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ウキヨってヤツは!  作者: メタルリフレクトスライム
1章
4/11

part3

「ご承知の通り、ここ葛飾大学の歴史は古く今年で100周年を迎えます。創設者『葛飾南斉』は大学設立以降初の入学式の場で、当事はまだ70人余りの学生達を前にこんな言葉を説きました。」


 カッカッとハイヒールで乾いた音を立てながら歩く大学事務員の女性は、後ろに続く数名の高校生with保護者達を背中に誇り顔で続けた。


「『諸君は石ころだ、今はまだ土まみれのただの汚れた石ころだ。だが磨くことも出来る。磨けば光る石になる、さらに磨くと煌めく宝石となる。個性とは宝石だ。誰にも盗まれないただ一つの宝石だ。諸君に問おう。諸君の石はこれからどうなる、どう磨かれる。光り輝くその日まで、諸君の答えを待っている。』と...」


 おぉ...という小さな歓声を後ろから聞き事務員の女性はより一層靴音を高らかに響かせ、


「恐縮でございます...さてそうこうとして近づいてまいりましたは設立以降、改装を繰り返すも多年に渡り聳え立つ葛飾の顔といっても過言ではありません、4号館の紹介となります。こちらの建物では主にサークル活動の部室が軒を連ねており、日々学生達の心地良い笑い声が飛び交う館となっております。創設者『葛飾南斉』もよくこの館に立ち寄り時を忘れて学生達と笑い、涙し、語らいあったとのことです。」


 おぉ...という小さな歓声が起きた。



 ――自覚はあるが今日は気分が良い、いや正確には今日()気分が良い。オープンキャンパスの案内役を任され時は本気で嫌だった。『高校生』という人種は嫌いだ、何が楽しいのか知らないけど基本的に近い年齢にしか心を開かない生き物。こんなおばさん相手になんかするはずがない、まぁまだギリ三十路超えてないからおばさんというのも早過ぎる気もするけど(笑)。

 と思っていざ蓋開けたらどうよこの紳士的キャラ勢揃い、なに今どきの高校生ってこんななん?どこもかしこもこんななん?光り輝く優しい笑顔、さらにママンと仲良くおしゃべりするなんて!あぁ素晴らしい、南斉パイセン見てますか、おたくの志望者光ってます、入学前からピカってます!!(笑)


 歓声を聞き更に靴音を高らかに鳴らしながら事務員の女性はにやけそうな口元を抑えながら後続を引き連れ各階を回り始めた。

 階ごとの扉越しに見える部室内の景色は()()に満ち溢れた光景だった。それは高校生だけでなく保護者でさえもタイムマシンが使えたらと思わせる程である。


 誰もがこの大学の志願を固めたなと事務員の女性は脳内で試合終了のベルを響かせ7階のエレベーターホールに到着した。


「さてこの階で最後になります、また大学案内につきましても以上を持ちまして終了となります。ここからは自由解散となりますので、今一度ご見学しておきたい場所などありましたらお気軽にお立ち寄りください。本日は長い時間お付き合いいただき誠にありがとうございました。」


 礼をするとワァと溢れんばかりの拍手と感謝の声に包まれた。

 今の仕事に感謝するなんて...事務員の女性は職場までの帰り道、にやけを止めることも忘れてスキップしながら戻っていった。


 事務員の女性を見送った後、彼女の予想通り7階エレベーターホールでは葛飾大学を志願してもいいかもしれないという空気が充満していた。



 ボゴォ!!


 刹那、そんな空気をぶち壊すかの如くエレベーターホールに鈍い音が響いた。

 何事かと団体が周りを伺うと一人の高校生があれとエレベーターの向かい側にある壁下側に指をさした。

 壁下には奇妙なくぼみがあった。

 そのくぼみを見た一人は「ミサイル」を想起した。

 そのくぼみを見た一人は「鉄球」を想起した。

 そのくぼみを見た一人は「隕石」を想起した。

 彼らがそのくぼみに疑問を覚えるのも束の間、ドラマや劇場ですら聞いたこともない悲鳴が7階に響いた。


 ――訳が分からない。

 エレベーターホールに先ほどまでの穏やかな空気は無く、代わりに混乱と恐怖が彼らを支配していた。

 しかし誰かが傷ついてるのは確かだ。

 彼らは恐る恐る音のする方へ、704号室へ顔を覗かせる。


 704号室の景色は輝いていた。

 胴着姿で楽しそうに談笑する姿、一心不乱にゲームに打ち込む姿、華やかな着物を纏いきめ細かな手先で湯吞を回す姿、次回作に向けてのキャラクター作りでボブかロングか怒涛の議論を交わす姿、カメラ片手に特別な一枚を探す姿。

 そんな甘ったるい抽象的輝きを、この部室はぶち壊し、常軌を逸した涙の輝きを放っていた。


 座り込んだ力士が右肩を壁に食い込ませながら泣き叫ぶ。

 その姿を後ろで見ながら金髪オールバックの不良と、最近5歳の娘がよくモノマネしている魔法少女の衣装をなぜか着用している青髭オヤジが手を合わせて肩を震わせ泣いている。

 そしてその中心、髪が乱れて顔は見えないがその体格のどこにそんなパワーがあるのか、力士の肩に足を食い込ませ壁にのめり込ませている長髪の女性。


 覗き込んでいると力士がこちらに気付き、口を開けかけた。

 しかし目線の動きからか女性もこちらを振り向いた。

 そして一言


「何、相談?」










 何も見なかったことにした、別に今助けなくても死ぬほどではないし誰かがやってくれるだろう。

 葛飾大学への志願も取りやめた、だってこれからはグローバルだよ、世界の大学にも目を向けてもいいんじゃないかな。

 こうして彼らはまた一つ志望枠を減らして家路に着いたのだった。


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