第十八話 腹に巣食う呪
ロリーエが走って行く、その小さな可愛い背中を見送ってから、私は瞳を閉じる。
良かった……、封印が破られる前に逃すことが出来たわ……。
思い残した事は一杯ある。
けれど、あの子が生きていてくれるなら、シュウゴと一緒に生きてくれるなら、もうそれでいいの。
そんな嘘を私は自分の心に、そんな人生で一番大きな嘘をついた。
きっとこの結末は、醜い私への罰だと思う。
自分の欲の為に、あの子を利用しようとした罰、本当は、もっとロリーエの恋する姿を、成長を近くで見守りたかったわ。
本当は、ゲンゾンに、『私も前を向くから貴方も幸せになりなさい』って言ってあげたかったのよ。
本当は、シュウゴと一緒に年を取って、お互い皺くちゃになった手を繋いで、シュウゴに『愛してる』って言いたいの。
でも、それは叶わない夢になる。
封印していた呪は力を増していって、私の施した封印が激しく音を立てて壊れていくわ。
全てが弾かれて、周囲に禍々しい黒い炎と爆発が広がって、その中心で、私の身体は自分と違う『何か』に変えられてしまっていく。
本当に運命は……、意地悪で残酷ね……。
そうして私の意識は、真っ黒な沢山の手が寄ってきて、暗い闇の底へ引きずり込まれていく。
そんな中でも、私は意地汚くこう思うのだ。
――――― ― ― 『あぁ、最後はシュウゴの笑顔、見たかったなぁ……』 ― ― ――――
そうして私が目を覚ます。
私の名前はクシーナ、これからここに来る私のご主人様の為に『たった今生まてきれた』そしてご主人様がこちらにきてくれるのを待っているの。
「フフ、ご主人様はこの体を気いって頂けるかしら?ずうっと私に聞こえて来たご主人様の願望を、そのまま形にしてみたのだけれど」
これから来るご主人様は、異世界からこの世界に来られたのよ、神の力を持ったお方なの、この世界で神の力を振るう為に。
そして私をヒロインにする方なの、私はその為のモノなのよ。
「ん~、ここは狭いから少しお掃除した方がいいかしら?」
私の仕えるご主人様って、随分と派手な事がお好きなようだから少し辺りを広げておきましょう。
そう思って私は腰の剣を振い、細身の剣が風を孕んで辺りの建物を吹き飛ばしていく。
これでやっと私の事が分かり易くなったし、ご主人様も私を見つけていただけると思うわ。
吹き飛ばした瓦礫の中にあった割れた鏡には、生まれ変わる前とは違う私の新しい姿が映っている。
肩と背中の空いた白いドレス差し色に赤のラインが入ってて結構派手ね、そのスカートの左右には腰の辺りまで切れ込みが入っていて、脚には長いひざ上の白いブーツを履いているわ。
その切れ込みから白い下着が少しだけ見えるようになっていて、前より大きな胸は胸鎧に隠してあって、その代わりにおヘソはしっかり出しているわ。
元々年増だった顔は、ご主人より少しだけ年上の顔にして、もちろん瞳の色は琥珀にして零れるくらい大きくしてあるわ。
安っぽい胡桃色のだった髪は、薄い金色に薄紅色を少し混ぜたきれいな色にして、身長はご主人様の胸に収まるようにご主人様の肩くらいしてあるの。
これがご主人様が求める完璧なヒロインなんですって、これでご主人様は私を愛してくれるわ
私の存在意義は、ご主人様の行動やお言葉に『凄いです』『流石です』『最高です』と褒め称えて甘やかすのが最優先、もちろん反論なんかしてはいけないわ。
私はそんなヒロインなの。
なぜだか悲しい事なんて何もない筈なのに、私の瞳から涙が一筋落ちていく。
あぁ、きっとこれから出会うご主人様との出会いに歓喜の涙が出たのでしょう。
「早く来てくださいね?私のご主人様……」
私はニッコリ笑って、ただご主人様がくるであろう方向の空を見上げるの。
暫く奏して待っていると。空から楽しそうなご主人様の声が聞こえてくる。
「おおおおお!?俺様はいま!第一ヒロイン発見!はっけんしたっ!なぁ、お前さ俺の好みだし俺のヒロインにしてやるよ!うれしいだろ~?!なぁ!うれしいだろぉ~???」
ご主人様は素敵な姿で舞い降りて愛の言葉を言ってくる。
「はい!私はあなたの為に生まれてきました、初めから貴方の為に生まれてきたんです!」
私の顔は完璧な幸せに満ちた顔で、ご主人様を称える言葉を言っている。
私は幸せだ、そう幸せなのだ。
「はははは、やっぱニコポってば最高だぜ!主人公はさ、やっぱこうでなくっちゃいけねーよな!まどろっこしいのはありえ無いって!一瞬でヒロインが惚れればいいんだよ!チョロインさいっこーーーー!!!」
ご主人様はがその整ったお顔を子供のように笑顔に変える、私は笑顔で全肯定する。
「そうですね!そうやって私を受け入れてくれるご主人様は最高です。私はご主人様のものですよ。お役に立ちますから。捨てないでくださいね?」
私はご主人様に媚を売る、私はヒロインだ、もし飽きられたら捨てられる。
私は負けヒロインに成りたくない、そうなれば消されてしまうから。
「いいぜ~いいぜ~、俺様は最強だからなぁ!そうやって可愛くしてれば大事にしてやるぜ!あははははは!!!」
そんな二人の甘い時間を邪魔するように、私達の天敵がやって来た
「まさか……、君は……クシーナ……、なのか……?」
どうやら私の姿変わっているのを気にしているらしい。
私達の天敵は呆けている、今が絶好の攻撃の時なのに身体が動かない。
ご主人様は笑うのを止めて奴を見る、きっと何か考えがあるのだろう。
「んだよ、おっさん。俺のヒロインになんか用でもあるのか?ちゅうかさぁ、俺以外の男ってあんま必要性感じないし、MOBでおっさんとか画面汚すだけで害悪だしさ、とりまおっさん死ねよ」
そう言ってご主人様は腕を振るう、大きな炎の塊が天敵を襲う。
「流石です、ご主人様!そんな強力な魔法を使えるなんて凄いです!」
私の口は無意識にテンプレ台詞をご主人様に捧げる、それがヒロインというモノの正しい姿なのよ、だから私はひたすらそう言うの。
「よしゃああああ!そうじかんりょうううう、おっさんの丸焼きいっちょあがりぃい!」
炎は激しく爆発し周囲の建物を焼いていく、まるで形ある物が憎いとばかりに舞い上がってゆく。
そんな炎を見つめながらご主人様は楽しそうに笑っている。
なのに天敵は生きていた、これは許される事ではないわ!
「いきなり何をするんだ!?お前は一体何者なんだ!?」
爆発で辺りは炎の海と化していたのに、天敵が無傷で立っていたご主人様の機嫌が悪くなる。
「はぁ?俺のファイヤーボールを食らって無傷とかありえんだろ!お前何者なんだよ!カスのくせにへんな見せ場作ってんじゃねっぞおおおおおお!!!!」
そう言ってご主人様は、闘志を漲らせる、そして私に命令をする。
「おいお前、名前聞いてねぇけど、俺のヒロインなんだろ?だったら、アイツ邪魔だから、とりまぶっ殺せよ……」
そう言って握りこぶしを作って指を親指を立て、その親指を地面に向ける。
そう、これは処刑の合図だ。
「はい!解りましたご主人様!貴方の敵は私の敵です!」
私達の天敵に向かって、細身の剣を突き出して攻撃する。
私の身体は狂化されている、剣は鋭く早い。
風を切る音がする度、私達の天敵の身体は少しづつ傷ついてゆく。
「止めろ!止めてくれ、クシーナ!俺は君と戦いたくはないんだ!」
そうしてまた一つ傷が増えていく。赤い血が男の頬から流れていく。
「お前がその名前を呼ぶなああああああああ!!!私はご主人様のものなんだあああああ!!!」
私の怒りが溢れる、目の前の男を殺すために剣を振るう。
私の剣が彼の腕に突き刺さる、突き刺した剣を無視して彼が私の腕を捕まえる。
「やっと……、捕まえたぞ、クシーナ!もう止めるんだ!」
「離せ!離せ~!私に触れるなぁあああああ!!」
駄々を捏ねる子供のように彼をただ殴る 呪の手、それを抑えながら彼は必死に私に語り掛ける。
「クシーナ!君は強い人だ、俺達は二人で一緒になるんだろ?ずっと一緒に年を取って、爺さんになっても皺だらけになっても俺と手を繋いでくれ!俺は君の手を握り返して『愛してる』って返すから!」
私の愛しい殿方が私を迎えに来てくれた、それだけでこんなにも心が温かくなる。
私の頬に、歓喜の涙が零れる、ああ、なんて幸せで残酷なのだろう……。
やっぱり運命って意地悪だわ……。
「はぁああああああ?!!!お前もビッチなのかよ!!マジねーわ!!!マジクソヒロインだな!あ~、マジテンション下がるし、とりま、死んどけよ……!」
呪持ちが何か言ってると思った瞬間、私の背中に何か衝撃が来た。
それを確認したら、私の胸には大きな穴が開いていたわ。
その瞬間私は理解した。
『あぁ……、私の命はここまでなのね』
でも、シュウゴの胸で果てる事が出来る。
そんな我儘を赦してもらえるのなら、きっと。
運命も少しだけ私を赦してくれたのかしら……。
シュウゴの驚く顔が見える、でもやっぱり彼の笑顔は見せてくれないのね。
やっぱり運命って、意地悪で残酷……だったわ。
「クシィイナァアアアアアアアアアアアア!!!」
シュウゴが私の名前を呼んでいる、応えたいのに声が出ない、彼の顔が絶望に歪んでいくわ。
「シュ……、ブフッゴポポッ……」
声の代わりに出るのは、熱い血と命の残り火だけ。
その熱を失って、どんどん私は冷えていく。
こんな終わりに納得なんて出来なくて、瞳に涙が滲んでくる。
そんな姿をシュウゴの心に刻みたくないって、私の女心は痩せ我慢をするの。
これが最後になるならせめて、一番綺麗な笑顔をあの人に見せたいって思うから。
ありがとう、愛してる、ってもう言葉位に出来ない想いを、精一杯笑顔に込めて込めて、もうすぐ消えそうな意識を振り絞って、消えかけの『命』を燃やし尽くして。
私は世界で唯一、私に愛をくれた殿方に。
人生で一番良く出来た笑顔をシュウゴにただ一人に贈って、代わりに貴方の泣き顔は、ちゃんと私の瞳と魂に焼き付けるわ……。
「クシーナ!お願いだから目を開けてくれ!」
あぁ、でも悲しい……、私のために泣かないでって、言いたいのに言えないの……。
「クシーナ!死ぬな!俺を残して逝かないでくれ!」
こんな時に思うのはダメなのかもしれないけど、私は今少し嬉しいわ……。
「クシーナ!ダメだ!起きてくれ!」
だって、貴方の流す涙は全て私だけの物だもの……。
「クシーナ!手を!手を握り返してくれッ……!」
でも、もし願いが叶うのなら最後に……、シュウゴの涙を拭いて上げたかったわ……。
「クシーナ!俺……!!」
こんな細やかな願いも聞いてくれないなんて本当に、本当に残酷ね……、運命って……。
「クシーナ!………………!」
シュウゴ御免なさい、こんな面倒くさい我が儘な女で……。
「クシー……」
私も一緒に生きて二人でお爺さんお婆さんになってね……。
「クシ……」
貴方に『愛してる』って言いたかったわ……。
「ク……」
心から愛してるわ……。
「………!」
シュウゴって――――――――――
「う……そッ…………。だろぅ……?あぁ……、クシーナ……、起きて……、くれ……。起きてくれよ!クシィイナァアアアアアアアアアアアア!!!!!!」




