第二十二話 王都を走る
奴隷商館の後ろには納屋のような小屋があり、その扉に掛けられた頑丈そうな錠前が俺達を阻むが、彼から託された鍵を使ってを開けると重々しい解錠音が響く。
「とにかく扉を開けよう、俺は右をレーミクは左を頼む」
「傷に触りますから、どうかご無理はなさらず……」
レーミクが俺の体を心配してくれているのは有り難いし解ってるつもりだ、だが今は俺達が早く出て行かないと、時間を稼いでくれた冒険者の彼に申し訳が立たないので、少しでも急がなければならない。
「俺は大丈夫だよ、さあ始めよう」
「分かりました……」
誰から見ても強がりを通り越した無謀だとしか言えない、そんな言葉を吐き出しレーミクを言い聞かせると彼女はそれ以上何も言わずに扉を押し始めた。
本当にレーミクには我慢を強いていると思う、自分の大事な人が無理をする姿を見て心が傷まない人など居ないだろうし、何らかの事情で止めることも出来ないのだとしたら相当辛い事だと思う。
「ぐっ、ふ、ふう……」
痛みに耐えながら体重をかけどうにか扉を押し開くと、そこにはパウと奴隷の輸送用であろう頑丈そうな車両がつめ込まれており、いきなり入ってきた見知らぬ者達を見たパウがこちらに恐れるような視線を送ってくる。
「ブルル……」
怯える様な声で鳴くと、一歩だけ後ずさりこちらに頭を向けて威嚇をしてきた、おそらく呪の空気や、先程から続いている戦闘の空気に当てられ、次に襲われるのが自分であるそう感じているのだろう。
「脅かしてすまない、だけど俺はお前を攻撃するために来たんじゃないんだ、お前の力を貸してくれないだろうか?」
出来るだけ怯えさせないようにパウに声をかける、ロドンダさんが言うにはパウは賢いので言葉の意味や人の気持ちを理解する動物で、その信頼を得ようとするなら自身の気持ちを語りかけながら落ち着かせて触れると良いと教えてもらった。
「フゥフゥ……」
鼻息荒く自身の足元にある藁草を蹴るような行動を見せる、これは己が警戒されている仕草で迂闊に近づけば攻撃される、だから慎重に話しかけて少しでも信頼を得ようとする。
「俺はどうしても行かなきゃ駄目な所がある、お前の力を貸してくれないか?」
だがパウは頭を振りながらこちらを警戒するように見る、それは仕方ないと自身でも感じる。
いきなり来た完全武装の相手が信用してくれと言っても言葉が通じる人間同士でも難しいのだ、より感情の機微を感じる動物なら警戒され当然だろう。
「俺達が間に合わないと、さっきみたいな恐ろしい事がまた起こるんだよ、だから力を貸してくれないか?」
自身の言葉ではパウの警戒が収まらない。
ここで時間をかけ過ぎて新しい兵士達が来て、この商館から出られなくなるのは本末転倒だと思い、諦めて進むべきかと思った所で、これまで黙っていたレーミクがゆっくりと動き出す。
「お前は怖いのでしょう?でも今動かないともっと怖いことが起こるの、ここで動かなかったら後悔するの、だから勇気を出してお願い……」
レーミクは優しく語りながらゆっくりと近づいて、警戒するパウの頭を撫でようとしたが驚くように後ずさる。
それでも彼女は構わず側に寄り、怯えに満ちたパウの首筋を静かに撫でる。
「怖い事を恐れないで……、怖い事を失くすための勇気が貴方の足が必要なの、いい子だからシュウゴ様に力を貸して……」
「ブルル、ブモゥ……」
レーミクはパウの首を抱き、その目を見て静かに幼子に言い含めるように語りかけると、彼は警戒を解いて彼女に擦り寄った後、こちらに視線を移し覚悟を決めたように一声低く鳴いた。
「有難う、貴方はとても勇気のある子ね」
彼女は一つ首筋を撫でてから微笑み、手綱を外し房から連れ出して手綱を柱に括りつける。
そしてそのまま彼の背中に付ける鞍を探し始めたので、その間に俺はこれから世話になるパウに語りかけることにした、これからきっととんでもない無茶をさせる彼に声を掛けておきたかったのだ。
「お前には無理をさせると思う、すまないな……」
「ブルゥ」
任せろと言うような一声を上げて擦り寄ってくるパウの首筋をなでてやる、本当にパウという動物は賢く、そして献身的な生き物だと思う、この世界の人々が大事にして共に生きる理由がよく分かるよ。
「鞍を見つけました、直ぐに用意をします」
言いながらレーミクは素早く鞍を取り付ける、やはり経験があるのかその動作は淀みなく進み、直ぐに用意が整った。
「手綱は私が取りますので、シュウゴ様は後ろから抱きついて下さい」
「ああ、よろしく頼む」
乗馬の経験はあるがパウが同じように扱えるかはわからない、だとすれば今は彼女の言うとおりした方がいいだろう。
元々二人乗りのものではないので窮屈だが、今は贅沢などを言っていられないし探す時間が惜しいので、その言葉通りに抱き付くと、そのまま彼女はパウに手綱で指示を出す。
「では行きます、ハッ!」
レーミクの掛け声と共に、パウは王城へ向けて俺達を連れて行く為に裏庭から走りだした、奴隷商館の側面を通って敷地から飛び出そうとすると、騒ぎを聞きつけた人々は二重三重と人垣を築き上げていた。
このまま突っ込めば人だかりとパウが衝突して東門同様に大きな事故になる、野次馬も俺達もきっと無事ではすまないだろう。
「どいて下さいっ!緊急です、道を開けて下さいっ!」
レーミクが大声で叫ぶの聞いたパウは崩れた壁の瓦礫を蹴って人垣の上を飛ぶ。
高く大きく飛んだことによる奇妙な浮遊感が一瞬あって、内臓が浮き上がるような気持ち悪さを与えるが、次の瞬間には飛び上がったパウに驚いた人々が開けた空間に着地する。
「よし、いい子ね!先を急ぎましょう!」
「ブモー!」
レーミクの手綱に応えるように、パウは狭い通路をうまく抜けて大通りへと飛び出した、そこには沢山の人々が歩いて荷車や竜車が辺りを走っている。
混みあう大通りを人馬一体と言うに相応しい感覚を持って、西部劇の映画のようにパウとレーミクが駆け抜けていく。
このような速度で駆け抜けるのははっきり言えば危険だが、先程の冒険者が言っていたように俺達には非ぬ疑いが掛けられており、悠長にしていればいずれ捕まってしまうだろう。
転生神の呪の残り香を気配に感じる状況で、俺が事情を説明したとしても間に合わなかったり、そもそも事情を聞いてもらえないかもしれない。
王城ならガルムンズたちを始め、俺を知る者が沢山居るから話を通せると思う、だから今は精一杯飛ばして少しでも早く王城へ辿り着く事を正解だと信じて先に進むしか無いだろう。
「こっちも封鎖されてる、お願い右に行って!」
「ブフォオッ」
騒ぎを聞きつけた兵士たちも先回りしているらしく、徐々に閉鎖され進める道が限られてくるが、それでもレーミクは諦めずに先に少しでも進もうとする。
「あと少しです!ここを抜ければ王城の前の坂にたどり着けます!」
一頭と一人の努力の甲斐もあって、漸くそこまで俺達がたどり着いた時、目の前には騎士と兵士が盾を並べ密集隊形で槍を突き出していた。
「そこまでだ、これ以上の狼藉は王立騎士団長、フーホウの家名を持って許さん」
その包囲の中央に陣取るように精強そうな竜にまたがった騎士、フーホウが俺達の行く手を遮る。
「フーホウ卿!私だ!シュウゴだ!」
自分が知っている人間であるならなんとかなると大声で叫ぶと、フーホウの返答の声が封鎖された通路に響く。
「なに?シュウゴ様だと!?総員、待機しろ!私が真偽を調べるまでは一切の行動を禁ずる!」
彼は兵士に待機を指示して、警戒を崩さずにゆっくりとこちらに近づいてくる。
それは何度も繰り返した今日、何度もすれ違い親子の縁まで途切れてしまった親子の再開が、誰も予期せぬ形で起こった瞬間だった。
俺は最初の今日に、二人の親子の情を繋ぎたいと願い叶ったはずだったのに未来は霧散した。
そうして何度も何度も手を伸ばして打ち消され、届いた事を全てが手遅れだと言わんが如くの状況にまで変えられてしまった。
「呪いの力で東の森に飛ばされ、私の巫女であるレーミクは過去を、持っていたはずの存在を奴隷の少女として変えられてしまった、俺は彼女を救うために奴隷商館に向かった」
今も願う未来は変わらない、それでも今それを言う時ではなく、呪を止め、ロリーエやエレレファ、ガルムンズたちを救わねばならない。
自身の悔しさを必死に抑え俺は彼に限られた事実を語る、今必要なのは彼に己の存在を理解させ、もう一人の呪の元へ間に合うことだ。
「シュウゴ様……、巫女様方がガルムンズ中隊長に伝えた話では呪持ちが二体だと聞いています、片方は王城にて、かの中隊が頭を抑えておりますがもう一体の始末は如何様に?」
どうやらガルムンズが情報を送ってくれたようだ、そして奴隷商へ兵士が来たのはガルムンズの話を聞いたフーホウ卿が送った兵なのだろう。
彼とこうして話して、漸く全ての情報が紡がれて一本の糸になったように感じた瞬間だった。
「その呪持ちは私とレーミクで打ち倒した、後は王城にいる一人だけだ」
こちらが淡々と事実を語ると彼も状況を理解したようで、俺の方へと数人の騎士を手招きで呼び寄せる。
「状況は理解しました、では王城へ私と共に参りましょう、シュウゴ様は随分と酷い怪我です、私の家の竜車がありますので、巫女様と一緒にそちらに……」
己の体調を考えこの先は竜車に乗って先に進むのは正解だと思う、ここまで頑張ってくれたパウとはここでお別れだ。
レーミクはフーホウ卿の語る言葉を聞いて、ここまで無理を重ねてくれたパウの首を撫でながら、その労をねぎらっている。
「お前は本当にいい子だわ、私の無茶なお願いをよく聞いて頑張ってくれたわ、有難う……」
「ブモーッ!ブルルゥ……」
レーミクに褒められた事が嬉しかったのか、パウはレーミクの手に首を擦り付け喜びを露わにしている。
その横で騎士の一人が俺をパウから降ろすために両手で受けを作り、そこに足を掛けて降りるようにこちらに声をかけてくる。
「シュウゴ様おみ足をこちらに……」
「有難う、感謝する」
騎士に短く感謝を述べると俺はそのまま躊躇せずに降りる、こういう時は下手に遠慮をすると互いに体の体勢を崩しそうになるのでそのまま降りたが、急に激しく動いた事で血の足らない体は俄にふらつき倒れそうになる。
「おっと、すまない……」
「いえ、お気になさらず、随分と酷い怪我です、立って居るのすらお辛いと思います」
俺が前に倒れ込みそうになった時、周りに居た騎士が手を貸して支えてくれたので礼を述べると、彼らはこちらの体調を慮るような言葉を返してくれた。
こうして俺がパウから離れ今度はレーミクが降りる番になった時、フーホウは一言だけ彼女に言葉を掛けた。
「済まないが、私はどこかで君と出会ったことはあるか?何故か君の姿を見ていると私の胸の奥で何か大事な、とても大事な事を失ったと私の心が騒いでいる……」
消えたはずの未来、失った過去についてフーホウは何かを覚えていた。
レーミクはその事実を含んだ言葉に少しだけ驚いた表情を浮かべると、笑顔を浮かべ自らの父親に消えてしまった過去を語りだす。
「呪いによって消えた過去で私は貴方の娘でした、私達は互いにすれ違い、ずっときちんと親子としての情を感じながらもすれ違いを繰り返していました」
彼女の語る言葉をフーホウ卿は静かに受け止める、それは、いつかの消えてしまった午後のあったはずの未来の話。
「ですが呪によって消えてしまった今日、貴方はこう言って下さいました、行くべき所へ行きなさい、私はずっとお前の幸せを願っている、成すべき事を成し、自分の望みを叶えなさい、そう言って下さいました」
彼女は晴れがましい笑顔で、呪いによって無くなってしまった過去と未来の事は自らの胸の中にある、そう自らの父に語っている。
「フーホウ様、貴方が忘れたとしても貴方は私の敬愛すべきお父様です、あの消えてしまった未来で貴方にお約束した通り……、レーミクはシュウゴ様のお側で幸せになります……」
その言葉を聞いたフーホウ卿の瞳から涙が溢れて溢れる、それは改悪を繰り返そうと変わらなかったから流れた涙。
人間の心の奥に魂に刻まれた、人を人たらしめる他者を思う原始の部分、情という形の無いモノが確かに二人を繋いでいたのだ。
「そうか……、私はとても大事な事を喪ってしまった、だから私の心は自らを苦しめるのか……」
自らの胸の痛みを理解した彼は静かに涙を拭いた、武人である彼は自らの過ちを正すために戦場へ向かい未来を勝ち取ることを誓ったのだろう。
「シュウゴ様、此度の戦いが終った暁には、レーミク殿と語り合いと思います、その時はぜひ許可を頂きたく」
「ああ、私は君たちの親子の語らいを邪魔する気はない、親子水入らずでもう一度、あの未来と同じ様に初めからやり直せばいい、いや、それを私は願っているんだよ」
俺の言葉に彼は空を仰いで涙を拭いた、そして最初の今日と同じ笑顔で俺に握手を求めてきた。
「私の事はフーホウ卿などと他人行儀な呼び方でなく、レイガスとお呼びください」
「ああ、もう一度よろしくレイガス、だけど増力の加護を下ろしての握手はごめんだぞ?」
そうして互いに笑いあい、彼と長い長い今日を繰り返して、漸く俺はもう一度レイガスと握手を交わす事が出来た。
失ったものもあった、帰らない者、犠牲にしたこともある、それでも俺達はもう一度未来を見ることを取り戻すことが出来た、その風景をきっと心の炎も望んでくれたと俺は信じている。




