第二話 崩れゆく家族
「おはようございますシュウゴ様、フーホウ卿の事でお呼び出しとは一体なんの話ですかな?」
部屋に来たガルムンズの返答は今までとは明らかに違う、彼は今まで挨拶の後は二人の擦れ違いにつて触れる言葉を口にしていた。
だが今回は疑問を投げかける言葉になっている、今までに比べ大きく悪化しているのかもしれない。
恐らく今回の朝の時点の俺は、ガルムンズから父娘の問題について情報を得ていない状況なのだろう、怪訝そうなガルムンズの態度に嫌な確信を得る。
「おはようガルムンズ、こんな朝早くなら呼び出した上、いきなり用件から入ってすまないが、どうしても一つ聞きたい、レーミクの父親はフーホウ卿で合っているか?」
もしも血縁関係まで変わってしまっているのであれば、状況の立て直しは最早不可能だ、レーミク自体も不安定な状況から変化しているかもしれないし、今回の世界を理解する試金石にした。
「確かにレーミク殿は元はフーホウ卿のご息女ですが、レーミク殿は巫女の才能があり、幼少の頃に神宮に預けられ二人はほぼ縁が切れていると聞いていますな、フーホウ卿自身、レーミク殿に家族の情というもの感じないと聞いています」
「そうか……、レーミクとフーホウ卿はそんな話になってしまったのか……」
ガルムンズの口から告げられた言葉に俺は絶望を感じる、最早二人は父娘としての情をほぼ無くしてしまっていると告げられたのだ。
「シュウゴ様は何処から二人の関係を聞かれたのですかな?詳細に知っているのは一部の貴族位なもの、幼いレーミク殿が覚えているとは考え辛い話ですからな、シュウゴ様は何処からお耳に入りましたかな?」
真意を確かめるガルムンズの視線に偽りは感じられない、やはり二人の関係は猶予はないのだと痛感する、今回が二人の関係を何とか出来る最後の回だと思う、次は確実にフーホウ卿はレーミクを自分の娘とも思わないような酷い改悪されてしまうだろう。
二人を後回しにして呪持ちを探す事を優先すべきなのかもしれない、だが、少しずつ追い込まれていくレーミクの精神状況や、冷徹になっていくだろうフーホウ卿も放っておけば破綻を迎えるかもしれない、打つ手が全くない手詰まりに近い状況に追い込まれている事で焦りを感じる。
仮に今回呪持ちを見つけれなかった場合、精神が不安定なレーミクは呪の影響を大きく受けるだろう、あの夢で出てきた自称女神は俺の精神を削るような改悪をすると思う、同時に殺された奴隷の苦痛を贄にして、呪持ちの望む世界へ世界を歪ませる。
俺は今、父娘と世界の命運という人質を取られ、苦渋の決断を迫られている。
「なぁガルムンズ、俺がこの時間に君に会うのが初めてではなく、呪持ちの影響で何度も会っていると言ったら信じてくれるか?」
だが、現状維持では追い詰められていくだけであるのは今までの繰り返しで悔しいほど理解した、打つ手が無い以上勝負に出るしか無いのだ。
二人を後回しにして今回は呪持ちを探す事に全力を尽くす、レーミクは一緒に移動して呪の影響を受けないように庇い、その上で奴を見つけ滅ぼし、何とか関係を正常に戻すしか無い、改悪された世界を戻せるかもわからない現状では、俺の勝負はかなり分の悪い博打としか言えない。
行き当たりばったりとしか言えない手を打つしか無い、自分の現状に苦々しい感情が沸き起こる。
「それは俄には信じられない話ですが……、ですが呪と言われるのでしたら信じます、私などよりシュウゴ様の方がよく分かっておられる、だとすれば私が信じられずとも真実でしょうな……」
ガルムンズは前回同様の返答を俺に語る、彼は武人で優れた軍人、自身の判断も大事にするが、同時に自分より詳しい者の言葉を受け入れる度量も持ち合わせている、俺の真剣な目を見て自分の考えを一時棚上げし、俺の話を聞く姿勢を取るのが証拠だ。
「俺達は何度も今日という日をを繰り返している、繰り返す度に世界は徐々に悪い方向へ傾いている、レーミクとフーホウ卿は、本当はもっと繊細で悲しい家族のすれ違いだった、ほんの小さな掛け違いだったよ……」
呪いによって失われた未来が脳裏に去来して悔しくなる、長い年月の先にようやく分かり合えた二人を切り裂く呪の理不尽さに、固く握りしめた拳が怒りで震える。
「私には冷徹なフーホウ卿がそんな人物であると俄には信じられませんが……、シュウゴ様のお言葉が虚偽や妄想の類とも感じませぬ……」
俺の悔しさの滲む言葉を聞いて、ガルムンズは髭をしごきながら思い悩む、どうやらフーホウ卿はレーミク以外にも冷めた態度で接するようになってしまっているようだ、前回もそう勘違いされるような態度を取るような人物であるとされていたが、ガルムンズまで冷徹と言うようになった、誰にも心を開かない人物に改悪されているのだろう……。
「だが今回のフーホウ卿は、恐らくレーミクに巫女の才があると判ると、それが貴族としての義務だと言って、彼女を直ちに手放したんだろう?今までで最悪の結果だ……、彼は決してそんな血の通わない人物では無かったんだ……」
貴族としての義務と娘への情に挟まれて苦悩し、娘が少しでも生き残れる未来の為に苦渋の決断を選んだ彼を思い出し、その全てを否定した呪の理不尽さに怒りを覚えて声が震え、室内は俺の悔しさと怒りで重い空気が渦巻くように漂う。
同時に先程の未来で犠牲になった奴隷の少女の姿が思い浮かぶ、ただの少女を魔物との戦闘に使うなど許されない、戦闘向きでない年端もゆかぬ少女であるなら尚更だ。
「呪持ちは何の力もない奴隷の少女を魔物と戦わせて無為に死なせて弄んでいる、自らが望む奴隷を手に入れるまで今日という日を何度でもやり直す、そこが唯一の狙い目だ」
「なる程、戦闘用途は軍経験のある男が中心で女の奴隷は不向き、それでも女と選ぶというのは無駄なこだわりですな」
「ああ、奴が女の奴隷を手に入れて自分の望む者か試して居るのは分かっている、だから見つけて滅ぼす事が出来るかもしれない、お前の騎士中隊の力を貸して欲しい」
まずは原因である呪持ちを見つけ、直ちに滅ぼさなければならない、そうしなければ何度でも改悪を繰り返して状況は悪化していく、現状維持では居られないとやっと理解した。
こんな簡単な事に気が付くのが遅れたせいで、多くの感情や命が世界が溢れてしまった、これ以上奴の好きにさせる訳には行かない。
「はっ!全力で当たりましょう、奴らも英雄から頼りにされたと聞けば喜んで全力で任に当たるでしょう、では我らへの指示をお聞かせていただけますな?」
「助かる、まず、王都の奴隷の取り扱い所を抑えよう、そこに奴がやって来るはずだ、そこでヤツを捉えて王都の外で奴を俺が滅ぼす、そこまでの見張りをみんなには頼みたい」
如何に鍛えた騎士といえどこの世界の住人である彼らでは、違う理の塊である呪とは戦えない、恐らく最初に会った呪のように恐ろしい力を持っているはずだ、安全のためには俺が一人で当たるべきだろう。
「奴隷の取り扱い所……?シュウゴ様、そのような施設はこの国にはありませんぞ?奴隷は元老院の許可した奴隷商ギルドで取り扱っております」
今までは国営で厳正に管理されていたから奴隷商など居なかったはずだ、奴隷の扱いが変わった事に嫌な予感がする。
「どういうことだ?ガルムンズ、前回までは奴隷の扱いは国営で行われていたぞ、今回は違うのか……?」
「先程述べた通リ、奴隷の取り扱いについては免許制で奴隷商が取り扱っております」
奴隷という言葉が公共事業としてではなく、人の命を売り買いするという薄汚れた商売になった、これは扱いが人から物へ落とされたという事になる。
身勝手な言葉を吐いた呪持ちの望み通りに歪んで行く事実に、嫌悪感を抑えられないが、確認しなければ進むことはできない、背中に流れた嫌な汗を感じながら言葉を何とか吐き出す。
「ガルムンズ……、俺が知っている奴隷はあくまで生活困窮者の保護や犯罪の罰則の意味合いだった、奴隷商での奴隷達の扱いを教えてくれないか?」
なんとか絞り出した俺の質問にゆっくりと口を開いたガルムンズは、セラーネを見ながら返答以外の言葉を語りかけてきた。
「それは私よりセラーネに聞いたほうが良いでしょう、私も外からの情報しか持っておりません、彼女は奴隷として自らを売ったものです、シュウゴ様が聞きたい実情を知っておるでしょう」
ガルムンズの言葉を理解したセラーネはテーブルの側に立ち、ゆっくりと俺に質問についての解答を語りだす。
「では……、私の存じ上げる限りですが、奴隷商は三種類に分かれます、主に犯罪者や荒くれ者を扱う戦闘奴隷商、私のような技能や知識を持った者を扱う上級奴隷商、最後に貧民窟の子供や孤児、軽微な犯罪者を扱う下級奴隷商です、貧民窟の奴隷はどのような扱いをしても良いとされいます……」
「なんだと!待ってくれ、貧民窟?!今までそんなものはなかったぞ!」
予想以上に悪化していた現状に思わず大きな声を上げてしまい、セラーネが驚きに身を硬くし口を閉ざしてまう、鋭くなってしまった空気の中、ガルムンズは苦々しい表情で諦観の混ざった声音で言葉を繋ぎだす。
「昨今の魔物の増殖やそれに伴う病気によって、親を失った子供が増え王都には貧民窟が出来てしまいました……、下級奴隷は貧民窟問題に対して元老院が考えた解決方法なのです、私個人としてはあまり良い解決案とは感じませんが、他に良い解決案がない現状では何も言えぬのです……」
この世界は貧民窟など無く、孤児は救護院や神社や皆の努力で保護している世界だった、それなのに奴の身勝手な欲望で歪められてしまった……。
「済まないセラーネ……、驚かせてしまったね、続きを教えてくれないか?」
驚かせた事に謝罪をしてセラーネに続きをお願いした、聞きたくないと思ってしまうが聞かなければ対策を打つ事が出来ない、先程見せた剣幕のせいか少し怯えながらセラーネは口を開く。
「はい……、では続けます、まず私のような技能奴隷の扱いは、ほぼ通常の生活に変わりはありません、借金を数年掛けて労働で返す様な形です、犯罪者は技能奴隷に居ません、どちらかと言えば大きなお金が必要な女性が自らの意思でなるのが技能奴隷というものです、私も自分の部族の為に奴隷になりました」
どうやら、前回までの奴隷に近いのが技能奴隷と言う区分けらしい、自分の能力を担保に借金をするという形は変わらない。
「そうか……、内容的には前回までの奴隷に近いと思う、次は戦闘奴隷について教えてもらえるか?」
「分かりました、戦闘奴隷は文字通り戦闘をする奴隷です、こちらは戦闘を主体としているので主に男性で内容は大金が必要な男性と重い罪を犯した犯罪者です、女性の場合でも大きな犯罪を犯した者はここに行きます、こちらは戦闘という危険を伴う用途ですので犯罪者以外は上級奴隷に準じます」
前回まで犯罪者は重労働や人の嫌がる仕事を国に割り当てられ罪を償っていたはずだ、だが今回は戦闘で磨り潰す形に変わってしまった、これはある意味死刑に近いのでは無いかと思う、そう考えているとガルムンズが口を開く。
「魔物に捕まった時の事を考え、女性の戦闘奴隷は胎に封印を施し逃走防止の呪いを掛け逃走や従軍慰安の用途で軍で預かりますな、そして敗戦の場合は囮につかったりもします、はっきりと言えば死刑の代わりですな……、犯罪奴隷は価格の半額が被害者の取り分、残りの四割が奴隷商、一割が税ですぞ、軍での扱いの場合は相当額を国が負担します」
女性が語る内容ではないと判断してガルムンズは語ったのだろう、セラーネも少し表情が暗いが、自らの仕事を果たすために気丈に振る舞い続きを語りだす。
「下級奴隷は男女問わずさしたる技能がない者がなります、大人は戦闘奴隷や今までの経験を活かした上級奴隷の道がありますが、子供は技能や経験が無い者が多いので結果としてそうなります、数が多く安値なのが特徴で、軽犯罪者もここに入ります、犯罪者の場合は自分を買い戻すことが罪を償うという事になります」
下級奴隷の話を語るセラーネの表情を見て子供達の未来が分かり気分が重くなる、部屋の空気がさらに重く暗いものになる。
「軽犯罪者の大人の場合は、重労働や人の嫌がる作業などに充てられますので、高価になりますし振り分けも戦闘奴隷の時と同様です、安価ですので危険な作業をさせ使い潰したり、冒険者や商人が逃走する時に置いていく様な使い方が後を絶ちません……」
やはりそうなるのか……、そして数が多いからキチンとした扱いをされていないのだろう、数字としてしか管理をされず死んでいくのだろう、この歪みは恐らく世界をより悪化させる原動力として呪の力を強化する、最悪の仕組みだといえる。
「そんな事をすれば呪へ力を与えるだけというのに……、どうしてそうなってしまったんだ……」
口から考えが漏れてしまう、この世界の人々のせいではない、そう解っていたとしてもどうしてこうなってしまったのかと、怒りと悲しみが湧き出てしまうのだ。
「先代の稀人様がお亡くなりなってから、如何な慈悲深き神々でも一柱不在のままでは対処が追いつかなく魔物が多く湧くようになったのでしょうな、軍も神職や巫女も必死に戦いましたが、徐々に押されていき難民が激増したのです……」
ガルムンズは軍人として責任を感じているのだろう、悔しさを滲ませながら語る。
「そうか……、俺達はそこまで追い詰められてしまったのか……」
二人の語った内容は源蔵さんが必死になって傷つき失いながら支えて来た過去の出来事、その全てを踏み躙り嘲笑うような内容だった。
呪にとって都合のいい世界、それはこんなにも不条理で人の尊厳を嘲笑う生贄の世界、その中心で一人だけが楽しく幸せを貪る悪夢へ、転生神の望む絶望に世界は加速度的に崩れ落ちようとしている。
目まぐるしく変わる世界、大きすぎる呪の力に身体が竦み絶望に心が凍りつきそうになる、戦わなければ俺は全て失い永遠の終末で見た光景を見ることになると自らに言い聞かせ、なんとか堪える自分を心の炉の炎だけが静かに支え、辛うじて踏みとどまっている、俺はこの絶望に打ち勝つことが出来るのだろうか?
自らに問いかけた問題の答は未だに俺の中には見つかっていない、だが 世界はまさに破滅の危機を迎えている、それを止める可能性は俺自身の選択と心に宿る想いの炎だけだと、自らに言い聞かせて心を必死で奮い立たせるのであった。




