第四話 山の民の執念
「ここにある武具は兵士用、シュウゴ様にお持ちいただくには少々格が足りませぬ、奥には従士用の武具がありますのでせめてそちらにしましょう」
踏み入れた武具庫は小学校の体育館程の大きな部屋だった。
あたりを見回せば至る所に整然と並べられた武具が目に入り、そのどれもが錆の一つも見当たらない程に磨き上げられ、無骨に鍛えあげられた鉄達が鈍く重厚な輝きを放っていた。
武具庫の一角は赤い炎と煙に満ちていて、山の民であろう逞しい職人達が壊れた武具を治すために振るう槌の音、鈍くなった剣の研ぎを行う音が響き、それと同じ位威勢のよい男達の掛け合いの声が聞こえてくる。
「まずは武器庫の主で職人衆の親方であるバレバに声を掛けましょう、あの呑兵衛は武具を勝手に持って行くとヘソを曲げてしまいますからな」
ガルムンズはこの賑やかな鍛冶場の主と旧知なのだろう、バレバと言う人に対して中隊の者の事を話す時の様な気安さを感じる、歩き慣れた様子で職人衆の中心へ歩を進めていく。
「バレバ!火急で一揃え武具が必要になった、従士用の剣と盾をもらっていくぞ!」
鍛冶場の最奥、そこには諸肌脱ぎで赤黒い腕を晒した一際逞しい老人が居た、彼の雰囲気はバルバさんにそっくりで、思わずメルデからこちらへ来たのかと目を疑いそうになった。
「なんだ、うるさい奴が来たと思っていたがガルムンズか、お前の中隊に新しい従士でも来たのか?」
鋭く光る視線はやはり職人のそれで、初めて鍛冶場で見たバルバさんの視線と同じものだった。
「こちらの稀人、シュウゴ様が火急で武具をご所望でな、軍場に向かう英雄を無手で送り出すわけにはいかん、なので専用の良い装備ができるまでの繋ぎを見繕ってくれ」
「ほう、お前の後ろに居るのが稀人様か、確かにそいつはイカンな、で、稀人様は剣が得意なのか?」
ガルムンズの言葉に熱で縮れてしまったのであろう髭を扱き、肩を槌で叩きながら聞いてくるバレバさんに俺は自分の腕前を正直に答える。
「情けない話だけど俺は特に得意な武器はないよ、あちらで狩りで使っていた槍と、若い頃に習った弓が少しだけマシな位、剣と盾はガルムンズに少し教えてもらっただけで戦士と名乗れるようなものじゃないよ」
見栄を張る必要がないので自分の腕は大したことはないと素直に語る、例え良い武器を渡されても上手く活用できる気がしないし、たいして役に立てずに壊してしまうかも知れない、それなら上手く使える人に渡して欲しいと思う、ガルムンズの言うとおり従士の武器でも十分だろう。
「確かに良い物があればそれに越したことはないが、火急ではあるが騎士剣を勝手持ち出して宮廷ネズミどもに見つかって足止めを食らうのも面白く無い、時間を考えて従士用にするしか無いだろう?」
軍と宮廷にも呪の影響が出ているようで苦い表情でガルムンズが言い放つ、危機が身近なこの世界は文官と武官の間は溝は余り無かったはずだ。
「まぁ待て、稀人様の話はメルデの弟から手紙が来てたんでな、俺が手に入れられる最高の鉄を使って打ったのがある、アンタの世界の武器を真似て作った一品だ」
よく似ていると思ったがバルバさんのお兄さんだったらしい、男が少ない世界で兄弟揃って無事なのは少し珍しいようだが、鍛冶なので戦闘に出ないからだろうか?
ふと思った疑問を考えていると、バレバさんは奥の木箱から一本袋に入った剣を取り出す、彼はそれを大事そうに両手で持って戻ってくる。
「稀人様、コイツを持っていってくれ、こいつはアンタの世界で使われているカタナと言う奴だ、コイツは山の民が延々と模倣を繰り返し、代々研鑽を積み上げてきた技法で打ったモンだ」
バレバさんが袋に包まれた刀と言った刀剣が姿を現した、反りのある刀身の刃渡りは八十センチ位で、飾り気のない無骨な拵えと黒い鞘が自らを戦闘用の武具であると主張している。
「俺達の作ったモンは今まで本物に敵わなかった、それでも従士の剣なんぞよりよっぽど使えると俺の槌をかけて誓ってもいい、ありったけの技をコイツに込めてある、手にとって確かめてくれ」
目の前にはバレバさんが言葉と共に押し付けるように差し出した刀、鞘に収まった姿には日本刀の持つ凛とした気配が確かに漂っている。
彼の真剣な視線と胸に秘めた思いを感じ、言葉を発することすら出来ず吸い込まれる様に俺はバレバさんから刀を受け取った。
右手には鉄の持つ重さを感じる、同時に彼等山の民が重ねてきた歴史と誇りと情熱を俺に伝えてくる、ゆっくりと鞘から刀を抜き放つ、そこには実用刀らしい素朴だが見事な刃文を称える刀身が現れた。
「カタナを打つのは俺達の人生の目標で悲願だ、俺の積み重ねた仕事は呪に立ち向かうアンタの役に立てそうか?」
俺には刀剣の良し悪しを語れるほど知識が無いし、刀剣を使うような剣術も修めた事が無い、刀の出来を評価が出来る程の優れた目など持ち合わせていない。
残念だが素人の俺では、バレバさんの問う技に関しては明確な解答をする事は出来ないと思う、だがこの刀に込められた多くの歴史と想いを感じる事は出来る、俺は心に語り掛けられた刀の言葉に耳を傾ける。
刀の現物はあった、頼久さんが俺達の祖先がこちらへ持ってきていた、だが彼は武士であり刀の製法など殆ど理解していなかった、頼久さんの語る聞きかじった知識だけが山の民が知ることが出来た唯一の製作法だ。
山の民は頼久さんが残した刀を代々の稀人に渡すために保管していた、だが幾度と無く繰り返された呪との戦いの果て、ついに原始の刀は折れてしまった。
山の民はしっかりと手入れをしてやれなかった事を恥じ、代わりの刀を打つ事を折れた刀に誓った。
それは失敗と苦難の歴史だった、男達がはるか遠くの険しい技の頂に挑戦して幾度と無く敗れ、自らの失敗を我が子に伝えて未来に託し、伝えられた子はより良い方法を探究し、自らが得た知識を孫へ伝える、山の民の男達が幾重にも重ねていった、一進一退の愚直とも思える研鑽の歴史の全てを刀が静かに語る。
そうして山の民の鍛冶師たちが世代を超えて繋いだ情熱の炎によって、折り返し鍛錬された技法が、彼等の模倣子が頂に届かせた。
彼等の執念が刃に宿り、青白い炎の様な見事な刃文が刀に浮かんで輝く刃を見つめ、俺はバルバさんの言葉に返事を返す。
「残念ながら武人ではないから上手く言えないが、この刀に貴方達山の民の強い信念を確かに感じる……、その思い必ず呪の元凶に届かせる事を約束する、それがこの刀を受け取った俺の役目だ」
代々の山の民が稀人の力になろうと必死に繋げてきた想い、自分達に出来る全てを詰め込んだ想いが俺の魂を奮い立たせる。
「貴方は、いや全ての山の民はを誇っていい、これは立派な刀で稀人が振るうための武具だ、山の民の想い確かに受け取ったよ、この刀に辿り着く事を諦めなかった全ての山の民に感謝する……、本当に有難う」
俺が感謝の言葉を告げると、バレバさんは自らがやり遂げた偉業に泣き崩れ喜びに肩を震わせる。
「そうかっ!俺は、俺達の技は、ようやくカタナに……、頂に届いたかっ!シュウゴ様……、ありがとうよ……、俺達を認めてくれて本当に有難う……」
自らだけではない、代々の山の民の鍛冶屋が一生を賭して磨きあげ積み上げた技が、自分の代で目指した頂に届いたのだ、それは一族の悲願が叶った瞬間で美しい涙だ。
「バレバよ……、お主が語っていた山の民の理想がこのカタナという武具だったのだな、とうとうお主らは初代の稀人様の武器の再現をやり遂げたのだな……」
俺の手に収まっている刀を見てから、ガルムンズは飽くなき努力を続け、一族の本懐を遂げた男への敬意の言葉を口にして、感嘆と羨望の眼差しでバルバさんを見つめる。
もし彼の男泣きを笑うような奴が居るのであれば、そのものはきっと人の心が分からぬ愚か者か、人の心を無くした人でなしだろう。
そんな人々の歴史や思いを踏みにじり、自分の都合の良い様に変える存在が今この世界に居る、それは失敗を無かった事にしなかった山の民とは正反対の存在、あの濁った目を持つ青年だ。
素晴らしい仕事を成し遂げたバレバさんともう少しゆっくりと話したかったが、もう時間は迫ってきている、彼の喜びに水を指すのは本意ではないが、戦いの準備を続けなければならないのが心辛い。
「ガルムンズ、俺はこの刀を使う、刀は片手では扱う事もできるが両手で使うのが好ましい武器だ、だから盾を持つより篭手や動きを阻害しない防具の方が良いだろう」
「シュウゴ様待ってくれ!そいつも俺達の仕事だ!」
ガルムンズに掛けた声を聞き、バレバさんは涙に濡れた顔を上げて吠えるような大きな声で訴えてきた。
「相変わらずお主は泣いたり吠えたり騒がしい男だな、もう少し静かにできんのか」
「やかましい!稀人様にいい加減なものを渡せるか!コイツは俺の仕事だ、オメエはすっこんでろガルムンズ!」
先ほど涙が無かったように、威勢のいい声と態度でガルムンズに食って掛かるバレバさん、だが二人共どこか嬉しそうに言い合う姿に、少しだけ羨ましさを感じてしまう。
「落ち着いてくれ二人共、俺は防具も素人だ、ここは本職に任せるよ貴方のお薦めの防具を頼む」
「わかったぞ!任せてくれ!おい!例のモンを持ってこい!奥の鎧櫃だ!」
バレバさんは近くに居た若い鍛冶師に怒鳴るように指示を出す、バレバさんが喜びを表したことで静まり返っていた鍛冶場に、再び鉄を叩く音が蘇り、威勢のいい声が鳴り響く。
「こっちは前の稀人様ゲンゾウ様のお墨付きだ、バルバがシュウゴ様の身体付きを伝えてきおったから用意出来た、細かい調整は要るだろうがそう時間はかからん、コイツは俺等の自信作だ」
彼が説明をしていると木箱を抱えた若い鍛冶師が戻ってくる、箱から見るとそう重装備ということもないようだ。
「親方、持ってきました、ここでいいですか」
「おう、そこでいい、おい!鎧の得意なヤツはこっちへこい!コイツをシュウゴ様の体に合わせるが時間が無い、十分で仕上げるぞ!」
バレバさんが叫ぶと三人の鍛冶師が駆け寄ってくる。
「親父ばっかりいい思いしやがって!いっつもずるいんだよ!俺だって山の民だ!腕を振るわせろ!」
「そうだ、バレバだけでカタナを打ったように言いやがって、ワシの相槌があったからカタナは出来たんだろうが!そこを稀人様に説明せんか!」
「ダンダお前も黙っとれ!お前たちがカタナを打っとる間、この鎧を作ったのがワシじゃ!調整に十分も掛る訳無いわい!この馬鹿め!」
「やかましい!俺が工房一の腕っこきなんだから当然だ!グヌグこそ鎧を打ったんだから文句を言うな!」
彼等は口々にバレバさんを罵りながらこちらへ来る、その声量はバルバさんに勝るとも劣らず、一気に喧しくなる、どうやらガルムンズは慣れているようで一つ拍手を打ち、彼等に負けない怒声を上げる。
「貴様ら!喧嘩するのは後にしろ!今は時間がないと言っておろうが!シュウゴ様に迷惑かけるつもりか!」
「おお!そうじゃった、バレバの奴は後で型に嵌めるとして先に仕事をしよう!」
「はっ!後で返り討ちしてやるわ、俺に勝てると思うなよ!」
「これはワシの作った鎧じゃ!シュウゴ様、コイツはいいもんだ、アンタの役に立ててくれ!」
「ジジイども!口ばっか動かしてねーでとっととやれよ!俺まで怒られたじゃねーか!」
小兵の山の民が俺を取り囲むように喧嘩をしているので非常にうるさい、だが彼等は素早い仕事で調整をしている。
最初は少し合わないと思っていたグヌグさんの作った鎧だったが、彼等の喧嘩が終わる頃にはまるで履きこなした靴のようにすっかり俺に馴染んでしまった。
「どうだワシの鎧は?カタナに合う様に手甲と胴鎧は強固にしてあるが、ほかは帷子と小札を使って軽く動きやすく作っておるし、呪い師のねーちゃんに軽量化と衝撃軽減の呪いを掛けてもらった、騎士鎧と違ってコイツなら動きをそこまで阻害することはないだろう?」
確かに流鏑馬の時に来た鎧よりも動きやすく軽い、鎧が体を覆っている部分が少し減っているのでその為でもあると思う、これなら普段とそこまで変わらない動きが出来るだろう。
雰囲気としては簡略化された南蛮具足か装甲を追加した胸甲騎兵の鎧という感じで、細部が動きやすく工夫されていて、肩鎧の代わりに金属板で補強した厚手の布でできた肩掛けのようなもので保護している。
「本当はこの下に革の鎧下を着るのがいいんじゃが、そっちは体格がはっきりせんと職人に注文できんかった、そっちも暇ができたら来てくれりゃ用意できるぞ」
どうやら足らないと思った部分は革の鎧下で保護するらしい、恐らく軽さと防御と動きやすさを破綻すること無く持たせるための工夫なのだろう。
「素晴らしい鎧だと思う、これなら普段と変わらない様な動きができると思うし、肩も良く動くから刀も振るい易い、ありがとう感謝するよ」
「おい、みんな聞いたか!俺の鎧を稀人様が褒めてくれたぞ!鎧はワシが作ったからワシだけの手柄じゃ!」
「やかましい!このクソジジィ!俺だって手伝ったろーが!勝手に一人の手柄にしてんじゃねーぞ!」
グヌグさんが喜びを表すと四人の中で一番若い鍛冶師が怒声と共に彼に噛み付いて、それを皮切りに彼等の喧嘩が再び勃発した、その様子を見て呆れるようにガルムンズがため息をついて俺を外へ促し、武器庫を後にして中隊の詰め所へと来た道を戻るのであった。




