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第十話 精霊の弓

 俺達は確かに共有した温もりを確かめ合い、別れに向けて動き出す。


 彼女は自らの子供を育み世界の安定を守るため、俺は世界を汚す呪を打ち滅ぼし、この世界をここに住む全ての者の手に委ねる為に、そう俺達の進む道は別の道だが想いを分かつ訳ではない。


 新たな神(ヘスノ)未熟な英雄(おれ)が志す道の先は繋がっているのだ、決別などでは決して無い。


 ゆっくりと思いを確かめってあってから俺と彼女は別れの支度を始める、渡す物や託す物を互いに渡し合う、まずはヘスノが先に始めだした。


『周護さんが望んでいた精霊樹の雫です、少し削って聖水に溶かして飲めば、ゲンゾンさんは魂を癒して目覚めることでしょう』


 彼女の手から渡されたのは琥珀色した小さな宝石、精霊樹の雫の正体は精霊樹の樹液で出できた琥珀だったのだ。


「有難う、これで俺は大事なともがらを喪わずに済む、本当に有難う」


 ゲンゾンを救う手立てがこの手の中にある、それだけで俺は心に希望が溢れてくるのを感じる、彼は最初に俺を助けてくれた特別な友だ、彼を喪う事を避けれるなら嬉しくて当たり前だろう。


『もしエレレファが苦しんでいる時は同じ様にして飲ませて下さい、エレレファの命にも関わりますので早めにお願いしますね』


「ああ、呪の進行を抑える薬としてだね?彼女自身にも持たせておいた方が良いかもしれないね、もしかすると何かで離れることもあるかも知れないしね」


 ロリーエやレーミクと別れた様に、何かの拍子で別行動を取らねばならない事があるかも知れないので、彼女に半分持たせておこう。


『その方が良いでしょう、あとゲンゾンさんの様に魂が傷付いた人も救える力がありますから必要な時は使って下さい、無くなる前に神社に伝えて下されば近くの精霊樹に届けますので早めに言って下さいね』


「気遣いは有難いが精霊樹の雫は量はないんじゃないのか?だとしたら不用意には使えないだろう?」


 そう彼女達にとって生命線とも言える精霊樹の雫、そう簡単に使っていいものではないのではないのだろうか?


『はい、ですが私が神になり少しだけ余裕が出来ました、そして人を救えば正の力も又、希望とともに湧きます、その力が私に大きな神格を与えてくれますからそれで釣り合うはずです……』


 自分でも初めての事だ、自信はないのだろうが見捨てる選択を出来ないヘスノの心境が見て取れる。


「解った、俺はなるべく使わなくて済むように戦う、同時に新しい森の神の名を皆に伝えて、多くの人の祈リを束ねて君が神格を高められる様に頑張るよ」


 俺が出来る最大の努力を彼女に約束する、それがきっと彼女を救う正しい手立てだと思う。


『ありがとう周護さん……、そうしてもらえると私は嬉しいです。それと旧い神社なら精霊の宿る木もあります、そちらでも上手く機会が合えば雫は手に入ると思いますので覚えておいて下さい』


「了解だ覚えておくよ、他に何か覚えておくことはあるかい?」


 彼女の後ろの虚の壁が開き一張りの弓が現れた、複合弓なのだろうか月白色と鈍色の二色で出来た精緻な模様が施された四尺を少し超えた大きさの弓だ、その姿は不思議と神聖な気配を感じさせる。


「これは?どうやら弓のように見えるが……」


『これをエレレファに持たせてください、大精霊樹の旧い枝と私達の幸せを願い天寿を全うした森竜の躯で出来た弓です、稀人に付いて森を出る代々の末娘に持たせるものです』


「これは随分と神聖な気配を感じるが……、何かが宿っているのか?」


 目の前に在る弓が放つ何か、俺が今預かっている前差しと同様の神気が神聖な力が感じられるのだ。


『精霊の弓には森竜から転じた強力な精霊達が宿っています、彼らが彼女を呪の手から守ってくれます』


 森竜は彼女達の大事な相棒だと聞いた、だからこそ死してなお精霊となり彼女達を守り続けるのであろう、それは一種の愛であり彼らの純粋な願いなのだろう。


「これをエレレファに渡したら意味が理解るのかな?俺から説明は必要なのなら、教えてくれないか?」


『大丈夫ですよ、私の方から伝えてありますし彼女は理解しています、ただそれを渡すだけでいいのです、そして彼女がその命が尽きるか呪に負けた時、精霊の弓はここに還って来ます』


 どうやら俺のすべき事はエレレファに精霊の弓を渡すことだけらしい。


「解った、では精霊の弓確かに預かるよ、確りと彼女に渡すことを約束する」


 預かった精霊の弓に触れた瞬間、竜のいななく声が聞こえる、恐らく精霊の弓に宿る竜の声だろう、非常に手に馴染み西洋風の弓は扱ったことはないが良い弓だと解る。


『ふふ、周護さんは随分と精霊の弓に好かれた様ですね、源蔵さんの時みたいに嫌われるかと思って少しドキドキしてたんです』


「そうなのか?俺は確かに昔弓を少し嗜んでいたから、そのせいかもしれないな」


 たった数年しかやっていないのだ、もう離れて十年以上立っているのだ十全には扱うことは叶わないし、西洋風の弓すら扱えるか疑問な腕前だが、どうやら許してくれたようだ。


『源蔵さんはテッポウという飛び武器の使い手だったと言っていましたので、そのせいでしょうね』


 懐かしそうにヘスノが俺に伝える、なるほど確かに弓の精霊には鉄砲は嫌われてしまうかもしれないな、と納得がいく。


 同時に気になった事を答え合わせをする為に、彼女に一つ質問を投げかける。


「もしかして、森竜に名前を付けない理由とはこの弓に関係するのではないのか?」


『その通りです、森竜に名を付けないのは彼らが精霊に成る時、現の名に存在を引かれぬ様にする為なのです』


「なるほどな、やはりそうだったのか、確かに名前に引かれるのは呪に対抗する精霊としては危険でしかないね、理解したよ有難う」


 霊的な物の名前とは力を持つ、それに引かれてしまう事は十分に考えられる、彼女達は呪と繋がっているのだ、名前を利用されぬ為にそうせねばらないのだろう。


 そうして疑問の答を解消する話がひと通り済んだ所で、俺は腹に差していた前差しを丁寧に引き抜き、彼女の前に差し出した。

 

「では俺からは前差しを返しておこうと思う、この短刀は守刀で戦いに使うものではない、きっとこの森を守ってくれるはずだからここに置いて行くよ」


 歴代の稀人とその刃で生命を終わらせた乙女達の祈りと願い、全てを湛えた守刀だ、彼女達をきっと守ってくれると俺は思う。


『わかりました、ではお預かりします貴方の下さった想いと共に……』


 そう言って彼女は大事なものを抱える様に静かに自分の胸に仕舞い込む、まるで想いを忘れぬ様に乙女が自らの秘密を自らの胸に隠す様な仕草だと俺には見えた。


「よし、それじゃあもう行くよ、きっとエレレファが俺を待っているからね………」


『ええ……、あの子をエレレファをどうか宜しくお願いしますね?そして、又、いつか私……、達に会いに来て下さいね?周護さん……』


 彼女はそう言って俺を優しく抱き締める、人と神、俺は稀人だ、呪との戦いの中で死んでしまうかもしれない、だから永遠の別れになるかもしれないと思う、だからこの言葉を彼女は言ってくれたのだろう。


「ああ、約束するよヘスノ、俺は必ずこの素晴らしい森に来る事を君に誓うよ、俺も又君達に会いたい」


 彼女の温もりが、彼女の優しさが俺の後ろ髪を引く、その未練を断ち切るように一度だけ強く抱きしめて彼女から離れる。


 これ以上は未練を残してしまうだろう、俺は今から戦いに征くのだ、明日には命尽きるかもしれない日々を送るのだ、だから未練はここに置いてゆかねばならない。


『はい、私はこの森で貴方が英雄になり世界を救う日を待っています、そして貴方の行路(こうろ)に一つでも多くの幸せがある事を願っています……』


 美しい微笑みで神秘に満ちた紫の瞳に涙を湛えながら、彼女は別れの言葉を俺に言う。


「ああ、森の神ヘスノ、また会える日を俺も楽しみにしている、そして君が立派な神になれる様に全力を尽くしてくるから、ここから見ていていくれ……」


『周護さんのお帰りを、私は何時迄も待っています……』


 彼女の言葉に背を向けて前に進む、外から届く光が俺の思いを表すように影を引き伸ばしいくのが印象に残る別れになった。


 ゆっくりと階段を降りる、別れの所為で少し感傷的になっているのかもしれない、ずっと感じていた腹に抱えた重みが消えた所為だと決めつけて、俺は気合を入れる。


「英雄になると決めた男が何たる無様だ、こんな顔でお前はエレレファに合うつもりか……?」


 言葉にまでして未練を振り払う、そう、今は前を向いて進む時だ、何時迄も後ろに気を取られていては前に居る自分とこれから進む少女、エレレファを喪ってしまう事になる。


「ただいまエレレファ、待たせてしまって済まなかったね」


「シュウゴ様!待ってた!お帰り!」


 彼女は親が帰ってきた時の子供の様な仕草で俺に駆け寄る、そしてこの胸に収まる様に抱きついてきた。


「シュウゴ様、私、ずっと一緒」


「そうだな、これからずっと一緒だ、改めてよろしくねエレレファ」


 彼女を左手で抱きしめながら、右手に持った弓の事を彼女に話す、この精霊の弓は俺の持つものではなく彼女の持ち物なのだ、俺はただ預かって運んでいるに過ぎない。


「君に君達の新しい神様からの贈り物だよ……、君達のお母さんヘスノは森の神様になったんだよ……」


「族長、新しい神様?さっきの光がそれ?」


 どうやら先程の光は外からも見えていた様で、彼女が疑問を俺にぶつけてきた、その疑問に俺は笑顔で応える。


「そうだよ、あの光は君達の新しい神様の誕生の光だったんだよ、だから彼女をちゃんと森の神ヘスノとして奉るようにしようね……」


「すごい!神様、私達に新しい神様がいる!嬉しい、本当に嬉しい……」


 エレレファが歓びに涙を流す、神が居ない不安は彼女達にとっては大きな喪失感を与えていたのだろう、新たな神の誕生は希望の光として森の民に新しい時代を感じさせることが出来たのだ。


『娘達よ……、私は稀人 神山周護の助力に因って、神の階位に至る事ができた、今日から私は森の民ニュルヘスノの新しい神として、あなた達を見守ります』


 森にヘスノの声が優しく力を持って広がってゆく、神が持つ神気が大精霊樹の森に満たされる、うっすらと黒く汚れていた精霊樹達の色が、輝くような月白色に変わる、これが精霊樹の本来の姿なのだろう。


『ですから母は貴方達に希望を捨てない様に願います、明日を生きる事を願います、我が娘達が誰一人絶望の淵に沈まない事を願います』


 その声は森を浄化してゆく、木々は眩いばかりに光輝き、まるで光の中に立っているかのような錯覚を覚える。


『だからどうか、この未熟な母を助けて下さい、私が貴方達を助けることができる立派な神になれる様に、貴方達の力を貸してください、これが私の森の民の全ての未来に繋がる道であり大いなる母ニュル様へ返せる最大の恩返しなのです……』


 そうしてヘスノの言葉が終わると、ゆっくりと光は収まりを見せてゆく、精霊樹はその輝きを落ち着かせても月白色は変わらずにいた、やはりこれが本来の姿だったのだ。


「すごい……、森が……、昔に戻った……、皆が言ってた事、本当だった!」


 エレレファが言葉を絞り出す、どうやら森の神ニュルが隠れる前の事を知る誰かから本当の姿を聞いていたのだろう。


「これは……、先程まで森の姿も神々しいと思っていたが、今は本当に神の気配まで感じる、君達の母は立派な神だよ……」


「新しい、森の神様、すごい!ヘスノ様すごい!」


 俺の腕の中でエレレファが嬉しそうにはしゃいでいる、望んでも帰って来ないと思っていた森の神、その神の座に新しい神が現れたのだ、彼女達の歓びは俺には想像できない程のものに違いない。


 先ほど抱きしめた手弱女(たおやめ)然とした佇まいからは、想像が容易では無い程にヘスノは神として力を顕現(けんげん)したのだ、決意に嬉しさとヘスノの進む道の険しさを思い俺は彼女の姿を思い浮かべる。


 そして心配する俺に彼女はこう返してくるだろうと思う、自分は母であり、母の遺志を継いた者だと、だから心配はしないで欲しいと応えるだろう。


「ヘスノ、俺も頑張るから、君が子供を呪で喪う辛さに泣かずに済む世界を必ず作るから、それまでお互い頑張ろう……」


 喜びの声がそこら中から響いてくる、人も竜も獣達も、全ての生き物が新しい神が顕現した事を喜んでいるのだ。


「シュウゴ様、私嬉しい、涙が止まらない」


 歓びを全身で表し涙にぬれるエレレファを抱きしめながら、彼女を俺に託した母ヘスノを思い、大いなる森の神ニュルの遺志と交わした約束を胸に、己が戦いの日々はここから始まる事を感じ、俺は決意を新たにしたのであった。

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