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第一話 国を渡る

 メルデを出てから一週間、俺はただ竜車に揺られる旅を続けている、旅路は現代技術の結晶である車や舗装された道と比べるのは酷かもしれないが、それでも辛い旅だという程でもない。


 都市の周辺は石畳で舗装されているので快適と言えるし、街道全体も土の箇所はしっかりと転圧してあって雨水が溜まらないように高くされているので、車輪が嵌りそうな酷いわだち泥濘(ぬかるみ)も無いからそこまで揺れないのが有り難い。


 街は大体一日竜車が走ればたどり着けるように調整されているようで、街道沿いで野宿をするという事もないし昼は間にある村で昼食を摂るので、道具を取り出して野外調理をしないで済んでいる為旅の速度は思っていた以上に早い、だいたい一日百キロは進んでいると話を聞いた若い従士が教えてくれた。


 現代で言うと遅いように感じるが、これはヴィクトリア時代の馬車並みの速度だ、それも馬を何回も交換して出る速度なので、この世界の道路事情は優秀だと思う。


 この地竜というズングリとした四足の竜は丈夫な種類のようで、毎日それだけ走っても馬と違って交換も必要ないらしく今日も元気に俺たちを運んでくれている。


 恐らくこの百キロというのは地竜を潰さずに巡航できる距離なのだと思う、そしてこの道は軍が今みたいに編隊を組んで走れるように計画されている。


 ここから、彼らが考えている戦略や思考が良く理解出来たと思う。


 人の住む地域全体に兵を置ける程、この世界は人口が多くない為、戦略的に限られた兵員を街から隣街や村へ送る作戦を定石にしているのだ。



 国はきちんと街道の整備計画を出し、軍は暇な時にはせっせと道や村を作る、彼らの努力の全ては魔物の襲撃に対して即応出来るようにして、少しでも人々が被害を受けるのを減らすためだ。


 この世界の人々の魔物との戦いに特化した体制は俺達の考えとは嫌でも感じる、なぜかというと人間同士の戦いならわざと整備をしないで進行を遅らせるような事を、多くの国で行われていたからだ。


 かつて日本もそうだった、江戸の時代に大井川に橋を掛けなかった理由は、たしか大名が反乱を起こして攻めてくる場合に備えた、江戸幕府の思惑だったと本で読んだことがある。


 村の距離や成り立ちは防衛にも物流にも貢献している、結果として国全体の商売が活発になり、人々の生活も潤うので文明レベルの割に豊かだ、少なくとも街で貧民窟など見たこともないし、村の建物もメルデと同様、飾り気はないが木造と漆喰のしっかりした作りの家が多い。


 そんな民俗学か社会学、たまに歴史学なのかと思うような、益体もない事を考えて暇を潰せるほどに俺たちの旅は順調で、騎士団に魔物や盗賊が襲撃をするなんて事も無い。


 とてもありがたいと思うがあまりに平和過ぎて体も鈍りそうで外を歩こうと竜車を出たいと語るが簡単ではない理由で断られた、というか具体的言うと注意を受けてしまったのだ。


「稀人様が歩かれるのであれば、我等は全員歩かねば民に示しが尽きませぬ。どうぞご理解いただきたい」


 俺達の護衛をしてくれている騎士中隊の代表者、ガランデール王国騎士団の中隊長であるガルムンズに言われてしまったのだ、彼を呼び捨てにするのも本人の意向を汲んでいる、俺が急に偉そうな人間になった訳ではない。

 

 むしろ彼に敬称をつけると怒られるハメになるので付けないようにしている、最初にさんを付けた時に注意を受けた時は、もしかして卿の方がいいのかと思ったが、そうではないとガルムンズに熱く語られた。


「英雄が私の様な木っ端にそのような低姿勢でどうします!シュウゴ様はこの世界すべての民の希望の象徴ですぞ!なので貴方は堂々としていて下さい!そうせねば皆が頼りないと心配してしまいすぞ!」


 実際はもっと長く、延々と英雄である者の心得とは何たるかを半日熱く語られ、その熱意に俺の方が根負けした形で決着が付いた。


 やはり十歳も年上に畏まられ、本人に言われても年上を呼び捨てにするのは、日本人的にはなんとも気持ちが悪いのだが、この問題は彼に何度も怒られたので仕方ないので諦めた。


 そういう事情もあって外に出る事が出来ないこの行程は地味に辛く、昼食まで朝の七時から正午位までまでひたすら耐えて昼に一時間程休憩を取り、その後は目的地に到着するまで竜車に乗っているだけの生活。


 着く時間によってマチマチだが大体四、五時間は箱の中で過ごしている、こんな生活を一週間もしているので腰がおかしくなりそうだし、あまり動かないので体が鈍りそうで仕方がない。


 窓の風景も平原ではそこまで大きく変わらないのが苦痛を増加させている要因の一つだ、最初は見渡す限りの平原や遠くの森などに興味も湧いたが、その景色が一週間も続いていると箱の中で景色を見る以外に何もすることが無い以上、苦痛としか言えないが、この世界の旅としては破格の待遇に文句をいうべきではないと我慢をして、こうしてひたすら思考を巡らせているのである。


 そう、俺は今、竜車に一人閉じ込められている、途中でロリーエが巫女としての教育を受けるためでレーミクは先輩として付添をする事になったからだ。


 治癒の加護の教育を受けずに発現するのは危険なのが理由で、教育を受けていないロリーエが正しい使い方を知らないままで、自分の生命力まで消費したり逆に相手の生命力を超えるような加護を降ろして、過剰な力を発現させて治療すべき相手を危険な状態にする恐れがあるからだ。


 ロリーエの身の危険を考えれば当然しっかりとした教育を受けて欲しい、その気持ちを伝える話はとても揉めた。


 結果として話を纏める為に俺はただ一方的に只管謝って、二人をなんとか宥めすかして纏めた。


 ロリーエは落ち込んでしまうし、レーミクもいつも通り納得はしている素振りを見せつつ、言葉の端々に棘を入れて攻めてくるので、精神的に非常にきつかった……。


「シュウゴ!何で私達を置いていくの?一緒だって言ったのに……、でもシュウゴが決めたんだもの、私それでも泣かないように我慢するわ……」


「ええ解りました、シュウゴ様は私達を残して行くというのですね。悲しですが私達は旅のお供に必要ではないんですね……。とても残念です、ええ、とても……」


 などと二人で結託して悲しそうに落ち込み、こちらに罪悪感を抱かせる二人をなんとか納得させる為にとても胃が痛い思いをした、それでもどうにか最終的に交換条件をつけられたが、納得してもらえた。


 ロリーエには帰ったら一緒に王都にある公園に行く約束を、レーミクには俺の好きな香りのする髪用の香油を買いに行く約束をしたからだ。


 こうして二人を何とか納得させたのに、やっぱり一人になると気楽さ以上に寂しさを感じる、二人の居る日常というのに俺は自分が思っている以上に馴染んでいたのが少しだけ意外だった。


「孤独というのは、もう慣れたと思ったんだけどな……」


 呟いて首に下げた呪法器を指で撫でる、村を出てから気付けば癖になってしまった動作、そんな自分に苦笑いが湧く。


「シュウゴ様は一人ではありませんぞ、我々の事をお忘れですな?」


 ガルムンズに声を掛けられた、どうやら昼飯の時間らしい、だけど愚かにもこんな発言をガルムンズに聞かれたって事は、きっとお説教一時間耐久勝負を覚悟しておくべきだだろう、などと情けない覚悟をして竜車を降りると、今まで見た事がない女性が一人増えて居ることに気が付く。


 短冊状にした木片を革紐で繋いだ鎧を上半身に装備し上に毛皮を羽織り、下は革製の窮屈そうなぴったりとしたパンツを履いた出で立ちは、今まで見たことがない装いだった。


「初めまして、シュウゴ様、ここから森の民の領域、ニュルヘスノの者が護衛する、私はエレレファ、よろしく」


 彼女に対して初対面の内からこう考えるのはあまり良くないんだろうが、自分への言葉が片言な所為で少しそっけなさを感じ、逆に態度は恭しく深く頭を下げているちぐはぐな言動に違和感を感じてしまう。


「我々王国騎士団はここでお別れになります、シュウゴ様に英雄とは何たるかをもっとお伝えしたかったのですが、ここからは平原の民である我等の装備では森の民の足を引っ張ってしまう事になりますゆえ、残念ですがここまでです」


 どうやらメルデからずっと一緒だった中隊の皆とここでお別れらしい、なので隊長である二人に中隊の皆に挨拶したいと伝えて時間を貰う。


「初めましてエレレファ、これからよろしく頼むよ。それと今まで世話になった騎士団の面々に挨拶がしたい、少しだけ時間をくれないか?」


「おお!それは私の部下も喜びますな!是非お願いしますぞ」


「私も構わない、時間は十分」


 二人の許可を貰ったので彼らに声をかける、色々教えてくれてくれた若い従士は握手をすると、感激のあまり泣きだしてしまった、彼らにとって俺は本当に希望なのだと思った。

 

 そういえば彼に聞いた話で騎士団の編成の話を聞いたことがある。


 この中隊は男性のみの騎士団だったが、中には男女混合や女性だけの騎士団などもあるそうだ、女性騎士団はもっぱら女性の貴人を警護するのが目的らしい。


 そして混合の場合は、貴族としての責務を果たすための男子が居ない場合にやむを得ず女性がするそうだ、やむを得ずやっているので一族の男子が成人したり、養子を迎えるとそのまま辞めるらしい、周りもなるべく早く辞められる様に手を尽くすのが一般的だ。


 辞める事に文句をいう人はそうそう居ない、なぜなら長く続ける程襲われてのろいを抱えてしまうを可能性が増えていくと皆が知ってるからだ……。


 クシーナのように……。


 彼女が抱えた孤独は辛く重い、そんなものを抱える女性を増やしたいなど誰も思いはしないだろう、そうでないなら悲しすぎる。


 そう考えて暗く気持ちが落ち込みそうになって思い直す。


 ダメだ暗い顔をするな!別れに暗い顔をしては皆を心配させる、お前は英雄になると言ったんだ、決めたんだ、ならばやり通せ!自分で決めた道だろう!


 そうやって自分に言い聞かせて、皆に挨拶を終えて笑顔で別れることが出来た。


「ではシュウゴ様おさらばです!もしまたお会いすることがあれば英雄として成長された姿を私に見せて頂きたいとおもっておりますぞ!」


「ここまでありがとうガルムンズの薫陶を胸に頑張るさ、いい話を聞けたと思う、皆も帰り道も気をつけて!」


 彼は最後まで熱く英雄として生きろと言ってくれた、俺はそうあると決めたのだ。


 ならば皆に胸を張れる英雄になろう、言葉遣いなども少しずつ彼の言うとおり慣れようと思う。


 そうしてガランデール騎士団の面々を見送ってから、これからお世話になるニュルヘスノの代表であるエレレファに声をかける。


「森に入るのか、じゃあここからは歩きなのかな?一応山歩きには慣れては居るけど、ここまで奥深いのは流石に経験がないから君たちに迷惑を掛けるかもしれないな」


 どうやらやっと俺は竜車に揺られて運ばれるなんていう、どこか市場に向かう子牛のような生活から開放されるようだ。


「ここから森竜(しんりゅう)に乗っていく、森竜は認めた者以外言うことを聞かない、だから私と一緒に乗って」


「そうか、じゃあ済まないがよろしくお願いするよ、お前もよろしくな」


 そう言って彼女の横には竜というより、平べったいトカゲと言いたくなるような体高の低い生き物にも声をかける。


 その全身は丈夫そうな鱗と外骨格を纏っているので、その点では竜に見えなくもないが、一メートル位の横幅と同じくらいの体高なので、酷く乗り心地は悪そうだ。


 今まで竜車を曳いていた地竜と比べると全長は長く三メートル程ある。地竜は全長が二メートルだが尻尾が短いので、両方共胴体部はそんなに変わらないようだ。


 そうして森竜をまじまじ見ていると、彼女の横にいた竜は俺に寄って臭いを嗅ぐ仕草をすると、しばらくそうしていると満足したようで、そっぽを向かれてしまった。


「シュウゴ様を敵でないと判断した、この子たちは臭いで判断する」


「なるほど、この森竜は名前はあるのかな?」


「名前は知らない、この子たちに名前を付けるのは駄目、私達はずっとそうやってきた」


 どうやら個体名を付けてはいけないらしいが、その理由も彼女達と付き合ってうちに分かる日が来ると思うのでここでは理由を聞くのはやめておこう、時間が遅くなっては迷うかもしれない。


 そう思いながら森竜の背に乗ってみる、鞍と鐙があるので思った以上に乗りやすい、そして想像より彼らは揺れない歩き方をするので意外と乗り心地は悪くなかった。


 エレレファの森竜を先頭に深く大きな木が立ち並ぶ森に向かって進むと、遠くに山のような物が見える所にたどり着いた、どうやら目的地はあの山のようだ。


 そうして俺は森に足を踏み入れることになった、この世界の森は初めてなので緊張を隠せないが同時に子供の様に楽しみでワクワクした心持ちで居た。


 この森は俺が知っているどの森よりも緑が濃い、今の季節は冬で落葉樹が多いから思ったよりは明るく下草も少ないが、それでも倒木や岩が転がっているし落ち葉がそれを隠しているので、やはり危険なことは変わりがない。


 そんな獣道を森竜たちは器用に頭の外骨格で押しつぶしながら進んでいく、どうやらその大きな頭はこの深い森に適合した結果のようだ。


 器用な彼らに俺が感心していても一行は森を当然のように進んでいく、俺が知っている森よりも大きな木が多いと思う軽く三十メートルはある大木がそこら中にある。


 それはメルデの神社にあった木と同じくらいの木ばかりだ、どうやらここに住む森の民と呼ばれる人々は木をあまり伐採しないようだ。


「ここは大きな木が多いんだな、俺はこんな大きな木を沢山見るのは初めてだよ」


「ここの木は皆若い、私達の住む精霊樹の森はもっと大きい、大精霊樹は山のように大きい」


 彼女の言っていることが本当であるなら、この森に入る前に見た山の様に見えた物は、実は巨木の集まった物のようで、それは少なくとも俺の木の概念を軽く超えている高さになる。


 距離を俺が間違えてないなら、対象物が少ないからはっきりはしないが中央の巨木は恐らく千メートル位はあるのではないか?そんな巨木が存在するのだろうか?と疑問を感じたが、ふと思い直す。


 そういえば元の世界で世界中の伝承なんかでは、天を貫くような巨木の話は結構残っていたな。


 確かロライマ山の伝承やエゼキエル書だったかにも、確かそんな話が出てきたような気がするな、お伽話や伝承の中の物だと思っていたが、これだけ神の息吹を感じる世界では事実になると思える程に神は人に寄り添っている。


 だから伝承や神話のような木々が彼女が住んでいる精霊樹の森なのだろうと、心の中で納得がいってしまう、科学の目で考えるならバカらしい話かもしれない。


 だがここには科学は無いし、目の前に現れた事実を否定できる程、俺は科学を盲信していない。もしそうであれば俺がここにいることを否定しているだろうな。


 それに最新の量子力学でも泡宇宙の理論を考えれば肯定すべきなのかもしれない、ひも理論なんかも違う宇宙の存在を肯定してて、俺達の住んでいる宇宙とは全く違う宇宙の存在なんかも肯定していたな。


 そう考えるとやはり目の前にあるものが全てなのだろう、まぁ要するに下手の考えなんとやらで思考を放棄した方がいい話と言うものだろう。

 

 所詮、人に全てを理解など出来ないのだから。


 遠巻きから見ると本当に山にしか見えなかったので山の上にあるだとばかり思っていたが、言われてみれば傾斜がないし、今も登っている気配が全くないな。


 そんな見たこともない素晴らしい景色が見られるのだ、心が踊らない訳が無いから子供のように胸をときめかせる、早く行きたいが俺は今森竜の背中に揺られる身なので、到着は彼の脚次第ということになる


「それは凄く楽しみだ、きっと綺麗な景色なんだろうな!早く着いてこの目に焼き付けたいと思うよ」


「私は一番好き、だからシュウゴ様もきっと気にいる」


 そう言って胸を張る彼女の言葉に期待が高鳴るのを抑えつつ、俺は森竜の背に揺られてこの巨木達の森を進んでいく、そしてその後俺は期待以上に同時に多くの疑問を抱える事になるのだった。



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