この司令部の扱う駆逐艦の数も増加しつつある。不幸ないきさつはあったが、そんなことは忘れ、貴殿にはぜひとも我々の力になってもらいたい」
「は、はい!」
「ところで、オルガレッタ殿」
「はい、何でしょう?」
「着いて早々に悪いんだが……」
フェデリコさんが私に何か言おうとしたその時、チャイムが鳴った。ああ、もうお昼だ。
「……昼休みが終わってから、ここに来てくれ。話がある」
「はい、分かりました」
なんだろう、話って?悪い話じゃなきゃいいけど、何か引っかかるなぁ。
ともかく、昼だ。まずは昼食を食べよう。
「ねえ、お母さん」
「なあに?」
「フェデリコさんが私を呼んでたけど、一体なんの用事か、知ってる?」
「さあ……知らないわ。でもこの後すぐに出かけることになってるわ、フェデリコさん」
「ええっ!?そうなの?まさか私も……」
「そうよね、わざわざ呼ぶところをみると、多分、あんたも出かけることになるんじゃないかしら?」
「ええーっ!やっぱりーっ!」
うーん、どこに行くんだろうか。なんとなく、悪い予感がする。こういう時、自分で自分を占えないのが残念でならない。
「ねえ、オルガレッタさんよぉ」
「なあに、リーゼロッテさん?」
「こっちの人、お母さんって言うてたけんど、本当に親子なんか?」
「そうよ。よく似てるって言われるわ」
「いや、いくらなんでも似過ぎよぅ、姉妹にしかみえんけぇ!」
「あら、リーゼロッテさんたら、お上手ねぇ」
「いや、オルガレッタのお母さん、ほんとじゃけ!ほんとに姉妹にしか見えんっちゃよ!」
などとたわいもない会話をしながら、食堂にたどり着く。すでにたくさんの人がずらりと並んでいた。
それにしても彼女は目立つ。髪の毛の色が、あまりに特殊だ。おかげで皆、こちらをちらちらと見ている。
一方のリーゼロッテさんはというと、周りをキョロキョロしている。そういえばこれから何をするのか、話してなかったな。
「ねえ、リーゼロッテさん。そういえばこれからね、昼食を食べるの」
「えっ!?なんか食うんけ?ここは、ご飯食べるところなんか?」
「そうよ。リーゼロッテさんは、どんなもの食べたい?」
「そ、そうだなぁ。今までジャガイモだの豆だの大麦だのの粥ばっかり食っとったけぇ、あまりいいもの食べた経験ないんけんど、そうやなぁ、時々食べるチーズが美味かよぉ~!」
「へぇ~っ、チーズ、好きなんだ」
「あとよぉ、干し肉なんかもらった時は、美味くてすぐに食べてしまうけぇ、いつも後悔しとったよぉ。ああいうのを、腹一杯食いたいっちゃねぇ」
「そう、チーズに干し肉……か」
そう聞いてしまったら、私はあれを勧めるしかない。
手づかみで食べられて、しかもこの世のものとは思えぬ美味しさ。それにはチーズも干し肉も、入っている。
パラパラと動くメニュー画面で、私はリーゼロッテさんの食べ物を選ぶ。モニターで動くメニューを、不思議そうに眺めるリーゼロッテさん。
メニューを選び終えて、トレイを持って並び、食べ物が出てくるのを待つ。
並んで待つこと数分、ついにそれは、出てきた。
ピザだ。白い湯気を出し、ほかほかのモツァレラチーズに、ベーコンの載せられたピザ。独特の香りが、リーゼロッテさんを襲う。
「な……なんじゃね、これは!?めっちゃいい匂いするけんど、見たことのない食いもんっちゃね」
「これはピザよ。ほら、チーズも干し肉も、載ってるわよ」
「ほ、ほんとや……いや、でも、なんちゅう贅沢な食いもんっちゃね。こがにチーズと干し肉をたくさん使って……こげなもんこの世にあるとは、知らんかったっちゃよ」
「帝国貴族だって、めったに食べられない食べ物なのよ。さ、テーブルに行って、冷めないうちに食べよう」
ピザを載せたトレイを持ち、座る場所を探す。よく見ると、私に向かって手を振る人がいる。
リリアーナさんだ。横にはガエルさんもいる。私はリーゼロッテさんを連れて、そのテーブルに向かう。
「きたわね!彼女があの青髪の娘ね!」
「はい、そうです。リーゼロッテさんって言います」
「あたいはリーゼロッテって言います!北の辺境の国からやってきました!」
「聞いてるわよ。元奴隷だってこともね」
「あはは、そうなんですよ、悪いやつに買われて、えらいことやらかしてもうたんやけど、おかげでええとこ来られたんよぉ」
「そうね、よかったわね。ちなみにこっちのガエルちゃんもね、元奴隷よ」
「よろしく……お願いします」
「なんよ~っ!奴隷って、あたいだけじゃなかね~!いやあ、心強いわぁ!よろしう頼んます~!」
「は、はい……こちらこそ」
性格は対照的過ぎて、ガエルさんはややドン引き気味だ。だが、食べ物を食べ始めると、にやけるところはこの2人、共通している。
「ん~っ!んまいっちゃねぇ~!このピザ、めっちゃ美味かね~!」
ただし、リーゼロッテさんの方はよく喋る。一方、ガエルさんは黙々と食べ、相変わらず右手で頬を押さえながらニヤニヤしている。
「さてと、じゃあ早速、リーゼちゃんの教育をオルガちゃんにお願いしちゃおうかしら」
「はい、ですが私、昼からフェデリコさんに呼ばれてまして……」
「はあ?あのロリコン少佐が一体、何の用なの?また占い?」
「いや、分からないんです。ただ、どうやら出かけることになりそうで……」
「そうなの、仕方ないわね。じゃあガエルちゃん、リーゼちゃんの教育、お願いね」
「ええっ!?わ、私がですかぁ?」
せっかく美味しそうにペペロンチーノを食べていたのに、急に無茶振りされて困惑するガエルさん。ああ、申し訳ないことしちゃったけど、こればっかりは仕方がない。
で、昼休みが終わり、私は再びフェデリコさんのところに行く。リーゼロッテさんの教育係をガエルさんに代わってもらった上に、最近はフェデリコさんから呼び出しを受けて、あまりいいことはない。正直言って、乗り気ではない。
部屋に入ると、険しい顔のフェデリコさんが、腕を組んで座ってこっちを見ている。
「来たか……」
私を見るや、立ち上がるフェデリコさん。そして、私に向かって強烈な一言を放つ。
「実はな、宮廷から貴殿に、出頭せよとの依頼が来た」
ええーっ!しゅ、出頭!?しかも、宮廷から!?あまりに重い言葉に、私は変な汗が出るのを感じた。
「あ、あの……私……」
「ああ、出頭と言っても、貴殿が何かしでかしたわけではない。例のブロイセン皇子暗殺未遂の解明に、協力して欲しいとのことだ」
「きょ……協力、ですか?」
「そうだ。そのために貴殿のあの能力が必要ということになったのだ。本日15時までに、宮廷へ来るようにとのことだ」
「は、はい。分かりました」
どういうことだろう?私の能力って、つまり占いのことだ。しかし、そんなものを使って、一体どうやって事件の解明をするというのか?
ともかく、私とフェデリコさんは宮殿へと向かう。しかし、まさか宮殿へいつものベージュ色の平民服を着ていくわけにもいかないので、社交界にも通用しそうな少し派手なカクテルドレスを着ていくことになった。ちなみに、これもフェデリコさんのコレクションの一品だそうだ。どうしてフェデリコさん、そんなドレスまで持っているのだろうか?
宮殿へは、いつものように門の前までは車で、その先は馬車に乗り換える。だが今回、皇族が手配した馬車が門の前に控えており、それに乗って宮殿へと向かう。
黒くて高級な馬車。中はとても柔らかい椅子で、皇族専用の馬車だ。司令部の車ほどではないが、揺れも少ない。
馬車は宮殿へと走る。やがて、その宮殿が見えてきた。
ラーテブルグ宮殿。そこは、帝都で最も華やかで、高貴な場所。私のようなど底辺の平民など、近づくことすら叶わない場所。
……だったのだが、図らずも今日、ついにその宮殿に、足を踏み入れることになってしまった。このド平民の私が、である。
宮殿の門の前に着く馬車。宮廷近衛の兵が、門を開ける。馬車はそのまま、中へと入る。
駆逐艦が一隻は余裕で着陸できるほどの広い中庭。生垣に噴水、ところどころ休憩用のテラスが設けられている。そこには、華やかな衣装に身を包んだ皇族のご婦人やご子息が、何人かいらっしゃる。
ああ、私、とんでもないところに来てしまった。私のような平民にとっては、場違いも甚だしい。今回の用事は、どうしてもここじゃなきゃいけなかったのか?
そして、ひときわ大きな建物の前で馬車は停まる。
「ここは……」
「ああ、ここはシュバルツフルト宮、皇族と貴族が謁見する場所として使われる、ここでは最も小さな宮殿だ」
ええーっ!?これが最も小さい宮殿!?高さを除けば、ここだけで私の住んでいる高層アパートくらいの幅と奥行きがある。
その奥には、社交界で使われる宮殿、そのさらに奥に、陛下や皇太子が住まう本宮殿があるという。
ああ……やっぱり平民の私なんかが来る場所じゃないわー。くらくらしながら馬車を降りると、ずらりと並ぶ衛兵が出迎える。その間を歩いて、その小さいと言われる巨大な宮殿へと向かう。
「はっはっはっ!待っておったぞ、占い師殿!」
大声で出迎えてくれたのは、ブロイセン皇子だった。私は引きつった笑顔で、皇子様に一礼する。
「ほう、この娘が、あの奇跡の占い師とな」
「はい、兄上。我が命は、この娘の奇跡の力によって救われましてございます」
「ふむ、そうか。私もぜひ、占ってもらいたいものだな」
……兄上?ということは、このブロイセン第4皇子よりも、ずっと皇位継承権の高いお方ということになる。ということは、現れた皇子は、第2?第3?
「これはこれは、フリードリヒ皇太子殿下」
「おお、フェデリコ少佐であるか。久しいな。さ、堅い挨拶は抜きじゃ。早速、始めるとしようか」
ええーっ!?ちょ、ちょっと待って!今、皇太子とおっしゃいませんでしたか!?皇太子ということは、皇位継承権の最上位のお方。つまり、いずれは皇帝陛下となられるお方だ。そんなお方が直々に、こんな平民をお迎え下さったというの!?
足が震える、変な汗が、いっぱい出てくる。どうして私、こんなところに来ちゃったの?
ここ最近、私も母も、試練ばかり。天国にいるお父さん、私ってもしかして、何かしでかしちゃったのかな?そばで見ているなら、すぐに教えて欲しい。
そんな平民の心なんぞ御構い無しに、皇太子様は私とフェデリコさんを奥の部屋へと招く。
この大きな宮殿にしては、こじんまりとした応接室だ。といっても、司令部の応接室の何倍も広く、何倍も豪華だ。私はフェデリコさんと共に、その部屋のソファーに腰掛ける。
皇太子殿下とブロイセン皇子は共に部屋を出る。しばらく、フェデリコさんと二人きりになる。その時、フェデリコさんからこう言われた。
「これから貴殿は、3人の公爵様を占うことになる。ただし、その占いの結果は、3人が部屋を出てから述べるように」
「えっ!?あ、はい。分かりました」
分かりましたが、今とんでもないことを言ったぞ、フェデリコさんは。なんだって?この帝国の重鎮である、3人の公爵を占えって?
全くもって、意図がわからない。そんなことしてどうなるんだろうか?だがこれは、皇太子殿下も承知の話だという。
なんてこと……よりによって、貴族としては最上位の公爵を、3人も占えというのだ。何だってそんなこと、しなきゃいけないの?
などと考えていると、3人の公爵様が入ってくる。しかもこの3人、随分と不機嫌そうだ。
「ふん!あの件はヴュルテンベルク公で決まりだと言うではないか!わざわざ殿下の手を煩わせることもあるまいに」
「な、何をいうか、リッペントロップ公!わしはそんな恐ろしいこと、考えてもおらぬわ!」
「どうかな、ヴュルテンベルク公。貴公は以前より、皇族を疎ましく思っておった節があるではないか」
「な、なんじゃと!?マッケンゼン公よ、何を根拠にそのようなことを!」
登場人物は3人いる。容疑者とされるヴュルテンベルク公に、マッケンゼン公とリッペントロップ公だ。
この3人は、皇族に次いで偉く、最上位の貴族である公爵様。それも、帝国の3傑と言われる3大公爵だ。
このド偉い3人を、このド底辺の平民が占えということらしい。だが、それで何を見ようというのだろうか?
「聞け、ヴュルテンベルク公、マッケンゼン公、リッペントロップ公よ!そなたらが潔白かどうかを探るため、今から私がいう通りにせよ」
皇太子殿下が互いに罵り合う3公に向かって叫ぶ。3人の公爵様は、皇太子殿下の方を見る。
「殿下、これから我らは、何をするというのでございますか?」
「なに、簡単なこと。その娘に手を握ってもらうだけのこと」
「は?この娘に?何故そのようなことを……」
「詮索は無用じゃ。私のいう通りにいたせ」
「は、ははっ……」
皇族でも頂上に君臨する皇太子殿下からの申し出、到底断ることはできない。公爵様達のみならず、私もだ。
ともかく、ここで3人の公爵様を占うことになった。
まずは、ヴュルテンベルク公。この人は今のところ、3人の中でもっとも疑われている公爵様だ。私はこの方の手を握る。そして、目を閉じた。
◇
薄暗い場所だ。しかも、とても狭い。
分厚い木の扉が見える。小さな窓が開いているだけの、木の扉。
一本のろうそくが灯っているだけの狭い部屋だ。ヴュルテンベルク公はただそこで、うなだれたまま時が過ぎるのを待っているだけのようだ。
◇
言いようのない、絶望感を感じる。もしかして、あれは牢獄ではなかろうか。公爵様ほどの方が、入る部屋ではない。
だが、考えてみれば今のところこの公爵様が一番疑われている方だ。成り行きで行けば、この人が皇子殺害未遂の疑いをかけられること、間違いない。そうなれば、監獄行きは当然だろう。
しかし、ここで占いの結果を口外するなと言われている。私は黙って、手を離す。
続いて、リッペントロップ公の手を握る。そして、再び目を閉じた。
◇
ここは、今いる場所と同じところ。つまり、このシュバルツフルト宮のこの応接室だ。
そこには、皇太子様もいる。そして、マッケンゼン公の姿も見える。
豪華な服をまとった宮廷の衛兵が、部屋に入ってくる。そしてこのリッペントロップ公の腕を掴む。
マッケンゼン公が指図すると、そのまま部屋から引きずり出されるように連れ出されるリッペントロップ公。宮殿の外にいた大勢の衛兵が、この公爵様を取り囲む……
◇
うーん、どうやら、この人も囚われてしまうようだ。だが今のところ、この人は何かをしたわけではない。どうして囚われてしまうのだろうか?まるで見当がつかない。
そして最後に、マッケンゼン公が残った。私は黙ったまま、マッケンゼン公の手を握る。そして、目を瞑る。
◇
暗い場所。月明かりが見える。
そこが外であることは分かる。だが、こんな暗い場所で一体、何をしているのか?
真っ暗でほとんど見えないが、少し離れた場所に松明のたかれた塔が見える。あれは、帝都に点在する見張りの塔だ。
暗いながらも、何となくこの場所がわかった。ここはあの帝都の闇取引の街、ベーゼホルンだ。
屋根の真ん中だけが凹んだ奇妙な形の小屋が見える。一度だけ訪れたあのベーゼホルンの街に、その小屋があったことを私は覚えている。あまりに変な形の屋根だったので、覚えていたのだ。それは確か、フェデリコさんと一緒に入った、あの家の近くにあった。それらが月明かりに照らされて見える。
そこに、誰かがやってくる。怪しげな黒服の人物。このマッケンゼン公と、何かを話しているようだ。
しばらくすると、そのままこの人物は、街の奥に消えていく。もう一度、マッケンゼン公は上を見上げる。そこには、あの物見の塔が見える……
◇
結局私は、3人の公爵様と言葉を交わすことなく、占いを終えた。
そのまま3人の公爵様は、部屋を出ていった。
さて、応接室には、私とフェデリコさん、そして皇太子様に皇子様の4人だけが残った。
「ではオルガレッタ殿よ、貴殿が見た各々の公爵の占いの光景を、話されよ」
「はい、まずはヴュルテンベルク公様でございますが……」
私は、見たままを話す。最後のマッケンゼン公だけが奇妙な光景であったこと、他の2人は、いずれも囚われの身となることなどを話す。
「うーん……どう思われる、フェデリコ少佐殿」
「はい、私には、明らかにマッケンゼン公が怪しいと思われます。その黒服の男というのが、リッペントロップ公をはめるために、なんらかの依頼をしたものと考えられます」
「そうじゃな。私にも、他の2人の公爵がマッケンゼン公にはめられたように思える。だが、これだけでは……」
「わかっております。証拠としては、乏しいと」
「そうじゃ。よって宇宙艦隊司令部に、マッケンゼン公の身辺調査をお願いする。皇族の一人の命までかかった事件、誠ならば、見逃すわけには行かぬ。確たる証拠を、掴んで参れ」
「はっ!承知いたしました!」
帰りの馬車の中で、私はフェデリコさんに尋ねた。
「結局、私の占いで何がわかったんでしょうか?」
「非常に明白だ。今回の騒動、おそらくマッケンゼン公によるものだ。3人の公爵の持つ覇権を独占するため、他の2人に罪を着せて失脚するよう画策したのであろう」
「どういうことです?」
「貴殿が見たという2人の公爵の未来のイメージが、いずれも囚われの身になっているのが決め手だ。つまりマッケンゼン公は、ブロイゼン皇子暗殺未遂の件でヴュルテンベルク公を、そして次に何らかの方法でリッペントロップ公を貶めるつもりのようだ」
「そ、そうなんですか!?」
「その最後の企てが、マッケンゼン公のあのイメージなのだろう。おそらくはベーゼホルンでリッペントロップと名乗り、犯罪の依頼をしているところなのではないか」
「そ、そうですか。でもそんなこと、よくわかりますね……」
「貴殿の見たというイメージと、3人の公爵の置かれた状況を並べれば、おのずと分かること。大したことではない」
こうして私は、司令部に戻る。その日は結局バタバタして、いつもの仕事はできなかった。
だが、私の占いで、事態は大きく進展する。




