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三国時代の蛮族生活体験記  作者: 雀舌一壺
第一章
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第8話 族長一家

 僕は簡さんと別れてそのまま島に留まり続け、族長の家でしばらく暮らした。

 僕は族長の家の奥まった六畳くらいの一室をもらい、そこで寝泊まりした。

 着物も貸してくれたが、動きにくいし重かったので、相変わらず学生服を着てることも多かった。


 一人で置いて行かれてから当初は、色々と不安で、毎日何をやっていたらいいんだろう、いつまでここにいたらいいんだろう、などと考えて落ち着かない日々が続いたが、この島での暮らしもそれなりに忙しく、島の人々も僕を自然に受け入れてくれていたので、僕も色々なことを忘れて島での生活に次第に没頭していった。

 

 族長の家に居候していたため、族長一家とは仲良くなった。

 族長は、白髪混じりの気さくなおじいさんで、僕を見るといつも目を細めて笑顔で挨拶する。昼間は他の島民と同じように船で外に出て、夜に帰ってきては皆と料理を囲みながら手酌で酒を飲んでいる。

 食卓は族長の奥さんが仕切っていて、献立も酒の量も奥さんに管理されていて、族長はお酒をよく取り上げられている。


 族長には子供が三人いて、名前を長男がシャム、次男がラビ、長女がラオ、といい、歳はそれぞれ、十八歳、十歳、八歳だった。

 長男のシャムは、僕を連れて来た虎皮をかぶった大男だ。

 シャムは、筋骨隆々たる大男で、いたずら好きなガキ大将と言った感じで、島の若者を連れて熊や鰐など危ない動物を狩ってよく遊んでいるらしい。

 次男のラビと長女のラオは、シャムに比べて大人しく、容姿も黒髪色白でやさしげで、大抵は二人で一緒にいて、竹の葉を折って何かを作ったり、石投げをしたりして遊んでいる。


 それから、族長一家には人間以外の家族がいる。白虎の親子二頭だ。

 名前は、母親がアシムで、子供がアイスという。

 一家になついていてとても大人しく、名前を呼ぶと、アシムは、聞こえるか聞こえないかくらいの声量で唸り声を出し、視線をこちらに送る。

 一方、アイスはまだ子供で、アシムの乳を飲むか寝てるかの時が多い。名前を呼ぶとたまに、体に比べて大きな足でよちよちと向かってきて、太ももの上に乗ってくる。


 この白虎は一族の守り神のように大事にされていて、シャムたちが獲ってきた獲物の肉も、一番いい部位が与えられる。

 ついでに言うと例のペンケースも、今ではすっかりアイスの遊び道具になっていて、大抵はアイスに噛まれてくたくたになっている。

 アイスはまだ牙がしっかり生えていないようで、そんなに目立った傷は出来ていないが、いつもヨダレまみれになっている。


 そして僕のこの一家の中での立ち位置は、次男のような立場で、ラビが三男に格下げになったような感じだった。

 もっとも、この立ち位置は、僕の頭の中での主観的なものであり、族長にとっては僕は相変わらず得体の知れない客人だったのかもしれない。

 でも僕がそう思うほど族長一家は誰に対しても分け隔てがなく、何かの集まりがあると村人も交えて皆で車座になって話し合うし、その後の食事も同じように取る。

 そして、そういう時には食事の準備も皆で手伝う。

 僕も非力ながら男なので、水汲みしたり竈に火をくべたりして手伝った。


 驚いたのがラオだ。

 ある時彼女が自分の腕より長くて大きな肉切り包丁を引きずって歩いていた。

 八歳の子供がそんなものを持つの危ないよ、と思って注意しようとすると、水場の手前でぐったりと横たわった鶏に向かってその包丁を振り上げた。

 手元が狂って自分の足を切ったりするんじゃないかと思い、僕は反射的に声を上げたが、その声も届かず、包丁は振り下ろされ、鶏の首が胴体と切り離され、包丁の刃と床の石板がぶつかり合って大きな音を立てた。

 そして、ラオはこちらの方を向き、全く曇りのない満面の笑顔で笑った。

 それが、全く普通の日常の光景だとでも言わんばかりで、周りの侍女たちも振り返っただけですぐに自分たちの仕事に戻った。


 この時ほど、自分が違う世界に来たのだと痛感したことはなかった。

 僕などこのとき未だに動物を殺したことがなく、日本にいたときはペットの金魚の死骸に触るのも怖かったので、自分の半分しか生きていない子供が何の躊躇もなく鶏の首をはねられることにとても驚いた。


 しかし恐ろしかったかというとそうでもなく、愛らしい笑顔で見られると、それをこの世界の当たり前の光景として受け入れざるを得ないというか、自分の感覚が間違ってるんじゃないだろうか、という気持ちになった。

 人や動物の命を絶つということに対する忌諱が人間には根源的に備わっている、というのは嘘で、人間は本来自分以外のモノは全て平気で殺せるが、社会性の後天的な発達により忌諱が生まれる、というのが正しいのだろうか、とまで考えた。


 しかしこんなものはこの世界では観念上の戯言に過ぎなかった。

 鳥でもカエルでも殺さなければ腹を満たすことはできなかったし、かと言って八歳の子供にそれをさせることも忍びないので、やはり自分が変わらねば、という思いに帰っていくのだった。



 族長の家の家事を手伝う以外にも、シャムとその仲間にくっついて、柴刈りや狩猟や魚捕りに行ったりもした。

 初めは走ることもままならず、よく木の根に躓いて転んでたけど、前の人の踏み跡を追ったり、木の様子や地形などを気にしたりするようになり、転ぶことはなくなった。しかし猟具を扱うのはまだまだ苦手だった。


 船を漕ぐのには大分慣れた。清江の鐘離山周辺は川の流れが緩いので、漕ぎやすかった。

 櫨や槍を握り、棒を担ぎ、網を打つ毎日で、体のどこかがいつも痛く、手の平の豆がいつも潰れていたけど、自分がしていることは生きるために全て必要なことで、とても清々しく感じ、生きていて張り合いがあった。


 この世界の人達に早く溶け込みたいと思い、この手の平の柔らかさを何か恥ずかしいもののように感じた。

 手の平に豆を作っては潰し、作っては潰し、次第に固くなっていく手の平を見ると、何だか自分がこの世界に溶け込めているような気がした。

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