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第十八話 誰かの為の贈り物

『さぁ楽しいバトルの始まりよ、お代はアナタの命と世界の未来かしら?』


 女神の声を聞いた変わり果てた青年は、悲鳴を上げて突っ込んでくる、レーミクは鎖に繋がれ動く事が出来ない、俺の方に引き付けないと巻き込んでしまうので、こうして突っ込んで来るのは好都合だ。


「グアアアアアアアアア!」


 人であるのをやめてしまった彼の両腕は、硬質な何かを纏い俺の命を削り取ろうと空気を切り裂いて襲ってくる、その理不尽を跳ね退けるために刀を振るうと激しく火花が飛び散り、硬質な金属音が悲鳴のように鳴り響く。


「はああああ!」


 跳ね除けた腕の隙間を狙って俺は刃を彼の脇腹に突き立て、引き抜く為に蹴りを入れ後ろに飛び退くと、彼の苦しそうな叫びが室内に響き渡る。


「ギャアアアアア!!!」


 彼は怒りの視線を向けながら両手を振り上げ、悍ましい呪を帯びた暴力を撒き散らす、それは俺にとっての死神の鎌、迂闊に触れてしまえばこの生命は文字通り刈り取られてしまう。


 俺はその無数の悪意が篭った攻撃を手に持った刀でどうにか往なすが、目の前の厄災は無限と思える体力を持っていて、なにか打開策を見つけようと考えている内にも自身の体力は少しずつ削られていく、このまま戦うだけでは破綻するのはそう遠くない。


「ゴァアアア!」


 己の攻撃に当たらない俺の姿に苛立を表現するように、呪の被害者である彼は怒りの咆哮を上げ、その度に部屋の壁は嫌な音を鳴らし揺れ天井からは小さな破片が崩れ落ちてくる、このまま手をこまねいて居れば建物は崩壊して俺もレーミクもただでは済まない。


『アハハ!どうしたの~英雄さん?貴方さっきから避けてばかりじゃない、あんなに偉そうな事言ってたのだから頑張んなさい、その程度じゃこの子は殺せないわよぉ~アハハハハッ』


 この戦いを遊びだと言わんがばかりに女神が笑う、いや、この邪神にとっては人間どころか世界すらも己の玩具、取るに足らない路傍の石や羽虫の様な物なのだろう。


「しまっ……」


 傲慢な言葉に気を取られ、俺は迂闊にも彼の攻撃範囲に足を踏み入れてしまっていた。

 

「ウガアァアアア!!!」


 俺の見せた隙を彼は見逃さず、殺意を形にした豪腕が己の脇腹に突き刺さったのを感じた。


 山の民が拵えた鎧によって辛うじて殺される事はなかったが、その有り余る衝撃で俺は地面から引き離され宙に浮き、身体の中で硬いものと柔らかいものが一緒に潰れる音が内側を通って鼓膜に届く。


「ぐぶっ」


 肺を潰され漏れた空気によって、何の意味もなさない奇妙な音が口から漏れる、折れた骨の一部が肺に刺さったのかもしれないと、砕け散って行く鎧の破片を見つめながら考える。


『やったわぁクリティカルヒットよぉ!フフフ、いい子ね!良くやったわぁ』


「ギャアアアアアア!!!!」


  邪神が嬉しそうに彼を褒める声に応えるように、呪いによって自我を失っている青年がかぶりを振るのが視界の端に映り、悲鳴にも似たその悲痛な叫び声を聞きながら地面に叩きつけられた。


 自らの身体に蓄えられた激しい加速度は俺に止まる事すら許さず、そのまま無様に床を跳ねる様にして身体中を数回激しく打ち付けながら転がり、何か柔らかい物に激突して止まった。


 霞む目でその何かを確認すると俺が殴り倒した奴隷商の男だった、胡乱(うろん)だ視界の中で彼の腰のあたりに鍵束が光っているのが見えた、俺は邪神に見えないように手を伸ばし震える指で何とかその鍵束を握りしめる。


「もうやめて、お願いです……、もうこんな悲しい事はもう嫌……」


 部屋の片隅でレーミクが涙を流し肩を抱きながら震え呟く声が、俺の耳と目に滲んでぼやけて届けられた。


 曖昧な感覚に己の生命の火が消えようとして居るのを身近に感じる、このままでは俺は確実に死ぬだろうと、自身の冷静な部分が答をはじき出す。


「まっててくれレーミク、必ず、迎えに行くから……」


 このままでは終われない、終わっちゃいけない、小さな子供の様に震えている少女を一人になどしたくないと、孤独な彼女を救うと自ら決めたのだろう?


 だとすれば俺は、英雄は、神山周護は、ここで終われる訳がない。


「立ちっ、上が、れえええええええ!!!」


 自らに言い聞かせるように声を張り上げ、手に持った刀を杖にして、もう殆ど力の入らない終わり掛けの崩れそうな身体が再び立ち上がる。


 崩壊する屋敷からレーミクを逃すためには、彼女を戒める鎖から解き放た無ければならない、俺は鍵束を持ったまま彼女と自らの間に立ちふさがる絶望へ、魔獣と化した彼とそれを操る邪神の元へ走りだす。


 俺の意図に気付かれる訳にはいかない、この女神を気取った邪神は確実に邪魔をしてくるだろう、だから俺は命を張った一芝居を打ってやる。


「おおおおお!!」


 血反吐の混ざる叫び声を上げて走る、ボロ布の様な身体はこうして声を出さねば動けない、少しでも気を抜けば今までに折り重なった負債に意識を刈り取られてしまう。


 終わりの時を少しでも先延ばしにしようと声を上げ、右手に刀を持って左手に鍵束を隠して俺は悪意の先で、俺を待つ寂しがり屋の少女を目指して突っ込んでいく。


『あらあら……、随分と無様な英雄さんね、そろそろ終わりしてあげないと可愛そう……、私弱いものイジメって好きじゃないのよ?フフフ……』


 真っ直ぐにさえ走れない無様な己の姿を邪神が笑う、奴にとって俺の必死の行動など自らが羽を毟った死に掛けの虫の足掻き程度の物なのだろう。


 笑わば笑え!貴様のその傲慢は俺にとっての活路にすぎない、本命であるレーミクの前に立ちはだかる呪の根源へ加速していくと、こちらの命を刈り取ろうと彼も距離を詰めてきた。


 魔人と化した青年の振るう死の象徴と化した右腕を避け、がら空きになった彼の脇を通り抜け、行き掛け駄賃に渾身の力で振り下ろした一撃を彼の右足に叩き込んで、俺はレーミクに向かって飛び込む。


「ギガァアアアア!!!」


 俺の与えた痛みに彼が悲鳴を上げて怯んでいる内に、俺は彼女のとの距離を詰め、絶望に沈んだ彼女に向かって叫ぶ。

 

「レィミクーーー!」


 彼女の名を叫びひた走る俺の後ろから恐ろしい風切り音が聞こえ、彼女の側まで走り切った足に何かが突き刺さる、左足に衝撃を感じると俺は顔面から地面に叩きつけられた。


「ゴッ!ブフッ!」  


 着地した瞬間に何かが砕けるような音と共に、鼻の中に何か生ぬるいモノが溜まって呼吸が辛くなった、それでも俺はなんとか彼女の側まで辿り着く。


 これで彼女を奴隷として石の床に縛り付けた不当な戒めから解き放つ事が出来る、鍵束を無くさぬように固く握りしめていた左手を伸ばし、震える彼女に声を掛ける。


「レイミグ、ゴレをづかうんだ」


 鼻が詰まり唇が腫れているせいで篭って聞き取り難い声が零れた、それに構わず伸ばした手を開いて彼女の眼前に鍵を差し出したが、レーミクはそんな俺の言動に全く反応を示さす、その口から全てを諦めた様な言葉を絞り出すだけだった。


「もう、嫌……、こんなに辛いなら、もう終わりでいい……終わって、欲しい……」


 絶望に染まった瞳は終末を望み俺の存在すら認識していない、彼女は終末の悪夢に囚われた俺と同じ姿で、同じように絶望している。


 希望を見失い絶望に押し潰されて、ただ地面を見つめ全てが終わる時を望んで生きる、そんな悲しい生き物に貶められてしまったのだ。


「動げ、動ぐんだ、おではがの女に、ぎぼうをどどけるんだ」


 先程足に刺さったものは、奴隷商が俺の視界の半分を奪うのに振るっていた剣だった、下手に引き抜き傷口を放っておけば一気に血を失い死ぬだろう、彼女を助けるまではそのままにするしかない。


 彼女を抱きしめる為に俺は地面を這う、その度に刺さった剣は俺に激痛を与えるが一切構わずに進んで行く。


『アハハハハ、アナタって本当に虫けらみたいね~、どこまで無様なの!もう諦めてもいいわよ、そうしたら楽にしてあげるわ!』


 たった五十センチにも満たない距離を酷く遠く感じ無様にのたうち進む姿を、邪神は喜色を浮かべ俺に蔑みの声を上げてくる、降り注ぐ悪意の言葉を無視して必死に進み亀の様な歩みの末にようやく震える銀糸の少女を抱きしめた。


「レイミグ、むがえにぎだよ、おぞぐなっでごめん……」


 レーミクの身を包む絶望を跳ね除ける為に、彼女を掻き抱いて己の胸に宿る希望の炎を燃え上がらせた、ここに希望がある、君を見捨てたりはしないと、俺は思いを込めて震える肩を抱きしめる。


『アハハハハ!なかなか素敵な喜劇ねぇ、すごく無様で、ひどく滑稽で、とても愚かだわぁ!』


 そんな侮蔑の言葉を浴びせられようと諦めず、俺は彼女に語りかける。


「レイミグ、がえっでぐるんだ、君はぞんなさみじいとごにいちゃいげない」


『だ・け・どぉ、ざぁんねん!その子は絶望の底の住人、もう終わってるただの抜け殻、貴方は間に合わなかったのよ!アハハハハハ!!!』


 女神が勝ち誇るように愚かだと終わっていると叫び笑う中、何処からともなく絶望の底にあるこの部屋を温めるように暖かな声が聞こえてくる。


『彼女が願うその人が間に合うようにしたい』


 それはとても暖かな願いを込めて発せられた祈りの言葉、世界の絶望を望む終末に反対し、この世界に希望を願う誰かの願いの声だった。


 それは何処の誰が願ったのかも解らない、ただ純粋にレーミクの幸せを願い、彼女の未来を望む祈りの声を聞き届けた心の炉の炎は、呼応する様に闇を打ち砕かんばかりに大きく燃え上がり、絶望が崩れる音が辺りに響き渡る。


 暗く腐臭に満ちた終末の色に染まった部屋が白く輝く希望の炎を纏い、その絶望を真っ白に塗り替えていく、その中でレーミクの瞳にゆっくりと理性の色が宿っていく。


 全ては誰かの幸せを望む気持ちの結晶が、遠い世界から誰かが送ったレーミクへの贈り物が、その純粋な思いが届いたと、確かに感じた瞬間。


「シュウ、ゴ……さま?」


 白い光の中でレーミクが俺の名前を再び呼んでくれた。


 たったそれだけの事なのに、俺の胸には喜びがこみ上げ、暖かな感情が体を温めていった。


「ああ、おでだよ、レイミグをむがえにぎだんだ……」


 状況も理解できていないだろう彼女を少しでも安心させたいと、厚ぼったく腫れ上がり上手く動かない唇が何とか返事を絞り出そうとするが、零した声は先程と大して変わらず己が聞いても聞き取りにくい、とても酷いものだった。


 その情けない声を聞いたレーミクは、堪え切れないとばかりに喜びと苦しみの混ざった声で泣き出した、きっと俺が迎えに来た喜びとこの襤褸切れの様な無様な姿を見て胸を痛めているのだと思う、本当に俺は彼女を泣かせてばかりのような気がする。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」


 何一つ悪い事などしていないのに、レーミクは泣きながら何度も何度も謝る、そんな彼女の頭を震える手で撫でていく。

 

「おぞくなってごめん、もうだいじょうぶだおではごごにいるよ、ごんあに君を泣がぜたおでは、主失格だな……」


 彼女をこんな目に合わせたのは俺自身の選択の過ちだ、そしてこの無様な姿も、己の憎しみに負けて呪を恨んで暴走した手痛い失敗で、この寂しがり屋の少女を泣かせているのは自分だと思う。


「随分と、どおまわりしだがら、遅ぐなっだよ、ごめんな」


 腫れ上がった顔では上手く笑顔を作れているか分からないが、それでもなんとか笑おうと頬を動かす。


「シュウゴ様!しゅうごさまぁあああ」


「うん、おでは君のそばにいるよ」


 泣き止まない彼女を何とかなだめようと俺は頬を流れる涙を震える指先で拭い、未だ戦いは終わっていない事をレーミクに告げる。

 

「レイミグ、まだ呪はいぎでる、ただかいは終わっでないんだ」


 俺の声と言葉の意味を察したレーミクは、涙に濡れた瞳で俺を見つめる。


「だがら、これをづがって、鎖を外して下がってぐれないか?」


 手のひらに載せた鍵束を彼女の華奢な手に乗せて、出来るだけ優しく微笑もうと頬を震わせ、ゆっくりと彼女の側から離れる。


「シュウゴ様!」

 

 震える少女に俺は希望を届ける事が出来た、それは世界に希望見せる大事な一歩、誰かの心を温める事が出来ないなら、未来を求める事など出来ないだろう、


「待ってください!私も一緒に連れて行ってください!」


 叫ぶ彼女に背を向けて足に刺さった剣を一気に引き抜く、自身の肉を傷つける激痛が体中を駆け巡り、獣の様な叫び声を上げてしまう。


「ガアアアアアアアアアアア」


「シュウゴ様!一体何を、そんな事をしたら死んでしまいます!」


 レーミクが何かを叫んでいるが、俺の耳は自身の悲鳴が響いて聞き取ることが出来ず、脳内に激しく火花が飛びり焼け付きそうな感覚が支配する。


 それでもこのままでは戦えないので歯を食い縛り一気に引き抜く、そして激痛に冒され胡乱な頭で懐からセラーネが持たせてくれた手巾を取り出し、傷口に当てて、適当に服の切れ端を使ってキツく縛り付ける。


「もうやめてください、そんな身体で何が出来るというのです!」


 彼女の言葉は正にその通りだろう、満身創痍、死に体の状態だと言えると思う、だがそれでも俺はやらなければならない事がある。


「だいじょうぶ、おではだいじょうぶだよレイミグ……、おでをね、まっでいるひどが、まだいるんだよ……」


 俺はまだ、もう一人救いたいと思っている人が居る。


 全てを否定し己の過去を変えたいと願った、そんな迷子になった青年(こども)を助けたい。


 彼は未だに呪に囚われ泣いている、レーミクと同じ様に独りで絶望に繋がれて泣いているのだ、だから俺が迎えに行ってやらねばならない。


「だいじょうぶ、すぐもどっでぐるよ、だがら君はちゃんとぐさりをはずしでおいでくれ」


「わかり……、ました、ですが、鎖を外したら直ぐにシュウゴ様の元へ参ります!」


「ああ、まっでいるよレイミグ……」


 レーミクに微笑みながら声を掛け、俺は動きの悪い左足を引きずって、自身が止めたい助けたいと願う彼の元へ向かっていく。


 憎しみでは誰も救えないと知った己が新たに思い描き、求めた英雄の姿を強く信じて牛歩の如く進んでいく。


 俺の目の前に膝から崩れ落ち、孤独を抱えるように蹲る呪の囚人が待っている、孤独に苦しみすれ違いの果てで今も絶望の底で藻掻いている、彼が心に抱える悲しい呪を断ち切る為に。

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