第二話 作為と違和感
俺が地竜が曳く箱の荷物から、森竜がその背で運ぶ荷物になってから二日が経った、目的地は明日辿り着けるようだ。
因みにこの二日の間は毎晩野営をする事になった。
森の中には当然の様に村など無いので仕方ないとは思うが、彼女たちは普段から森を数人で巡回しているので、野営をしやすい場所を熟知していた。
そんな彼女たちだ、野営と言っても森の恩恵を知り尽くしているから安全で暖かい野営地を手早く作り、森の滋味をたっぷりと集めてくる。
その食事は野趣味に満ち溢れているが、決して粗野ではない。
料理の数々は平地で食べた数々の料理達に劣ることはなく、むしろ繊細とも言えるほどの味を俺の舌に、感動を心に与えてくれた。
特に彼女たちが弓で捕まえて、この場で捌いて作ってくれた鴨によく似た鳥のスープは絶品だった。
あれはとても美味くて体が芯から温まるのを感じられた、野外の食事では最高だと俺は思う。
素晴らしい食事に舌鼓を打った後は、暖かな毛皮に包まれて、木々の隙間から微かに見える空を見上げ、焚き火を囲んで茶を飲む。
そうやって食後の一時を楽しみ、腹がこなれて来た頃に眠りにつく、ここに来てからそんなとても豊かで贅沢な時間を味わっている。
これはきっと森に入った者にしか解らない贅沢だ、微かに聞こえる獣達の遠吠えは、森が生きていると教えてくれる。
木々のさざめきは子守唄のように心地よく、大地から感じる土の香りが自然に抱かれる心地よさを教えてくれる。
時々爆ぜる焚き火の光が、暗闇を少しだけ揺らして辺りを照らしている。
その全てに喜びを感じる自分に、やはり俺は田舎者だなと笑ってしまう程、ここでの生活も悪くはないと思えてしまう。
だが俺がこんな事を言えるのは、側で眠っている彼女達のお陰だろう。
この森は神聖な空気と息衝く全ての者達の生命に溢れる素晴らしい世界だが、それゆえに厳しい。
仮に俺がここに一人で残されたら1日と生きて行けないだろうと確信している。
自然の厳しさへの畏れと命を育む力への敬意、彼女たちの生活には全てにおいて感じる精神性はそこに根付いてるものだろう。
だからこそ自然は彼女たちに恵みを与えて、ここで生きていく権利を与えているのだと感じている。
「だけど、これだけ生命力に溢れているこの森ならきっとゲンゾンを助ける手立てがあると思う、もう少し待っていてくれよ、ちゃんと持って帰るからな……」
溢れでるような独り言を呟いて、呪法器に触れるやはり癖になってるな、悩んだり落ち込みそうになるとつい触ってしまう。
隣で寝ていたエレレファが反応する、俺が隣で独り言を言いながらゴソゴソと動いてたので、どうやら彼女を起こしてしまったようだ。
「どうしたの……?寝れない?シュウゴ様寒いの?それならもっとくっ付く?」
焚き火をしていていても冬の野外だ、当然気温は低く毛皮の外は寒い。
なので寝る時には皆で集まってお互いを暖めながら眠るので、どうやら彼女は俺が寒くて眠れないと思ったようだ。
「大丈夫だよ、森竜達も風除けになってくれて毛皮も暖かいから眠れないほどじゃないよ、ただ……、大事な友達と、その人と交わした約束の事を少し思い出していただけだよ」
「そう?でも遠慮はいらない、寒くなったら抱きしめて、私も暖かいの好き」
そう言って彼女は俺の横で小さくなって寝てしまう、彼女の胡粉色の肌が焚き火の揺らめきに照らされている、その姿が俺に再び疑問を考えさせる。
やはり彼女たちの肌は驚く程白い、その肌は俺の巫女のレーミクよりも白く感じる、ここまで白いと作り物じゃじゃないかと思い、最初の方は白粉のような化粧なのだと思っていた。
しかし鎧を脱いだ彼女らは、俺の予想と違って全身が胡粉色のように白く、まるで森の妖精か何かにしか思えない。
気になるので村に着いたら色々長老格の人に聞いてみたいと思っている、肌の色を気にするのは人としてどうかと思うが、なぜだかそこが妙に気になるのだ。
しかも彼女たちの髪は、皆一様に緑ががった灰色というか水浅葱色と言えばいいだろうか?とにかく変わった色をしている。
俺は少なくとも今までの人生で、天然で緑ががった髪など見た事が無い、彼女達の髪の色にとてつもない違和感を感じてしまう。
ここが現代であるなら、もしかしたらそんな色に染めている変わった趣味を持っている人もいるかもしれない。
生きる事に真摯なこの世界では脱色や毛染めまでして、全員が同じ色に染めるなど何か余程の理由でも無いとありえないだろう。
そして彼女たちの耳は少し俺達と違い、まるで物語に出てくる妖精のように細長く尖った形をしてる。
森の音を聞くためかも知れないが、やはり形としては少し作為を感じてしまうので、俺は一層の違和感を感じてしまう。
それでもズンケルさんに教えてもらった教典の内容から考えれば、色々な世界から集められたこの世界の住人はきっと少しずつ違うのだろうと理解している。
頭でそう理解をしていも、俺はなぜか納得が出来ず、その事実に心がざわつく。
彼女達の全身が発する作り物の違和感ともいうべき、作為的と思わせる『何か』が俺に違和感を感じさせるのだ。
その違和感の元がなにかを考えていると、彼女は寒いのか俺にくっついてくる。
彼女は俺より少し体温が高いので、むしろ俺のほうが暖められて居るような気になるが、彼女は満足なようで嬉しそうにしている。
「まぁ、これだけお世話になっているんだから、少しくらいは二人も赦してくれるよな?」
可愛いヤキモチ焼きの小さな婚約者の顔と、甘えると可愛いが怒ると怖い従者を思い出す。
二人にこんな姿を見せたら確実に俺は謝り倒すハメになるだろうし、拗ねられて大変な目に合うのは火を見るより明らかだろう。
「違うからな、俺は何もしてないからな……」
例えるなら嫁に浮気がバレた旦那のような情けない独り言を口にして、俺も眠りに着く為に毛皮を深くかぶる。
隣にいる彼女からは、香木のような甘い香りと微かな土の香を感じる、きっと森の民は木の鎧を着ているから、それ由来の香りなのかもしれないな。
やって来た睡魔の中で、そう思いながらゆっくりとまぶたを閉じて、森に見守られて眠りについた。
そうして夢も見ないほど深く眠っていると、何度か遠慮がちに俺を起こす声が聞こえ、そっと体を揺らさぶられて目が覚める、どうやらもう朝の様だが周りは薄暗いままだ。
「シュウゴ様起きて……」
ここの朝は暗いので良く分からない、奥に進むにつれ森はどんどん深くなり同時に木々は進む程その大きさを増して益々暗くなる、体内時計が崩れてしまったのだろう。
「シュウゴ様、朝だよ起きて、ご飯を食べよう?」
「ああ……、すまん、今起きるよ……」
どうやら少し寝坊をしたようだ、早く起きたいが体も頭も働かない。
冬の野外での朝は流石に体が冷えて震えてしまう、今の俺は自分が思っているよりも体温が下がってるようで小さく身震いをしている。
「おはよう……、少し寒いから白湯を貰えるかな」
「はい、そう思ったから持ってきた、飲んで体温めて」
エレレファが保温性の良い木で出来ているカップに、白湯を持ってきてくれていた。
渡されたそれを飲み体を暖めながら思考をはっきりさせる、白湯の暖かい湯気が乾いていた目の辺りを解してくれる。
やはり寝起きはコーヒーやお茶のような刺激物も悪くはないが、寒い冬の時期はこちらの方が体には良いと俺は思う。
昔のロンドンの労働者なんかが言っていたが、暖かいものはそれだけでご馳走ってのは本当だ、腹の中が温まると体を動かそうと、全身が起床を始めるから無理に起きるよりも体の動きがいいように感じる。
特に野外で動くならとても大事だ、冬の野営では乾きと寒さは宿命として受け入れなければならない。
それでもこの森は比較的乾燥はしていないので、極寒の冬山と比べれば随分とマシだし、十分に耐えられる気温ではあると思う、もし日本で表現するのなら恐らく雪の降らない関東地方位だと思う、昼間は厚着をしていれば肌寒いとは思わない。
そんな俺のだらりとした動きとは裏腹に、彼女たちは今日も手早く仕事を纏めてゆく、やはり本当に彼女たちは働き者だと思う。
何回見ても何もなかった空間が炊事場になって、暫くすると食事をする食堂に変わっていく様は、女性がいかに生活に適したものなのかと感嘆するしかない。
こうやって俺がだらだらと思考を巡らせて白湯を飲んでいると、目の前にはすでに朝食が鎮座しており、皆が食事の挨拶を待っているという状況になっていた。
「シュウゴ様挨拶、おねがい」
「ああ、それじゃあ、森の恵みに感謝を」
俺はここに来てから、三日間言い続けた食事の感謝をする、森の中では家主という概念が無いため、一番立場が上の人物が挨拶をするのが作法らしい。
それに他の全員が復唱をする、そして目上の者が食事に手を付けて初めて皆が食べるという形らしいので、俺が遅れると皆が食事が取れず、我慢を強いてしまうことになる。
「シュウゴ様は寝坊助、私はお腹すいて大変」
「待たせてしまって済まないね、そういう時は気にしないで起こしてくれれば良いからね」
「ダメ、私はそんな無礼は出来ない、族長に怒られる」
どうやら族長と呼ばれる人物はかなり厳しい人なのだろう、彼女は嫌そうな顔をした。
彼女たちの文化は平地の民と随分違う、やはり大きく違うのは理由があるのだろうか?俺がこうして彼女たちと付き合っていて、一番の疑問は何故か彼女たちは片言でしか喋らない事だ。
それだけなら言葉を長く話す習慣が無いのかもしれないと思っただろう、だが彼女達は行動にも違和感を感じさせる。
その中の一つに俺は気になって仕方ない事がある、時々何かに耐えるような仕草をする事だ、これは一体なんだろうと思って俺は彼女達に問いかけた。
「ここでは言えない」
エレレファの解答はそんな素っ気ない言葉で、俺の疑問は増える一方だった、早く精霊樹の森に辿り着き族長に詳しい話を聞きたいという気持ちが一層強くなる。
「シュウゴ様どうした?食事美味しくない?体調悪い?」
俺が違和感の事を思い悩んでいると、どうも勘違いしたらしいエレレファが心配そうに見つめてくる、その緑の瞳は綺麗だがロリーエのような温かみをあまり感じない、彼女の外見全てに何故か作り物の様な嘘臭さを感じてしまうのだ。
それなのに彼女の心遣いは確実に本物なのだと感じられる辺りに、俺の心は違和感をより酷く感じてしまう。
こういう感情を態度に出すのは良くないと思うし、外にだすべきではないと一旦心の底に仕舞っておく。
「済まないね、少し考え事をしてただけで、君達の作ってくれたご飯は何時通り美味しいよ」
「そう、それならいい」
やはり淡々とした雰囲気で彼女が返してくるが、その表情には確かに喜びと安堵が感じられるのだった。
彼女達とのなんとも不思議な食事を終えると、彼女たちは片付けを分担して始めた。
前に俺が手伝うと余計に遅くなると言われてしまったので、自分の身だしなみと身の回りの片付けをする事にしている。
少し髭が伸びていたので髭を剃ろうとしていると、不思議そうにエレレファは俺を見ていた。
「どうした?髭がめずらしいのか?男なら大なり小なり生えてくるものだと思うけど?」
「私達、ニュルヘスノに髭生える人、いない」
どうやら男は髭が生えないらしい、少し羨ましいな。
俺は剃るのは面倒だと思っているし伸ばせるほど生えない、それに仕事上あまり生やすのもどうだと思って習慣で剃っていた。
「そうなのか、それは少し羨ましいな結構剃るのは面倒だからね」
「シュウゴ様大変だね、私は顔に刃物、少し怖い」
ちなみに最近は小刀でも髭を上手に剃れる様になったが、最初の方は顎の辺りにためらい傷のような傷ばかり作ってしまった。
そのせいでロリーエとレーミクに俺が死にたがっている等と、要らぬ誤解と心配を抱かせてしまったのは、苦い記憶だ。
「確かに慣れないと危ないからね、剃らずに伸ばしている人も平地では多いよ」
やはり剃刀でないと難しいのと、剃刀の様な刃物は作るのに腕と手間が掛るのも有って高いせいかあまり剃る人がいないのかもしれないな。
剃刀自体もちゃんとした手入れには、随分と手間がかかる品ではあるし。
ゲンゾンも顎に無精髭を生やしていたので、あの無精者を代表にするのはどうかとも思うけど、もしかしたら男は髭を伸ばすのが一般的なのかもしれないな。
ズンケルさんも立派な白い髭を蓄えていたし、かの中隊長ガルムンズは赤毛の立派な髭を蓄えてまるで鬣だと思ったものだ。
あそこまで生えるなら伸ばすのも格好いいとは思うんだけど、残念ながら俺は母親に似たようであまり髭が生え無い家系のようだ。
「エレレファ、こっちは準備出来た、もう出る?」
「分かった、もう出よう、昼には着きたい」
「そうか、昼に着くのか楽しみだな、じゃあいく準備を纏めるよ」
髭を剃っているのにエレレファを相手にだらだら話をしてしまったので片付けが遅れてしまった。
どうも彼女たちはテキパキとした動きなので自分がどんくさく感じてしまう。
女性ってそういうのが本当に上手だなぁ……、そういえば子供の頃はよく姉に早くしなさいって朝は怒られていたような記憶があるな。
おっと、また余計な事を思い出しているな、いかんいかん考えるのは後にして片付けを早くしてしまおう。
思考を巡らせることは森竜の上にすることにして急いで片付けを始めて、エレレファの後ろに荷物と俺が飛び乗ると五人と四匹の集団はゆっくりと森を進みだす。
ゆっくりと言っても森竜の速度は平地で俺が歩く程度には速度がある、森でこの速度で移動出来るというなら十分快速と言える。
この速度で十時間ほど進んでいるので一日で多分四、五十キロは進んでいる計算だ、そこから考えると昼頃に着くなら、あと二、三十キロで辿り着くのだろうと、距離を考えながら辺りを見上げると確かに木々の高さは既に百メートルを超えてきていると思う。
だとしたら俺が森に入る前に見た、あの山の景色も近くなっているんじゃないかと思えてくる。
今の周りの巨木はまるでビルが乱立しているようにしか見えなくなってきている、この雰囲気でどんどん大きくなっていくのだろうな。
でもビルと比べればその間隔はもっと広いし、幅も多少控えめだ、だが控えめと言っても直径は恐らく二、三十メートル位はあるんじゃないか?
ここまで来るともう俺の感覚がおかしくなって、自分が巨人の世界に迷い込んだ気分になってしまう。
ここの俺の感覚を狂わせるような木々よりも、遥かに巨木が立っていると言われているのだ、先に進んでこの目で見たいと、誰だってそうだと思うだろう。
その景色は皆への良い土産話になるだろう、話した時にロリーエとレーミクの驚く顔を思い浮かべながら、逸る気持ちを抑えつつ森竜のゆったりとした揺れに身を任せている。
自分を出迎えるであろう精霊樹の森を楽しみにしながら、エレレファと森竜に運ばれ、何もすることがない俺は、森の外で行っていた様に思考の海に身を委ね、子供の様に期待に胸を膨らませるのであった。




