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第十三話 礼装と文化

 エレレファと二人で乗っていた竜車にロリーエとレーミクが乗り、年頃の娘達の楽しそうなおしゃべりで賑やかさを増した車内の風景を眺めながら王城へ向かう。


 年が近い事もあり驚くほど早く打ち解けてしまった彼女達を見ていると、レーミクとエレレファはかなり雰囲気が似ているように感じる、きっと肌の白さが近いせいもあるのだろう、そしてロリーエとエレレファの眼の色もよく似ている。


「エレレファさんは私と同じ緑色の目をしているのね、緑って珍しいみたいだし、同じ人が居てちょっと嬉しいわ」


「ニュルヘスノ、みんな緑、だから普通」


「巫女にも緑の瞳は時々居ますが、私達平原の民は珍しいですね」


 そんな話の中に、ヘスノに聞いた稀人と森の民の間の男子の話を思い出す、きっと緑の瞳は森の民の血を引いている証拠なのだろう。


 あの事実を知ってしまった以上、俺は巫女についても色々と知りたいと思うようになってしまった、呪と戦うために作られた存在が巫女という物だと知ってしまった。


 どうやってうら若い彼女達が、あの日レーミクが見せたような覚悟を胸に決めさせるのかを知りたいと思うのだ、俺と彼女達の顔見せが主な理由ではあるが、果たしてどんな話になるかは俺にも想像がつかないが、この点についてはしっかりと聞いておきたいと思っている。


 俺が自身の考えを纏めていると服装についてエレレファが質問していた、平地では森の民の服装が独特なので気になるのだろう。


「二人、服綺麗、私、こんな格好、大丈夫?」


 エレレファは自分の服装が問題無いかレーミクに問いかける、俺はこの世界での礼装を知らないから、一番礼儀作法に詳しい貴族子女の彼女に聞くのは一番正しい選択だと思う。


 確かに巫女服に比べれば、森の民は鎧や毛皮の下は簡素と言ってもいい衣装で皆生活をしている。


 俺もあまり人の事を言えないが、自前で稼いでない状況で豪華な格好をする気はない、だが今回の様な時のために礼装も少し考えるべきかも知れない。


「旅の途中である事は王も理解なされていますし、森の民はそういう概念はあまり無いと平原の民も理解しています、なので責められるという事はないと思います」


 礼装というのは確かに必要だが、エレレファの場合は民族衣装のようなものでもあるし礼装という点では、ある意味問題がないとも言える。


「問題はシュウゴ様の方だと思います、王に会うにはあまりに……」


「ああ、レーミクの言いたいことは解かるよ、だが外見を気に出来る程の時間の余裕は無かったんだ、だから何か借りるしか無いだろうね」


 王の不興を買うような状況は、ガルムンズやヘスノが連絡しているので心配はしていないが従者の方が立派な服で、主である俺が村人のような服を着ている現状は彼女達の格好が付かない、やはりガルムンズに相談してなにか借りようと思う。


「皆に恥をかかせるのも本意ではないし、城についたら一度ガルムンズに相談してみるよ、レーミク気を使ってくれてありがとうな」


「いえ、シュウゴ様のお役に立てて嬉しいです」


 恐らく俺の考えを尊重しようという思いと、礼儀としての服装について悩んだのだろう、全く相変わらず俺は彼女に気を使わせてしまう、褒められた彼女は少し嬉しそうに返事をしてくれた。


「なら、シュウゴの服を買うお金を稼がなきゃ、私も何か巫女の修行の合間に出来る内職とかしようかな?」


「おお!私、獲物取る!その革で服作る!」


 ロリーエが俺の服を買う内職を考え出しエレレファも違う方向にやる気を出した、まずい、これはいけない方向に向かっている。


「礼装ですので、お二人の意見では難しいと思います、やはり大社に連絡をして最高の服を用意する方がいいですね……」


 レーミクまで顎に手を当てて考えこむような姿で発言をする、そろそろ止め無いと彼女達の暴走が止まりそうもない。


「いや、やはり衣食住に関しても今は世話になってばかりだし、最低限自分で何とかしたいとは思うんだ、恵まれすぎて世話になるのが当然に思うようになってはいけないしね」


 俺はまだこの世界に恩を返していないし、その恩は日々増え続けているのだ、己の手では生きていくことすら難しく、英雄としての仕事も道半ばなのだから。


「そのお考えはご立派ですが、やはり私はシュウゴ様にふさわしい装備や衣装を身につけて欲しいと思います」


「そうね、シュウゴって遠慮ばかりする人だから、少し位我儘言ってもいいと思うわ」


「大丈夫!私、獲物取る、得意!」


 三人はそれぞれの意見を伝えてくる、確かに見窄らしい英雄よりも立派な服の方が良いが自分がそこまでの人間である気がしないので、やはり早いような気がする。


「とりあえず、先の事は皆の意見を参考にするよ、でも今日の所は我慢してくれないかな?無い袖は振れないしね」


 俺達が話をしている内に、王城の門を超えて城の前の広間に竜車が停車した、ここからは歩きの様でガルムンズが声を掛けてくる。


「シュウゴ様、ここからは徒歩(かち)でお願いします、そして女性陣は女中が案内しますので指示に従って下され、シュウゴ様は引き続きこのガルムンズが案内しますぞ」


 ガルムンズが案内してくれるというのであれば、相談もし易いので助かる、彼とはこの旅で随分と打ち解けることが出来た気安い仲だ。


「ああ分かった、じゃあ、三人共またあとでね?」


 別れる前にロリーエの頭を撫でようとすると素早く避けられて、レーミクがため息を付きながらダメ出しをしてくる。


「シュウゴ様、こういう時は抱きしめてくださらないと私達は嫌です……」


「やっぱりね、男女が別れる時は優しく抱きしめて欲しいわ!」


「私は頭、なでられる好き!」

 

 どうやら俺の知らない内に、レーミクとロリーエは大人の階段を駆け上がっていたみたいだ。


 頭を撫でるという子供扱いが不服らしい、二人を少女としての相手をしてしまうのは治らないが、これからの事を考えると慣れて行くべきなんだろうな。


「済まないね、じゃあ、これでいいかな?」


 両手を開いて待っているロリーエを軽く抱き締めた後、恥ずかしそうに身体を捩っているレーミクも抱き締め、最後はエレレファが嬉しそうに待っているので頭を撫でて、三人に感想を聞く。


「これで皆は満足してくれたかい?そうじゃないなら、もう一回頑張るよ?」


 俺の質問に三人は笑顔を浮かべ嬉しそうに答えてくれる、合格点を貰えるようだな。


「うん、ありがとうシュウゴ」


「私も満足です、ありがとうございます」


「私も満足、シュウゴ様ありがとう」


「それは良かった、それじゃあ行ってくるよ、またあとでね」

 

 その姿を見て安心して俺はガルムンズの隣に向かう、彼は少し笑いながらも俺をねぎらうように話しかける。


「シュウゴ様も大変ですな、やはり稀人は巫女を仕えさせる立場ですからな、男所帯とは違う苦労もありましょう」


「全くだ、年頃の娘の気持ちを中年が理解するのは骨が折れるよ、だけど俺は彼女達を侍らせている気はないし共に戦う仲間だ、使命と言えど気持ちよく果たして欲しいと思っているよ」



 彼女達は稀人に仕えるという使命として俺に付いてきてくれているのであって、俺個人の功績や権力に付き従っているわけではない。


 あくまで人同士の部分では対等であるし、むしろ世話になっている分俺の方が下かもしれない。


「シュウゴ様のそういうお気持ちは彼女達にも通じていましょう、私はシュウゴ様のお考えは素晴らしいと思いますぞ、まぁ同時にあれだけ想われておるのですし、口付けの一つは位はしてやるべきだとは思いますがな!」


 こちらの世界では今の態度は奥手としか言えないが、彼女達を愛おしいと思うのはやはり父性の部分がやはり大きい。


「ああ、彼女達も望んでいるし慣れないとはいけないとは思っているが、やはり恋愛の対象にするには些か若すぎてね……」


 彼の言うような態度を取るにはまだ戸惑いを覚えてしまう、俺の恋愛対象が二十代半ばから同世代位である事も関係している。


「はははは、確かにそうですな!レーミク殿はともかく他の二人は確かに若すぎますな、まぁ後二、三年の辛抱ですぞ、そうすれば体も出来て安心できるでしょう」


「いや、俺的にはレーミクでも若いよ……、全くままならないものだね……」


 言いながら首に下げた呪法器を撫でる、本当に上手くいかないな、上手くいかないと言えばこれ以上の失点を避けるためにも礼服の件も相談しておこう。


「ガルムンズにもう一つ相談だ、王様に謁見するのにこの格好はあまり良くないと言われたんだが、よければ何か貸してもらえないだろうか?」


「はっは、そちらは武骨者の私に聞くよりも目的地の客室で聞かれるべきですな、中の女中が詳しい事をお教えするでしょう」

 

 そうして他にも様々な話しながら先に進んで行く内に、目的地の客室に到着した。


「では、私はここで待っております、シュウゴ様の準備が済み次第参りましょう」


「分かったよ、中で詳しい事を教えてもらうさ」


 宮廷の作法でも教えてくれるのかもしれないと思い、ガルムンズの開けてくれた扉をくぐると西洋の貴族の邸宅のような風景が目に入る。


 まず眼に入るのは立派な天蓋の着いた寝台だ、非常に柔らかな雰囲気を纏っていて寝心地の良さを全体から醸し出している。


 寝台の反対側に目を向けると、精緻な動物の模様や素晴らしい紋様の綴織つづれおりが壁を美しく飾っていて、豪奢な寝椅子が備え付けられている。


 部屋の中央には、彫刻の美しい木目のティーテーブルセットが鎮座しており、その先に目線を向けると大きな窓には硝子が嵌め込まれ、精霊樹の姿が見える。


 こちらで考えれば大きな硝子窓は高級な品だと一目で解かる、角に置いてある壺は白磁だ、村では陶器は見たが白磁は見たことがない。


 俺がこの世界の事を知らないので詳しくは分からないが、恐らくは各民族の特産や技法を取り入れた上質な部屋に招かれた、そう考えていいのだろう。


 どう考えても俺には場違いだと思う部屋の中に灑落(さいらく)なドレスと白の前掛けに身を包んだ女性が、威儀(いぎ)を正した美しい立ち姿で佇んでいた。


 俺が一歩室内に足を踏み入れると、彼女は深々とお辞儀をしてから自己紹介を始めた。


「お初にお目に掛かり光栄です、私はこの客室を預かる上級女中のセラーネと申します、シュウゴ様ご滞在の間、身の回りのお世話を言い付かっております」


「あ、ああ、セラーネさん初めまして神山シュウゴだ、宜しくお願いするよ」


 思わず逃げたくなる程の丁寧すぎる挨拶に何とか返礼を返して、先ほどのレーミクに聞いた事を思い出す、きっと俺の小市民感覚を心配しての事だったのだと、ここでやっと理解した。

 

 レーミクが言うには、彼女達部屋付き女中を追い出したりすると、客人の不興を買ったとして経歴を傷つけてしまう事があるらしい、なので余程のことがない限り受け入れる様に言われた。


「ご丁寧にありがとうございます、こちらこそどうぞ良しなに。私に敬称は不要です、どうかセラーネとお呼びください」


 この世界では背の高い彼女は身長百六十センチ程で、編みこまれた黒髪に灰色の瞳、江戸茶の肌は艷やかな光を放ち、平地の民よりも少し悲しげな目元に凛とした雰囲気を持った女性だ。


 元の世界で言うとアラブ系の女性と言う所だろうか?


 こちらに来てから白人系ばかりを見ていたので、物珍しさから彼女の顔を見つめ過ぎたらしく彼女が視線をゆっくりと俺の胸元に下ろす。


「すまない、自分と同じ黒髪の女性を見たから少し気になってしまった、女性の顔を不躾に見つめるのは紳士にあるまじき態度だった」


「いえ、お気になさらず、私は平地の民ですが祖父が平原の民でしたので、この辺りでは珍しい肌と髪をしていますから、よく見られますの」


 彼女は不快とまで思っていないようで、笑顔を浮かべながらそういった。


 部屋に入った時の最初の姿やその目元のせいで、少し厳しい女性なのかと思ったがそうではないらしい。


「では早速ですが、今から旅の汚れを落として頂いてお召し物を着替えていただきます、まず湯殿の方へ参りましょう」


「俺にはこの国の礼儀作法は解らない、セラーネに全てをお願いするよ」


 俺がそう言うとセラーネが嬉しそうに笑う、彼女はどうやらよく笑う女性のようだ。


「分かりました、では私の技術の全てを持ってシュウゴ様を磨き上げて差し上げます」


「ああ、よろしく、まぁ俺はあまり見栄えの良い方ではないから、セラーネの楽しみは少ないとは思うけどね」


 やはり磨くのであればいい男のほうがいいだろう、何が悲しくて平均的な日本人のおっさんを磨き上げるなんて不毛な事をと、思われないように願うだけだ。


「大丈夫ですよ、シュウゴ様は上背がありますし、衣装も栄えると思いますわ」


「ははは、そうだといいけどね、じゃあ湯殿へ行こうか?」


 彼女のお世辞を真に受けない程度に受けて、少し気分よく湯殿へ向かう、まぁ風呂にゆっくり入るのは久しぶりなので、精々旅のアカを落としておかないとね。


「はい分かりました、ではこちらです、参りましょう」


 彼女が扉を開けると廊下に出るように言われ出る、そこにはガルムンズが直立不動の体勢で立っていた。


「ガルムンズ、王様に会う前に汚れを落とせと言われたよ」


「でしょうな、やはり旅の汚れを落としてから会うべきでしょう、では湯殿へ参りますか」


 ガルムンズも付いてきてくれるようで先頭にセラーネ、俺が真ん中。そして左斜め後ろにガルムンズという少し変わった位置だ、どうやら前からセラーネが後ろからガルムンズが守るための形らしい。


 城の中で襲撃はないとは思うが、貴人を守る文化としては納得はできるが武器を持たないセラーネは、文字通り体を張って守るのだから起こって欲しくないと本気で思う。


「シュウゴ様、こちらがお客様用の湯殿です」


 セラーネが恭しく扉を開けると、かなり大きな石作の風呂があった。


 作りとしては商工会の旅行で行った温泉宿のいい加減なローマ風とかいう感じか?


 なんだかトルコのハマムと、ローマの風呂を適当に足して割ったような作りの不思議な風呂だ。


「では私はここで待っておりますゆえ、しっかりと旅の汚れを落として下され」


「ああ、済まないね、先にひとっ風呂浴びさしてもらうよ」


 ガルムンズに挨拶をして中に入る、どうやらセラーネも使い方を教えてくれるようで付いてきてくれるようだ、まぁ流石に服を脱ぐ頃には出て行くだろう。


「ではシュウゴ様、私も準備をしてまいりますので、お召し物はそこの籠に入れておいてくださいね」


「脱いだら奥に入って体を洗えばいいのかな?」


 ゆっくり風呂に入るのは久しぶりだ、やはり俺も日本人だから風呂や温泉という言葉には心が踊る早く体を洗って湯船に浸かりたい。


「いえ、私が来るまで待っていてくださいますか?」


「わかったよ、じゃあ待っているよ」


 彼女の話を聞いて別れると風呂に入る準備の為に素早く服を脱ぐ、体を拭いたり湯桶で髪は洗うのにも慣れたが、やはり風呂は入りたい。


 逸る気持ちを抑えて風呂場へ向かう、腰のモノを隠すのは手拭いだけしか無かったので、これだけでいいのかと辺りを見回していると、白の丈の短い湯浴み着をきたセラーネが向かってくる。


 なんで?こちらは手拭いしか無かったぞ!?こちらの心中の焦り無視するように彼女は笑顔で近づいてくると、俺の隣に立って少し段になっている所を指さす。


「シュウゴ様、あの少し高くなっている所でうつ伏せになって待っていてください、直ぐに準備をして参りますわ」


 俺に一言いい残して彼女はそのまま奥に消えていった、恥ずかしいので言われた通りうつ伏せになって待つ事にする。


 どうやら俺が考えていたような自分で洗う方式ではなく、ハマムのケセジや江戸の三助ような人が来るのかもしれないと淡い期待をしている。


 だが彼女の格好と先程の言葉から想像するに、文字通り磨き上げられるのだろうな覚悟は決めておこう……。


 小市民にケセジや三助は敷居が高いと考えていると、湯桶を持った数人の女性がやってきて俺にお湯をかけてゆく状況に、まな板の様に少し高くなっている場所のせいか今から調理される魚の気分を味わっている。


 そうして彼女達が俺に十回ほどお湯を掛けるとセラーネがやってきて、隣に座り俺に謝る。


「時間がないので略式で申し訳ありません、時間があればもっとしっかり温めから肌を磨くのですが……」


 申し訳無さそうにセラーネが言うが、俺にはむしろやり過ぎで無駄な物としか思えない。


 何とか返事をしようとすると彼女が垢すりを始めた、予想外の異常な状況に裏返ったような変な声が出てしまう。


「いやぁ!む、むしろやりすぎじゃあん、ないかなぁあああ!」


「いえ、本来ならもう少しゆっくり体を温めから肌を磨くのですよ?」


 少し力を入れて擦られる妙な感触は痛くはないが、体が一々反応をして声が出せなくなってしまった。


 この垢すりが終われば予想通りハマムの様に泡だらけにされて洗われてしまうのが分かった、俺の目の前には大量の泡を湛えた湯桶が鎮座している。


「あら?随分と旅の汚れが溜まっていますのね、これですと私の腕の見せ所もありますわ!」


 嬉しそうな声を上げる彼女がその腕を余すとこなく振るうと、体は文字通り磨き上げられてしまった。


 俺はセラーネの振るう手の絶妙な力加減に翻弄され、彼女が満足するまでひたすら変な声を上げ続ける事しか許されない状況に陥るのであった。

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