第六話 夢に溢れた世界
飛ばされた先で夢を見た。
枠の中央のモノにはぬるま湯のような生暖かい世界、欲望に忠実なモノだけが楽しく見る、彼らのための楽しい事しか無い世界、そんな夢ばかりをひたすら見せられた。
夢を見た、何も知らない少年が聞きかじったような曖昧で適当な知識を振りまいて改革をする話、それでもご都合主義で何故か上手くいく夢を見た。
彼の都合に合わて世界は歪んでいくのに楽しそうに笑っている、その下に職を無くした人達が絶望をしている、俺はその人達に何も出来ない。
夢を見た、剣と魔法の世界にゲーム好きな青年が銃器を持って虐殺をする話だ、弱い者を一方的に殴っているだけで気持ち悪い。
狂ったように引き金を引いてる青年に一片も共感できずに気持ち悪い、誇りを胸に国を守るため自らの血で溺死する兵士にばかり同情してしまう。
夢を見た、神から貰った大きすぎる力で事象を操り、炎や稲妻を操るニートの冒険にもならない冒険の話だ、出てくる人達を見下して偉そうに事象について語っている。
自らの努力で積み上げた知識でもないただ偶然手に入れたものを、どうしてそこまで偉そうに話せると、疑問を投げても彼は応えない。
夢を見た、神に与えられた力で剣も握った事も無い男が、何十年と剣を振って修行してきた人を一刀で斬り伏せる、希望も何もない夢。
その剣士の躯が転がる、ザコだと喜ぶ彼は嬉しそうだが、それはお前の力じゃないと叫んだところで、俺は剣士に何もしてやれない。
夢を見た、伝説の龍が十数年と生きても居ない、神に力を与えらただけの無知な少年に、悪し様に使われる屈辱的な夢。
伝説の龍は余りの悔しさで憤死した、その無念を晴らす事も俺には出来ない、彼の躯は無残に刻まれてその少年の鎧と武器になってしまった。
夢を見た、自分の意識は関係なく無理やり奴隷にされた少女が、下衆な満足感を満たす為だけに買われていく悲しい夢。
彼女に降りかかった不幸を、振りかかるであろう性奴隷としての一生を何とかしたいと願っても、俺のその手はすり抜けた。
クラスの厄介者だった彼が神の力を手に入れて復讐をしている、女は犯して男は殺してしまう。だけど正当な権利だと思えない夢。
目の前で彼と同じ年若い子供達が無残に犯され死んでいく、俺はそれ見つめても何の爽快感も得られず、劣等感に歪んだ惨劇に何も出来ない。
夢を見た、神の力をもらったニートが欲望の限りを尽くして、世界を暴れまわって欲望を満たすだけの陳腐で幼稚な夢。
ニートの欲望にすり潰されそうな人達、ニートに押しつぶされるであろう人達に声が嗄れるまで叫んでも彼らの耳には届かない、俺は無力だ。
そう俺は無力だ、無力な俺はそうして沢山の夢を見た。
そんな沢山の夢を見た。
何年か夢を見た。
何十年も夢を見た。
何百年分の夢を見た。
何十人の欲望を夢に見た。
気が狂いそうな程の夢を見た。
もう気が狂ったと思える位に夢を見た…………。
ずっと気が狂っていると確信ができる位に夢を見た…………。
吐き気を催すご都合主義と一切の努力を廃した幼稚な万能感が支配する、悲惨なまでのディストピア、何時も変わらない夢の世界の不条理だ。
彼らが食い散らかした世界の舞台裏、彼らの目には入らない画面の外に夢の残滓が虚空を見つめて無残な姿を晒している。
これが数多の世界の理だというのなら、これが世界の真理だというのなら、こんな酷い話が理想だとでも言うのなら俺は……。
もう、こんな夢見ていたくはない。
こんな世界が勝利を表す理想と誇るのならば、だったら俺は勝てなくていい、負けたままでいい、こんな悲惨な結末の全てを無視して消えてしまいたい。
そんな諦感めいた感情が支配しそうな俺の心を、奇跡の炎が皆で必死に止めようと心を温める……。
「俺にはもう、何も出来ないよ……、御免……、みんな……」
自分の肩を抱きながら膝を折る、口から漏れるのはもはや誰に謝っているのかすら、どこに向けているかすら定かではない言葉達。
本当に謝っているのか、誰に対して謝っているのかすらもう俺には分からない。
擦り切れた記憶を何とか振り絞っても、目の前の風景がそれを塗りつぶそうと押し潰そうと寄ってくる、だから大事に人すら思い出すのが難しい、クシーナ、ロリーエ、レーミク、ゲンゾン、爺ちゃん……。
必死になって唱えているが、数がどんどん減っている気がして怖くなる、きっと何個も抜け落ちた名前があるのだろう、事実、心が折れそうに軋んで鳴った。
無気力に心を摩り下ろされて萎びて乾いてしまったのだ、もう何も出やしなくなって久しい。涙はとっくに枯れ果てて、新たな躯に涙を流しやる事すら俺には出来ない。
今日も長方形の枠の中は、何時もの様に楽しそうで賑やかだ。
明るくて楽しくて扇情的で、彼らの幸せは誰もが憧れるであろう、中心に誰もが立ちたいだろう、そう思わせる姿を見せた、光が満ちたひだまりの世界。
だが俺には長方形の枠の外の惨状が全て丸見えだ、だからこそ苦しい、だからこそ気が狂ってしまった。
俺の絶望になど構わずに、長方形の悪夢は数を増やし、楽しそうな笑い声が辺りに満ちてゆく、それ以上に無残な躯も加速度的に増えてゆく。
今日も無残な躯は増えてゆく、そうして食い散らかされたゴミ達、無残に打ち捨てられた彼らと俺の視線が合う。
彼が虚ろな視線で語りかけてくる、お前も早くこちらに来いと呼んでいる、きっと仲間が欲しいのだろう。
とうとう長方形の舞台の裏側に、俺の姿も増える日が来てしまったのだ……。
ああ、なんという絶望だろう……、あの老人が言っていた大いなる意思と言うモノの力なのだろうか?
悪夢に抗う力が有ったなら、これを打ち砕く想いが残っていたなら、俺はこの悪夢に抗いたい……。
だけどもう、そんな夢は叶わない、きっとこの大いなる力には誰も敵わないのだろう……。
せめて楽に終末を迎えれるように、抵抗はしないでひっそり消えてゆこう、そうすればもう何も考えないで、何も感じないで、ただそこにいる躯のように虚空を見つめるだけでいい。
そう、思った刹那だった。
『困難……負けず…………立ち向かってほしい……』
「誰かの声が聞こえた……、空、耳か?」
誰かの声が聞こえた事を呟いた、そう考えた時、再び熱が炎が舞い降りる。
誰かの祈りの奇跡が、新たな小さな灯火達が、俺の周りにゆっくりと集まってゆく。
その数は次第に増えていき元々あった炎の倍以上に増えていた、数だけではなく彼の炎が吐き出す熱量も大きく、絶望に染まり熱の消えかけていた心の炉を熱く焼く。
視線を上げた先で画面の外の彼らと目が合った、苦しみと苦悩の中に諦観の中で大事なモノを捨てた人達、奪われた人達の無念と合った。
『燎原の火の如く心を奮い立たせる事を願います』
今の声ははっきりと俺の耳に届いて来た、誰かも分からない、知る事は出来ない思いと願いの込められた祈りの言葉。
この言葉を俺に掛けた人がどんな人なのか分からない、だが確かに願い祈りは今、俺の耳と心に届けられた。
『またシュウゴたちと一緒に喜んだり悲しんだりしたい』
声が聞こえて来た、それはひたすらに純粋な願いの言葉。
諦めに沈みそうになっていた俺に届けたいと、クシーナは愛した人は孤独の中で未だに諦めず必死になって想いを拾い集めて俺に届けてれたのだ。
絶望に沈むなと願う声を、縁もゆかりもない俺に願いを叶えろと、誰かが純粋に願ってくれた想いを俺に届けてくれたのだ。
長い絶望で冷えきった俺の身体に熱が帰ってくる、凍ってしまいそうだった心の炉が白熱し、純白の炎を吹き上げる。
「俺に絶望を覆す力があるのだとしたら!俺は皆の願いを、想いを、その全てを叶えたい!」
例えここが終焉だと言われても、俺はこの終わりを認めない!絶対に、絶対に今!それを覆してみせる!
胸に宿った奇跡を抱いて、皆に支えて貰った願いを想いを、悪夢の中に具現化する。
心の炉の扉を開いて放つ、今、全ての想いが全ての祈りが燎原の炎となって、この不条理な世界の全てを焼き尽くせと、力の限り祈りを吠えて湧き上がる!
「うおおおおおおお!こんな悲しい悪夢など!全て燃やし尽くして灰になれええええええ!」
青白い炎が灼熱の熱量を持って燃え上がり、眩く全てを焼き尽くす。
夢の世界に終焉を告げるんだ!寄り添い合って正しく生きる人達が、日々を真面目に生きる全ての人達が幸せに辿り着ける、そんな世界を俺は求めて作るのだ!
こんな歪んだ世界じゃない、皆が自分の足で立って倒れた人には手を差し伸べるような、そんな事が当たり前の優しい世界を求めるんだ!
「穢れた世界よ無に還れ!あの美しい世界を貴様等に汚させはしない!俺は皆と約束した願いを壊させない!」
青白い炎が枠ごと奴らを焼き尽くさんと襲いかかり、長方形の枠が燃えて中の奴らが燃えていく。
奴らは最後まで壊れた笑いを響かせて消えていく、奴らの被害者達も舞台裏と一緒に燃えてゆく。
食い散らかされた無念の住人達が、静かにただ寂寞たる空気を残して灰となって消えてゆく、全てが灰に、無に帰した世界。
沈黙した世界の中心で、心の炉の扉を優しく労るようにして、俺の想いを荘重に仕舞いこむ。
「さぁ、もう帰ろう……、皆待っているはずだ、俺は、俺達はまだここに来てはいけないんだ……」
ここが終焉の世界ならば俺が居る事は許されないのだ、まだこんなにも望まれて想われて生きている、俺はみんなと一緒に生きていきたい。
生きているなら無様でも足掻くしか無い、例え抱えきれない程に世界の重さを感じても、例え俺が最後の希望だと言われても、その大きすぎる全てを背負って戦い続けなければいけないんだ。
それがこの終焉に囚われた、哀れな犠牲者達に俺が出来る唯一の弔いでもあるのだから。
大いなる力がどんなに強くてもただ足掻くしか無い、この結末に納得が出来ないと無様に吠えて、惨めでも戦うしか無いんだ。
『僅かな願いを集めた位で永遠の終焉を跳ね返すとはな……、面白いではないか!大いなる意思の力にどこまで逆らえるのか楽しみにしてやろう、どうせこの世界はいずれ滅びるのだからな……』
転生神と名乗った老人の声が聞こえた後、無が崩壊を始める。
「お前たちの好きにはさせないさ、お前が何度、俺の心を折ろうとしても、俺は何度だって立ち上がってみせる」
『ハハハハハ!たったその程度の力を手に入れた位ででよく吠える!貴様の信じるその力、本当に信じれるか試してみるがいい、どうせすぐに裏切るぞ?人の心と言うものは移ろい易く儚いものだからな!』
人の心は移ろう物だ、きっと今の奇跡の炎、その全てが俺を導いてくれる事は叶わないかもしれない、だが今ここににある想い、この瞬間の想いは全て本物だ。
「だとしても、例えそうだとしても、その時は俺が皆を導けばいい!そうやって互いに手を差し伸べれられるのが、人の善性だと俺は信じている!」
『は、人の善性に頼るとは……、まぁ良い、又、貴様たちの言う呪、ワシの福音の子を幾度と無く送ってやる。精々撥ね退けるがいい……、心しろ、貴様の失敗は貴様の望む世界の終わりという事をな』
「貴様こそ、笑っているがいい!俺はいつか必ず、お前の言う世界を覆してみせる!」
俺が転生神に叫んだ瞬間、終焉の世界は砕けて堕ちた。
目の前には虚の壁大精霊樹の中だったと思う。
考えた刹那、終焉に囚われる前の数百年前の記憶が、染み込むように俺の頭と心に帰ってくる、そうして身体に熱が戻ってきた。
奇跡の炎は心の炉の中で、終焉に抗うが如く熱量のある青白い光をまばゆく放っていた。
『し……さ……、周……さん!周護さん!しっかりして下さい!』
俺の心と頭の中に彼女が必死に呼んでくれている、俺はちゃんと帰ってきたのだ、自分の感覚で数百年振りにやっと、元の世界に戻ってきたのだ……。
「ただいま……、やっと、ここに帰って来たよ……、本当に……、酷く長い須臾だったよ……」
苦笑いを浮かべて俺は彼女に応えた、彼女の顔は数百年前と変わらず白磁のままだったが、両目からは沢山の涙が沢の様に溢れていた、目の前に居る女性、白磁の彼女を泣かせたくないと思った、男の小さな意地が苦笑いを浮かべさせたのだ。
『御免なさい……、貴方の絶望に呪が這いよる隙がある時に、私が、呪に限りになく近い私が黒い感情を抱いてしまったから、貴方にそれが映ってしまった……、本当に御免なさい……』
俺が見た悪夢には彼女の記憶の欠片も有ったのだろう、そして、あの老人はそこを突いて俺に付け入ろうとしたのだろう。
ここにはもう彼女達を守る神が居ない、神の代わりに必死になって精霊樹の森を支えている彼女が弱った瞬間は、絶好のタイミングだったのだろう。
「俺はさ、あの僅かな時間で沢山の夢を見たよ……、何百年間もただ見せ付けられた夢はどれも叶えたらいけない夢だと思う、一度叶えてしまえば世界は一人しか幸せになれない、とても悲しい世界になってしまうから……」
未だに残って支えている神が頑張ったとしても世界には呪の付け入る隙がある、転生神が付け入る隙が沢山あるのだ、彼女が言うとおりこの世界はもう限界を迎えて滅びに向かっている。
「多分、あの中には、君が見た地獄が有ったんだろう?あんなに辛い思いをしても世界を恨まなかった君は凄い女性だ……、それなのに助けに来るのが遅くなって御免な……、でも、今からでも許してくれるなら、君たちを俺は何とか救ってみせるから、許してくれないか……?」
『こんな私達を……、貴方は、自らが壊れて狂いそうな程の現実を知っても尚、救うと、救ってくれると言ってくれるんですか……?』
作り物の姿から人の持つ感情を感じた、俺がここで折れてしまうと思っていたのかもしれない、いや俺はあの時もう折れていた。
「俺も恐怖で足が竦んで膝を折りそうになったよ、だけど俺の惚れた人はそんな結果は望んじゃいない、さっさと立ち上がって不幸な人達を助けろって尻を蹴られたよ……、俺は幸せだ、あんなにいい女に惚れられてさ……」
彼女の声にはエレレファ達と同じ怯えがあった、自らの不幸を人に押し付けたくない、押し付ければ相手を不幸するという怯え。
「だから俺はあの地獄から帰って来れた。きっとね、俺の世界にだって君達の不幸を間違っていると一緒に思ってくれる人達はちゃんといるんだ、だったら、無様でも愚かでも足搔いてみたいと俺は思ったんだ」
あの世界から持ち帰った大事な思いは心の炉にある、それは奇跡の炎に宿る人達の願い、そして終末の牢獄で犠牲となった人々の無念だ。
「それは敵わないかもしれない、夢半ばで全て失うかもしれない、だけど何もせずにあんな風に磨り潰されるのは二度とゴメンだ!」
その無念を晴らすまでは、俺は諦める事を選んではいけないと確信している。
『周護さん……、私を……、娘達を助けて下さい!こんなのもう嫌なんです、大事なものが指の隙間から零れ落ちてゆくのただ見つめて、死んだように生き続けるのはもう辛いんです!』
白磁の彼女が自身の言葉を、大精霊樹の主ニュルヘスノ族長としての仮面を脱ぎ捨てて、ただ一人の子供を思い愛する女性として言葉を紡ぐ、きっとそれはひたすら孤独に抱えてきたであろう彼女の本心だ。
「分かった、じゃあまずは君の名前を教えてくれないか?これから一緒に戦っていくんだ、それなら名前位は知らないと始まらないだろ?いつまでも君とか、族長って呼ぶわけにもいかないだろ?」
俺はまだ彼女名前すら知らない、彼女の過去を知ったとしても、今を生きるためには彼女のを名前で呼ばないと何時迄も本人が前に進めないだろう。
『はい……!私の名前はヘスノです!』
笑顔で自らのからの名前を俺に語る、ヘスノか、エレレファ達とは違う名前の感じに聞こえる。
「ヘスノ、改めて宜しくね、ハハ、そういや俺はさ、感覚的には数百年越しにね、やっと新しく人の名前を覚えれたよ……」
人の名前を覚える当たり前のことに懐かしさと嬉しさが胸に溢れる、終焉の時間が俺にどんな風に影響を与えたのかはまだ分からないが、その懐かしさを素直に喜ぼう。
『実はですね、ニュルヘスノのニュルは森の神様の名前なのです!正しくはニュルの子ヘスノの氏族という意味です!あの子達の名前は全て私が付けているのです!響きが可愛い名前を付けてあげたかったので、ニャとかファみたいな音を使っているですよ!』
「はは、嬉しいのは分かったから、もう少し落ち着こう?もう、逃げたりなんかしないからさ」
『御免なさいつい嬉しくなってしまって……、森の神様がお隠れになって源蔵さんが亡くなってからは、こんな話を出来る事もう無いと思っていましたから……、つい張り切ってしまって……』
ヘスノは嬉しそうに俺に色んな事を語りだした、彼女は今まで孤独だったのだ、だとしたらこれくらいの事は可愛いものだと俺は思う。
「良かったらさ、もっと色々聞かせてくれないか?君の事、君達の神様の事、君の娘である皆の事をさ、きっと知っていないと俺はまた、見失ってしまうかもしれないからさ……」
過去の事やこれからの事、俺はそれを聞いてやる事しか出来ないかもしれない、でもこの手が届く限り出来るだけ叶えていこうと二人で誓い合った、転生神から見れば下らなくきっと無駄だというような、大事な約束だ。
こうして俺は新しい仲間と出会い新たな約束を交わして、世界の事実の新しい一端に触れ、本当に戦うべき新たな相手に出会ったのだった。
ここの話の裏で『ある女性のたった一つの祈り』に繋がります。




