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第二十四話 狂劇の終わり

「呪持ちィッ!貴様の相手はこの俺だぁああああ!!」


 この世界の住人では絶対に倒せない相手に俺は雄叫びを上げて自らに意識を向けるように誘いこむ。


「私をボコったクソオヤジ!ようやく見つけた!アンタは絶対ぶっころしてやるぅううううっ!!」


 相手は肉体を狂化されていようと所詮は戦闘の素人、一度こちらに意識が無いてしまえば隙が出来る。


 その隙を利用し周りに居たレイガス達を後ろに下げ、彼等には呪持ちが逃げられないように取り囲んで壁の役割をしてもらい、俺が呪持ちを何とかすると先に指示を出しておいた。


「おっさんは死ねよおおおおお!!」


 呪持ちは狂ったような叫び声を上げながら恐ろしい速度でこちらへ近づいてくる、狂気に押し出される様に振るわれた剣が空気を切り裂きながら襲って来る。


 その初撃を往なすため俺は八相に刀を構え迎え撃つ、この構えは狭い場所や今のように具足を着ている時こそ有効な無駄な消耗の少ない構えだと昔聞いた、度重なる連戦で体力と血を失って満身創痍な身体にはちょうどいいだろう。


 今の俺には相手を威圧するような派手な構えや一撃必殺の構えなど必要ない、今必要なのは体力を温存するのに有効な戦い方だ、そうでなければ俺は目的を果たせずにこの命を奪われてしまうだろう。


「おらああああ!直ぐ死ね!今すぐ死ねぇええ!!」


 彼女は己の勝利を微塵も疑っていないのだろう、狂気に満ちた嗤いを浮かべ、片眼の俺の死角を狙うように左側から呪持ちが攻撃を繰りだした。


 見えない左目の代わりに触覚を研ぎ澄ませ肌で空気の動きを感じ、聴覚で空気が切り裂かれ上げる悲鳴を聞き取って攻撃の芯をずらすような一撃で迎撃をする。


「ここだっ!」


 生きる者全てを憎み命を削り取ろうとするような死の象徴が、両手で構えた刀とぶつかって鋭い音を奏で、俺の命から遠ざけられる。


「クソが!無駄な抵抗せずに大人しく当たって死ねよおおお!」

 

 俺が攻撃をいなしたことに不満の声を上げて、呪持ちはさらなる攻撃を繰り出すが上体を捻って躱してから問いかける。


「自分がどうしてこんなことをしようとするか考えてみろ!君のやりたい事は本当にそんな事なのか?」


 今は王城には転生神の漂わせる終末の気配が弱い、だから目の前の呪持ちをこのふざけた劇の脚本から降ろす手立てがあるかもしれない。


 俺の目的は呪持ちを滅ぼす事ではなく、呪の大基であるその供給源を断ち切る事。


 転生神の掲げる大いなる意志から供給される呪持ちへの力の通路を断って、呪持ちになった目の前の女性を世界を滅ぼさないように納得させることだ、それが可能なら俺達は殺し合う必要などどこにもない。


「お前らオッサンは常に私達若い女を下衆な目で見て、気に入らなければ自分が気持ちいい様に説教できる便利なオナペットとして見下してやがる……」


「そんなのは君の勝手な妄想にすぎない、少なくとも俺はそんな風には見ていない!」


「アアアッッ!!こいつのキモくてウザい!声を出さずに黙って死ねよおお!何でヘッドホンがないんだよぉおおおお!!!おっさんなんて全員死ねばいいのにぃぃいいいい!!」


 感情を爆発させるように呪持ちは鋭い突きを繰り出してさらに肉薄してくる、それを鍔元で受け流しながら俺は声を掛けていく。 


「君は呪に振り回されている!それが正しいと思い込もうとしているんだ!」


「黙れっ!しゃべんなっオッサンの息がかかって気持ち悪いんだっ!おっさんの説教はうざいっ!耳が腐る!不快指数を上げるならさっさと死んで詫びろおおおお!!!」


 彼女が右目に向けて突き出した攻撃をいなしたが、次の瞬間に脇腹に向かって避ける事が出来そうもない速度で膝蹴りが襲い掛かる。


 それならばと敢えて後方へ飛び去りながら衝撃を弱め、胴鎧の曲線で受け流すように受けながら飛ばされる。


 辺りにあちらの膝当てとこちらの胴鎧が互いを削り合うような激しい音が響く、だが思った通り身体への衝撃はかなり少なくなっていると感じながら吹き飛ばされる。


 そうして着地と共に受け身をとって立ち上がろうとするが、その大きすぎる隙を呪持ちが見逃すはずがない。


「アヒャヒャ!今から黙らせてやるからさっさと死ねぉ!生きる価値のないゴミがぁアアアア!!」


 勝利を確信した嘲笑いを下品に漏らして呪持ちがこちらに向かって来るが、黒の簡素な鎧下を纏った間に重く丈夫な騎士盾を抱えたレーミクが飛び込んで、俺の身に降りかかる破綻を遠ざける。


「貴方の相手はシュウゴ様だけではない!私がシュウゴ様を守ります!」


 狂化された膂力が繰り出す凄まじい速度の一撃を真正面から受けても、加護によって増力されたレーミクは一歩も引かず、騎士盾で弾き押し返し反対の壁へと呪持ちを吹き飛ばす。


 呪持ちにはこの世界の住人達の振るう刃や攻撃は届かないが、衝撃や力の作用自体は届いているのは今までの戦闘で分かっていた。


 だがレーミクが繰り出した反撃は予想以上の威力だったようで、増力の加護によって強化されたレーミクの盾の反撃は、呪持ちに自身の加速度を反動として与え、ガルムンズが行った反撃以上の速度で壁に激突し、衝撃の激しさに壁が崩れてしまう。


 これは増力の加護が効きすぎた証拠で非常に不味い状況であると、俺はその瞬間に感じてしまった。


 王への謁見やセラーネに連れられて風呂に向かう時、廊下の柱の数が少ない事や壁の厚さがかなり大きい事が見て取れた、用途や歴史の長さから推測するに恐らく壁構造という工法で作られていると推測できる。


 恐らく石組みを骨にして混凝土(コンクリート)を繋ぎに使い、漆喰を被せる工法で作られているのだと思う。

 

 現代使われている鉄筋コンクリートの寿命は大体長くて百年程度、しかも出来上がって直ぐは強度が安定せず、常に戦をしている世界では構造体としては非常に使いにくい。


 その上鉄筋構造は攻撃を受け破損した場合に一部だけを直すのは非常に難しく、折れた鉄筋は繋ぎ合わせるのにも多くの手間が掛かる。


 そうした観点を考えると、破損箇所だけを素早く建て直せて風雨等にも強く、強度に優れた古代遺跡のような混凝土(コンクリート)を使った石組みで作っているのだろう。


 こういった壁構造の建物というのは、外的な攻撃に対して外側が崩れるだけで済むので強固な防御力を持っている反面、内側の壁を壊されればその分構造体が脆くなり、内部から崩壊する弱点を持ち合わせている。


 それでもこの程度の損傷なら、強固に作られた王城が崩れることはないとは思うが、今のように長期戦を望むのであればガルムンズのように加減をし、城を壊さないように立ち振る舞うことが要求される。


 だがレーミクに安易に増力の加護を調整させるのは危険だろう、どれくらい加減すればいいかも判らない以上、調整が失敗した時に危険が及ぶのは明白だ。


 呪持ちを追い詰めたと思っていたが、追い詰められているのはもしかするとこちらかもしれないと、背中に嫌な汗が流れる。


 それでも被害を考えれば彼女を外に連れ出す訳にも行かないし、ガルムンズやレイガスのような経験豊富な他の者に変わって貰おうにも機会を見極めなければならないだろう。


「ふざ……、ふざけんんああああああ!なんでだよ!そいつは説教オヤジなんだぞ!何で女の敵をぶっ殺す私を、ロリビッチもフィギュア女もアンタもなんで邪魔すんだよおおお!おかしいでしょおおおお!」


 俺が城の崩壊について危機感を抱いていると、己の思い通りに行かない現状を全く納得出来ないとばかりに呪持ちが発狂するように吠え出した。


「沢山の女騎士だって私に賛同した!私は一ミリも間違っちゃいねぇええ!!!」


 己の考えの正しさを疑う事を否定して、呪持ちは更なる持論を訴える。


「私の仲間はいっぱい居るんだよ!オッサンは糞だ!男は年を取ると糞になるんだよ!だからさっさと死んだほうがいいんだアアアアア!!!」


 その言葉を皮切りに辺りに呪の瘴気が広がる、呪持ちの周辺を囲んでいた騎士達の中に異常が起こりだす。


「ゴフッ、胸がく、苦しい……」

「ち、力が抜ける……」

「き、傷が開いて、血が止まらん」


 瘴気を浴びた年嵩の騎士達が急に苦しみだして崩れ落ちる、この瘴気には呪持ちの願望を具現化するための力が込められていて騎士達を苦しめているのだと分かった。


「アヒャヒャヒャ!どうだおっさん共、アタシはお前らより凄いんだよ、跪けカス共がアアアア!」

 

 狂った様に嗤う声が長い王城の廊下に響く、その声に呼応する様に辺りから悲鳴が聞こえ始めて彼女を中心に瘴気が益々濃くなっていく。


「私はオッサンなんて絶対に認めない!あいつらは世界にはびこる害虫で居ちゃいけない存在なんだ!だから私は正しいんだあああ!!!」


 これ以上の時間をかければ被害が拡大するだけで、もはや時間など残されていないと知った。


『だからあのお兄ちゃんみたいに殺しちゃうのかなぁ?それがおじさんにとって正しい選択なのかなぁ?さあどうする?英雄のお・じ・さ・ん?キャハハハハハ!』


 呪持ちの歪んだ感情を源泉にして振りまかれた瘴気が終末の気配を呼んで、転生神の声が脳内に響くが、驚くほど俺の心は揺れることはなかった。


「黙れ悪神、貴様らに二度と俺は操られたりはしない」


 己の思いを心の炉に焚べて闇を照らせ、自らの願いを己の道を見失うな、それこそが俺を支えてくれる人々に俺が報いるための道だ。


「貴様らが幾度絶望と終末を作り上げようと、俺はそれを超える希望と未来を紡いでみせる!」


 終末を否定する希望の炎が心の炉から溢れだして呪が作り出す絶望と拮抗していく、その中で呪持ちの少女に問いかける。


「君はどうしても俺達が居ることが納得出来ないのか?それは本当に正当な願いなのか?」


 ゆっくり近づきながら、責めるでもない声音で純然とした疑問として問いかける。


「煩い!私は絶対に正しいんだ!オッサンの先生は私が女だからって見下してた!就活でもオッサンの面接官に女だからって見下された!私は今まで不当に搾取されてきたんだ!だから今度は搾取する側になってやるんだ!」


 瘴気が一層濃くなっていき、隣の部屋に隔離されていた女騎士達がその身に課された拘束を引き千切り、幽鬼の様に揺らめきながらこちらに向かってくる。


「さぁ女騎士共!そこで倒れてるオッサンどもをぶっ殺せ!」


 彼女達を止めるために若手の騎士達が立ち向かうが、彼等は呪の力に酔う女騎士達の常軌を逸した膂力によって押されている。


 この状況は長くは保たず、いずれにせよ破綻すると思う、だとしたら俺はもう決断を下すべきだろう。


「俺は呪持ちを止める、レーミクにはあちらの足止めを任せていいか?」


 レーミクの力なら狂化された女騎士達に対抗できる、俺は呪持ちと一人で戦うと心に決めた。


「はい……。どうかご武運を……」


 一瞬だけ苦悩に顔を歪めたレーミク。

 

 彼女は胸を巡る思いの全てを様々な思いを一言に込め、何かを振り切るように頭を振って俺の側を離れ、聖華騎士達に向かって走ってゆく。


 そんな俺達の姿を満足気に見ていた呪持ちは、下品な笑いを浮かべながらこちらにゆっくりと近づいてくる。


「やっとクソ邪魔な真っ白女もいなくなったし、くだらねー説教垂れるアンタをぶっ殺してやるよ、私を怒らせたアンタが悪い、だって私は転生ヒロインなんだ!だとしたらこの世界は私のための世界で私が好きにしていい権利があるんだ!」


 呪持ちは自らの正当性を酔った様に謳い、彼女が自身の正当性を謳う度に周囲の闇が濃くなってその身が歪んでいってしまう。


 彼女の産み出す闇に対抗するように白い炎は猛り闇を切り裂くが、それでも徐々にその膨大な闇に押されて、世界は薄闇に染められていく。 


「誰かに与えられた力を使って、知らない別の世界を自分の我儘で壊すことが正しいと何故言える?」


 それでも最後に願いを込めて彼女に問いかけた。


 この言葉が呪の奥にある心に届かないのであれば、俺達の間は戦いの距離になり、後は言葉を捨てて刃を持って語り合うしか無いだろう。


「黙れ!世界が私を否定した!だからそんな世界を私はぶっ壊して新しい世界を、優しい世界を作ってやるんだアアアアア!!」


 限界まで膨れ上がった呪が爆発するように広がって、その勢いに押されるように呪持ちが飛び出してくる。


「残念だ……、この世界はこんなにも優しい思いに溢れているのに、君の目には何一つ見えなかったのか……」


 俺は正眼に刀を構え、断ち切るべき呪の供給源を見つけるために意識を集中して迎え撃つ。


「お前達が居なければこんな苦しい事なんてなかったんだ!お前達が悪い!社会が悪い!世界が悪い!私に優しくない全てが悪い!だから死んで無くなれええ!!!」


 彼女が叫声と共に繰り出した破滅の気配を俺は白い炎を纏った左腕の手甲で往なす、弾き返すと同時に俺の左手が軽くなったがそれでいい。


「馬鹿めぇええええ!格好つけて腕で私の攻撃を受けるからそうなるんだ!ザマァアアアアア!!」


 己の行動が上手く行ったと思っている呪持ちは狂気と喜びを表しながら二撃目を入れようとするが、そこには大きな隙があり、襲い来る二撃目を地面に這いつくばるように避ける。


「これで終わりだッ」


 己が見つけた呪の起点、彼女の胸の辺りにある黒い染みに向けて握った刀を脇を締め、体全体のばねを使うように飛び上がってそのまま体を当てるように鋭く突きを繰り出す。


 切先に白い祈りの炎を纏った刀は呪の防護を食い破り勢いを失わず、刀身の中程迄が呪持ちと化したエレーラの胸に突き刺さった。


「ギャアアアアアア!!!」


 呪の起点を突き刺した瞬間呪持ちが悲鳴を上げて崩れ落ち、刀を突き刺した俺も一緒に体勢を崩しそうになるが一緒に倒れてしまえば隙になるので、相手の胴を蹴って刀を抜いて残心する。


 刀を抜いた傷口からは汚泥のような瘴気が勢い良く吹き出し、辺り一面をどす黒く染めて、辺りを甘い腐臭が支配していく。


「世界を憎み、人を妬み、全てを恨んだ、だからこんな結末しか俺達は迎えることが出来ない、どうして誰かを少しだけでも許そうとしなかったんだ……?」


 左手を吹き飛ばされ急激に血を失って意識が朦朧とする中、悲鳴を上げる彼女に問いかけた。


「嫌だ!私は悪くない!私は消えたくない!私はヒロインで、世界の中心なのにオッサンって、何で邪魔ばかりするんだよっ!」


 今際の際になってなお、呪との関わりが切れてもなお、彼女は彼女のままで身勝手な言葉を繰り返し、俺の問など応える気は無いとばかりに自分の正当性を訴え、疑問に疑問を返してきた。


「君一人しか幸せになれない世界を求めたからだよ……」


 とうの昔に限界を迎えていた身体が急激に冷えて行くのを感じながら、その問に答えを投げかける。


「ハッ、人を殺してまで止める奴が、偉そうなんだよ……」


「俺は君の望んだ思いが悪だと思った、だけど君が皆と一緒に生きようとしてくれさえすれば良かったんだよ……」


 そう、誰かと手を繋いで生きる事を否定するなら人は孤独の中で生きていくしか無い、それが嫌なら誰かを赦す事を覚えなければならない。


 人は生きて何かを望んだ時、その反対の願いを持つ存在とどうしてもぶつかってしまう。


 だから人には思いを伝える言葉という道具があるんだと今なら理解できるし、それが届かなかった時互いを傷つけてしまうと思う。


「私の事なんて誰も理解してくれないし、理解されたいと思っても私の言葉は誰にも通じなかったよ、アンタも通じなかったから私を殺したんでしょ?」


「君の願いは傲慢だった、誰かに死ねと言われれば死にたくは無いから抵抗するよ、だから止めろといったんだ」


「黙れよ偽善者、おっさんって本当に糞だわ……、アンタが不幸になるのを私は天国から嘲笑いながら見てやる……、せいぜい苦しんで死ね!」


 恨みと呪詛の言葉を最後に呪持ちの気配を焼きつくすように白い炎が燃え上がって、彼女がその輪郭を急激に失う。


 全て終末の気配を焼き始める中、俺の口から彼女の耳には届かない言葉が零れ落ちた。


「ああ、せいぜい苦しんで皆の未来を掴んでやるさ……、後君が今度は人を恨まず人を赦す心を持って、再び産まれてくることを願っているよ……」


 それと反対の彼女の幸せな来世を願う言葉を口にしたのを最後に、俺の意識は電源の落ちた機械の様にぷっつりと途切れた。

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