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第三話 精霊の住む森

 森竜はまるで重機のように、この不整地としか言いようのない原始森を進んでいく。


 木々の高さはもう考えるの馬鹿らしいほどの高さだ、ここの木々は冬にも葉を落とす事が無い、俺達の頭上に枝葉で出来た天井が出来ている。


 陽光は殆ど遮られているが、木々の間に明るく光る精霊達が周りを照らしているお陰で暗さはなく、むしろ奥に進めば進むほどに徐々に明るくなっている印象である。


「ニュルヘスノの大精霊樹、もうすぐ着く」


「まだ着いてなかったのか!こんな大きな木ばかりだからここらなのかと思ったよ」


「違う、ここの木はまだ小さい」


 彼女はそう言うが、少なくとも一番下の枝で既に百メートルはある、なので少なくとも今いる周辺の木は最低でも三百メートルはあるはずだ。


「一体どれだけ大きいのか解らんな……、本当に凄い所へ来たものだ……」

 

 俺の目には巨木としか映らない木々を小さいというのだから、実際どんな大きさなのか少し恐ろしくなってくる。


「ニュルヘスノの大精霊樹、大精霊樹の中では小さい」


「なんだって!?嘘だろう?もっと巨大なのがあるのか?もう俺の想像では完全に追いつかないな……」


「大社の原始の樹、一番大きい、あそこは神様の場所」


 大社の木か……、きっとこの世界に人々が神々に導かれた時に植えられたのだろう。


「ああ、大社にあるのか、神様の集まる場所なら確かにそうなのかもしれないな……」


 この世界は俺達の世界と比べると、凄く若い世界だからそうなのだと思う、人々がこの世界にいつ迎えられたのか、それが判るのはきちんと歴史が残っていているからだ。


 神々が人をこの世界に招いてからの時間、その後の約一万年分の歴史がはっきりしている、今は新世暦一万百十七年と言われている。


 これだけの歴史資料が保管されているのは素直に凄い、一度たりとも失伝する事も無く、人々は神と歩んだ自らの歴史を代々守り綴り続けてきたのだ。

 

 歴史資料の保護は国や大社が主導して、学者の卵を集めて学園という機関で彼らを育て、育った学者は世界中の出来事を編纂し、人の歴史を編み上げていく。


 こうして先人の編み上げ守ってきた歴史を、正しく人々に伝え守る学者も学園は育てている。


 彼らは一般の人にも解りやすく噛み砕いて伝えていく、こうして皆が自らの歴史を大切にしている、正しい歴史は人に世界の成り立ちを正しく理解させ、要らぬ戦争や誤解をなくした。


 だから国や種族を超えて人々は呪の脅威に協力して抗い、長い年月を共に繁栄して生きているのだ、決して歴史という人の営みの繋がりは、過去の人々の思いは無駄なものではない。


 過去があるから今があり、そして未来へと繋がっていく歴史は俺達が繋いで行くのだろう、俺達は子へ、そして孫へと正しい歴史の編み方を教えていくのだ。


 過去を蔑ろにすれば人は荒んでいく、それは人の拠り所である国家や宗教が、歴史という過去に嘘をつくようになれば、人は国や宗教を信じられなくなり、人もまた荒れていくからだ。


 人が荒れれば、神が導こうにも争いは絶えなくなる、それは俺達の世界が証明しているとても悲しい現実だと思う……。


「シュウゴ様、そろそろ見える、前見て」


 色々と考えていたらエレレファに声を掛けられたので前を見る、そこにはこの世の物とは思えないほど、雄大で幻想的な景色があった。


 大精霊樹の根本にいる人と比べれば、精霊樹の幹の太さは優に百メートルは超えているだろう。


 その周りを無数とも思える様々な彩りの精霊たちが飛び回り、薄暗かったはずの森はもはや昼間と言わんがばかりに光輝いている。


 その袂には若木達が母の胸に抱かれる様に、母を慕う子供の様に精霊樹の庇護の下で育ち、木々の間で人々が思い思いの場所に自らの住居を作っている。


「ああ……、言葉が出ないというのは、こういう事だったんだな……、ここまで自然に感動したのは初めてだ……」


 彼女達に伝える為、たったそれだけの言葉を俺はなんとか絞り出す。


 なぜだか解らないが両目から涙が溢れ、自分がいかに傲慢な考えで大精霊樹を一度見てみたいなどと抜かしていたのか理解して、心から恥じた。


 この景色はそんな物見遊山の気分で見たいと言って良い所ではない、こんなに神聖で無限の生に溢れる世界を、そんなは軽薄な気分で俺は穢していたのだ。


 なにが自然への敬意だ!俺にはそんな立派な心はなかった、そんな高潔な精神など俺の心に無かったのだ!俺みたいな奴は知ったかぶりの馬鹿者だ!


 ああ、なんて俺は愚かだったのだろう……、そんな愚かな自分へ憤り、傲慢な心に後悔し、自らの矮小さが胸を埋め尽くして一人噎び泣く。


 何でこの世界はこんなに美しいのだと、どうして俺はこんなにも穢れているのだと、ただ思ってしまう。


「シュウゴ様、大丈夫、精霊樹は赦してくれる、だから泣かないで」


 そんな優しい声を掛けてくれて、彼女は森竜を止めて俺に語りかける。


「そう、精霊も精霊樹もみんな優しい、赦してくれる」


 まるで叱られて反省してる子供を慰める様に、彼女たちは俺に語りかける。


「大丈夫、そうやって涙でるのは、シュウゴ様が理解してるから」


 そうだ、きっと今、俺は精霊樹や精霊たちに窘められたのだろう、だからこそ反省をしてきちんと向かい合わなければならない。


 俺はあちらの世界の住人として考えすぎたのだ、自然に対して自らの手で調整を出来る、操れるという傲慢な考え、愚かな部分が心の中の何処かに残っていたのかもしれない。


「すまない……、何処か俺はあちらの世界の傲慢さに取り憑かれていたようだよ……」


 自然は操るものではなく共に生きて行くものだと、ここに在る全ての存在が教えてくれたのだ。


「この世界をきちんと見ていなかった……、だからやっぱりここに来てこの景色を見られて本当に良かった……」


 心からそう思う、知らなければ俺は傲慢なまま生きていただろう。 


「うん、良かった!シュウゴ様泣くと、私も悲しい」


 エレレファが、俺を見て満面の笑みを浮かべた、人形の様な笑顔の中に彼女の本当の笑顔を見つけたような気がした。


「そうだね!笑うのがいい!」

 

 エミミフィの元気な声と笑い声にも。


「うん、私もシュウゴ様、笑うの好き」


 エシシヒャの嬉しそうな姿にも。


「良かった、シュウゴ様、泣くと胸が痛い」


 エススニャの心配そうな視線にも。


「ありがとう……、俺はちゃんとこの世界にもう一度、正面から向かい合えた気がするよ……」


 彼女たちが向けてくれた全てに、嘘はなかった。


 きっと、その姿が人形のように見えたとしても、心の中まではそうではないのだ。


「シュウゴ様!もう見える!ニュルヘスノだよ」


 二本の木が作る大きな門のような所を抜けると、そこには大精霊樹だけがはっきりと見える様にそびえ、木々は雄大な姿を邪魔しないよう、遠慮がちに道を作るかの様に左右に分かれている。


「さぁ、もうすぐ族長の家、行こう?」


 エレレファが俺を促す、俺もそれに応える。


「そうだね、族長さんに会って俺も色々話がしたい」

 

 森竜の背に乗って集落をひたすら進む、この森の大きさの割にニュルヘスノの人口はあまり多くないようだ、そしてここでも女性しか見かけない。


「族長、私達が話せない事を、きっとシュウゴ様に、話す」


 辺りを見ていた俺にエレレファが語りかける、きっと俺の疑問の事だろう。


「もし、聞いても、シュウゴ様、私達と、仲良くして」


 とても心配そうにエススニャがこちらを見て、いや皆、同じような視線を俺に向けていた。


 俺は例え何を族長から言われても彼女達を嫌う事など無いだろう、三日間一緒に来て同じ時間を共有した、あれだけ彼女達の世話になっておきながら、そんな掌を返すような不義理をする気はない。


「大丈夫だよ、皆の事を嫌ったりなんて絶対にしないよ、むしろこんな情けない俺を見たんだ、逆に皆ががっかりしないかの方が心配だよ」


 俺は彼女たちを安心させるように、満面の笑顔そう返した。


「本当?絶対?嘘じゃない?」


 エミミフィは心配なのか確認をして来た、そこまで何かあるのだろうか?


「俺が信じれらないか?どうしたら信じてくれる?」


 俺を信じれらないというより自分達に秘密が何か有るのだろう、それが何かは判らないが彼女達の怯える姿は俺の胸に痛みを感じる、まるで子供が親に捨てられない為に、親の機嫌を取るような視線を全身に浴びているのだ。


「そんな目をしなくても良いよ、君たちが俺を嫌いにならない限り、絶対大丈夫だ」


「そうか?本当に?私達信じるよ?」


 エミミフィは信じたいと目で訴えてくる、その視線を俺は知っている。


 そう、信じたいと言いながら心と体ではっきりしたモノを感じられないと、相手を信じられないという視線があった、それは俺があの日、クシーナの目に見た物と一緒だった。


「ああ大丈夫だ、約束する、後でその証拠を見せてやるさ」


 俺の気持ちを込めて、今出来る最大限の気持ちを込めて彼女達にぶつかろう、それできちんと納得をしてくれるかは解らないが、それでも今の俺はそんな事でしかこの視線に立ち向かう術を知らない、だから自分が出来る事で応えるしか無いだろう。


 大きく息を吸って前を向く、大精霊樹は雄大なその両手を広げて俺を待ってくれている、今からあの母なる木に、いだかれに行くのだ、ならばその母をどうして恐れる理由があるだろう?


 彼女が慈しみ育てた子らはこんなにも立派な精神を持っている、その少女達が持つ慎ましやかな秘密の一つや二つ、あったとして構うものかと考える。


「よし、族長さんところへ行って話をしよう」


 俺を乗せてくれているエレレファに、先に進もうと声をかける。


「分かった、私達、シュウゴ様を信じる」


 いつもの短い言葉に俺への信頼を感じその影に怯えも感じた、だが少女達が抱える不安を晴らせずして、どうして己が望む英雄に成れると言うのだと直ぐに思い直す。


 俺は決めたのだ、全てを守る可能性を絶やさない為全力を尽くすと。


 無論彼女たちの心を守るのは当然で、それこそが俺が決めた成すべき事で願いだと、胸に宿る炉に新しい薪をべ、新しい炎が俺に宿っていく。


 


「シュウゴ様、あそこが族長居る場所」


 心が定まった俺にエレレファが声を掛けて指をさす場所は、大精霊樹の根本に有るうろだ、そうは言っても大精霊樹の虚なので、高さや幅は高層ビルがすっぽりと収まる程の巨大なモノだ。


 石で作られた土台の上に木材と蔓で器用に階段を作り付けられており、虚の半ば位の筏の様に組み上げられた台の上に大きな家がある。


「族長あそこに居る、きっともう待ってるよ」


 エミミフィの元気な声で先を急かされる、森竜の背に乗っているので俺の一存では早くはならないと、笑ってそう伝える。


「おいおい、焦ってもコイツの足次第だろう?コイツに言わないと着かないぞ?」


 俺が森竜を撫でてそんな言葉言った途端、森竜は一声大きく鳴いて、鳴き終わった思ったら怒涛の勢いで走りす。

「森竜、本気出した!凄い早い!直ぐ着く!」


 確かに早い!だが待って欲しい!


「うお!ど、うした!んが、いき、なり!」


 今の状況を想像するなら、遊園地にや百貨店の屋上などで見かけるお金を入れて動く動物に乗っていたのに、急に襲歩で駆ける馬に乗せられたようなものだ、俺も流鏑馬やぶさめで乗馬の経験は多少あるが、さすがにこの早さはと揺れは恐ろしい。


 馬のような上下と前後の揺れだけでなく蜥蜴の様に四足をバラバラに動かす所為で、左右も加わるので全方向に振り回され、はっきり言って気持ちが悪い。


 まさに暴れ牛に乗って度胸試をする某国の西部開拓者の状態だ、森竜の速度を落として欲しいと言いたくても、これだけ揺れていては口を開いた瞬間に舌を噛むだろう。


 文字通り嵐が過ぎるのを待つような心で、彼?彼女?が走るのを止めるまで我慢する。


 こんな全力疾走で普通に話をする主人公って、アニメやマンガとかゲームで結構いるよなぁと気持つ悪さを誤魔化すように考える。


 あの主人公たちは……、一体どんな特殊な訓練したんだろうな……、きっと凄い血の滲むような特訓なんだろうなぁ……、俺、今、こんなに…、辛い、もんなぁ……。


 機能を停止したがる頭で下らない事を必死で思い浮かべて、何とか意識を失わないように俺は族長の家まで我慢した。


「シュウゴ様、着いた、降りる!」

 

 一鳴きして森竜が停まった後に、エレレファに声を掛けられる。

 

 本当に……、酷い……、乗り心地だった……、まるで、粉砕機に掛けられた野菜の気分だ……。


 体がバラバラに壊れそうな、そんな気持ちにさせられたよ……、そんなとても酷い、乗り心地だった……。


「着いた!早く!」


「森竜頑張った!」


「ほら、早く!族長に会う!」


 森竜に普段から乗っている彼女達は乗り心地に慣れているのだろう、自分の森竜の背中から文字通り飛び降りる。


 そして俺は……、森竜の生み出した暴力的に股関節をいじめ抜く縦揺れと、三半規管を親の敵の様に攻撃した横揺れ、壊滅的な被害を内蔵にもたらした前後の揺れ。


 そんな悪夢のような三本立てに因って、完全に体が言う事を聞かなくなってしまった……。


「あ、ああ……、分かったよ……、今降りるから少しだけ、まって、くれないか……?」


 なんとかそう言って、俺は前のめりに倒れこむ、きっと今、動いたら……、確実に……、吐く……。


「シュウゴ様、大丈夫か?!」


「大丈夫?」


「しっかりする!」


「シュウゴ様!」


 俺の異常事態だと思った彼女達は遠慮無く、俺の体を激しく前後左右に激しく揺らす!縦揺れがない分だけまだマシ……、なんて言葉は、俺には、俺の内蔵は言えなかったよ……。


「や、やめ!ぐっ!ぐうううう、止めて!おううぐう!止めてくれ!吐く!朝から飲み食いした物を全部吐いてしまう!」


 それだけ叫んで両手で必死に口を抑えて耐える、俺の口から出できたのは格好いい言葉じゃなくて、こみ上げる何かだったよ……。


 「ごめんなさい……、大丈夫……?」


 俺は一頻ひとしきり某都市の獅子の噴水のような水芸を披露した後、エレレファの渡してくれた水筒の水で酸味がいっぱいの口を濯いだ……。


「すまん……、暫らく、やすませ……て……、うぐううう!」


 胸にこみ上げる酸味を必死で抑えつつ、激しく振り回されて叩きつけられた、股関節や太ももが再起動をしてくれるまで、森竜から俺が降りることは敵わなかった。 

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