#11 暗殺
私は今、平民街の南にあるベーゼホルンと呼ばれる場所にいる。
帝都で最も闇の深い街、帝都の裏市場と言われるここは、奴隷売買に麻薬、そして殺しの依頼まで、ありとあらゆる悪行が「取引き」されている街。
そんな街の中を、私はフェデリコさんと共に歩いている。大きな帽子、顔は布で覆い、マントをつけている。この街を訪れる貴族さながらの姿だ。
その後ろを、メイド姿で付き添う私。はたから見れば、禁制品でも買い付けにきた貴族とその召使いといった様相の2人組だ。
ある小さな家の前で立ち止まり、その家の扉を叩くフェデリコさん。すると扉が開き、中から男が顔を出す。フェデリコさんは顔を覆う布を少しめくってその男に見せると、それを見た男はフェデリコさんと私を、中に招き入れ、扉を閉める……
話は、3日前に遡る。
「はっはっはっ!あのバーゼルト殿を手玉に取ったか!たいした召使いであるな!」
大声を上げて笑っているのは、皇族の一人であるブロイセン第4皇子である。
ここは司令部の応接室。先日、母がバーゼルト子爵とやりあった、あの部屋である。ここには今、ブロイセン皇子とフェデリコさん、それにメイド姿の私がいる。
風邪で熱を出した母に代わって、今日は私が召使い役をしている。で、今、皇子様とフェデリコさんにお茶を出しているところだ。
「で、その子爵を手玉に取った召使いというのは、この者か!?」
私の方を見る皇子様。身分の高いお方に見つめられて、ドキッとする私。母とは違い、私は皇族や貴族と渡り歩けるほどの度胸はない。まるで、猫に睨まれた小ネズミのように、固まる私。
「いえ、違います。彼女はその娘です」
「そうか、娘か。親子揃って、この司令部で働いておるのか」
何か気の利いたことを言うべき場面なのだろうが、あまりにやんごとなさ過ぎる相手に、私はただ笑みを浮かべてコクコクと首を縦に振るのが精一杯だった。
「ところでフェデリコ殿、この司令部の面白い噂を耳にしたのだが」
「何でしょうか、噂とは」
「なんでも、神がかった占い師がいて、先の艦隊戦で敵の動きを予言し、艦隊を救ったと言うのだが、これは事実であるか?」
「はい、事実です」
「ほう……だが、この司令部ほどの進んだ技と文化を持つ場所で、占いなどという原始的な手段を用いるとは、なんとも奇妙な話であるな」
「我らとて、この宇宙の森羅万象全てを解明したわけではありません。たとえ前近代的なものであっても、有効であると認めた能力や手段を用いることには、なんら躊躇うことはございません」
「ほほう、さすがは合理主義者だのう。だが、その占いにそれほどの信頼を寄せておるとは、相当なものだな。ならば是非わしも、その占い師に占って欲しいものだ。で、その占い師とは、何処におるのじゃ?」
「はい、まさに今、ブロイセン皇子様に紅茶を運んできた、彼女にございます」
「なんじゃと!?この娘がか!?」
再び私を見る皇子様。このまましれっと部屋を出ようとしていた私は、再び小ネズミとなる。
「母親は貴族を手玉に取り、娘は艦隊を救ったと申すのか!いやはや、この帝都にも面白き人材がおったものよの!あっはっは!」
妙に上機嫌なこの皇子様を前に、私はやや引き攣った笑みを浮かべるしかなかった。
「ならば、わしのことも見てもらおうかの!宇宙艦隊司令部のお墨付き占い師となれば、試さぬ手はないというもの!」
「はい、ぜひともお試しください」
クッソ~ッ!フェデリコさんめぇ~っ!いきなりど底辺階層の身分の小娘に、この帝都の身分制度の頂点に君臨する、第4番目の皇位継承権を持つこの皇子様を占えとか、リリアーノさんもびっくりな無茶振り。気軽に言ってくれるものだ。
だが、私に断れる勇気はない。もはや受けるしかない。
「で、娘よ。どうやって占うのだ?」
「は、はい!ててて手を握るとですね、その方の先に起こることが、見えてくるんございますです!はい!」
緊張しているのが、自分でもわかる。
「なんだ、それだけなのか!?うむ、では早速、やって見せよ!」
「ははははいっ!で、では……」
いかんいかん。このままでは変な未来が見えて、顰蹙を買ってしまうかもしれない。落ち着こう。母が言っていた。身分の高いお方であっても、親しい人だと思いこめば、緊張したりはしない。あの子爵様とやりあった時も、母は相手を死んだ父だと思って接したそうだ。
ならば私は、この皇子様をキースさんだと思うことにしよう。それならば、落ち着けそうだ。
今、目の前にいるのは、キースさんだ……キースさんの手、キースさんの顔、キースさんの髭……いや、キースさんは髭など生やしてはいないな……って、余計なことを考えない。とにかく、この人はキースさんだ。
落ち着いてきたぞぉ。そのまま手を握って、いつも通りやるんだ。私は、あの魔王と戦う駆逐艦に洗剤を届けている、栄えある雑用係なのだ。何を恐れることがあろうか?私は皇子様の手を握り、目を閉じる。
◇
ここは、どこだろう?
生垣が見える。ヒイラギの葉だ。その奥には、大きなお屋敷。道には、黒い立派な二頭立ての馬車がいる。
どうやら、この馬車に乗り込むようだ。御者が開けた扉から乗り込もうとする皇子様。
が、そこに突然、誰かが走ってくる。青い髪の頭、光に当たると銀色に見える、不思議な色の髪を持つ人物。
その人物が、顔を上げる。ものすごい形相で、皇子様を睨みつけている。
手には、ナイフ。それを皇子様の胸めがけて……
◇
私は目を開けた。変な汗が出た。ビクッとした私を見て、皇子様が声をかけてくる。
「おい!どうした!?何があったのじゃ!?」
少しの間、私は声が出なかった。胸のあたりを触り、刺されていないことを確認すると、ようやく声が出るようになる。
「あ、あの、突然、刺されました……青く銀色に輝く不思議な髪の人物。物陰から飛び出して、ナイフで胸を……」
「どこじゃ!?どこで刺されたんじゃ!?」
「大きな黒い馬車の前、そばには、ヒイラギの生垣がありました」
「なんだ、それはわしの屋敷の前じゃないか!」
たまたま占ったら、暗殺されることが判明したブロイセン皇子。そこで、司令部をあげて暗殺阻止を図ることになった。
皇子様が黒い二頭立ての馬車に乗るときは、陛下の元に出かけられる時と決まっている。
3日後に、まさにその予定があった。その日は皇族が集まることになっているそうだ。
その日までに、なんとしても犯人を探さねばならない。
だが、犯人像はあまりにも分かりやすい。
青くて銀色に輝く髪の毛を持つ人物。帝都広しといえども、そんな髪の毛を持つ人物なんてそうはいまい。
そして、その人物がベーゼホルンで見つかったと言う報を受けて、私とフェデリコさんは、この闇の街にやってきたのだった。
「お待ちしておりました、少佐殿」
「ご苦労。で、目標はどこにいるのだ?」
「はい、それが……」
このベーゼホルンには、司令部付きの特殊部隊が潜入している。
この建物は、その部隊のアジトの一つである。
今は夏の真っ只中、フェデリコさんも私も、暑苦しい姿でここまでやってきた。だが、ここは冷房が効いている。有り難い。
帝都で起こるあらゆる事件は、ここを発端にしていると言われるほど、ここは治安が悪い。なればこそ、ここを監視する必要があると感じ、密かに軍は部隊を紛れ込ませているという。
この近くに住んでいた私でさえ、この街に入ったことはない。こんなおっかない街に近づくなど、正気の沙汰ではない。今回が初めてだ。見たところ、平民街とさほど変わらないように見えるが、この裏では非合法な取引きが行われているのだという。
麻薬や偽銀貨、密造酒といった物以外にも、殺人や盗みなど、犯罪の依頼を受ける者もいる。奥には、奴隷市場もある。
ガエルさんが売られていたというその市場は、帝都においては非合法な存在というわけではないため、この街の中でも堂々と開かれている。ただその商売柄、堅気の店と軒を並べづらいため、この犯罪の巣窟の中に構えざるを得ないという事情がある。
その奴隷市場の一角を今、私とフェデリコさんは見ている。
「うーん確かに青い髪だ。どうだ、貴殿が見た人物に、間違いないか?」
「はい、この人です。間違いありません」
「そうか。だが……」
「そうですよね、この人が皇子様を暗殺だなんて、信じられません」
私が見た犯人の目星はついた。が、フェデリコさんや私には、およそ犯罪をやりそうな人物には見えない。
なにせその人物は今、鎖で繋がれている。そう、その人物はこの市場の商品、つまり奴隷だ。ナイフはおろか、外を歩く自由すらない。
そんな人物が、今日のうちに皇子様を暗殺する。とても信じられない。別の人物を見ているのか、それとも、私の見間違えか?
「おかしいな……あれでは暗殺どころではないな。どうなっているんだ?」
「さあ……もしかして私、見間違えたんでしょうか?」
などと話してるうちに、その店で動きがあった。
「あれ?あの人、奥に連れていかれますよ」
「本当だ……どういうことだ?」
鎖を外されて、奥に連れ込まれる青髪の人物。普通に考えて、買い手がついたということだろう。しばらくその店をカメラで見張り続けるが、やがて、その店からこの人物が出てくる。
横には、買い手と思われる人物も一緒だ。この暑い日に、真っ黒な服を着ているその人物、この青髪の人物を連れて出て行く。
そこでわかったのだが、この青色の髪の人物は、女だ。身体つきといい、服装といい、私と同じくらいの娘で間違いない。
その青髪の娘を連れて、男は歩いて行く。それを、カメラが追う。
「あれ?どうしてこのカメラ、あの2人を追いかけられるんですか?」
「ああ、あれはドローンだからだ」
フェデリコさんが応えるが、ドローンってなんだろう?この間延びした奇妙な名前の仕掛けは、2人の後を追いかける。
街の外れ、貴族や皇族の屋敷につながる道の途中で、2人は立ち止まる。そこで黒服の人物は、首飾りを取り出す。
それを、彼女の目の前で揺らす。その首飾りからは、白い煙のようなものが出ている。何をしているのか?黒服の人物は娘に向かって、なにかを語っているようだ。
「何か喋ってるようですね」
「そうだな。レーザー盗聴で聞いてみるか」
フェデリコさんがそういうと、横でこのドローンを操作している人が何かを操作する。
すると、声が聞こえてくる。少しザラザラした声だが、その内容が聞こえてくる。
『いいか……この先の黒い大きな馬車に乗った男は、お前の両親の仇だ。いいか、両親の仇だ……』
ブツブツと念を押すように何度も語る黒服の人物。声の感じから、男だと思われるが、その男の言葉を聞いてうなづく青髪の娘。
そして、男はその娘にナイフを渡す。娘はフラフラと、街を出て行く。男はそのまま、街へと戻って行く。
娘の向かう先は、皇子様の屋敷がある方だ。虚ろな表情で歩いているが、着実に屋敷の方へと歩いて行く。
「よし!身柄確保だ!」
フェデリコさんはこの小さな建物を飛び出す。私も慌てて、フェデリコさんについて行く。
その青髪の娘に追いついたのは、もうブロイセン皇子の屋敷の前、ちょうど娘がナイフを取り出したところだった。
私の見た光景通り、皇子様はまさに黒い馬車に乗り込むところだ。その皇子様めがけて、ナイフを突き立てて駆け寄る娘。
だが、フェデリコさんが皇子様の前で立ちはだかる。が、あれでは、フェデリコさんが刺されてしまうのでは……と思ったその刹那、激しい音と共に、娘は後ろに吹き飛ばされる。
それを見て、私はフェデリコさんのところに駆け寄る。飛ばされた青髪の娘は、気を失って倒れている。地面に落ちたナイフを見ると、刃先の部分が溶けてなくなっていた。一体、どんな魔法を使ったのか?
「フェデリコさん!大丈夫ですか!?」
「大丈夫だ。携帯バリアを使った。私はなんともない」
ああ、バリアってあの駆逐艦にもついている、稲妻のような強烈なビームでさえはじき返せる仕掛けだ。あれならナイフを防ぐことなど、造作もないだろう。
不意打ちをするつもりだった娘は、逆に不意打ちを受けて気絶する羽目になった。後から追いついた司令部の人が、気絶した彼女の身柄を確保する。
「おお!やったな!」
その一部始終を見ていたブロイセン皇子が歓喜の声をあげる。フェデリコさんは一言、応える。
「はい。ですが、あの占いがなければ、防げませんでした」
「そうじゃな。実はわしもあの占いを聞いて、こんなものを備えておったのだがな」
皇子様は服をめくる。服の内側には鎖状の下着、チェーンメイルが見える。ああ、これならば、万一ナイフで刺されても防ぐことができる。
こうしてフェデリコさんが皇子様をかばったおかげで、暗殺は未遂に終わった。哀れ、志半ばで、娘は捕らえられてしまう。
いや、でも、ちょっと違和感がある。ついさっきまで奴隷市場で売られていたこの娘が、どうして急に皇族を襲ったりしたのだろうか?
幾ら何でも、唐突すぎる気がする。あの時、親の仇だとあの黒服の人物はその娘に言い含めていたが、それについてこの娘はなんの疑問も、怒りの感情も見せずに、黙々と皇子様を斬りつけに走った。
手足を拘束されたまま、担架に乗せられて運ばれるその青髪の娘。
「いやはや、オルガレッタ殿、そなたのおかげでわしは助かったぞ!」
「えっ!?あ、はい、でも私は、ただ未来を見ただけですから……」
「いやいや、それだけのことが、わしや300隻の艦隊を救ったのであろう?謙遜することではないぞ!そなたは、この帝国の宝だ!」
皇子様より、過分なほどのお言葉をいただいてしまった。いや、宝だなんて……私はただ、ショッピングモールの1階にあるピザ屋のピザが大好きなだけの、司令部付き雑用係に過ぎないのだが。
ところで、この娘をそそのかした黒服の男も捕まった。別働隊が彼を追跡し、捕えたのだ。
その男の所持品を調べると、持っていたのはお香入れのついた首飾りと、お香だ。
だがそのお香を調べてみると、それは幻覚系の麻薬だった。どうやら、その麻薬と首飾りによる振り子を使って、暗示をかけていたようだ。
つまり、あの娘は単にその男に操られていただけのようだ。事実上の実行犯は、この男ということになる。
男は頑なに黙秘を続ける。あらゆる質問に、まったく答えようとしない。だが、地球122の持つある技が投入される。
それは脳波読み取り装置だ。頭の中に浮かんだ言葉を文字として出すことができるこの仕掛け、スマホの文字入力にも使われている。あれのもっと大きくて、性能のいいやつが持ちこまれた。
この仕掛けを使って、黙秘を続けるこの男の頭の中に浮かんだ言葉を次々に文字へと変換し、心の中に隠されたものを次々に暴いていく。
まさかそんな仕掛けがあるとは知らない実行犯の男は、黙秘しながらも質問の答えを頭の中で思い浮かべてしまうはずだ。
ところでこの男の正体だが、あのベーゼホルンでも有名な殺し屋だと分かる。自らは手を下さず、奴隷や貧民に麻薬と振り子を使って暗示をかけ「殺し屋」に仕立て、目当ての人物を次々に殺すと言う手口を繰り返していたようだ。早速、余罪の調査が始まる。
と同時に「真犯人」の調査も始められた。相手が雇われの殺し屋ということは、その裏に依頼人がいることになる。その依頼人こそが、真の犯人と言える。
こうして、司令部はブロイセン皇子暗殺事件の全貌の解明に動き出す。
だが、この事件、どうにも腑に落ちないことがある。
ブロイセン皇子は、4番目の皇位継承権を持つ人物だ。こう言ってはなんだが、このお方を殺したところで、皇族の力関係が大きく変わるものではない。
広大な領地を持つ人物でもないし、大きな事業をなしているわけでもない。この帝都においても、さほど影響力を持つ人物ではない。ゆえに、皇族の中では最も警備が薄く、暗殺されやすい人物には違いないのだが、なぜ暗殺の対象になったのか、まるで見当がつかない。こればかりは、真の犯人を捕まえて聞いてみないと分からない。
犯行の動機が見えない事件。真犯人と、真の犯行目的は解明されるのだろうか?捜査は、まだ始まったばかりだ。




