第九話 百鬼夜行
「もう少しで下級奴隷商が見えてきます、武具は問題ありませんでしたかな?」
「見た所、欠けたり曲がったりは見当たらない、これならもう一戦しても大丈夫だと思う」
先程のガルムンズの助言に従って刀と鎧を確認してみたが、特に異常らしい異常は見つからなかった。
最も俺自身が素人なので見逃している点もあるかもしれないが、特に山の民が作り上げた刀は厚手の作りで丈夫に出来ているらしく、特に異常らしい箇所は一つもなく、その刃は未だに鋭さと頼もしさを俺に与えてくれる。
「それは結構、武具に不安を抱えたまま戦場へ向かうのは、まさに自殺行為ですからな」
俺の回答に彼は満足気に返事をする、確かに戦いの途中で武器が壊れてしまえば戦闘は厳しくなる、ゲンゾンも武器を失って怪我を負ったのだろうとズンケルさんも言っていた、この刀はこれからの戦いで俺にとっての文字通り命綱と言える。
武器の確認も終えたので、奴隷商に辿り着く前に本調子ではないレーミクの様子を一度確認しておこうと思い、隣に座る彼女に語りかける。
「レーミク、体調は平気か?ここまで来て確認するのは野暮かもしれないが、もしも少しでも無理と感じたら竜車で待っていて欲しい、これは約束してくれ、俺は君を死なせたくないんだ」
「解っています……、もしシュウゴ様の足を引っ張るような事があるなら素直に引きます、ですから出来るだけ側に居させてください……」
俺の胸に縋るレーミクが見せた少し怯えのある表情に、少年の笑い声とともに最後という言葉が何度も脳裏に響き渡る。
「大丈夫!レーミク、私守る、呪近づけない!」
レーミクと俺の不安と迷いを断ち切るように、エレレファがレーミクの手を握って力強く言い放つ、その声にロリーエも頷いて俺に語りかける。
「レーミクさんは私とエレレファでちゃんと守るから、シュウゴは呪持ちに集中してね、こっちは大丈夫だから、シュウゴは自分の身を気にして欲しいの、だから呪持ちと戦うのに集中してね?」
エレレファのやる気とロリーエの気遣いを感じる言葉に彼女達の頬を撫でながら、自身の心に思いを言葉にする。
「皆の覚悟は分かった、だけど本当に危なかったらちゃんと引いてくれ メルデみたいな事が起こるのはもう二度と見たくない、ちゃんと全員無事で戻ろう」
俺達が話をしていると竜車が徐々に減速をしていく、どうやら目的地に到着したのだろう。
大通りを挟んだ向かいには、商館というより牢獄という出で立ちの建物がある、改悪され呪の闇に消えていった昨日の景色には、決して存在しなかった建物があった。
その周囲も、エレレファが凄いと言いながら喜んだあの景色と似ているが、完全に違うといえる程どこか薄汚れ、辺りには饐えた臭いが充満していた。
「奴隷商へ着きましたな。ここからが本番、迷いを胸の奥に沈めて戦いに集中してください、さもなくばそれは刃になって自身の命を脅かしますからな」
ガルムンズが口にした俺達に言い聞かせるような言葉で意識を切り替える、ここはもう戦場だ、迷うのは後でも出来る、今は目の前の戦いに集中しよう。
竜車の外へ意識を持って行くと、俺達の到着に気がついた中隊の従士が状況を知らせにこちらへ向かっているのが見えた。
「報告します、呪持ちは十人の奴隷の選別を終えこれから王都の外に向かうようです、こちらの包囲には気がついた様子はありません」
予想通り奴は買った奴隷の戦闘力を確認する為に外へと出る気だ、ならばこの竜車は目立つ、先回りして置く方が良いかもしれない。
「ガルムンズ、奴に感づかれると色々と厄介だ、呪持ちの向かう方向が分かり次第、先回りをするべきだと思うが、どうだ?」
「その方が良いと私も考えます、見張りの小隊以外は全て先に伏せておくことにしましょう」
俺に返事をすると、ガルムンズは連絡に来ていた従士に指示を出す。
「第一小隊以外は先回りをすると各小隊長に連絡せよ、他の小隊は目標が移動するまで待機、その後はこちらに集まり移動する」
「ハッ、各隊に通達します」
短い返事の後、従士は人混みに上手く紛れながら移動していった、鎧を脱いでいる彼は傍目には休日の兵士と言った感じにしか見えないだろう、
彼が角を曲がって見えなくなると、入れ替わるように奴隷商の高い壁に見合う大きな扉が重々しい音と共に口を開いた、その先には奴隷商らしき中年の男と、一人の青年が十人の少女を引き連れている姿が見える。
「どうやら出てきたようだ、アレが呪持ちで間違いない、夢で見た通りの顔だよ」
ここからでは遠すぎて何を言っているか聞き取ることは出来ないが、やつは奴隷商に何か熱心に語りかけているようだ。
だらし無い人を小馬鹿にするような笑みを浮かべ、全てを見下す様な視線が奴隷の少女達の首に取り付けられた首輪に注がれる、その何度も夢で見た独特の不快感を持つ眼差しは、見間違えるのは不可能な程に不気味に鈍い光を放っている。
暫らくすると一頻り話終えたのか、呪持ちが頭を下げる奴隷商を無視するように満足した表情を浮かべ、ゆっくりとこちらへ向かってくる。
「このままでは感づかれるやもしれません、少し移動してやり過ごします」
御者席の騎士が車内に声を掛けてくると、竜車は控えめな速度で移動を始め呪持ちの方へ進んいく。
すれ違いざまに、換気で開け放たれた窓から奴の喜色に満ちた声が車内に聞こえてくる。
「いやぁ!やっぱガチャって言えば十連だよ!テンションの上がり方が違う!この世界って色々キャラが揃うまでイベもろくに走れない仕様だし、今回のアプデは中々神アプデだったな!」
十人もの奴隷の少女を引き連れながら、呪持ちは響き渡るような大声で独り言を語るが、その声に答えるものは誰一人として居ない。
「しかも今回のロリ限定ガチャとか胸熱だわ~、運営もやっとユーザーの求める物が判って来たって感じだな!こんだけ引けば、一体位は確定で超絶レアが排出されてるに違いないだろ!」
ガチャといういまいち聞きなれない言葉、十連という言葉から推測するに恐らく奴隷を手に入れるという意味だと思う、奴にとって今の状況はとても楽しい状況であるらしく、誰にも通じない意味の分からない言葉を満足気に話している。
「まぁ、こんだけ要望出しまくって運営に貢献したんだから詫びでSSR確定チケとか次くるんじゃねーの?いや~、俺の異世界奴隷ハーレム無双!股間と胸が熱くなるなぁ!やっぱ異世界はこうじゃないとダメだよねぇ!運営に何度も要望出しまくった甲斐があった!やっぱダメな部分はガンガン叩いて修正させるべきだよなぁ!フヒッ!ウヒヒヒヒヒヒヒヒッ!」
自らの行動で己の欲望通りに動く世界に充足を表し、奴は狂気に満ちた笑いを振りまきながら酔っ払いの様にふらふらと歩いて行く。
青年を中心に奴隷の少女達は一様に作り物の様な笑顔を浮かべ、光のない虚ろな視線を自らの主となった青年へと注ぎながらその後を付いていく。
奴が歩いた周囲は、微かに甘く腐った匂いが饐えた匂いと混ざり合い、吐き気を催す様な空気に変化している様だった。
百鬼夜行そんな言葉が脳裏に浮かぶ世にも悍ましい光景、奴が振りまいた狂気で満ちた大通りを避けるように竜車が次の十字路で左に折れて停車すると、車内も大通り同様に暗く粘着質な空気で満たされていた。
車内に蔓延する喉に張り付くような空気に咳払いを一つしてから、ガルムンズが口を開いて俺に語りかける。
「どうやら間違いないようですな、言っている言葉の意味は理解できない部分が有りましたが、奴の下卑た笑いは先程の呪持ちと同様の狂気を孕んでおりました……」
第三王女に取り付いていた呪が放つ破滅の気配よりはるかに濃厚な狂気、巫女や稀人でもないガルムンズも粘り気のある瘴気を感じ取ったのだろう、彼の表情は何時になく酷く険しいものだった。
「そうだ……、奴が目標の呪持ちだ」
彼の言葉になんとか口を開くが、口内が酷く乾燥し短い返事を返すのがやっとだった。
「あの声です!あの声が夢で私を追いかけて来る声です……」
隣ではレーミクが自らの身体を守るように肩を抱き奴が撒き散らす終末に全身を震わせて耐えている、その肩を抱き寄せ、安心させるように言葉を掛ける。
「安心してくれ、俺がすぐにアイツを倒すから……」
出来る限りの準備をしている、奴はこちらに気がついていない、奇襲を掛けるのであれば絶好の機会の筈だ、それなのに何かが足らない様な気がしてならない。
そうして自らの心に沸き起こる不安を打ち消すために、さらなる準備を進めるためにガルムンズに語りかける。
「集合が済み次第、敵の予測地点へ移動しよう、前回までは森へ向かって魔犬や子鬼を狙い奴隷を戦わせていた、今回も同じように動くはずだ」
「だとすると東側の森が一番近いですな、奴が向かっている方向とも一致します、では通達を出しておきます」
ガルムンズは集まってきた他の小隊に指示を出しに竜車を降りていくと、周りの騎士達が酷く緊張し押し黙る中、ロリーエが遠慮がちに口を開く。
「シュウゴ……、あの呪持ちから第三王女に取り付いていたのより恐ろしい気配を感じたわ、メルデの時と同じか、それ以上だった……」
ロリーエもレーミクと同様、暗い表情を浮かべながら恐れを露わにしている、メルデの惨状を思い出させる狂気を感じたのだろう。
「ああ、ロリーエの言うとおり、奴は今までのモノ以上に強い力を持っていると思う」
「うん……、だからね、なんだかとても良くない事が起こる気がするわ、なんだか胸騒ぎが止まらないの……、誰かが居なくなりそうな、そんな嫌な予感がするの……」
ロリーエの言う胸騒ぎ、それは俺と同様の物だと分かる、だからこそ俺は彼女と自分に言い聞かせる様に、己の成すべき事を口にする。
「ロリーエ……、今はそれ以上は言わないで欲しいんだ、言葉には力がある、不安を口にすると悪い事に形を与えてしまう時があるんだ、だから今は不安を心の中に仕舞って欲しいんだ、元凶は必ず倒すから俺を信じて我慢してくれないか?」
彼女の予言にも似た言葉を現実の出来事にしないためにも、俺は死力を尽くしてでも戦う、クシーナが繋いだ未来、その希望への灯火は未だこの胸で燃えている、この炎は絶望への誘蛾灯などでは絶対に無い。
「みんなも聞いてくれ、呪持ちの纏う狂気を直に感じて恐ろしくなった者も居ると思う、だがここに希望がちゃんとある、だから俺を信じて欲しい!」
呼応するように炎が舞い上がり、大通りの周囲や馬車に纏わり付いて残っていた呪の残滓を焼き払う。
「この炎に宿る全ての思いを信じてくれ、これは遠い世界で俺達を見ている誰か、この世界を呪が支配する悲しい世界にしたくないと願ってくれた人達の思いなんだ、俺達は見放されて見捨てられた訳じゃない」
呪に改悪される前の正常な空気が満ちる中、緊張で固まった表情の騎士も恐怖にその身を震わせていた従士も全員顔を上げて話を聞いてくれた。
「だから、みんなも絶望に負けないでくれ、俺達はこんな所で終われない、終わっちゃいけないんだ!」
希望を示せ!絶望に抗え!世界を救えと様々な声が心に響く、この思いを俺は今皆に届けなければならない。
「実際に立ち向かえば今以上に恐ろしいと思う、だけど、あれを放っておけば世界は本当に終わってしまう、アイツ一人しか幸せになれない悲しい世界になる、沢山の犠牲の上で奴だけがあんな風に笑う世界になるんだ!」
騎士達の視線に戦意が灯る、従士達の背中が真っ直ぐに伸びる、支えるレーミクの肩の震えが消えた、ロリーエの瞳の怯えの色がなくなっていく、俺の言葉にエレレファが声を上げる。
「私、シュウゴ様信じてる、精霊樹の森、助けてくれた、私と一緒にいてくれた!」
精霊樹の森の絶望を知るエレレファは、俺が足掻き苦しみながら見せた背中を信じてくれた、だから彼女はこの絶望にも俺を信じて笑って付いてきてくれた。
「ああ、俺はみんなと一緒にいたい、どんなに奪われようとも取り返したい、だからみんなも呪に奪われた勇気を自らの手で取り戻すんだ!」
皆の視線に熱が戻り冷たく重苦しい絶望の粘度はもう感じない、追い詰められ奪われた世界を少しでも取り戻す絶望を覆す零への挑戦を、これから俺と皆の手で始めるのだ。
俺の胸に宿る炎がある限りこの世界は呪の闇になど沈める訳には行かない、自らの誓いと願いと約束を叶えなければならないのだから……。




