#1 就職
私の名はオルガレッタ。強大な帝国の帝都ラーテルブルグに住む、ごく普通の平民階級の娘。歳は18歳。
父親は数年前の戦さで戦死してすでに亡く、母親と弟との3人で、帝都の端の平民街でひっそりと暮らしている。
母は家で織物を織り、そして私は街角で占いをして、なんとか一家の生計を立てていた。
私の占いは、よく当たると評判だ。私はどういうわけか、先のことが見える。その人の手を握り目を閉じると、その人の1日から10日ほど先に起こることが見えてくる。
どうしてそんな力があるのか分からないが、見えるから仕方がない。でも、私はその力のおかげで、収入を得ることができる。
1回あたり、銅貨1枚で占う。1日で、多い時でも20回、平均すると5、6回、占う。
だからひと月働いても、銅貨150枚ほど。銀貨なら15枚だ。これでどうにか家族3人の食事を得ることができる。それに母の収入を合わせて、家賃と衣服などをまかなっている。
そんな暮らしが、この先もずっと続くと思っていた。
だけど今、この帝都が大きく変わりつつある。
それは、空高く、星の国からやってきたという、あの船がもたらしてくれた。
1年ほど前に、大きくて灰色の空を飛ぶ船が現れた。まるで大きな岩で作られた砦のようなその船がこの帝都の真上を飛び、街は騒然となった。
だが、彼らは帝国と同盟を結ぶ。そして彼らは毎日のように帝都の上を飛ぶようになる。
私の住む平民街のそばに、この空飛ぶ船の港、宇宙港というものが作られた。そしてその一帯に、遠く星の国からやってきた人々のための街が作られる。
私達はその街に住むことはできないが、入ることはできる。私と母と弟も、そこを幾度か訪れたことがある。
その街には、馬のない馬車や、色とりどりの服を着る人々、そして、動く絵が飾られたたくさんの店が所狭しと並ぶ。見たことのないものがあふれる別世界のようなその場所に、3人は目を奪われる。
でも、そこで使えるお金はユニバーサルドルと呼ばれるもので、1ユニバーサルドルが銀貨1枚に匹敵する。パン一つでさえ1ドルもするその街の物価は、私達平民には高嶺の花、到底、私達は買うことなどできない。そんな街で買い物ができるのは、帝都の民では貴族や豪商くらいのものだ。
帝都は日々大きく変わっているが、私達平民の暮らしは変わらない。私も相変わらず、帝都の片隅でひっそりと占いをする暮らしを続けていた。
そう、あの日までは。
私に転機が訪れたのは、ある初夏の日だった。その日もいつも通り、街角で小さな机を置いてお客さんが現れるのを待っていた。
夏の日差しを避けるため、真上に布を広げて日除けにしていた。その日除けが突然、剥がされる。
「おい!この似非占い師!」
急に大男が現れて、すごい剣幕で私に怒鳴りつけてきくる。
「な、なんでしょうか……」
「お前のせいで、こんな怪我をしちまったじゃねえか!」
その男の左腕には、包帯が巻かれていた。
ああ、それで思い出した。3日前、私はこの男を占ったことを。
その日、不意に訪れたこの男の手のひらに触れて、目を閉じる。すると、その男に起こる出来事が見えてきた。
◇
そこは酒場、薄暗い場所で酒を飲んでいるこの男は、別の男と言い争いをしているようだ。相手に掴みかかるその男の腕が見える。
当然、大喧嘩になる。何かの拍子にその男は床に倒れ、割れた器の上に左腕がのしかかり、大怪我をしてしまう……
◇
その光景を男に伝えると、その男は激怒し、金も払わずに出て行った。
その男が、再び私の前に現れたのだ。
「お前がおかしな占いをしたせいで、こうなったんだぞ!どうしてくれるんだ!?」
どうもこうも、私が占おうが占うまいが、その結果は変わらない。私はただ、その起こるべく事実を伝えただけだ。
私の占いは、相手が望むことが見えるわけではない。ただその先に起こる出来事を見ているだけだ。
先の出来事を知れば、なにか手を打つことができる。命が、助かることもある。
私には、父の死が見えていた。戦さに出かける直前、父が私の手を握ってくれた時、私には見えていた。
◇
大勢の兵士が、列を作って森の中を進んでいる。
皆、何も言わずに、ただ黙々と森の中の細い道を進んでいた。
が、その森の木々の間から突如、兵士が現れる。
行軍中の兵士は驚き、その兵に襲いかかろうとする。すると今度は、たくさんの矢が降り注いできた。
多量の弓矢を浴びせられ、兵士たちは大混乱に陥る。私の父も、その混乱の渦に飲まれる。
混乱する帝国兵達に敵兵が襲いかかる。剣も抜く間も無く斬りつけられる多くの兵士達。父は剣を抜くも、目の前に槍を持った3人の敵兵に襲われて……
◇
そのことを、私は父に伝えられずにいた。そして父はやはり、帰って来なかった。
だが、その光景を父に伝えたところで、兵役を免れることはできない。逃亡は即、死罪だ。だから、私の父は結局、死ぬしかなかったのだ。
でも今思えば、ちゃんと伝えておけば良かった。敵の襲撃を知っていれば、何か手を打てたかもしれない。
それで私は、街角で占い師を始めた。先が見えれば、助かる人もいる。実際、ある商人を占ったことがある。その時、私はその商人を乗せた船が沈む様子を見た。それを聞いたその商人は船から馬車に切り替えたが、後日、乗ろうとしていたその船が沈んだとの報を聞き、その商人から感謝されたことがあった。
ある時は、とある女性を占ったところ、夫婦喧嘩でその人の夫が大ナタを振り回し、その結果その人が殺される場面を見たこともあった。だからその人に、家の中から大ナタを隠すよう言ったところ、本当に大喧嘩が起きて危なかったと言われたこともある。
だから、私の見た未来を信じて手を打っていれば、助かることもあるのだ。
だがこの男は、私の言を聞き入れなかった。だから、怪我をした。自業自得だ。なのになぜ、私が怒鳴られなきゃならないのか?
しかしその大男には、そんな理屈が通じない。私の腕を掴んで強く引き、そのまま地面に放り投げる。私は路上に叩きつけられた。
その勢いで、男は私の持ち込んだ商売道具である小さな机を石畳みの道に持ち上げ投げつけ、叩き壊してしまう。ああ、あれを壊されたら、私は商売ができない。なんてことするの、この男は。
私は、自分自身を占うことができない。こんなことが起こると分かっていれば、この男なんか占わなかっただろうに。だが、私は自分の運命を避けることができないようだ。私はこれから起こるであろうこの男からの暴力に備え、肩をすくめて身構える。
その時だった。
「待て!」
別の男が叫んできた。私はその声の方を見る。
どちらかというとひ弱そうな雰囲気の男が、そこに立っていた。さっぱりした藍色の服をまとい、頭には平たい帽子を被っている。
ああ、この人、あっちの街の人だ。この格好、明らかに帝都の人ではない。
「なんだ、てめえは!?」
「私は地球122の遠征艦隊所属、フェデリコという者だ」
「ああ?あの街のもんか。何の用だ!」
「女性に暴力を振るっているのを見て、軍人としては黙っていられない。だから、声をかけた」
「おう、てことは、この俺とやろうっていうのか!?」
その男の方に向かって、指をぼきぼきと鳴らしながら歩み寄るその大男。だが、その星の国からやってきたその男は、こう応える。
「いや、お前とはやるつもりはない」
だが、大男は聞き入れない。
「おめえがそのつもりがなくても、喧嘩売られた以上、そうはいかねえんだよ!」
あの痩せ男さん、私の代わりにこの男に絡まれてしまった。どうなってしまうの?私はその行く末をただ呆然と見ていた。
するとその星の国の男は、腰から何かを取り出した。そしてそれを男の足元に向ける。
バンッという音とともに、青白い光が一筋、地面に向かって放たれる。するとその筋の先の地面が破裂し、人の背丈ほどの土煙が上がった。
それを見た大男は驚いて立ち止まる。この痩せ男さんは、その光の筋を放った物を大男に向ける。
「これ以上お前が暴力を働くのであれば、私は規則に則り、私の役目を果たすだけのこと。これをお前の頭に向けて放てば、どうなるかは分かるだろう?」
それを聞いた大男は、顔色を変えてすごすごと立ち去っていった。
その様子を、わたしはただ見ているしかなかった。何が起きたのか、まだよく理解していない。だがその痩せ男は私の方に歩み寄り、手を差し伸べてくれる。
「大丈夫か、お嬢さん」
「あ……はい、大丈夫です。ありがとうございます」
私は差し伸べられた手を握る。
するとその男、今度は私の手を引いて私を起こすや、両手を握りしめてくる。
なんだ、どうしたのか?急に見ず知らずの男の人に迫られ、私は驚愕する。
「お嬢さん!」
すごい形相で私の手を握ったまま睨みつけてくるその男。一体、どうしたと言うのだろう、私は知らず知らずこの人に何かやってしまったのか?たちまち私は恐怖する。
「な、なんでしょうか!?」
助かったかと思ったら、今度はこの痩せ男さんに睨みつけられる。やはり、私はここで痛めつけられる運命なのか。しかもこの男、あの大男すら尻尾を巻いて逃げ出すほどの恐ろしい武器も持っている。殴られるどころではない、下手をすれば、殺されるんじゃないか?
そう思った時だ。その痩せ男さんが口を開く。
「……私のところで、働きませんか!?」
「は?」
妙なことを言い出したこの男。えっ!?どういうこと?
「ここで出会ったのも何かの縁!うちは今、人手不足なんです!もしよろしければ、うちで働きませんか!?」
何だろうか、この人。ものすごい剣幕で私に働かないかと迫ってくる。正直言って、怖い。
だけど目を閉じると、私の手を握るこの人の手から、何かが見えてくる。
◇
そこはとても広い場所。手には、文字の書かれた板のようなものを持っている。その板に指で触れると、くるくると表面の絵が変わる。
ふと上を見上げる。そこには、あの灰色の空飛ぶ船が見える。その船は大きな建物に繋がれており、その下に開いた出入り口から、幾人もの人が出入りするのが見える。
側にいる人に、何かを指図している。その人は頷き、その灰色の船に向かって走っていく……
◇
ああ、この人、よく帝都の空に浮かぶあの灰色の船の関係のお仕事をしている人なんだ。つまり私は今、そこで働かないかと迫られているのか。
そして、手から見える光景を見る限り、この人は真面目そうな人だということは分かった。でも、どんな仕事をするのだろうか?
「あの……何をするところなのですか?」
「そうか、そうだな。我々の仕事を知らずに誘うのは失礼というものだった。分かった、では貴殿に今から我々の職場をお見せしよう。ついてきてくれ」
そういうとその男は、すたすたと歩き出す。私はその男についていく。
「そういえば、自己紹介がまだだったな。私は地球122、遠征艦隊司令部所属の幕僚、フェデリコ少佐である。歳は28歳、男性だ」
男だということは見ればわかるのに、わざわざそんなことまで教えてくれる。私も応える。
「あの、私はオルガレッタと申します。この帝都に暮らす平民階級で、占い師をやってます。歳は18、女です」
一応、相手と同じように応えておいた。それを聞いたこのフェデリコさんは、黙ってうなずく。
しばらく歩くと、門が見えてきた。あれは、宇宙港というところのそばに作られた、星の国の人達の住む街への入り口だ。その門で、私は門番に再び名前を聞かれる。
「あー、あなた地球816の人だね。立入証を作るから、名前と年齢、性別を教えてくれる?」
「はい、私はオルガレッタと言います。年齢は18歳。女です」
「はい……オルガレッタ、18歳、女性……と」
そして、小さな紙切れを渡してくれた。この紙切れは見覚えがある。以前、家族でここを訪れた時も、この紙切れを作ってもらった。ここに入るために必要なものだ。
その紙切れを持って中に入る。するとフェデリコさんが手招きをしている。そばには黒い、馬のない馬車が停まっていた。
「さ、これで司令部に向かう。5分ほどで着く」
5分と言われても、それがどれくらいの時間なのかは私には分からない。扉が開き中に乗り込むと、すぐにこの馬車は走り始めた。
馬車でさえ乗ったことないのに、いきなりこの不思議な馬車に乗ることになった。
静かに走り出す馬なし馬車。でもこの馬車、とても速い。窓の外には、帝都とはまったく違う建物や道が見える。
街行く人の服装もまるで違う。赤や緑、白の服を着ているが、身体にぴったりな服ばかりだ。
あんなにぴったりではそもそも袖を通すことなど出来そうにない気がするが、どうやら我々の服とは違い、伸び縮みできる布が使われているようだ。私が着ているごわごわで粗末なベージュのワンピースなど、着ている人はいない。
帝都から歩いてすぐのこの街。だがここは、遠く異国の街のようだ。ここはあまりにも私達とは違う世界。すぐ側に、私の住む平民街があることを忘れさせる。
そんなことを考えているうちに、ある大きな建物の前に着く。すぐ側には高い壁があり、さらにその向こう側にはあの灰色の船がチラッと見える。
それにしてもこの灰色の船、間近で見ると途轍もなく大きい。帝都の宮殿のひとつを外から眺めたことがあるが、その宮殿よりもずっと大きい。こんな大きなものが毎日、帝都の真上を飛んでいるのか。
「さ、着いた。こっちだ」
フェデリコさんに連れられて、私はその建物に入っていく。
中はとても明るい。窓がないのに、通路の天井がところどころ光っていて、その下を明るく照らしている。
でもこの明かりは、この街のショッピングモールと呼ばれる大きな市場のようなところでも見たことがある。そこは、きらびやかな店がたくさん並んでいて、とても明るいところだった。
でも、ここはショッピングモールに比べると、地味なところだ。真っ白な壁に、殺風景な扉が等間隔に並んでいるだけ。
しばらく通路を進んで右に曲がると、6つの扉が並んでいる不思議な場所に出る。上には、見たことのない文字がチカチカと光っている。
何だろうか、ここは?まじまじと文字を見ていると、その扉の一つからピローンという奇妙な音がして、横に扉が開いた。
そこは小さな部屋だった。奥には、私の姿が映っている。なんだろう、この部屋は?
「このエレベーターに乗って、8階まで上がる」
フェデリコさんが私に話しかける。恐る恐るその部屋に入ると、扉が閉まる。
ああ、閉じ込められてしまった。何この部屋は。するとこの部屋の中に並んだ小さな丸いものを一つ押すフェデリコさん。押したところが光る。
ふと後ろを振り向くと、私が映っている。ああ、これは鏡というやつだ。それも、とびっきり大きいやつ。
これほど大きなものは、帝都でも貴族だけが使う。その貴族が使うほどの鏡が、どうしてこんな小さな部屋に納められているのだろうか?
扉が開く。降りるのかと思いきや、フェデリコさんは動かない。開いた扉から別の人が3人、入ってきた。
「あれ、少佐殿。こちらのお方は?」
その1人が、フェデリコさんに話しかける。
「ああ、今日からここで働くことになった、この星の人だ」
「ああ、そうだったんですか。そういえば主計科の人が足りないって、いつも嘆いておいででしたよね。そうですか、じゃあ、この人は今日から同じ職場の仲間ってことなんですね。よろしく!」
あれ?私はまだ、ここで働くとは言っていないけど、もう働くことにされてしまった。フェデリコさんの話を聞いて、私に微笑みかけてくれるこの男の人に、私は微笑み返すほかなかった。
そして再び扉が開く。フェデリコさんが降りるので、私は急いでついていく。
そこはまた白い壁の通路が続いている。何人かの人とすれ違うが、皆、すれ違いざまにこのフェデリコさんに向かって、右手を額に斜めに当てる妙な仕草をする。
ある扉の前で止まる。その扉を開けると、中には女の人が立っていた。
「あ、フェデリコ少佐」
その女の人も、額に斜めに手を当てる妙な仕草をする。フェデリコさんは、その女の人に言った。
「リリアーノ中尉。人手が足りないと言っていた貴官のために、1人連れてきた。今日からここで働くことになった、オルガレッタさんだ」
「ええっ!?本当ですか!?いやあ、助かります!」
あああっ!ますます断れなくなったーっ!て言うかこの人、仕事場を見せるだけだって言ってたじゃない!フェデリコさん、さっき私に言ったことをすっかり忘れてしまったようだ。
「では、後は任せた」
そういうと、フェデリコさんは部屋から出て行く。あとにはリリアーノさんと私の2人だけが取り残される。
「あ、あの……」
「では、オルガレッタさん、よろしくね!私、リリアーノって言います!いやあ、人手が足りなくて困ってたのよ!簡単な仕事だから、すぐに覚えられるわよ!」
ああ、だめだ。もうここで働くことに決定してしまった。私はもう占い師には戻れないんだろうか。
「では早速、手伝ってもらうわよ!ええとね、こういうのをここから探し出して欲しいんだけど」
そう言って、私は板を渡される。
何だろうか、これは。そこには綺麗な絵が描かれていた。
「あの、これは……」
「ああ、これはタブレットという端末。で、今ここに映っているのは『電球』ね。これと同じものを、この倉庫から探し出して欲しいのよ」
そういえばこの部屋、天井が高くて、同じような棚がたくさん並んでいる。ここから、ここに出ているものを探し出すのか?
でも、どこに何があるのか分からない。この倉庫はかなり広い。一体、どうやって探すの?
「あ、あの、探すって、どうやって見つければいいんですか?」
「ああ、簡単よ。このタブレットをね、こうやって棚に向けるの。ここに映っているものがある場所の前に来ると、ほら、こうやって赤く光るのよ」
本当だ。周りが赤色に変わった。というかこの板、とても不思議な板だ。でもどうしてこの板は、ここに探し物があると分かるのだろうか?
「あとは、タブレットが指示する数だけ、カゴに入れればいいわ。簡単でしょう?」
「ええと、数って、どこに書かれてるんですか?」
「ええっ!?あんた、数字読めないの!?」
「は、はい……なにぶん私は平民なので……」
「しょうがないわね!ほら、ここよ!ここに数字が書いてあってね……」
リリアーナさんは私に数字を教えてくれた。ああ、そういえばこれ、あのエレベーターとかいうものにも書かれていたわ。あれは数字だったんだ。
ついでに、このタブレットというものの使い方も教えてくれる。読めない文字は端っこにあるアイコンというものを指で触れてからその文字に触れると、喋って教えてくれる。なんて賢い板なのだろうか。こんな物がこの世にあったなんて。
「……あーあ、結構時間使っちゃったわね。じゃあ、ここから急いで取り戻すわよ!」
「は、はい!」
リリアーナさんと私は、早速このたくさんの棚からものを探し始める。私はこのタブレットという賢い板を棚に向ける。
赤く光ったので、その棚からタブレットに出ているものを探し始める。
棚は私の背丈よりも高い。上の方を見るには、はしごを登らなければならない。いそいそとハシゴに登って、タブレットに映っているものを探し出す。
目的のものが揃うと、今度は別のものが映し出される。なんだろうか、これは?タブレットに喋らせてみると、「タオル」と答える。タオルって何?よく分からないけど、ともかくそれをまた棚に向ける。赤く光ったら、その棚からタブレットに映っているものを探す。これの繰り返しだ。
こうして、何種類ものものを揃えた。電球にタオル、下着、洗剤……なんだかよく分からないものばかりだ。一体、これは何に使うものなのだろうか?
「やっと揃ったわね!じゃあ、次、行くわよ!」
「ええっ!?行くって、何処へですか?」
「決まってるじゃない。駆逐艦よ」
「く、駆逐艦?」
また謎の言葉が出てきた。なんだろう、駆逐艦って。
リリアーナさんについていく。棚から集めたたくさんのものを載せた大きな荷車を押して、エレベーターの方に向かう。
この荷車ごと、エレベーターに乗り込む。そこでリリアーナさんは、1の数字が書かれたところを押していた。
そして、目的の階に着く。この大きくて重い荷車をなんとか外に出し、必死に押す私のことなど構わず、リリアーナさんはさっさと歩く。私はそれを懸命に追いかける。
外に出た。そこには、あの灰色の大きな空飛ぶ船がいくつも並んでいた。ああ、こっちの出入り口から入ると、壁の向こう側に出るんだ。さっきは壁で隠れていた灰色の船が、今は目の前だ。王宮よりも大きなこの灰色の船。私はその姿に圧倒される。
「ええと、7511号艦は……7番ドックね。さ、オルガレッタさん、いくわよ!」
「は、はい!って、どこへ……」
「駆逐艦7511号艦よ。7番ドックだから、あそこね、この列の3つ隣の、あれよ」
どこを指差して行っているのかわからないが、どうやらこの広い宇宙港の端の方に行かなくてはならないらしいということは分かる。でも、この重い荷車をあんな遠くまで押していくの?私は少し、気が遠くなるのを感じた。
が、リリアーナさんについていくと、大きな馬なし馬車に向かって歩いていく。
「おう、中尉殿よ!今度はどこへ運ぶんだ!?」
「7511号艦よ!7番ドックの!」
「よし、分かった!じゃあその台車をこのトラックの後ろに積んでくれ!」
この馬車の御者さんと思われる人が、リリアーナさんと話していた。どうやらこれを運んでくれるらしい。
なんとかそのトラックとかいう馬なし馬車まで、この重い荷車を運び込む。そのトラックの後ろにこの荷車を寄せると扉が開き、中から大きな腕が出てきた。
何この化け物は。あっけにとられる私をよそに、その化け物の腕は荷車を掴み、中に載せた。そして、扉を閉める。
「じゃあオルガレッタさん、乗ってちょうだい」
「あ、はい!」
前からリリアーナさんが呼ぶ。私は大急ぎで前に行き、開いた扉から乗り込む。
「じゃあ、いくぞ!」
この馬車の御者さんの掛け声で、大きな荷馬車は動き出す。もっとも、馬はいない。だけどこの大きな荷馬車は、動き出した。一体、どういう仕掛けなのだろうか?
「ところでリリアーナ中尉殿、この小さい娘は誰だ?」
「ああ、今日からここで雑用係をしてもらうことになったオルガレッタさんよ」
「へえ。見たところ、この星の人のようだな。俺はこの宇宙港でトラックの運転手をしているグッチオっていうんだ。人使いの荒いリリアーナ中尉の下では大変だろうけど、まあ頑張りな!」
「は、はい!」
なんだかもはや断れなくなってきた。私はここで働くしかないのかな。
でも、思ったより親切な人ばかりだし、いい仕事場のようだし、ここで働くのも悪くはないかな。そう思い始めていた。
「さあ、ついたわよ」
そう言われて、トラックを降りる。目の前にはあの灰色の船だいた。
「あの、ここは……」
「これが7511号艦よ。今からあの台車に乗った補給品を運び込むの。じゃあ、お願いね!」
そう言ってリリアーナさんはあの灰色の船の下の方に向かって歩いていく。
ああ、この灰色の船のことを「駆逐艦」っていうんだ。ようやく私は理解した。そして私は荷車をなんとか押していく。
出入り口は坂道になっている。重い荷車をなんとか必死に押して、その駆逐艦という船の中に入る。奥にはエレベーターがあって、荷車を押して入る。
中に乗り込むと、リリアーナさんは8の数字を押していた。しばらくすると、エレベーターの扉が開く。
エレベーターを降りて、誰もいない通路を歩く。少し歩いたところでガラス張りの部屋が見えてきた。そこには、腕のようなものがいくつもぶら下がっている。とても気味の悪い部屋だ。
「ここは洗濯部屋。ここには洗剤を置いていくわ」
「洗剤、ですか?ええと確か……」
「そうそう、それよそれ。それをね、あの端っこにある棚の中に入れるのよ」
リリアーナさんに言われた通り、私は棚にその洗剤を納める。
すぐ側には、あの腕がぶらんとぶら下がっている。近くで見ると、余計に不気味だ。今にも襲いかかって来るのではないか?そんな恐怖と戦いながら洗剤を運び終える。そういえば、これと同じようなものはさっきのトラックにもついていた。私はリリアーナさんに尋ねる。
「あのー……あそこにある腕のようなものは一体、なんですか?」
「ああ、あれね。あれは洗い終えた洗濯物をたたむロボットアームよ。宇宙に行っている間、艦内の洗濯物はここに集められて、すべて自動で洗濯、乾燥して、そして最後にたたんでくれるのよ」
「はあ、そ、そうなんですか……」
「この先にある食堂にも、似たようなものがあるわ。料理を作るロボット。今は停泊中だからどのロボットも動いていないけれど、宇宙に出たら、このロボットたちは休みなくせっせと働くのよ」
ああ、そういうものなんだ。洗濯物を洗ってくれる腕なんて、とても便利。やっぱり星の国の人達は、私達とは違うなぁ。
洗濯部屋にお風呂場、そして主計科の事務所というところに行き、下着やタオルなど、それぞれ荷車から決められた荷物を下ろしていく。
どこにどんな荷物を下せばいいかは、あのタブレットというのが教えてくれる。それを見ながら荷車から荷物を下ろし、またタブレットを見て別の場所に向かう。
随分と荷物が減ってきた。ようやくあとは「電球」というものだけになった。
「さて、この電球が厄介なのよね……ええと、どれどれ……」
なにやらタブレットを見てブツブツと言い出したリリアーナさん。電球とは、拳ほどの小さなもので、これが通路を明るく照らしているのだ。これの一体どこが厄介だというのか?
「ええと、これによると2階の倉庫と、7階の機関室、そして15階の艦橋に行かなきゃダメなようね。まったく、もっとまとまった場所で切れて欲しいものね」
「ええっ!?そんなにあちこちいくんですか?」
「そうよ。電球が切れている場所に行って、これを交換するのよ。LEDだから滅多に切れないんだけど、これだけ大きな艦でしょう?毎回何箇所、どこかが切れているのよ」
なんと、この電球というものはあっちこっちにあるから、どこに持っていけばいいかは毎回変わるようだ。私は、軽くなった荷車を押して、リリアーナさんについていく。
まずは2階へと向かう。そこには倉庫があった。通路と比べると、少し薄暗い場所だ。
その倉庫の中を進むと、一箇所だけ明かりのついていないところがあった。リリアーナさんはその明かりのない場所を指差して言った。
「じゃあ、これを一つ持って、あそこの切れた電球と交換してきてちょうだい!」
「はい……って、どうやって交換するんですか?」
「行けばわかるわ。この電球を何度か回すと抜けるから、今度はそこにこれを差し込んで回すの。奥まで回したら、電気がつくからすぐにわかるわ」
とだけ言って、ぽんと私に電球を渡す。うーん、行けばわかるって、本当かな……私ははしごを登って、その電球のところに行く。
リリアーナさんが言った通りにひねってみると、その明かりのつかない電球はくるくると回り、しまいには抜けた。そして今度はそこに、持ってきた電球を差し込んで回す。
何度か回すと、硬くなって回らなくなった。すると、その電球が明るく灯り出す。
ああ、本当に明るい。火も使わないで、こんなに明るい光を出せるなんて、やっぱり星の国の人達はすごい。この光、うちにも一つ欲しい。
この調子で7階の電球も交換し、最後の15階へと向かう。
艦橋という場所は、この駆逐艦の中でももっとも高い場所にあるところだという。しかもそこには大きな窓があるそうだ。どんなところなのだろうか?
エレベーターの一番上の数字を押す。これは、最上階である15階へ行くためのボタンだ。
この船の一番高いところにたどり着き、私とリリアーナさんは通路を歩く。そして艦橋という場所に入る扉を開き、中に入った。
私は、そこで息を飲んだ。
目の前に、大きな窓がある。その窓の外には、帝都が見える。
迷路のような曲がりくねった複雑な道の平民街、その向こうには大きなお屋敷の並ぶ貴族の住む街、そして王宮。帝都の中央の円形の広場まで、一望できる。
おまけに今はちょうど夕方、夕焼けの紅色の雲が見える。白っぽい建物の多い帝都の街並みが、その赤い雲に照らされて赤く染まる。
「驚いた?ここは地上70メートルの場所。この辺りでは、宇宙港のビルに次いで高い場所なのよ」
私は、この世のものとは思えない光景を目の当たりにして、しばらく外を眺めていた。見慣れたはずの帝都が、こんなにも美しい場所だったなんて……この景色を持って帰り、母や弟に見せてやりたいと思ったくらいだ。
「さあ、そろそろ仕事よ。でないと、日が沈むまでに帰れないわよ」
「あ、はい!やります!」
艦橋の中の電球が一つ切れていたので、はしごに登って交換する。だんだんとこの電球というものの交換に慣れてきた。
「はい!今日のお仕事、おしまい!初めてにしては、上出来ね!」
リリアーナさんは私にそう言ってくれた。初めてづくしでとても疲れたが、この言葉に私の心は軽くなる。
「でもね、明日からこれを1日5回やらないきゃ行けないわ。明日から、もっとスピード上げてやるわよ!」
「ええっ、これを5回もやるんですか!?」
「当たり前よ。駆逐艦ってたくさんあるんだから」
それを聞いて、忘れかけていた疲労感が戻ってくるのを覚える。
それにしても、今日は慌ただしい1日だった。占いの途中で暴漢に襲われて、それを救ってくれた人に連れられて突然仕事を与えられてしまい、気づけば電球を交換していた。
こうしてこの日から私は、帝都宇宙港司令部付きの雑用係となったのだった。