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意地と贖罪。

 ガルムンズとの朝食を終えてから、レーミクにこちらへ来るように使いを送った後、俺は先程の内容を思い出しながら考えていた。


 家族という寄る辺を奪い、巫女という生き方を強いる事は、十六歳の少女に背負わすには余りに重すぎる(ごう)だ、それがレーミクという少女の抱える親子のすれ違い孤独の原点だ。


 巫女という女の形をした兵器を作るため、稀人という鍵を差し込むため、彼女の心には丁寧に作られた空虚が、呪に対抗する手段だと決定付ける隙間が、そうあれかしと存在している。


 そんな事を知らない俺は、己の全ては稀人に仕え、稀人を守り死ぬ事だと教育を施された少女の心に、無遠慮に手を突っ込んでしまったのだと知った。


 自らが今まで幾度となく、彼女の孤独を無遠慮に掻き回し、精巧に作られた無垢な心に自らの存在を植えつけていたのだと、無知という罪を自覚させられた。


 そうして罪を自覚した以上、どうにか贖うために動こうと考えるが、世界のためと我が子を送り出したフーホウ卿と、なにも知らずに送り出されたレーミクの間には、容易に溶けぬ誤解が積み上がり、過ぎ去った時間は絶望という深い谷が横たわっている。


 そうした悲しい二人の歴史(かこ)に、部外者である俺が手を出せるのは一回だけ、仮に失敗してしまえば、二人は二度とこの話題に触れようとしないだろうし、例え耳にしたとしても心を動かす事はないだろう。


「やってやるさ……、絶対にうまくやってやる……」


 俺は職人の手で丁寧に作られた椅子に座っている筈なのに、これからやる事の重さで微塵も快適さを感じられず、代わりに罪悪感が居心地の悪さを連れてくる。


 そんな居心地の悪さのせいだろう、指を組んだ両手には無駄に力が入り、深い溜息が口から溢れて静かな部屋を泳いでゆく。


 そうして俺が何度目かわからない溜息を吐き出そうとしていると、色が変わるほど力の入った俺の指先の前で、目の白い前掛けが静かに揺れると、江戸茶の華奢な指が優しく添えられた。


「いけませんわ、シュウゴ様がそのような怖いお顔ですと、呼ばれたレーミク様も一体何事かと身構えてしまうでしょう?」


「すまん……、どうやら自分が思っている以上に緊張しているみたいだよ……」


 俺は返事を返しながら、こわばる表情筋を動かそうとするが、中々上手く行かず下手な作り笑いばかりが出来上がり、怖い顔と言ったセラーネは少しだけ困った顔を浮かべながら、俺の拳を解いてゆく。


「貴方様は何も悪い事をする訳でないのですから、何も恥じることなどないのです。殿方がどっしりと構えてくださる方が、女という生き物は安心しますから、昨晩のように堂々となさればいいのです」


 どうやら彼女は昨日の晩餐を見ていたらしく、俺の態度を堂々としていたと感じたようだが、あんなのは俺の常ではないし、もしそうならどんなに良かっただろうと思う。


「君がもし昨日の謁見の事を言っているなら、残念ながら俺はずっと肝を冷やしていたし、女性の繊細な心の動きを理解してるなら、今も怯えてなんか居ないさ」


 自嘲気味に語る俺の言葉を聞いたセラーネは、少しだけ呆れた様な表情を浮かべながらも、俺の指を解きながら再び口を開き始める。


「それでもです、それでも殿方は意地を張って笑ってください。それが女を安心させる秘訣だと、私は父から学びましたので、シュウゴ様にはぜひ覚えていただきとうございます」


 まるで聞き分けの無い子供を諭すように、少し困ったような優しげな笑顔を浮かべ、厳しい注文を語るセラーネの態度が妙に微笑ましくて、俺は自然と頬が緩んで行くを感じる。


「男は意地を張るものか……。ありがとう、セラーネの父上ほどうまく出来るかわからないけど、俺も精一杯意地を張ってみるさ」


「お役に立てて光栄ですわ、シュウゴ様は英雄なのですから、是非そうしてくださいませ」


 セラーネが俺の返事を聞いて、楽しげな笑顔を浮かべて離れると同時に、部屋の中に扉を叩く重い音が響く。


 どうやら俺が意地を張って笑顔を見せて安心させる相手、レーミクが来たのだろうと、俺は深く息を吸い込んで、時間を掛けて吐き出した。


「どなた様でしょうか?」


 俺の気持ちが落ち着くの見計らったセラーネが、扉の向こうの訪問者に対し確認の声をかける。


「シュウゴ様がお呼びとの事でしたので、レーミク参りました」


 室内にいつもと違う硬質なレーミクの声が届いて、彼女の家族への苦悩が見て取れたが、俺はセラーネに約束したように努め、出来る限りの笑顔を作り、普段と同じ声で招き入れる言葉を口にする。


「急に呼び立てて済まない、中に入っておいで、少し話があるんだ」

 

 世界の延命のための生贄と言える少女(レーミク)が部屋に入り扉が閉まると同時に、俺の胸に縋り付くように飛び込んできた。


「おはよう御座います、シュウゴ様。御用は一体なんでしょうか?」


 彼女は笑顔で挨拶をしてきたが、誓いを交わした日に美しいと思った空色の瞳と、長いまつげで飾られた瞼は僅かに泣き腫れていた。


「ああ、おはよう。体調は大丈夫かレーミク、昨日は余り眠れなかったみたいだね?」


 きっと父親との過去について思い悩み、一人で泣いていたのだろう。


「すいません……、少しだけ胸が痛くて泣いてしまいました。ですが今はもう平気です……」


 心配する言葉を告げると、返事とともに少女は俺の胸に収まり、顔を擦り付ける様な仕草で甘えてくる。


 こうして巫女(レーミク)は、自分の心に開けられた空虚を稀人への依存で満たし、与えられた温もりを守るために、自らの命を捧げる事に疑問を持たなくなっていくのだろう。


 目の前の彼女が抱える危うさ、依存に気付く機会はいくらかあったと思うが、愚かな俺はその尽くを深く考えて居なかったのだと思う。


 直ぐにレーミクを手放せと言う者も居るかもしれないが、今更になって、一方的に事実を告げ彼女を遠ざけてしまうのは、レーミクが巫女として今まで信じてきた生きざまを、自らが重ねてきた努力の全てを否定するに等しい行為だといえる。


 彼女は巫女になる為に親に捨てられ、必死になって自らが兵器になるように、己の全てを壊してしまった少女が、自らの神に等しい存在(まれびと)に裏切られたなら、自己を否定する憎悪に焼かれ復讐に走るか、否定して心を閉ざす道しかないだろう。


 呪と戦うための巫女という兵器は、その様に作られているのだから。


 そんな出来の悪い悲劇のような現状に、ただ細い肩を抱きしめて居る不甲斐ない俺の様子を見かねたのか、部屋の片隅で黙って見ていたセラーネがゆっくりと口を開く。


「レーミク様、昨日は時間の都合で名乗れずに失礼しました、上級女中のセラーネと申します、どうぞよしなに」


 俺の世話を焼いているセラーネへの嫉妬からか、腕の中でレーミクは笑顔で語りかける彼女に少し刺のある視線を送ってから、冷めた言葉を彼女に返す。


「私は貴方に興味はありませんから、貴方に宜しくなどと言いません。ですがシュウゴ様のお世話はここでの貴方の仕事でしょうから認めましょう」


 最初から仲良くやる気はないというレーミクの冷めた言葉と、まるで敵を見るような鋭い視線を受け流し、セラーネは余裕の笑みを崩さずに口を開いた。


「レーミク様が私の様な者に怖い顔をすると、シュウゴ様の御心が休まる時が無くなってしまいますわ。どうかご自分に自信をお持ちになってくださいませ」


 突き放すレーミクと、朗らかな声でやり込めるセラーネ。そんな女性同士の牽制で場の空気に緊張感が走る。きっと、これ以上何も言わずに居ても何も良い結果は無いだろう。


 きっとこれがセラーネの策なのかもしれないと、俺は出来る侍女の手腕の恐ろしさに一つだけため息を吐き、意を決してからレーミクを窘める。


「レーミク……、今の君の態度は流石にセラーネに失礼だ。これじゃ普通に話も出来ないし、少し落ち着いてくれないか?」

 

「はい……、シュウゴ様……、セラーネ言い過ぎました、すいません……」


 俺の言葉を聞いたレーミクは、まるで叱られた子供の様に小さくなって、消え入りそうな声で謝罪の言葉を口にした。


「いえいえ、私もレーミク様に女として見て頂ける位、捨てたものではないと言う事だと思い嬉しく感じますわ」


 女性としてセラーネの方が何枚か上手だ、彼女は余裕を崩さずに微笑みをレーミクに返した、言い過ぎた彼女は対して引け目を感じて黙ってしまう。


「ではシュウゴ様、少し早い時間かと思いますが、長いお話の前に何か摘める物を入れておかれる方が良いと思いますので、これから用意を致しますが如何でしょうか?」


「確かにそうだな、じゃあお願いするよ」


「承知しました、では失礼したします」


 俺が問いかけに返事を返すと、セラーネは一礼すると流れるような足取りで扉へ向かい、静かに廊下へと消えていった。


 俺は二人きりになった部屋で、縋り付くレーミクの様子を確認するために。


「レーミク、少しは落ち着いたかい?」


「すみません……。先程……、いえ、昨日の夜から自分の感情を抑えることが出来なくて、振り回されている気がします……」


 感情に振り回され精神が疲弊している彼女は、弱々しい返事を返してくる。


「そうか……、このままでいいから、少しだけ話を聞いてくれないか?俺にとっても君にとっても大事な事なんだ……」


 縋る様な視線を投げかける少女(レーミク)の歪み。


 俺は一人の大人としてこんな悲しい絶望を覆したい、そしていみじくも彼女の主を名乗るのであれば、絶対に正さねばならない。


 それこそが、レーミクが捧げてくれた誓いに応える道だと、俺は覚悟を決めて彼女を見つめ返した。


「はい、シュウゴ様がそう仰るのであれば、如何様なお話でもお聞きします……」


 俺の荘重そうちょうな様に何かを悟ったのか、細い肩が一つだけ身震いをして答えた。


「君が感じている孤独の根本、フーホウ卿が隠す真実を君に見て欲しい、俺はそう思っているんだ」


 フーホウ卿という言葉を聞いた瞬間、レーミクはまるで小さな子供が駄々を捏ねるように、左右に首を振って、聞きたくないとばかりに弱々しく俺の上着に縋り付く。


「いや……、いやです!私はシュウゴ様さえ居てくれればいい!もう私には、シュウゴ様しか……、居ないんです!要らないんです!!そうじゃないと私は……」


 彼女自身が作り上げた精神障壁は、家族への否定を根石として、長い年月何時来るかもわからない稀人への思いを積み重ね、稀人への依存を選び完成しているだとすれば、彼女に依存先である俺が否定する家族の話を語るのは、抱えている脆く柔らかな幼い心をむき出しにされるような恐ろしい事に違いないだろう。

 

 それでも俺は自己矛盾の中で壊れそうな少女を抱き締めて、語ると決めた言葉を声にだして並べてゆく。


「大丈夫だ、俺は君を捨てたりなんてしない、君が俺から離れたいと言うまではずっと側に居ればいい」


「なら、もう良いじゃ無いですか!あんな人……、私を捨てた人はどうでも良いの!シュウゴ様のレーミクとして生きられるのなら私は何も要らない!どうしてシュウゴ様は分かってくれないの……」


 苦悩に塗れた声を上げ、幼子の様におのが理想を叫ぶレーミク。

 

 今から俺がする事は自己満足の類なのかもしれないと、そう思わせるだけの痛みと哀しみをレーミクの震える両手が訴えてくるが、同時に盲信の果て自らを燃やし果てて逝くの姿を幻視してしまう。


「それでもなんだよレーミク……、俺はね、君に信じて貰いたい、そして一緒に歩んで往きたいと願った、だけど盲信して全て投げ出して欲しいとは願っていないんだ……」


 だからこそ俺は彼女に自分の足で、他の誰かに押し付けられたものではない自らの決意で戦って欲しいと願うのだ。


「どうしたら良いんですか……、どうしたらシュウゴ様のレーミクにしてくださるんですか……?」


 レーミクという存在にチートに立ち向かう生贄以外の生き方をして欲しい。


 俺は自らの願いが我が儘で、その行為が人間一人の人生を変える事だと知りながら、それでも彼女の心に己の願いを楔として差し込んだ。


「一度だけでいい、これから俺の言う事をしてくれ、終わった後は君の望むようにしてくれればいい」


「なにをすればいいのですか?わたしは、シュウゴさまのお願いならなんでも守リます……」


 虚ろな視線を漂わせる彼女に俺達が考えた計画を伝える。


「これからガルムンズがフーホウ卿をここに連れてくる、君は俺達の話を向こうの小部屋で耳を塞がず、ただ聞いて欲しい」


「シュウゴ様が私を必要としてくださるのなら、どんな事でも従います……」


 レーミクは捨てられたくないと願う一心で、了承の言葉を吐き出したのだと分かり、胸の奥に言い様のない痛みを覚えるが、俺は認めてくれた事に感謝の言葉を口にする。


「ありがとうレーミク、俺の我が儘に付き合ってくれて……」 


 細い身体を不安で震わせて居た少女は、感謝の全てを言い切る前に胸の中に飛び込んで、感極まったように強く抱きついてきた。


「レーミクにとって、フーホウ卿の語る話は知りたくない、知らなくていい事かも知れない。けれど俺は、君が知らないでいるよりも知って欲しい、その上で一緒に戦って欲しいと思っている」


 謝罪の言葉と己の思いを口にして、己を強く抱きしめて瞳を潤ませて縋りつく少女を刺激せぬように、震える肩を優しく抱き返す。


「いえ、シュウゴ様の仰ることなら、どのような事でも耐えてみせますが、一つだけシュウゴ様に覚えて頂きたい事があります……」


 そんな自分の姿はまるで悪い大人そのものではないかと、胸の中に苦い気持ちが渦巻いてゆくが、願いを叶える為に必要な事だと己の心に言い聞かせ、彼女を落ち着かせるため出来る限りの作リ笑いを浮かべて語りかける。


「覚えて欲しい事か……、分かったちゃんと覚えるから言ってごらん?」


 腕の中で震える少女の言葉が、盲信の全てが作為的に組み上げられたモノだと知りながら、それでも次の言葉を促すと、彼女は胸に頬をすり寄せてから、今は一番聞きたくはない言葉を、己が今が幸せであると告げてくる。


「私はシュウゴ様に愛されることが、私の、レーミクはシュウゴ様の腕の中に包まれている時が、この世で一番幸せな女……、こうして貴方様に必要とされ、愛される事が生きる意味の全てなのです……」


 これは真実の愛だと、これ以上尊いモノはないと、少女は盲目的な歪んだ愛を、その透けるような肌を薄く染めて微笑んだ。


「分かってる、大丈夫だから……、俺は絶対にレーミクを捨てたりなんてしない。ずっと一緒だから……」


 依存という型に嵌められた愛を受け止めた、己の吐き出す言葉が、何一つ嘘など語ってなど居ない筈の言葉の全てが嘘臭く感じ、彼女との心の距離を遠く感じてしまう。


 だが、俺は彼女の歪さの原点に気付くのが遅すぎた、そして彼女の献身が稀人への忠誠などではなく、作為的に作りこまれた依存で有ることすら理解出来なかった。


 その結果が今の有り様で、こうして感じている乖離の痛みこそ、愚鈍で傲慢にもなれない己への罰なのだと言い聞かせ、俺は精一杯の笑顔を浮かべ、焼きつくような苦しみを飲み込まなければならないと、折れそうになる心に言い聞かせるのだった。

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