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第九話 生まれ出る神

 あれから1週間を掛けて全ての精霊樹を巡りヘスノの娘たちを開放する事が出来た、一週間という多くの時間が掛かったのには訳がある。


「シュウゴ様、無理しない、約束……」


 言葉と共に遠慮がちに差し出されたエレレファの小さな白い小指、そこにある思いを裏切る事が出来ないと思ったからだ。


 そうして俺は初日と違い、少しずつ時間を掛けて森を巡っって彼女達の日々を大切に過ごす、エレレファは静かに俺の手を取り、その狭い歩幅に俺の足は合わせる様に歩く。


 きっと俺が焦らずにゆっくりとこの森を周れたのは、隣を歩いてくれたエレレファの歩幅のお陰だろうと思う。


 そんなことを思い出しながら、ヘスノの住む大精霊樹の神殿を目指している、全ての娘の見送りが済んだことを彼女に伝えるためだ。


「シュウゴ様、私ここで待ってる」


 大精霊樹の根元につくと、エレレファは手を離してそう言った。


「分かった、もし一時間して帰ってこなかったら先に戻ってくれていいからね?」


「イヤ、シュウゴ様来るまで、ここに居る」


 あの日以降、エレレファは常に一緒に居るようになった、きっと俺がまた焦って無茶をしないか心配なのかもしれない。


 こうなると彼女は強情だ、きっと何時間でも俺を待ち続けるだろう、長くはない付き合いだがそれくらいは察せれる位には共にいた。


「そうかじゃあ、戻ってくるまで待っててくれるか?」


「ん、分かった、待つ」


 俺が頭を撫でながら彼女にお願いをすると、彼女は嬉しそうに返事をする、あの日から彼女は頭を撫でて貰いたがるので自然と身に付いた癖だ、暫く頭を撫でてエレレファの満足した頃を見計らって行きの挨拶をする。


「じゃあ、行ってくるよエレレファ」


「はい、いってらっしゃい」


 手を振るエレレファに見送られて俺は、前に吐き気をこらえて登った吊り橋のような階段をゆっくり登り、独り言ちる。


「実際は十日も経っていない筈なのに、随分と長い間大精霊樹の森に居た気がするな」


 森に入った日か十日の滞在だ、この森に居たのは一週間しか無い、なのに随分とここに居たような気がする。


 その長いと感じる感情の出処が沢山の出来事があったせいか、それとも終焉を見続けた所為なのかは解らない。


 それでも来て良かったと心から言える日々だと胸を張ろう、多くの苦しみと絶望があった、だがそれは俺を一回り成長させたとも言えるのだから。


「そういえば祖父ちゃんが言ってたな『成長を諦めなければ人の心は何時迄も成長できる』って、その通りだったよ……」


 祖父の言葉を思い出しながら登ってると入り口に辿り着いた、相変わらず立派な神殿だ神の在る場所に相応しい場所、今は亡き森の神ニュルが為の神域。


 神妙な心持ちで奥へ向かう、もう森の神は居ないのだとしても成した事は偉大で尊い、だとすれば敬意を払わずに居ることは人の身でしか無い者にとって傲慢と言えよう。


「遅くなってねヘスノ、君の娘全てを空に還したよ……」


 虚の最奥で隠された様に大精霊樹が抱き大理石の少女は眠る様に目を閉じる、出会った時と変わらないへスノに声を掛け俺は話を進める、彼女に別れと目的の達成を告げに来たのだ。


『お陰様で眠っていた娘たちもやっと開放されました……、周護さん有難うございます。これで起きている娘達を私でも少しは守る事が出来るでしょう……』


 そしてこの全ての稀人の思いが積もって残されている前差し、彼女の願いを叶えるために借りたこの守刀を返す為にここに来たのだ。


「俺は今でも自らの選択が正しかったのか答が出てはいない、だけどこれはやらねばいけない事だと今は言えるよ」


 もしも今の俺にすべてを救う力があったのであれば、彼女達を殺す必要など無かった、それが出来ないが為の次善と言いたくもない、次善策。


『すいません……、私にもう少し力があればもう少しは耐える事が出来たのかもしれません、ニュル様がお隠れになって私の力、いえ精霊達の力も少しずつ弱くなっているのです……』


 恐らくは呪の持つ否定の力が働いているのだろう、この世界を許さない悪意という大きな力が精霊すらも弱らせてしまっているのだ。


「神が居ない世界か……、俺には俄に信じられないよ、俺は神というのは身近に在ると祖父に教えられて来たからね、そこまで敬虔では無かったが否定するほど不信心でもなかった」


 そう、神は何処にでも在る八百万の神という言葉もある、徳を積んだ人や深い恨みを鎮める為に人を神として祀っても来た、俺の知る信仰とはそういうものだった。


「俺の世界では人が神になる人神という物があるんだ、多くの徳を摘んでその道に至るか、その大きすぎる負の感情を鎮める為に神として長い年月を掛けて祀って怒りや恨みを忘れさせ、そして人に豊穣や恩恵を与える神になって欲しいと祈りを捧げるのさ」


 俺の話を興味深そうに聞いていくれているヘスノ、きっとなにか思う所があるのであろう彼女に俺は続けて話す。


「そうして生まれた神様も俺達は神と呼ぶんだ、だからねヘスノ、5千年もの間憎しみを忘れるように生きて、何度も哀しみを味わっても諦めずに娘達を守る君は……」


 この話を思い出して俺は、ひとつの可能性を閃いたのだ。


 あちらに居た時なら確かに荒唐無稽なお伽話だと鼻で笑っていただろう、だが彼女達に触れて思ったのだ、ヘスノには神の階位に登る資格が有るのだと確信的に思う様になったのだ。


「そう、君には神に至る道が開いているのではないかと俺は思うんだ、きっとそれを見ようとすれば君はその階位を登って、そして君達の神ニュル様の後を継いで行けるんじゃないかと思うんだ」


 俺が言葉を言い切った瞬間、世界が白い光りに包まれた。


 優しさに溢れた光は恐ろしさなど微塵もなく、只々母の優しさに包まれるような暖かさに満ちた光の奔流(ほんりゅう)に辺りが飲み込まれたのだ。


 目の前で起った出来事を見つめる俺の脳内に、ヘスノではない女性と思われる声が響いてくる。


『しゅうちゃんありがとうね、彼女に気付きを与えてくれて……、その言葉は私達神が言っちゃ駄目だったの。神に至る階位は神の言葉ではなく人が気付いて登るものだからね……』


 あの日聞いたもう一つの声、きっと彼女はこの世界を守る神の一柱なのだろう、俺に彼女がヘスノに気付きの言葉を伝えた事に礼を言う。


『これで心残りなく消滅できるよ、ありがとうねしゅうちゃん、身勝手かもしれないけど娘達をよろしくね……、もしヘスノが私の死に責任を感じたり落ち込む様だったら、私の代わりに思い切り叱ってあげて、そんな暇は無いのよってね……』


 ああ、ようやく分かった、彼女がニュル様だったのだ、最後の力を振り絞り、娘であるヘスノに自分の思いを僅かにだが遺していたのだ。


「分かりました森の民の守護神ニュルよ、彼女が責任を感じすぎたり落ち込むようなら貴方の代わりに叱る事、確かに約束します……」


『ありがとうね、しゅうちゃん……』


 俺が森の神ニュルの残り火に膝を突き頭を垂れて約束を交わすと、彼女の遺志は満足するように礼の言葉を残して霧散する。


 彼女が神に至ることが出来る事に賭けて、ニュル様は自らを犠牲にしたのだとやっと理解が出来た、親が子を信じて身を投げ出し、子はその遺志を継いで神に至る扉を開く、大精霊樹の森に新たな神が降臨するのだ。


「そうだったのか……、俺はこの森に来てやっと己の求める答を一つだけ手に入れる事が出来たのか……」


 光の繭をゆっくり割りながら神が誕生する。


 神秘に満ちた光景を両目に映しながら、自分が望んだ答の一端を手に入れた歓びに胸を震わせる、自分がこの世界に光を灯せたと涙を流す。


『周護さん、私にも母の声……、ニュル様の声が聞こえました……、あの方は御身が滅びてもなお私達を見守ってくださっていたんですね……』


 先ほどまで大理石の石像のようだったヘスノの姿は、金色の髪の優しげな笑顔を浮かべる大人の女性の姿に変わっていた、少し垂れ目で人なつっこい顔をしている、きっとこれが本当の姿なのだろう。


「そうだったようだね……、あの日俺に語り掛けてくれたもう一つの声、それは君の中に残されていたニュル様の想いの形だったんだね……」


 きっと彼女の声を聞かねば俺はここには居なかった、恐らくあの日に惨たらしく呪に殺されて惨めな死に嘆いていたことだろう。


 それは精霊樹が全て埋まっていたニュルヘスノの民にとっても、稀人をもう呼ぶことが出来ない世界にとっても死を意味していたのだ。


 それを何とか覆す為に、母が娘に遺した最後の遺志だったのだ。


『あの方は最後まで私達を残して逝く事を悔いていましたから……、私がもっとしっかりしていればこんな事にならなかったのかもしれません……』


 下を向くヘスノ、彼女達の未来を俺は彼女の母に託されたのだ、今の彼女が責任を感じるなら叱らねばならない、これは彼女の母神と交わした約束だ。


「愚かなり神ヘスノ!貴女は神ニュルに託されたのだ!だとすればそのような情けない顔をしている暇があるのか!?」


 神に至るような彼女を叱り付ける。


 人の身でこれ程難しいことはないだろう、だが俺はできるだけ威厳を込めてヘスノに生まれたての神様に世界の為に消え堕ちたはは遺産おもいを伝えねばならない。


『え……、周護さん……』


 口に手を当て困惑するヘスノ、そうだろうな彼女にとっていきなり俺がこのような口調で話し始めれば驚くだろう、だがヘスノを叱るのだ、それなりの言葉でなければならない。


「いいや、そんな暇はない!自らが守護する無辜の民を守りなさい!それこそが貴女の唯一母神ニュル様の意思に応える方法です!」


 俺の言葉が彼女にどれだけ届くかは解らない、それでも精一杯語るしか無いと思った、そして口調を元に戻してゆっくりと語る。


「今の言葉は君のお母さんに頼まれた言葉だよ……、君が責任を感じたり落ち込んだりする様なら思い切り叱ってくれってね、きっとこういう風になるって予測していたんだろうね」


 俺は苦笑いを浮かべ、彼女にネタばらしをする。


『母が……ニュル様がそんな事を言っていたのですか……、私はやっぱり未熟ですね……』


 納得がいったように彼女は落ち込む。


 まだ彼女は立ち上がったばかりの未熟な神だ、不安がいっぱいなのだろう、駆け出しの英雄としては彼女の気持ちが痛いほどよく分かる。


「安心しろとは言わないけどね、ここに一人似たような立場の男がいるよ?世界を救うなんて大それた夢を語る神ですら無い男がさ……、でも君はヘスノはその言葉を信じてくれた……」


『当たり前です!貴方は縁もゆかりもない私達の世界を守る為、沢山傷ついても諦めず今もこうして私達を何とか助けようとしてくれています!』


 こんな当てもない力もない男の夢を彼女は信じてくれた、ならば今度はこちらが信じる番だ。


「有難う生まれたての神ヘスノ、君が俺を信じてくれているの同じで俺は君が素晴らしい神になる事を世界の誰より信じている」


 いや、俺は確信しているのだ、この新しき神が育む素晴らしい未来を。


「だから俺の信じる新しき森の神が、自分の子供達を幸せにする事を信じてくれないか?」


 俺はヘスノに問いかける、今日まで彼女は諦めずに一人で森の民を必死で守ってきた実績がある、それは誰もが認める素晴らしい成果だろう、今は与えられた責任の大きさに怖気づいただけなのだ、その言葉にヘスノは顔を上げ、俺にゆっくりと語りかけてきた。


『はい、私は稀人、神山周護に誓いましょう……。新しき森の神ヘスノは必ず貴方と亡き母神ニュルの願いを想いを叶えます、森の子供たちを守る善き神になることを誓います……』


 それは誓いの言葉だ、俺と母、そして自分自身に立てた誓いの言葉だ。


「有難う、新しき森の神ヘスノ、貴方の誓いを確かにこの神山周護が胸に刻みました……」


 恭しくこうべを垂れる、神との誓いの儀式などした事は無いが今はこれが正しいと思うのだ、彼女の決意は尊く重い、だからこそ真摯に受け止めるべきなのだ。 


 そう思っていると彼女の気配が近づいて、そっと俺を抱きしめた。


『ありがとう周護さん……、きっと私貴方が居なかったら神になんて成れてなかった、絶望に流されて娘達と心中してしまおうとさえ、考えていたんです……』


 静かな心中の吐露、先程までの事を言っているのだ。


『でもやっぱり……、私は母の……、ニュル様の娘なんです、だから最後まで諦めなかった遺志を、その想いを継ぎたいです、こんな私ですが貴方は支えてくれますか……?』 


 きっと不安なのだろう、だとしたら応える言葉は一つしか持ち合わせていない。


「ああ、勿論だよヘスノ、俺も半人前の英雄だけど、この世界を守る為に君と一緒に少しずつ進んで行きたいんだ、だからこの命が燃え尽きるまで君を支える事を約束する」


 俺は彼女にそう応えると、彼女は俺に抱きついてきた。


『周護さんは馬鹿です!どうしてこんな我が儘な神の願いを聞いてしまうんですか!』


 彼女の目から涙が溢れる、受け入れられた歓びと、これから俺が負うであろう苦難への涙だろう。


「ヘスノ……、俺はね、この世界の全てを救いたいと願う大馬鹿者なんだ、その中に泣き虫の神様もちゃんといるんだよ、だから君を一人にする選択肢なんて初めから無かったんだよ」


 子供の様に泣く神、それを慰める無力な英雄、こんなちぐはぐな一柱(ひとはしら)と一人の小さな英雄の話、きっと神話ならどこかにあったかもしれない神と人の物語だ。


『周護さんは馬鹿です!大馬鹿です……、でもやっぱりそんな貴方の心が嬉しいと感じる私は、駄目な神様です……』


 そう言って微笑む彼女、その笑顔は晴れ晴れとしていて新しい神の誕生を感じれる素晴らしい笑顔だ。


 彼女と二人でやっと一つだけ世界を救う道に小さな足跡をつける事が出来たのだと確信が出来る素晴らしい笑顔だと俺は思った。

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