第十六話 クシーナ
時間軸は少し戻って、シュウゴが帰った後の二人のお話です。
私はクシーナ、メルデ村で呪い師をやっているわ、そして村では腹に呪を抱えてしまった哀れな女なんて言われている。
今、目の前に私が世界で一番大切にしなければならない姪、ロミーナ義姉さんに託されたロリーエが居る、彼女の母親であるロミーナ義姉さんは私を助けるために亡くなったわ。
その世界で一番大切なロリーエが、あの日の私と同じ目をして私が母親にした事を、同じように私に行おうとしてるのは何となく予想ができた。
だって、この子は私と長く居たせいで私から悪い影響を沢山受けているから……。
義姉さんごめんなさい、私ロリーエをいい女に育てられられなかった、産めない女にはこれで限界っだったのよ……。
だから義姉さん、どうか許してください。
私は怖くて逃げ出してしまいたくなる内心は彼女に一つも見せず微笑む、やっぱり、私は意地っ張りで嫌な女だと思う。
だって、これから私達が好きになった一人の殿方を巡って、この子と本気で戦わないといけないのよ?
かつて彼女の母親と自分が戦った時、私の思いは、絶対に許されない恋だった諦めるしか無い恋、想い人は自分の兄だったから……。
それにロミーナ義姉さんは私も憧れて、ゲンゾンも惚れていた素晴らしい女、最初から敵いっこなかったから、落とし所、収まる所があったわ。
だけど、私達がこれから繰り広げるのは、女同士が愛する殿方を巡ってする、本物の泥沼の戦い、私が間違えればきっとそうなってしまう。
だから心が竦んでしまう。
でも私は、あの人に大丈夫、悪い話にしないと言ってしまった。
だから私はここで、弱い自分に負けちゃダメなの、ロリーエはさっきから何かに耐えるように怯えるようにずっと下を向いている。
今、彼女は初めて知った女の感情に振り回されて居るのだと思う、あの感情は自分でも制御できなくて怖い。
大事な人を傷つけて散々振り回してやっと止まれるような、まるで嵐みたいなもの。
その恐ろしい嵐の中では、自分自身も翻弄されてしまう、だから我慢強くて賢いこの子はただじっと耐えてるの、誰も傷つけないように。
でもそれではダメなのロリーエ……、女の情念は吐き出さないと心で腐って自身を傷つけてしまうのよ。
「そんな黙って下を向いていても、シュウゴはロリーエにはあげないわよ?言いたい事ははっきり言いなさいって、昔から言っているでしょ?」
こうして、私はあえてロリーエの我慢を逆撫でにする、こうしないと我慢ばかりするロリーエは、本音を言わないままで隠してしまうから。
「……っずるいっ、クシーナはずるいわ!私のほうが先にシュウゴと知り合ったのに!横から持って行くなんてクシーナはずるいわ!」
私の思惑通り、ロリーエの我慢が決壊して私に生の感情をぶつけてくる。
そう、それでいいのよロリーエ、そうじゃないと女の感情は、私達女を赦してくれないわ。
「シュウゴが私を選んだのよ?ロリーエは子供だから、きっと魅力が足らなかったのよ。それにシュウゴに我が儘ばかり言ったんじゃないの?」
そんなことはない、この子はロミーナ義姉さんにそっくりの綺麗な金色の髪で、宝石みたいな緑の瞳で、シミひとつない白い肌で、私が嫉妬するほど綺麗に育った。
それに性格だって、本当に素直で頑張り屋でとっても可愛いわ、こんなひねくれ者で姑息な事しか出来ない、浅ましい私とは大違い。
「で、でも、私の方が先にシュウゴを好きなったのを、クシーナだって知ってたはずよ!何で私から取っちゃうの?クシーナはいつでも私の味方だったじゃない!」
ロリーエの言う通り私が悪いわ、だけど私にはこの世界にあの人しか居ないの、こんな腹に呪を抱えた女、普通の女として受け入れれる人はこの世であの人しか居ないのよ。
「そうね、今まではそうだったわ、だけどシュウゴは別ね、だって私にはあの人しか居ないもの」
「そんな……、じゃあ、私は、どうすればいいの……?」
ロリーエは絶望で打ちひしがれる、彼女の綺麗な瞳から涙が零れる、長い睫毛が涙に濡れて、とても綺麗で嫉妬をしてしまいそう。
でも、今の彼女の心の中では私は全く敵わない相手なのだろう、彼女は花咲く前の蕾で私は盛りを少しばかり過ぎていても、まだ咲いている花だ。
聡い故に理解してしまって絶望したロリーエに、かつて彼女の母が私にしてくれたように助け舟を出した。
「そうね、じゃあ貴方はどうしたいの?諦めるの?そんな事無いわよね?」
「諦めたくない……、私、シュウゴの事を諦めたくないわ!」
顔を上げた彼女の胸の内から、生の反応が溢れてきた。
それでいいのよロリーエ、吐き出さないと感情を抉らせて淀んでしまう、そんな穢れを胸に抱える女はとても醜くくなってしまうわ。
女はこの胸を焼くような思いを全力で恋をして昇華して、その思いにどちらかの結果を出すしか無いの。
「そう?じゃあ、どうするの?シュウゴはロリーエの事、まだ子供だと思っているわよ?」
彼女の痛いところを擽る、こういう事をされるのは本当に痛いのよ、私も過去に何度もやられて泣いてしまった事がある。
「だったら、私は直ぐに大人になるわ!」
それでも彼女は、真っ直ぐな視線で綺麗な瞳に決意を秘めて戦いを挑んできた。
「シュウゴの事をちゃんと支えて、あの人の全てを受け入れてあげれるような女になるわ!」
彼女の言葉はあの日、ロミーナ義姉さんに私が言った言葉とそっくりだった。
御免なさい義姉さん、やっぱりダメだったみたい、やっぱりこの子は私のどうしようもない悪い所ばかり似たみたい。
「そう?じゃあ、その間はどうするの?私は直ぐにでもそうしてあげられるわよ?」
彼女の胸奥の火種に強く冷たい風を吹き込んでゆく、これで消える思いなら今にでも消えてしまえと。
そんな、心にも思っても居ない事を言い訳にして。
「だったら!クシーナが私からシュウゴを取っちゃったみたいに、私、いつかクシーナからシュウゴを取っちゃうわ!」
そんな私の姑息な願いを彼女が糧にして、幼い恋を必死に燃え上がらせる、きっと叔母として間違っていると思うわ。
それでもね義姉さん、私は今凄く嬉しいの……。
自分が一生懸命育てたロリーエが、こうして自分に宣戦布告をしてくる姿を何処か嬉しく感じてしまう、やっぱり私はダメな叔母だったみたい。
「私はロリーエに取られる気ないわよ?だってシュウゴは私の事を綺麗だって、可愛いって言ってくれるもの」
シュウゴが私に囁いてくれた愛の言葉を歓びを込めてロリーエに聞かせると、とたんに気恥ずかしさと歓喜が胸を駆け抜ける。
「だったら、私はもっと、もっと綺麗になるわ!もっと可愛くなるわ!」
そんな私に負けたくないと、負ける気がないとロリーエは必死になって想いを言葉に込める。
大丈夫、貴方は十分に可愛いわ、まるでおとぎ話の森の妖精みたいな私の大切なお姫様だもの。
だから安心しなさい、私、きっと貴方には叶わないと思う、だからね、一つ一つを大事して大人になりなさい。
心の底から思う本心を隠して、私は年増女の毒をロリーエに飲ませる。
「それなら、貴方も一生懸命頑張りなさい?私は手加減なんてしてあげないわよ?」
そうして私は姪から殿方を奪った、悪い女の言葉の毒を彼女に飲ませるの、それはまるでおとぎ話の魔女の毒みたいに酷い毒よ。
「だからロリーエも全力でシュウゴを落としなさい、それで二人であの人の背中に、女の重石を二つを背負わせましょう?」
私は自分だけでは怖い、違う世界から来たシュウゴは、私を残して元の世界に行ってしまうのではないかと恐れている、だから、自分が育てた大事な子まで自分の欲望のために使おうとしている。
なんて浅ましい女の情念なのだろう、本当に浅ましい女ね……。
「え……、なんで?それでいいの?だって私は……、クシーナから取っちゃうっていったのに……」
この子の本質は酷く優しい、自分が傷付く以上に人が傷付くのを恐れる、だから私が我慢しているんじゃないかと、彼女のために引いてくれたと思っているのだろう。
それは違うのよロリーエ、これは意地汚い女が考えた罠、自分の惚れて惚れぬいた殿方をけっして逃さないよう絡めとる、そんな悪い女の蜘蛛の巣なのよ。
「あらご不満?私は別に貴方が諦めるなら、別に構わないのよ?さぁ早く決めなさい?」
それは同時に世界でただ一人の殿方と、世界で一番大切な私の可愛い姪。
「貴方が諦めてくれるなら、私はシュウゴが溶けちゃう位愛するわ」
その二つを絶対に手放さない、傲慢で我が儘な女の悪知恵なのだから。
「それを横で見てて耐えれるなら、ロリーエの好きにしなさい。私だったら、そんな生き地獄は御免だけどね」
そう言い切ってから勝ち誇るように笑う。やっぱり私は嫌な女だと思う、こうすればロリーエが引けなくなると分かってやっているのだから。
私の予想通り自らが想像した未来に絶望したロリーエが、大粒の涙を流して訴える。
「いや……、そんなの嫌よ!クシーナがそんな意地悪言うなら、もう遠慮なんてしないわ!私クシーナから絶対、シュウゴの気持ちを取ってみせる!」
彼女の絶望に抗う姿を、かつての自分と重ね合わせてとても愛おしいと思う。
きっとロミーナ義姉さんも同じ目をしていたと思う、それは少女が女に変わる瞬間、華の蕾が綻ぶ瞬間なのだから。
「よく言えたわね……、つらかったでしょ?ごめんねロリーエ、私は我が儘だから、あの人の側を貴方に譲るのはできなかったわ……、だから二人であの人の側で生きましょう?」
そういってロリーエを抱きしめて二つの意味で謝る、一つはシュウゴを離せなかった事、もう一つは彼女を離せなかった事。
多分私は、この世で一番我が儘なのかもしれない。
「ロリーエ……、愛しているわ……。貴方は義姉さんが私に残してくれた宝物よ。なのにこんなに辛い思いをさせて本当に御免なさい、でも私は独りで居られるほど強い女ではなかったの……、本当に御免なさい……」
そう言いながらロリーエの手を握る、これは私の本心であり後悔している事だ、私は弱かったから大事なロリーエをここまで傷つけてしまった。
「なんでクシーナが謝るの……?だって我儘を言ったのは私なのに……、ありがとうクシーナ……、私も愛しているわ……、私も本当にシュウゴを諦めれないから、御免なさい……」
私達はとても似ている、だからお互いの気持が手に取るように分かる。
私はロリーエからシュウゴを奪い盗ったと思っている、ロリーエは私からシュウゴを取ろうとしていると思っている。
だけど、きっとそれは違うのだと思う、だってそれならこんなに嬉しいと思うなんて無いわ。
「でもね、きっと私達以上に悪い人が居るわ、女を直ぐにその気にさせるような言葉を、簡単に言っちゃう悪い殿方が」
「うん……、私も今そう思ったわ、私達の気持ちを簡単に取ってた悪い男の人が居るわ」
そうして私達は悪戯をする前みたいに笑い合う、これから二人で人生を掛けた罠であの人を絡めとるのだ。
そんな幸せな作戦会議が楽しくない訳がない、二人とも笑顔が自然と零れてしまう。
その瞬間、ロミーナ義姉さんのちょっと困ったような笑顔が脳裏をかすめたような気がして、心に謝罪の言葉が浮かんできた。
やっぱり私じゃロリーエを良い子に育てるのは無理だったわ、まるで合わせ鏡みたいにロリーエは悪い所と愛する殿方が似てしまった、ロミーナ義理姉さんごめんなさい、私の失敗をどうか赦してください。




