閑話 銀髪の奴隷少女
私は何故ここで売られているのか分からない、いえ、過去の記憶というのが殆ど分からなくなっています、奴隷商の旦那様が言うには私は王都に程近い森で行き倒れていたのを拾ったと聞いています。
ですが身分を示す物を持っていない私は、記憶も無く国民として自分の身を証を立てることが叶わず、生きる術を持たない私を旦那様は奴隷として売る事にしたのです。
旦那様には感謝しています、死ぬ寸前だった私を助けてくださったのですし、こうして治療もして下さいました、お陰で赤字だと笑っていましたがきっと本当のことなんでしょう、治癒の祈祷は乱用を防ぐために高めの喜捨を求めるようになっていますから。
そんな私は名前も思い出すことが出来ず、皆から名無しの子と言われからかわれます、例え捨て子でも自らの名前を持っています、それは親が子供に送る最初の贈り物だからです、それを無くした私はとんでも無い親不孝をしているのかもしれません。
そう思い、何度か私は自分の事を思い出そうとした事があります、その事は今はもう思い出したくもない恐怖の記憶になってしまいました。
まるで誰彼の湖畔を覗く様な酷く曖昧な記憶、思い出そうと誰彼に足を踏み入れ彷徨うと耐え難い恐怖を感じるのです。
まるで宵闇を押し固めた狂気、そのような得体の知れない何かに追いかけられ、残っていたなにか大事な記憶すらも壊されてしまう、そんな気がして私は思い出す事を何時しか辞めてしまいました。
それでも今、私の手の内に残っている記憶、私が怖くて悲しくてただ泣いて誰かを待っている時、待っていた人が私を迎えに来てくれる夢、その人は必死に私に手を伸ばして一生懸命声を張り上げて私を救おうとしてくれます。
私はその人が好きです、その人の事を想うとこの寒々しい石の壁に囲まれた牢獄でも私は少しだけ暖かな気持ちになれます。
その記憶だけを頼りにずっと待っています、奴隷の私にはその人が私を見つけてくれるのを待つだけしかできません、本当はその人の元へ今直ぐにでも帰りたい、そして私をもう二度と離さないで済むように縛り付けて欲しい、一人は嫌です、怖いです、寒いです、悲しいです、苦しいです。
もし私の声が、私の気持ちが誰かに届くなら、私を助けてください、私はきっと長くは持ちません、大事なあの人の名前すら、もう思い出す事が出来ません、きっとこのまま私は全てを失い、真っ黒な闇に浮かぶ空っぽの抜け殻になってしまう、宵闇はもう、私の立つ瀬の直ぐ側まで這い上がってきています。
この狂気に私が負ける前に、あの人がここに来てくれるように、あの人に私はここに居るって、教えてあげて下さい。
何も出来ない何もお返しすることが出来ない私の願いを聞き届けてくれる、そんな人がいるか私には解りません。
ですが今の私には、そんな奇跡を願うしか術がないのです、逃げられぬ様に重い鎖で繋がれ、冷たく昏い石壁の牢獄に入れられた私があの人の為に出来る事は、売られる時が少しでも遅くなる様に願うしか出来ません。
そんな私の心が折れてしまうか、私が売られて二度と逢えなくなる、その前にあの人にもう一度出逢える様に、誰か……、お願いですあの人を助けて下さい……。
選択の時間は終わり、未来が確定しました。




