第十話 少女の無謀
あれから俺達は王都の外、エレレファと外から一緒に見た放竜場に向かい、大精霊樹の森への長旅で疲れた体を癒していた地竜にもうひと働きを頼み、目的地である王都の東の森へ向かう事にした。
呪持ち一行の行動についても俺達の予想通り、東の森へ向かう乗り合い竜車に乗り込み、俺たちが準備出来た頃に奴が発車したと、ビラスドの第一小隊から報告があった。
彼等の報告を受け、俺達は一路目的地の森へと向かい東に街道を突き抜けていった、一台に完全武装の人間が二十名近く鮨詰めになっている竜車だが、地竜達の意気込みのおかげで速度は驚く程に早い。
俺の感覚では恐らく原付きの制限速度くらいの速さで街道を疾走している、目的地の森は王都から十五キロ程離れた所にあるそうなので、この速度なら三十分程度で辿り着く計算になる。
呪持ちが利用する乗り合い竜車はここまでの速度は出ない、ガルムンズの話では兵を伏せる時間は十分あると言っていた。
街道を走って十五分程した所で、俺達は揺れる竜車の中で舌を噛まぬように細心の注意を払いながら作戦の最終確認始めた。
中庭で乗る前に言われた通り乗り心地はあまり良くないが、森竜の全速力のように全く喋れないほど揺れると言う程でもない、せいぜいあぜ道を走る軽トラ位の揺れなので慣れればなんとでもなりそうだと考えながら、司会進行をしてくれるガルムンズの言葉に耳を傾ける。
「作戦としては王城の外の森の入口数カ所に各小隊を伏せ、街道から程近い部分を覆うような形で待機します、敵が見えた瞬間、騎士が竜の機動力を持って一気に包囲を完了させ逃走経路を奪い、弓が得意な者が全方位から呪へ狙撃を行い戦闘力を削いだ後、私とシュウゴ様、各分隊の隊長、巫女様方三人で吶喊するという事で宜しいですかな?」
「ああ、それで大丈夫だ、というかそれ位しか無いだろうね、奴がどんな力を持っているのかすら解らない以上、安全策で行くべきだ、だが竜を持っていない従士達はどうするんだ?騎士だけでは完全な包囲は難しくないか?」
まずは逃げられないように包囲し、矢を射かけ呪持ちの足を止める、稀人しか倒せない呪持ちには足止めにしかならないだろうが、奴が矢に戸惑っている間に接敵し、ガルムンズ達に奴隷の少女達の対処を任せて俺が呪持ちを一騎打ちに持ち込み倒すというのが、この作戦の趣旨になる。
だが従士達は騎士と違い騎乗する竜を持っていない、俺達が今乗っているのと同型の輸送車数台で移動しているので、この作戦では結果として足並みが揃わず彼らが包囲に間に合わず遊兵になってしまいそうだと思い、浮かんだ疑問をガルムンズに問いかけてみた。
「そこは御安心下さい、我が中隊にこの程度の事が出来ぬ愚鈍な従士が居るのなら、私は今すぐでも各小隊長へ再教育を命じなければなりません、仰る様に騎士に比べれば輸送車は遅れるでしょうが、それで包囲が遅れた等と軍場で申すような者は、我が中隊に一人として居らぬと自負しております」
確かに旅の途中でも彼等は各自に与えられた役目を素晴らしい速度で行っていた、手際の良さに関して異存は無いし信頼している。
それに歴戦の武人であるガルムンズが信頼する者達だ、俺の発言は礼を失した発言であると自らを恥じ、自信に満ちた表情を浮かべる赤毛の騎士に非礼を詫びようと思い、口を開きかけて考えた。
このまま普通に謝ってしまうと、また彼に窘められてしまうのではないか?
英雄とは何かと、至らない俺に何度と無く真摯に教えてくれた彼の意思に応えるべく、ここは英雄らしい返事をするべきだろう、そう思って少しだけ考えを巡らせ、彼が望むであろう謝辞を言葉にする。
「済まない今のは俺の失言だったな、自分に付き合ってくれる将兵に対して疑問を呈するほど愚かな事は無い、諸君らが期待を裏切らないと信頼している、期待通りの仕事を頼むぞ?」
俺が今まで教えられた事を思い出しながら口にした返答に、ガルムンズが一瞬だけ目を見開き、その後満足気に笑顔を浮かべながら、胸に拳を当てて返事をしてくれた。
「ハッ、我等一同、必ずやシュウゴ様のご期待にお応えしましょう」
どうやら今回の発言は彼だけでなく中隊の面々にとっても中々の高得点だった様で、狭い車内には年若い従士のやる気に満ちた声と使命への熱意が溢れ出してくる。
そんな俄に騒がしくなった車内に向けて御車席の従士の一人が進行方向に背を向け大声を上げる、切迫したような表情でも無いから敵襲等ではないだろう、他になにか問題でもあったのだろうか?
「隊長!目的地が見えてきました、ここから先は暫くすると街道から外れる事になります、かなり揺れが激しくなりますのでレーミク様のご加減が心配です、街道を離れたら速度を落としますか?」
そう述べる彼の後ろ、進行方向に目を凝らすと微かに森が見えた、どうやらあそこが目的なのだろう、レーミクの怪我が開くのを心配してくれた彼の心使いは有り難い、だがレーミクは額に薄く汗を浮かべているのにも関わらず、強がりにしか見えない言葉を彼に返す。
「お気遣い感謝しますがロリーエさんの治癒の加護は格別の効果があります、私自身も巫女ですので普通の方よりも遥かに回復は速いのです」
確かにレーミクの回復力の高さは異常と言える程の物がある、実際メルデでの大怪我だって僅か三日で治してしまった程に早かったのは事実だが、先程の傷が僅か数時間で治るとは思えない、白を通り越した僅かに青みのかかった顔が俺の心に不安をよぎらせる。
「今は血が少し足らない程度までは回復していますので速度を落とす必要はありません、寧ろ遅れてしまうのが問題です、どうぞ速度はそのままでお願いします」
そう言い切ると、膝から崩れそうになるレーミクを俺とロリーエがとっさに受け止め、彼女の無謀に耐え切れないとばかりに、ロリーエの翡翠色の瞳は今にも零れそうな涙を湛えこちらに視線を向ける。
「そんな無理だよ!いくら私が治癒が得意だからって、あんなにたくさん血を流したレーミクさんが、すぐに元気だって言うのはあり得ないわ、絶対に無理している……、シュウゴ、お願いだからレーミクさんを止めてあげて……」
ずっと彼女を支えていたロリーエは、自らを省みない発言に我慢できずに叫び、俺に制止を求め飛びつてくる。
この聡い少女は自らを守るために傷を負ってしまったレーミクが、自らの使命のために強がっているのを分かっているのだろう、今にも涙を溢してしまうのを堪えて血の気の無い青白い肌を見つめていていたのだ。
「レーミク、君の思いは理解しているつもりだ、だけど俺は君に無理を強いるつもりは無いんだ、その答にロリーエも心配している、本当に平気なのか?」
この寂しがりやの少女は使命に対して真面目すぎるから何時も見捨てられないように我慢や強がりを言ってしまう、だからこそ俺は彼女に確認の言葉を掛けて自らの発言について今の状況を考えて欲しい。
「今は時間も確かに大事だが、それ以上に俺は君が大事なんだ、だから正直に答えて欲しい本当に大丈夫なんだね?」
その上で自身の決定が本当に正しいのか確認をさせたいと思う、周りの迷惑よりも周りが彼女を心配している事に気付いて欲しいのだ。
「シュウゴ様……、大丈夫です、平気です!私の所為で皆さんにご迷惑を掛ける訳には参りません、どうかお気になさらずにお願いします」
彼女は必死になって俺に理解を求めようと語るが彼女の額には今も珠の様な汗が浮かんでいる、やはり怪我が今でも痛むのだろうと、その汗を拭う為に懐から手巾を取り出しそっとレーミクの額に触れる。
「いいかいレーミク、まだ十分余裕はあるから無茶をする時を間違えてはいけないよ?」
差し出された手に一瞬だけ叱られた子供の様にレーミクの身体は固まった、その表情は少しだけ怯えの色が滲んでる、恐らく自分が強がっているのが見つかって叱られると思っているのだろう、そんな彼女だからこそ俺は心配なのだ。
「シュウゴ様……、私は……」
レーミクはなにか答えようと口を開こうとしたが、俺がそのまま額の汗を優しく拭うと観念したように下を向いて言いかけた言葉をしまい込む、きっとそれでも心の内では足を引っ張りたくないと思っているのだろう。
「よく聞いて欲しいんだ、皆君の力を必要としているし期待している、だからこそ君が無茶をして大事な時に倒れてしまう方が良く無いんだ」
「ですがっ……」
レーミクが泣きそうな表情で食い下がるようにして何かを言おうとしたが、俺はその唇にそっと指をあてがい話を続ける。
この少女は悪神に弄ばれる世界の運命に翻弄されるように本当に悲しい環境に育った、孤独に因って難儀で純粋な性格に育ってしまった、他者の期待や勤めの為に自身を軽視し、自らに大きな価値を見いだせなくなってしまっている。
「俺達を思ってくれるレーミクの献身を無下にしたくはないけど、主として苦痛に耐え酷い汗をかいてまで我慢している従者にこれ以上の痛みを与えたくはない、だから速度落とさせて欲しいんだ、俺の我儘を聞いてくれるかい?」
「あ……、はい……、分かりました……」
先程自らがやろうとしていた事の危険性について気付いたのだろう、無茶をして親に叱られた子供の様に酷く落ち込んだ声で返事をする、普段から彼女は責任感が強いと思うが今日のレーミクはやはり異常だ、本当に追い詰められていると思う。
その不安を少しでも取り除いてやりたいと思い、出来るだけ優しく汗を拭いて額に張り付いてしまった銀糸の髪を丁寧に梳いてゆく、少しでも自分が大事にされ必要だと思われているとレーミクが感じられるようにしてあげたいと想いを込めて触れていく。
「すみませんシュウゴ様……、意地を張りすぎました、こんな意地っ張りな人の気持ちが解らない女はシュウゴ様の従者失格です……」
深い自己嫌悪の混ざった声音でレーミクが囁く、完璧な従者を求めるのであれば、彼女発言は確かにそうであると言うべきかもしれない。
「確かにそうかもしれないね、でも俺はそんな完璧な従者より、誓いを交わしたあの日からずっと俺の拙い思いに涙を流してくれて信じてくれているレーミクが良いんだ」
まるで告白のような言葉だが、あの日レーミクが居てくれたからこそ俺はこの戦いの日々に身を投じる覚悟を決めることが出来た。
「いや、稀人神山周護の初めての巫女は君じゃなきゃダメだったと今でも信じている、こんなダメな主を見捨てずに今も一緒に戦ってくれる君じゃなきゃダメなんだ」
メルデでクシーナを喪った絶望の底で思い出したのは、彼女のとの誓いの言葉だった、英雄としてのその第一歩は間違いなくレーミクと踏み出したものなのだ。
だからこそここで言わないといけないと思う、ここで言わないといずれ後悔する時が来るような気がしてしまうのだ、クシーナの時のように……。
「シュウゴ様、ありがとうございます……、私も一緒に居たいです、そう、ずっと最後までお側に居たいです……」
力なく囁くように返事を返し、俺の手を包み込むように握り頬を寄せる彼女の姿は酷く危うい、呪持ちという現実の形を持って襲ってくる悪夢に冒されて、レーミクの精神は非常に危うい均衡でどうにか保たれている、あと一滴絶望がその心に注がれれば溢れ落ちてしまう様な儚さがある。
今はその不安を少しでも取り除く事が彼女を絶望の淵に落とさない唯一の方法だと信じるしか無い、いや俺にはそれしか手が浮かばない、呪持ち以上に大いなる意思はどのような手を使って俺自身の絶望を愉しもうとしているか解らないからだ。
転生神と名乗る彼等は、あくまでこの世界を壊し理不尽な世界に作り変え、自分達が送り込んだ呪持ちという破壊者が暴れる姿を望む悪神といえる、そこには俺達稀人が苦しみ折れる事も愉悦としている節があるように感じた。
でなければあの少年の姿の狂気が、俺にあのような言葉を残すとは思えないからだ、あちらの世界の神話なんかでも人に過ぎたる力を与えて破滅させたり、人間の英雄を苦しめて愉悦を感じる神が居た、そのような人を弄ぶような悪神と同様に、なにかとんでもない罠を仕掛けているような気がして仕方ないのだ。
そんな俺の不安を乗せて竜車は街道を外れて木々がまばらに生える草原をひた走る、少しずつ狭くなる木々間隔が森の近さを教えてくれる。
「あと五分ほどで森の入口にたどり着きます、竜達が気を使ってあまり揺れないような道を選んで走っているので、速度を落とさずに行けそうです!」
そんな御者の言葉を聞いて、俺は先程から急に姿をくらませたエレレファの姿を探す、彼女は地竜の上に跨って彼等に何かを伝える様に進む道の先を指さしている。
「あそこダメ!岩いっぱい!レーミク痛い!そっち避ける!精霊お願い、石避けて!」
どうやらエレレファは精霊を使い竜達が速度を落とさずに済み、竜車が揺れない道を探し、それでもダメなら精霊に頼んで石を退かして、レーミクの怪我が悪化しないように最善の努力をしていたようだ。
「エレレファ!ありがとう!よくやってくれた!」
そんな彼女の頑張りに感謝を伝えようと、俺は声を張り上げ彼女に礼を言う、仲間想いの少女はそんな俺の声に、他から見れば微かにしか見えない満面の笑みを浮かべて俺に叫び返す。
「任せてシュウゴ様!レーミク仲間!私守る約束した!だから頑張る!」
彼女の真っ直ぐな言葉がレーミクにも届いたのだろう、彼女はその言葉に堪え切れずにとうとう涙を流す、それは自らがいかに他者に愛され、そしてその愛に気が付いていなかったのかを知った後悔と反省、そしてその暖かさに胸を打たれた涙だろう。
「ねえ、レーミクみんな君の事が大事なんだ、だからね君自身も自分を大事にして欲しい、そうじゃないとみんな悲しいんだ、分かってくれるかい?」
「ごめん……、なさい、ロリーエさん、ありがとう……、エレレファさん……」
どれだけ皆が、自分を大事に思い、同じ運命を共にする気持ちでいるのか理解できたレーミクは、空の色を閉じ込めた宝石のような瞳から喜びと反省の涙を溢れさせていく。
そんな銀の少女を、金糸の髪の少女は母性や神聖さを感じさせるような愛を持って、優しく抱きしめた。
「ううん……、だって私達はずっとシュウゴを一緒に支えていこうって約束したじゃない、私はレーミクさんと一緒に居たいの、だからちゃんと分かってくれると嬉しいわ……」
ロリーエの言葉はメルデを出た日、俺を挟んで二人で交わした約束だ、あの日からずっと彼女達は互いを支え、俺を支えてきてくれたのだ。
「シュウゴ様、私は従者失格です……、それでも最後までお側に居たいんです!こんな浅ましい私を、貴方様は赦してくださいますか?」
「さっきも言ったよ、君じゃなきゃ駄目なんだ、寧ろ半端者の英雄である俺が見捨てられないか心配しているくらいだよ、それでも信じられないなら、誰がなんと言おうと君が浅ましいと思っても俺は赦すよ、だから側に居てくれレーミク」
「はい、もう迷いません!絶対に迷ったりしません!」
そう語る少女の姿にはもう、先ほどまで漂っていた終末を感じる破滅の影は感じることが無かった。
そうして竜車は図るようなタイミングで森の入口にたどり着く、ここから始まる戦いにもう憂いはない、例えどんな絶望や悪意を叩き付けられようとも、俺は絶対に折れること無く戦ってやる。
俺は心の中で決心を固め、ゆっくりとその森に足を踏み入れた。




