第二十話 一人の幸せと沢山の幸せ
「アアアアアアッッ!」
俺が奇声を上げながら振るった刀は、柔らかい肉を断ち切り骨を叩き切る感触を両手に伝え命を奪う、全てを掛け全力で振り切った必殺の一撃は彼の攻撃より僅かに早く、その僅かな差が俺達の未来を分け、同時に永遠の決別を決定する瞬間となった。
今まで呪持ちと戦ってきた俺は、呪持ちを人間ではない何かだと勝手に決めつけていた、だが彼の孤独や苦悩を知った今、自らが行っている行為が紛れもない殺人と理解した。
「ギャアアアアアアッ!」
邪神が望む転生者と転移者で殺しあうコロシアムと化した室内に、胴の半ばまで断ち切られ二つに折れて崩れ落ちながら痛みと苦しみを訴える声が響き、虚しい戦いに勝敗が決したのを邪神共に知らせる。
「いでぇよっ!この人殺しぃいいい!」
自らの意思によって彼の命の炎を消し去ろうとしている事実を前にして、背中に酷い寒気を感じ身体が震えたと同時に身体から一気に力が抜け、肉体の限界を迎えた身体は膝から崩れ落ちてゆく。
「シュウゴ様っ」
床へと倒れこむ寸前、悲鳴のような声で俺の名前を叫ぶレーミクの腕で支えられた、レーミクには本当に心配をかけてばかりの駄目な主だと考えながら、俺の身を心配する彼女の頬を一つ撫でて安心させようと今にも泣きそうな彼女に声掛ける。
「大丈夫だよレーミク、俺はまだ生きているし、彼の拳は俺に届かなかったよ……」
「良かった……、本当に良かった……、お願いです、私をもう一人にしないでください……、シュウゴ様が居ない世界なんて、もう嫌なんです……」
子供の様に泣く彼女の背中を力の入らない両手で抱きしめ、彼へと視線を移す。
この悪意に満ちた戦いの勝者に与えられるのは己が望む世界、彼は幼少の挫折を消すために何度でも同じ所からやり直せる未来を望み、俺は皆が日々を重ねられる未来を勝ち取る為に、互いを何度も傷付け合って命を奪い合った。
そんな不毛な殺し合いをした相手の死に際に、最早この期に及んで聞いても仕方ない言葉、それでも聞かずに居られない質問を床を這いずる彼に投げかけた。
「君はどうして願いを捨てることが出来なかった?この世界で真っ当にやり直す事だって出来たはずだろう……?どうしてそれを選ぼうとしなかったんだ?」
「しらねえよおっさん……、いてぇ、死にたくないよ、なぁ、助けてくれよ……」
俺の望んだ未来、皆の未来を願う事がそれほど傲慢なのだろうか、その中に彼の居場所が無かったとはどうしても思えない、彼が真っ当に望みさえすれば皆彼を受け入れてくれたと思う。
「俺に君を助けるのは出来ないんだ、みんなが望む幸せよりも、自分だけが幸せになる呪を、君は選んだ……、だから世界を否定した君は世界を巡る思いの力の外にいるんだよ……」
身体が少しずつ崩れ始めている彼が簡単には死ねず苦しんでいるのは呪いの力のせいで、徐々に崩れて消えていく事は輪廻を外れた存在としての消滅を意味している。
「なんで……?俺は自分の夢を、幸せを叶えたかっただけなのに……」
「君はこの世界の住人になろうとしなかった、あちらの世界の住人として自身の願いの為に世界を侵略したんだ、だから俺達は戦うしかなかったんだよ……」
彼は自身が消滅する事実が納得出来ないのだろう、だが一度あちらの世界で死んだ人間が自身の欲望の為に、全く関係のない世界を犠牲にして良いなどと言う事は絶対にありえない、それが正しいと考えるのであれば傲慢でしか無い。
だが仮に彼が呪で自身の心を塞ぐ前に俺の手を取ってくれたら、互いに分かり合う事が出来たのなら俺達は別の未来を描けた、それは互いの理想とは違うかもしれないが、邪神共の玩具にされて、無為に殺し合うことはなかったと俺は思う。
「あぁ……、だんだん暗くなる……、ねぇ、助けてよ、おとうさん……、おかあさん……」
これ以上彼をこのままにしておくのは残酷だと思い、せめてもの介錯に炎で送ろうと炉の扉を開け放つ、送り火はゆっくりと舞い上がり部屋に残る呪の瘴気を少しずつ消していく。
瘴気が消えてく内に彼は自然と穏やかな表情を浮かべ、誰に言うでもない言葉を零して微笑む、それは極普通の青年が持っているであろう、ごくありふれた酷く人間らしい微笑みだった。
「あぁ、なんか、すげーあったけーよ……、さっきまで、俺、すごく寒かったんだ……」
その言葉を最後に彼は白い炎に包まれて、動く事も無く灰も残さずに世界から消滅する、あんなに憎んでいたはずの呪持ちの死に俺は涙が止まらず、彼の冥福と生まれ変わるように願わずに居られなかった。
「殺した俺がこんな事を言っても君は怒るかもしれない、だけどどうか安らかに眠って欲しい……、もし君が転生できるのであれば、次こそは邪神に魅入られない様に祈っている……、さようなら……」
炎の形が完全に消えてしまうと、彼の抱えた呪の犠牲となり生贄として呪の狂化の材料にされていた少女達の魂が呪の鎖から開放され、こちらに頭を下げてゆっくりと空に消えていく。
部屋中に充満した終末の気配で黄昏のように暗かった石造りの部屋は、全ての穢れを白い炎が燃やし尽くした後は、壊れた天井や壁から陽の光が差し込む空間へと戻っていた。
そこには俺とレーミク、そして俺が殴り飛ばした奴隷商が残っていた、彼は呪に操られてはいたが完全には取り憑かれては居なかったと思う、本当なら怪我の治療をするべきだろうが、もう一人の呪持ちが健在で今は時間が足らない、彼には悪いが他の者に任せるべきだろうな。
「やっと終わったんですね……」
自らの腕の中に再び戻って来たレーミクは安堵の息と共に戦いが終ったと言葉を漏らすが、俺はこの戦いが終わっていないと、もう一人の呪持ちとの戦いが終わっていないと彼女に語りかける。
「まだだよレーミク……、もう一人の呪持ちが城に居るはずだ、ロリーエ達も待っているから行かないと……」
恐らく巻き戻りであの呪い持ちも再び自由になっている筈で、俺達の戦いはまだ終ってなどいない、彼女は俺の言葉に目を見開いて何かを訴えようとする。
「そんなっ!シュウゴ様は……、いえ……、なんでもありません……」
レーミクに心配されるのも無理は無い、もう俺は一人で立つ事も出来ない程に満身創痍で誰が見ても闘えるような状況ではない、それでもレーミクは俺が行くと言えば反対する事はしない、聡明な少女は今更呪との戦いを止める事が出来ないと分かっている。
だがそれでも今にも死にそうな俺を気遣わずには居られないのだと思う、はっきり言えば立ち止まってそのまま休んでしまいたい、だがそうなれば邪神たちは喜んでこの世界に終末をばら撒いてしまう。
「後ひと踏ん張りだよ、俺の足は動きそうもないからレーミクに肩を貸してもらえると助かるんだけど、まずは君の靴を探さないと流石に厳しいね」
彼女だって前回の傷が完全に癒えている訳ではない、俺を支えながら歩くだけでも難しいのに、いくら整備されて居ると言っても靴も無く陶器の破片や木片や鉄くずが転がる通りを歩くのは無謀でしか無い。
「それくらい大丈夫です、少しくらいの痛みなど耐えてみせます!」
俺の言葉に対して彼女はそれでもやると言ってくれるのはありがたいが、やはり無理をして二人で動けなくなるのが怖い、俺がどうすべきかと悩んでいると、意識が無いと思っていた奴隷商の男は既に目を覚ましていたようで、急にこちらに話し掛けてくる。
「か、彼女の装備なら……、隣の部屋に、仕舞ってあります……」
突然の事だったので俺はレーミクを庇うように震える腕で何とか刀を構えるが、これではレーミクを守るのも難しいかも知れないと焦りを感じていると、彼は両手を上げてこちらに語りかけてくる。
「稀人様……、警戒なられずとも大丈夫です、今はもう頭ははっきりしていますから……」
痛むであろう体をなんとか動かし、彼はレーミクに視線を向けて語りだす。
「やっと貴方の名前を聞けましたねレーミクさん、良かったです貴方を知る人が現れたのでしたら、もう奴隷で居る必要はないでしょう」
腫れた顔を何とか動かして、笑みを浮かべようとする彼の言葉はレーミクを気遣う言葉だった、言葉を聞いたレーミクは彼に深々と礼をしながら返事をする。
「旦那様には命を助けてもらってお世話になりました、世界にその記憶が無いとしても……、私はシュウゴ様の巫女です」
レーミクは深い感謝と、自身の強い思いを彼に伝える、そこには奴隷という言葉からは想像もできない程の力強さと気高さが滲み、彼女の主として相応しい人間に成らねばならない自身への戒めを感じる。
俺の代わりに改変時に彼女を助けてくれたのが彼だったらしい、恩人を殴り飛ばしている事実に俺は非常に申し訳ない気分になるが、彼自身も俺を痛めつけているので出来れば許してくれないかと考えてしまう。
「もちろん私も商売人です、掛けた費用は請求しますからお気になさらず、それに今はそのような時では無いのでしょう?」
彼は理性と思いやりを感じる言葉を彼女に投げかける、やはり元々は気のいい男なのだろう、この世界の奴隷というのは国が主導で管理し福祉的な観点で運営されていた筈だ、もしかすると改悪前は役場で働いて居た人なのかもしれない。
「大狂乱で孤児が増え身売りする少女が多く、彼女達が少しでもまともな人達に買われ人生をやり直せるようにと始めた奴隷商でしたが、どうやら商いを続ける内に私の心に穢れが増えたのでしょう……、人が人を売るなんて仕事はどんな理由があっても、やはり正しくはない……」
呪いによって操られ俺を傷付け後悔している彼は、自虐的に自らの思いを語る。
そこには自身が本当にやりたい事と違う仕事をしていると自覚しながら、それでも誰かを助けたいと苦悩する彼の誠実な心を感じる事が出来た。
「そんな事はありません!貴方は記憶を失っていた私にとても良くして下さいました、その御蔭で私は再びシュウゴ様と出会う事が出来たのです、どうか、どうかご自身を嫌いにならないでください」
レーミクは彼に自らの思いを語りかける、彼が拾ってこうして治療を施していなければ彼女の命はどうなってしまったか解らない。
「しかし結果として呪に操られ稀人様に大怪我を負わせてしまいました、これは紛れもない事実ですよ、私は罪を犯したのです……」
彼が改悪を受け呪に操られた原因、それは俺があの青年を止められなかった事が始まりにあると思い、奴隷商に語りかける。
「私の事なら気にしないでください、貴方のお陰でこうしてレーミクとも再び会えたから貴方は間違っては居なかった、それに私も貴方をそんな身体にしてしまった、だからお互い様なんですよ」
「しかしっ、それは操らたとはいえ、犯してしまった私の罪です……」
己にも言い聞かせるように奴隷商に語りかけると、彼は自分の犯してしまった罪の証拠である俺の左目を気にする視線を投げかける、その視線の重さから左目もう治らないのかもしれないと感じたが、それでも彼を責める気は無いと俺は言葉を重ねていく。
「もし間違えたと貴方が思うのなら、ここから再び自身が願う事をやり始めればいい、何度間違えようと、どんなに苦しかろうと我々はそうやって生きていくしか出来ないのですから……」
俺も何度も間違った、だから人を責める資格など持ち合わせて居ない、彼と俺は一緒なのだと言外に伝えると、彼も意図に気が付いた様で俺達は苦い笑みを浮かべ分かり合った。
「稀人様……、そうですか……」
俺達は互いに傷つけ合った、人は万能ではないから時に痛みや失敗を繰り返してしまうことがあるだろう、それでも流れる時間の中で人は前に進むことしか出来ない、間違った時にはもう一度正しい道を探し進むしか無いのだ。
「では私もこのような所で寝ている訳には行きませんね、衛兵にも連絡して王城から迎えも呼んでおきます……、お二人は準備を整えてください」
それだけ言い残し、彼がフラつきながら部屋を出て行く背中を見送ると、レーミクは俺の怪我を見ながら語りかけてくる。
「既に治癒の加護を降ろしてしまったので、動くのでしたらせめて血止めだけでもしなければ危険です、少し痛みますが布できつく縛りますので堪えてくださいね」
言いながら彼女は自身の着ている貫頭衣を引き裂いて、俺の身体から滲む血を止める包帯代わりに使い出す、冬の寒さの中でそんな事をすれば自身も怪我をしているレーミクの体調が心配になる。
「えっと、レーミクが治療してくれるのはありがたいけど、まだ戦いもあるから君が身体を冷やして体力を消耗して欲しくないんだ、それと今の君の姿はその、ね?なんというか、目の遣り所に困る、できれば先に着替えてきて欲しい……」
俺達の戦いは未だ終わっておらず、王都には未だ呪の厄災の火種が燻り続けている、戦闘においてレーミクを頼りにしているので今は体力を温存して欲しいのは素直な気持ちだが、それだけではこの子は俺を優先する。
だが治療のためとはいえ彼女を覆う粗末な貫頭衣は、俺の血を止める布に変えられてしまった所為で色んな所が隠せなくなってとても寒そうに見える、そんな格好をさせるのは流石に忍びないから、先に着替えてもらいたい。
「あ……、わ、分かりました!お言葉に甘えて先に着替えてまいります!」
「行っておいで、ちゃんと着替えて来るんだよ」
裾を随分切ったせいで短くなってしまった貫頭衣の裾を引っ張って、普段は冷静なレーミクが恥ずかしそうに部屋を出て行く、そんな初々しい彼女の姿が何故か面白くて、俺は久々に心から湧き上がる笑いを耐えながら、自らが救った少女の背中を見送った。




