第八話 誰彼
打ち明けるタイミングが少し早すぎたのかもしれないと思い背中に冷や汗が一筋流れるが、黙ったままで後から話すより例えどちらの結果だとしても早い方がいいだろうと、不安に潰されそうな心に言い聞かせる。
そんな俺の心の内を知らないであろうゲンゾンさんがゆっくりと口を開くと、彼の口からは低く真剣な確認の言葉がこぼれだした。
「そうか……、もしかしてとは思っちゃいたがそう言われるとは……、改めて確認するがそれは本気で言ってるんだよな?俺を担ごうとか、騙してやろうとか思ってるわけじゃねーんだよな?」
静寂を破るのを躊躇うような声でゲンゾンさんが口を開く、その声色には信じたいという気持ちが滲んで見えて、彼の心に疑いの感情は無い様に見える。
「俺は自分の命を救ってくれた恩人を騙すような人間に成り下がる気はありません、なにも証拠を示すことは出来ないですが、どうか信じて下さい」
ゲンゾンさんの眼を見据えて話す、こういう事は眼を見て話をしないと自分の心の内側が伝わらない。
どんな綺麗な言葉を並べるより、人間同士が分かり合うためには最後は心だと俺は思う。少なくとも今までそうやって俺は人と話してきたつもりだ。
「……ははっ、マジか……、マジなんだな?お前は違う世界から来たっていうんだな!」
ゲンゾンさんが、驚きと歓びに溢れた声を上げる、そこに嫌悪や不快などは一切感じる事がない、まるで子供の様な喜色を表すものだった。
「シュウゴ!もしかしてって思ってたが、お前やっぱ稀人だったか!すげーぞ!長老のジジイが言ってた話は本当だった!俺ぁ、てっきりお伽話だとばっかり思ってたぜ!」
ゲンゾンさんが急に俺の肩を掴んで前後に激しく揺すってくる、痛い!すごく痛い!本当に痛い!かろうじで塞がった傷痕を中心に身体中が悲鳴を上げる!
「痛い!身体中痛いです!ゲンゾンさん!止めてください!傷が傷が開きますって!」
激痛に堪らず悲鳴を上げてしまった、こうして信じて貰えるのはとても嬉しい、だけど傷口が開きそうな程身体を揺するのは、お願いだから止めて欲しい。
「お父さん!やめなさい!シュウゴが嫌がってるでしょ!」
父親の暴走から痛みを訴える俺を助ける為に、ロリーエは素早く動き間に入って興奮したゲンゾンさんを止めに入ってくれた。
だがその方法は、自分の父親の髪の毛引っ張るという些か乱暴な手段であったのには驚いた。
「もう!いくらさっき二人で話してた事が当たったからって、お父さんはしゃぎ過ぎよ!シュウゴの傷が開いたりしたらどうすのよ!もう!」
俺の怪我を心配して助けてくれたのはとても嬉しいし感謝してるけど、ロリーエさん、自分の父親の髪の毛を躊躇なく鷲掴みをして引っ張るのはどうかと思うんだ……。
急に髪を引っ張られたゲンゾンさんは、野太い声で悲鳴を上げる。
「イデデデ!おい、バカ!ロリーエやめろ!俺の髪が抜ける!禿げる~!」
さっきから髪が切れる音が聞こえてくるので本当に痛そうだ、ロリーエは必死で引き離そうとしてくれたんだろうけど、ゲンソンさんは涙目でその痛みを娘に訴えている。
「最近抜け毛が気になってんだから髪は止めろ!この年で禿げたらどうすんだ?!俺はまだ禿げたくねーぞ!」
娘の容赦無い頭皮への攻撃に、父親が情けなくも共感できる悲壮な悲鳴を上げて陥落する。
「もう!お父さんは黙って反省してなさい!」
目の前で広げられた状況に唖然とする俺に、先程まで父親に向けていた威勢とは正反対の申し訳なさそうな表情を浮かべたロリーエが、少し呆れの混ざった声で謝罪の言葉を口にする。
「シュウゴすっごく痛かったよね……、お父さんバカで乱暴でヘタレだから気が利かなくってごめんなさい、傷は大丈夫だった?開いたりしてない?」
「結構痛かったけど、傷は開いてないみたいだし、大丈夫だと思うよ……」
確かに痛かったが俺は二人に信じて貰えたのが嬉しかったのは事実だ。
先程のゲンゾンさんが喜び様はなにか理由があるのだろうと感じたし、ロリーエの止め方には被害者の俺でも少しゲンゾンさんが可哀想に感じるモノがあったので、ここはやはり一言だけは言っておかないと駄目だろう……。
「ロリーエの俺への気遣いは本当に有り難いし嬉しいんだ……、だけどね、やっぱり自分の父親への気遣いも少し、してあげた方が良いんじゃないかな……?」
向こうでゲンゾンさんが頭を抑えて、半泣きになってるよ……。
「いいの、あれ位じゃないとお父さんは直ぐ忘れちゃうから!」
娘に言い切られる父親の姿は、なんとも言えない気持ちなるな……、うちの父親と一緒だな……、そう思いながら二人に自分を信じて貰えた事に安堵を漏らす。
「でも、とにかく二人に信じて貰えた事に安心したよ……」
もし信じて貰えなかった時の事を考えたら恐ろしい、だから二人にちゃんと信じてもらえて本当に良かったと、俺は胸をなでおろした。
ゲンゾンさんが口にした、『稀人』と呼ばれる違う世界から来た人間の扱いは解らないけど、今の所はゲンゾンさんとロリーエの態度からは悪意を感じる事はない、だからそこまで悪い扱いを受ける事は無いと思える。
「ホントに大丈夫?絶対我慢はしないでね、宮司様の癒しの祈祷は傷は塞げるけど、治すのはその人の力だって言ってたから、ホントに無理はダメだよ?」
俺の体を気にしてくれて心配そうに見つめてくるロリーエ、とても真っ直ぐな彼女の視線は優しさと労りに満ちていて嬉しくもこそばゆい。
「心配してくれてありがとう、でも無理はしていないよ。それと俺を信じてくれて二人共ありがとう。正直、信じて貰えるかどうか、すごく心配だったので中々話せなかった、黙っててごめん……」
自分の都合で彼女たちを信じられずに隠してしまった事に申し訳無さを感じ、謝罪の言葉を口にした俺に、満面の笑みを浮かべたロリーエは嬉しそうに返事をしてくれた。
「どういたしまして!シュウゴ!私も貴方が話してくれて嬉しかった、ちゃんと私を信じてくれたんだっておもったし、だからとっても嬉しい!」
ロリーエの言葉に頷きながら、ゲンゾンさんも笑顔を浮かべて返してくれる。
「そんなの気にすんな、俺だって知らん所にいきなり投げ出されりゃ、似たように考えるだろうさ。だからシュウゴが気にすることはねぇさ」
この二人に助けて貰えた事は、俺にとってこの世界での初めての幸運な出来事だった、もしも悪意のある人間に見つかっていたりすれば、こちらに来てすぐに死んでいたり、誰かに利用されるような未来だったかもしれない。
「それによシュウゴ、俺はさっきお前の味方だって言ったばっかだろ?出来る事は何でしてやるぞ?まぁ娘は絶対やらんがな!」
ゲンゾンさんが人懐っこい笑みを浮かべて語る言葉に安堵する、本当に良かった思う、これで一つ大きな問題が解決できた。
まだ沢山の問題はあるけど、少しずつ解決して行けると彼らの笑顔を見て素直に思える。
「ありがとうございます、今の俺には色々訊きたい事や助けて欲しい事があります。お返しは身体が治ったら必ずします、どうか二人の力を貸してください」
今の俺には返せるものは何もない、それどころか現状すでに二人の助けで生きている、だとしたらせめて頭を下げて礼を言うしか無いと思う、だから気持ちを込めて頭を下げる。
「おう!任された!んで何が知りたい?俺が答えれる事なら何でも教えてやるぜ!大船に乗ったと思って聞いてくれ!」
ゲンゾンさんが胸を叩きながら言ってくる姿はとても頼もしく先ほど頭皮の心配をしていた姿がまるで嘘のようで、俺は彼に期待を抱くがその期待をロリーエが打ち砕く。
「ねぇ、お父さん……、そんな大きなこと言って大丈夫?シュウゴもいっぱい期待しちゃうよ?」
「うっせーぞ!お前はもう少し父ちゃんを敬えねーのか!」
自信あり気な父親への娘の評価はあまり高くない、ロリーエ発言はなんというか少しだけ俺に不安を抱かせるが、まずは彼の笑顔を信じてみようと思う。
「では、先ずは稀人の扱いについてですが………」
まずは自らの立ち位置を知るべきだと稀人について、この世界でどうやって生きるべきかの基本を彼等に聞いていこうと考えながら口を開いた。
こうして俺は違う世界で生きて行く為の最初の行動を、彼らと本当の意味で理解を深め合う初めての一歩を誰彼た部屋の中で踏み出す、部屋の中をロリーエの灯してくれた柔らかな明かりと、二人の醸しだす暖かな空気の中で、ゆっくりと初めての一日は暮れていくのであった。




