あとがき
ここまで読んでくださってありがとうございました、今回の章は、世界の現状を見て知る事がメインの話となりとました。
この美しい世界が如何に多くの犠牲で現状を維持しているのか、そしてそれすらも限界を迎えようとして破滅へと向かっているか、周護さんが知ることがメインテーマで、彼の目を通じて皆さんにも知って貰うことを考えて書いていきました。
チートというものの恐ろしさ、不条理、傲慢さを表現できたと私は思っていますが、如何だったでしょうか?
もう一つの隠れたテーマとしては『二面性』があります、チートに闘いを挑む者はその精神をチートと戦うために変容させられる、チートから見れば周護さんやクシーナさんは呪のように見えるでしょう、そう見えるように私は一章からひたすら書いてきたつもりです。
この章ではっきりとした形で描きました、周護さんの幸せを願うクシーナさんはある意味で周護さんに幸せになって欲しいという呪を彼の胸に焼き付けています、心の炎がざわめく時は彼女の願いが溢れる時でもあるのです。
これは彼にとって幸せかどうかではなく、クシーナさんが考える彼の幸せなのです。
周護さんの無事を願い、後悔や苦しみの涙の少ない人生を送って、理不尽な呪に負けないで欲しい、その思いだけが彼女の原動力なのです。
大いなる意思に挑み続ける彼女の精神は、少しずつ人間としての感性を失っていきます、大きな意志の中で摩耗して行くのです、その中で残った彼女の思いは果たしてどのような形になるのかは私にはまだわかりません、大いなる意思が選択する結果が見えないからです。
物語の観測者、今この文を読んでいる貴方が彼女にどのような力を与えるかという点も、私には未知数です。
彼女は実際多くの思いを集めました、この章が始まるまでよりも多くの観測者の目を惹きつけ思いを集めたと思っています、それでも私の力量に見切りをつけ、途中で観測を止めてしまう方もいるでしょう。
ですが、例え観測者が目を離したとしても彼等の世界はそこにあります、観測者が居るからではなく彼らが存在し生きているからです。
絶望を覆す可能性は、観測者を増やし世界を幸せにして欲しいと願う思いが集まる事だけ、それだけが世界を絶望が覆う終末の世界に幸せな未来を迎えさせる唯一の方法なのです。
チートが蔓延る世界は彼女の願いを否定しています、だからクシーナさんの願いは叶わないかもしれないでしょう。
それでも私は、彼らが幸せな終わりを迎えて欲しいと唯ひたすらに願っています、彼らが迎える不幸な終わりを認められないと願う方は私に力を貸してください、彼らに貴方の言葉を送って下さい。
私は何十万の絶望に打ち勝つには、このお話を観測している貴方の想いが必須であると断言します、そしてこの世界を救うのは人を思い願いを込めた言葉であると言いましょう、行く末を明るく照らす灯火を、貴方自身の手で彼等に与えて下さい。




