第十五話 賊害
夢を見た、ただぼんやりと目の前の情景を見つめている……。
これが夢だと分かるのは一つ理由がある、こうやって見ている俺と、あちらで見つめられている自分の姿があるからだ。
森の先で、遠くで爆発したような煙が上がっている、暫くすると、ゲンゾンとレーミクが武器を手に取り走りだす。
準備でかなり遅れてしまったあちらの俺が彼らを追っていく、どうやら何か問題があったのだろう。
俺が先を見つめると、子供が失敗した猿の絵のような化け物が居た。
その後ろにも、豚の頭をもった人の体を持つ化け物がいる、そいつらが村に迫って来ている様だった。
俺たち三人は、村の外でそれを迎え撃つらしい。
多数の化け物が来る中で、ゲンゾンとレーミクは必死になって戦っている、俺は二人より弱いので、撃ち漏らした敵を叩いている。
そうしていると、しばらくしてゲンゾンが俺に何かを叫ぶ。
それを聞いたあちらの俺は村に向かって走りだすと、そのまま一人で戻っていった。
その先にある景色を確認しようとして、赤い色を見た瞬間、俺の視界は夢の風景から遠くなっていった……。
胸を焼く焦燥感に駆られ、意識が一気に覚醒して身体が飛び跳ねる。
息が荒くなり頭が痛い、一体あの夢は何だったのだろう?あの先に、一体何があったのだろう……。
真剣にさっきの夢を考えていると、ロリーエの調理の音が耳に聞こえてくる。
どうやら酒を飲み過ぎたのかもしれない、多分これは二日酔いで魘されたせいだろう、そんな風に、あの奇妙な夢に結論を付ける事にした。
俺は夢のせいで喉が渇いていたので、ロリーエに水を貰おうと彼女のいる台所で向かう。
「シュウゴが……、クシーナと一緒になるの……、すごい嬉しいはずなのに、どうしてこんなに苦しくて悲しいって思うんだろう……」
俺が少し覚束ない足取りで台所に向かうと、ロリーエは調理の手を止め一人何かを呟いていた。
「どうして……?私……、なんだか、おかしいよ……、教えて、おかあさん……」
彼女をびっくりさせないように声を掛けてから、顔を出したほうが良さそうだ。
「おはよう、ロリーエ、どうやら少し飲み過ぎたよ……」
「え?あ、シュ、シュウゴ?お、おはよう……」
「少し気分が悪いからよかったら水を一杯貰えるかな?」
どうやら考え事が口から漏れてた彼女は、珍しく慌てている。
「あのね……、さっきの私が言ってたの、聞いて……、た? 」
「いや、俺は何かを言ってるように聞こえたけど内容までは解らなかったよ」
あまり良くない時に声を掛けた様で、顔を真赤にしている。
「それに乙女の秘め事を無理に暴くほど、俺は野暮じゃないさ」
俺は彼女の頭を優しく撫でた、するといつものロリーエからは想像も出来ない、予想外の激しい反応をされてしまう。
「いや……!そんな子供扱いしないで!」
彼女の頭を撫でた俺の手が激しく振り払われて、虚空を舞う。
「私はもう……、そんなので喜ぶような子供じゃないの!」
そんな何時もと違う彼女に戸惑いを覚える、俺は訳が分からずただ呆然と彼女の顔を見つめる。
「あっ……、違うの、私、違うの、シュウゴが嫌いって意味じゃないの……」
「いや……、ちょっと驚いたけど大丈夫だよ、珍しいね、ロリーエがこんなにも怒るなんて」
「なんだか頭が真っ白になって……、ごめんなさい……」
「なにか今日は嫌なことがあったのかい?俺で良ければ相談に乗るから、よかったら言ってくれないか?」
彼女と視線を合わすために、傍にあった踏み台に腰を下ろす、ここ二日は色々と忙しく彼女とあまり話せていないような気がする。
その間に何か、俺への不満があったのかもしれない。
「シュウゴのせいじゃないわ……、きっと悪いのは私なの、ううん、きっとじゃなくて私が悪いの」
その不満が賢い少女に、短気な行動を起こさせているのだろう、俺はそう思っていた。
「なんだかね、昨日の夜からシュウゴの事を考えると、胸が痛くて、すっごく悲しくなって……」
前掛けの胸の辺りを右手で握りしめ、その翡翠の瞳から涙を零して痛みを訴えるロリーエ。
「なんだか私……、自分が自分じゃないみたいで、とっても苦しいの……」
涙を流す彼女を見たくないという感情だけで、その華奢な肩をそっと抱き締める。
「ごめん、俺はロリーエの気持ちを、きちんと解ってあげられない駄目男だけど、君が泣くのを放って置けるほど、脳天気にもなれないんだ」
この少女を苦しめる痛みの源泉は、何処にあるのかが解らない俺は、だだ情けなく彼女に問いかける。
「シュウゴ、ごめんね?私きっと、すっごく嫌な女になったんだと思う……」
「ロリーエが話せるようになったら、俺に話してくれないか?」
ロリーエの気持ちを知る為に、俺は出来るだけ優しく彼女に問いかける。
「だから……、こんな風な気持ちになるんだと思う、こんな自分が嫌なの……、嫌いなの……、だけど、止められないの……」
ロリーエが俺の手を振り解いて飛び出していく、訳が解らないまま取り残されそうになり、我に返って小さな背中に問いかける。
「まってくれ、ロリーエ!いったいどうしたんだ!?」
「いや!シュウゴ来ないで!こんな醜い私を貴方に見られたくないの!どうして分かってくれないの?!」
ロリーエは庭を飛び出して村の道をひたすら走っていく、俺はただ反射的に彼女の背中を追いかけた。
「なんでシュウゴは解ってくれないの?!私は!私は、こんなに苦しくて、切なくて、悲しいのに!」
彼女は悲痛な声でそれだけ叫ぶと、脇目も振らずに駆けて行く。
俺の足は二日酔いで言う事全く聞かず、そんなだらしない足で追いかけても、どんどん遠くなっていく。
ロリーエはそんな俺を無視して、クシーナの家の庭に飛び込んで、家の扉を激しく叩いてクシーナを呼ぶ。
「クシーナ!お願い!出てきて、私、クシーナの話が聞きたいの!
叫ぶように扉を叩くロリーエの背中に、鈍重な俺の脚がやっと追い付く。
「どうしても今、クシーナの話を聞きたいの!だからお願いクシーナ!」
ロリーエの必死な呼び掛けにクシーナが姿を表す。
俺の大事な女性は、昨日よりも美しくなったのではないだろうか?と場違いなことを考えてしまう程、朝日に照らされて優しく微笑む姿に愛おしさを覚える。
俺は彼女に恋をしているのだと心の底から彼女への思いが溢れてくる、そんな感情に自由を奪われていると、意を決したようにロリーエがクシーナに話しかける。
「クシーナ!あ……、あの……わ、私ね!クシーナに話があるの!」
彼女の小さな手はスカートを固く握りしめ、華奢な肩は小さく震えている。
「今、絶対話さないと後悔するって、私の心が言ってるの!だから、だから……」
「おはよう二人共。私、ロリーエは今日来ると思っていたわ……」
そう言ってロリーエを招き入れる。
「でも、少しだけ私が思ってたよりも早かったわ、さぁ、お入りなさい?」
俺も続いて入ろうとすると愛しい恋人は、一つため息を吐いて待ったをかけてくる。
「シュウゴは回れ右!ここからは女の戦争よ?殿方の出る幕はないわ!」
犬を追い払うかの様に俺に手を振るクシーナ、その態度の意図が解らず固まる。
「貴方、女の恋の争いを可愛いとか言いながら見れる性格、してないでしょう?」
「いや、元はといえば……」
「だ~か~ら、早く帰らないとゲンゾンみたいに禿げるわよ?ホント女同士の戦いって、すっごいんだからね?」
彼女が話す言葉に食い下がろうと、俺は言葉を重ねようとした。
「俺がロリーエを怒らせたんだし、話を……」
「ダメよ、それ以上言うのはダメ!その先は、私もロリーエも貴方がその先を言ったら絶対に許さないわ」
クシーナがはっきりとした口調で、明確な拒絶の言葉を言ってきた。
「これは他の誰でもない私達の問題よ?殿方は女同士が争ってても、堂々として待っててくれればいいの」
まっすぐに俺を見据えていた、彼女の視線が和らぐ。
「それで女同士の争いが終わったら、殿方は争っていた女達に同じように口付けをしてくれればいいの」
そして優しく微笑むと、なんでもない事だと言うような口調で続きを話す。
「これでお分かりでしょう?だからシュウゴは帰りなさい。大丈夫よ安心してて、私達は貴方に悪いようにしないわ」
「私も……、こんな醜い私を見て欲しくない、私、きっと、クシーナに酷いこととか、言っちゃう……、そう思うの……」
ロリーエもたどたどしく、涙に滲んだ声で俺の参加を拒否した。
「だからね……、こんな姿……、シュウゴにだけは、絶対……、見られたく、ない……」
朗々と語るクシーナと、涙声で訴えるロリーエ、二人の明確な拒否にこれ以上この場に俺が居ることは許されないと知った、だから自分の思いを一言だけ残して帰ることにする。
「わかったよ、じゃあ帰るよ。でも一言だけ言わせてくれ、俺にクシーナもロリーエも大事でそばに居て欲しいと思ってる」
「大丈夫、そんな事ちゃんと解ってるわよ、お馬鹿さん」
「うん……、ごめんね……、シュウゴ……」
二人の返事を聞いて、背中を向ける。
「それだけは忘れないで欲しい、それじゃ行くよ」
そうして俺は、クシーナの家から離れていく、きっと二人はお互いの言いたい事が解っているのだろう。
クシーナはロリーエの事をよく知っているように、その反対も同じだ、だからお互いの気持が解かるのだと思う。
俺は二人のことをまだまだ良く知らないから、そこに入るのは許されないのだろう。
一人で情けない思いを抱きながら、朝の道を歩いて帰る、今日は遅めの起床になったので久しぶりの寝坊だ。
遠くの地平にある朝日は、赤みのある光で大地に降り注いでいる、その光を浴びながら俺は一人で村の道を歩く。
冷えた朝の空気に、先程の汗が冷やされて寒気がする、これ以上、身体が冷えないように急いで戻ると、辿り着いた家の庭で渋い顔をしたゲンゾンが待っていた。
「どーやらロリーエに、なんかあったみてーだな?シュウゴ何があったんだ?」
「どうも俺と、クシーナが一緒になるのが問題らしいんだけど、なんだか様子がおかしくてね……」
俺が先程の事情を語ると彼は、額を手で覆ってしまう。
「クシーナが二人で話をすると言って、ロリーエもそれを望んだから二人にしてきた」
「ロリーエはロミーナに似たと思ったんだがなぁ……そういう暴走する所はクシーナそっくりだ……」
ゲンゾンは何かを納得して、その後諦めたような顔になった。
「シュウゴ……、お前はロリーエの恋心に火ぃつけたんだ……、もしもの時はちゃんと責任取れよ……」
「いきなり何を言ってるんだ!ロリーエはまだ子供だろ?お前どうしたんだよ?」
「もう今更だ、お前にやらんとは言わんが、流石に手を出すのはもう暫く勘弁してくれよ?」
彼の妙に納得した態度で語る姿に違和感を感じて、その意図を聞いてみる。
「手を出す?待てよ!何を言ってるんだゲンゾン!」
「ああ、いやな、昨日のロリーエの態度と今日の暴走、おんなじ様なのを一度見た事があってな……」
ゲンゾンは、苦笑いい浮かべて昔話をする。
「まぁ……、そん時はクシーナが暴走して、ロミーナんとこに突っ込んでいったんだよ……」
彼が語る話は今のクシーナから、全く想像がつかない姿に思える。
「クシーナは昔は俺にべったりで、どうもそれが初恋だったらしくてな、俺が結婚するって分かったら兄貴を取られて悔しくて、ロミーナんトコにそのまま突っ込んだのよ」
ゲンゾンは何か懐かしそうに、少し呆れたように話を続ける。
「あいつなんて言ったと思う?こう言ったんだとさ、私の大事な人を取らないでって、なぁ?今の状況そっくりだろ?」
「いやちょっと待て、ほら、ロリーエが俺の事を認めてないとか、そういう考えもあるだろう?」
その俺の苦しい言い訳を聞いて、ゲンゾンが大笑いをする。
「ブハハハハハハッ、諦めろ!諦めろ、シュウゴ、あの年でも女は女だぞ?それに俺はお前になら、やっても惜しかねぇよ」
「だからまだ子供だし、ロリーエの話を聞いてない内にそんなこと言うのは可笑しいぞ!」
そう、そんないきなり言われてもクシーナだって納得しな……い?まて、さっき彼女は争いが終わったら女「達」と複数形で言っていたぞ?
「諦めがわりーぞ?まぁ流石に俺もよ、二人共同じ男に持ってかれて片ぁつくとは思ってなかったがよ」
あ、これはなんだか嫌な予感がする。
「まぁお前ならロミーナも納得してくれるだろうさ」
「いや、クシーナだって……、そんな、いきなりで納得しないだろう?」
「バッカ!それこそあのクシーナだ、自分が苦しい思いしてたんだぞ?それを自分が一番大事にしているロリーエにさせるわけ無いだろ!」
「いや……」
それでも何か言おうとした俺を、ゲンゾンはぴしゃりと一言で沈黙させる。
「諦めろ。ちなみに俺はもう諦めたぞ!」
ゲンゾンは凄く遠い目をして諦めの言葉を言う、俺にもっと大きな絶望を投げつけながら。
「だけど、さっき言ったように手を出すのは先の話にしてくれ、俺もまだおじーちゃんだなんて呼ばてたかねーしな」
ゲンゾンはそんなとんでも無い事を言って、肩をすくめながら背中を向けて家に入る。
その背中を俺は見つめて呆然とする、ゲンゾン……、お前諦めるの早すぎだろう……。
そうして呆けていると、レーミクがこちらに向かってきた、どうやら入ってこない俺に痺れを切らして迎えに来たようだ。
「さぁシュウゴ様、外は寒うございます。風邪を召してはいけませんから私が温めて差し上げます」
昨日の事など何事もなかったように、俺の胸に飛び込み微笑むレーミク。
「食事の用意もできていますから、さぁ中へはいりましょう?」
どうやら彼女の機嫌は、もう治っているようだ。
「どうしたんだい?今日はやけに機嫌がいいね?」
「昨日は大人気無い態度で、大変失礼しました」
「いや俺は大丈夫だから気にしないでいいさ、それより昨日はなんだか悩んでた様だが、それが解決したのかい?」
「ええ、解決しました。と言いますか、あれは私の勘違いでした」
やはり女の機嫌は解らないな、それに妙に機嫌よすぎる気がして非常に怖い。
「考えてみればシュウゴ様がどのような選択をなさっても、私はずっと側に居ます、あの時に誓ったのです、死が二人を分かつまで側にいて離れませんから……」
そう言って彼女は楽しそうに微笑む、なのに背中に冷や汗が流れる。
「そう、最初からそうだったのに、私はそんな大事なことを忘れかけていました」
なんだか良く解らないが、レーミクが楽しそうに話しているのに、何故か胃が重くなる。
「そう、最初からそうなのですから、私が悩む必要なんて何処にもなかったのです、こんな事でシュウゴ様を煩わせるなんて従者失格でした」
彼女の蒼い瞳が濁ったように感じるのは、きっと俺が疲れているからで気のせいだと思う。
「シュウゴ様、こんな愚かな私を許してください、もし許せぬというのなら私に罰を与えて下さい」
ああ、今は元気なったことを喜ぶしか無い、きっとそれしか無い。
「い、いや、君が元気になったなら俺はそれで満足だ、さぁ朝食にしよう!朝食は一日の活力だからね!」
素早く家の中に入る、これ以上ここにいてはいけない、この話を続けてはいけないと、心の奥で何かが悲鳴を上げている。
その心の叫びに従うように素早く席についてゲンゾンに食事の挨拶をお願いする。
「ゲンゾン!遅くなったね、早速食事にしよう、俺は朝から走ったからとても腹が減っちゃってね!」
「あ、ああ、わかったぜ、じゃあ食事にしよう、糧を与える全ての物に感謝します」
そう彼が唱えた瞬間、森の方から大きな音が聞こえ、遅れてかすかな振動がやって来る。
「なんだ?今の?」
レーミクが素早く窓に向かい音の発生源を探る、俺も窓に近づいて外を見ると、門の遥か向こうの森の奥で煙が上がっているように見えた。
「やべえな、ありゃ、デカイのがいるかもしれん」
そんなゲンゾンの言葉を無視するように、レーミクは自分の寝泊まりしているロリーエの部屋へ駆けていく。
「シュウゴ、お前も武器はあるんだよな?俺は先に行く!お前も毛皮着て武器持ってこい!こんだけの音だ、村の連中も気が付いてるはずだ!」
それだけを言い残してゲンゾンも駆けていく、俺は訳が解らないまま槍と弓を持って毛皮を取りに裏の小屋へ向かう。
入れ違いで、毛皮を着込んだゲンゾンが剣と少盾を持って走って行った、その先には騎士剣と騎士盾をもったレーミクが居た。
彼女は増力の加護を発現させ、風のように疾走していく。
「やばい!俺も急がないと遅れてしまう!」
口に出しても緊張と焦りで、両手がうまく動かない、そして今の状況を俺はなぜか知っているような気がする。
なんとか毛皮を着込んで走りだし、二人の後を追う、きっともう二人は門の先まで辿り着いていることだろう。
寝起きから何も飲み食いしていないので喉が渇く、そんな体の悲鳴を気にせず只管走る、なにせ彼らがあれだけ慌てているのだ、なにか大変な事が起こったに違いない。
俺達と同様に飛び出してきたのであろう村人達と、一緒になって門にたどり着いて二人の姿をさした。
遥か先にある森と牧草地の境界辺りで、獣とは違う何かが動いているのが微かに見えた、すでにゲンゾンたちは戦闘を始めたようで、森の手前で剣を構え牽制をしているらしい。
俺も周りを注意しながら彼らの側に近づいていく、すると先ほど見えた何かの正体がはっきり見える。
それは予想通りの光景で、まるで失敗した猿の絵のような化け物と、豚の頭をもった人の体を持つ化け物がこちらに迫ってきていた。
予想通り?先程から俺は何を考えているんだ?俺はこの状況も、あの化け物を見るのも初めてのはずなのに何故か知っている気がする。
ようやく追いついたので槍を取り出す、するとゲンゾンが怒声を上げる。
「シュウゴ!こいつらは素早い!慣れてねーなら、柄の部分だけでぶん殴るか、ナタでたたっ斬れ!」
「あ、ああ!分かったそうするよ!」
あの時言われたように、俺は槍を分解して棍棒として使うために柄を持ち、腰にナタを下げておく。
「俺とシュウゴとレーミクさんで正面を受け持つ!みんなは女子供を神社に逃してくれ!門はいざって時のために一箇所だけ入れるようにして構えてくれ!」
後ろから来ていた村の人に向かって、ゲンゾンが指示を叫ぶ。
村の人達もそれに素直に従って各々作業に散らばる、そしてここにはあの時と同じで三人だけが残っている。
「シュウゴ!お前は撃ち漏らしを頼む、んで、余裕があれば弓で援護してくれ!」
そう言われてやっと思い出す、これは今朝の夢と同じ情景なのだ!ならば暫くはなにもないはずだ、そうと決まればさっきよりはマシに戦ってみせる!
何故か知らないが一度その姿を見たのもあって動揺が少ない。
その御蔭で身体が強張らずそれなりに戦える、ゲンゾンに迫る猿に狙いを絞り、その目玉に向かって矢の一撃を与える。
あの時のゲンゾンは二方向からの攻撃で両手が塞がっていた筈だ、これで優位に戦えるに違いない。
俺は必死に夢の内容を思い出す、全く訳が分からないが少なくともあの夢は正夢なのだろう、ならばこの状況は俺にとっては悪いものではない。
俺は棍棒になってしまった槍を振り回し猿達を牽制する、その間にゲンゾンたちは次に来る豚頭たちを相手して、手が空けばどちらかが来てくれる筈だ!
「うおおおおお!!」
正眼で構えて居た俺に一匹目の猿が飛び出してくる、俺の顔の高さまで飛ぶのは凄いと思うが解っているな怖くない!
そのまま突きを繰り出して無防備な口に、子鬼の歯を砕きながら堅木の棒を捩じこんでやる。
「どうした!俺はここだ!かかってこい!」
素早く構えを変えて上段に構える。
少しでも自分を大きく見せて奴らに威圧感を与えて萎縮させる、そしてしびれを切らした奴から頭を砕いてやる!
剣道は本格的には知らないでも、その型の意味くらいは知っている、だから聞き齧った様な僅かな知識を使ってでも、少しでも自分の優位を守るしかない!
今朝の夢では、俺が彼らの足を引っ張っていた、今度は足を引っ張らない様に少しでもまともに戦うんだ!
「うおおおおおお!かかってこい!お前らなんてこわかないぞぉぉぉお!!どうした俺が怖いのかぁ!」
そう思いながら、ひたすら牽制の意味を込めて声を上げた、大きな声はそれだけで威嚇になるし、同時に自分への鼓舞にもなる、ここで萎縮すればオレはこの化け物に囲まれて殺される。
「シュウゴ様!お待たせいました!」
大きな騎士盾を構えて彼女が群れに突っ込んでゆく。
増力の加護を得た騎士盾での全力の突撃に、猿の一匹が自動車事故にあったような音出して吹っ飛んでいく。
四肢は全部おかしな方向に曲がっているので恐らく即死だろう、彼女の登場に敵は完全に統制を失っている。
俺は容赦なく上段の構えから、余所見をする頭に棍棒をお見舞いしてやった、棍棒から骨を砕く感触と脳が潰れる感触が同時に手に伝わってくる。
「ぅっ……、ぅううううおおおおお!」
棍棒が正確に伝える嫌悪感や不快感を必死で飲み込む。
『こいつは人型だぞ?』 だからなんだ?!
俺の胸に湧き上がる形容しがたい何かを、必死に飲み込んで吠える。
『これは人によく似ているぞ?』 そんなことはない!
ここで怯むと自分だけじゃなく彼女まで巻き込んでしまう。
『お前は人もこうやって殺すのか?』 違う!これは人じゃない!
それを考えるのは後だ!こんなものは猪の頭を殴るのと同じだ!
『じゃあ何で二人も殺した?』 黙れ!こいつらは人じゃない!
そう考えて居ないと、別の思考が襲ってきそうになる。
『そうか人殺し、よかったなこれでお前は童貞卒業だ』
何処からか、声が聞こえたような気がしたが空耳だと割りきって戦いに集中する。
俺がここで崩れたら、側にいるゲンゾンやレーミクはもちろんの事、クシーナやロリーエだって危険な目に合うのかもしれない。
俺はもう失いたくはない、守ると決めたんだ。
決意で意識を集中させて、三匹目の脚を狙って横薙ぎに棍棒を振ると、風を切る音の後に粘着質な音と一緒に猿の身体が飛んでいく。
手に持つ棍棒にはどす黒い血のようなものがこびりついている、これが恐らく穢れなのだろう、レーミクも注意を払いながら戦っている。
「シュウゴ様!これをお持ち下さい!これは聖灰です、これで穢れを浄化することが出来ます!」
そういって投げられた聖灰を受け取り、落としたりしない様に懐に仕舞っておく。
「もし私達が怪我を負ったりしたら振りまいて下さい。傷口から汚れが入るのを防いでくれます!」
二人は強いので夢の中では怪我をすることがなかったが、夢の後はあるかもしれないので預かっておく。
そうして次の敵がくるまで、辺りを警戒する。
「お二人共、これをどうぞお水です、恐らく長丁場になります少しでも回復出来るように持ってきました」
「すまねぇ、俺も昨日の残りが少ししか無いから助かるぜ」
「俺はもう、喉がカラカラだよ……」
「シュウゴは水持ってきてないんだろ、もらっとけ」
みんなで順番に水を一口飲む、飲み過ぎると緊張が抜けて危ないそうなので、一口だけにする。
「って、もう次が来やがった。コイツはいよいよやべぇな」
「そうですね、これ以上数が増えるとシュウゴ様をお守りするのは難しいと思います」
どうやら俺の実力では、ここまでが限界のようだ。
「おい、シュウゴ、お前は下がれ!俺とレーミクさんも少しずつ下がる」
「村のほうで待っていただくほうが、私としても全力を出せます」
俺よりも、遥かに戦闘馴れしている二人がそう言うのだ、ここで無理してもその先にあるのは全員の危険だけで得るものはない。
「分かった、二人共無理をするなよ?」
なら悔しいがここは、素直に引くべきだろう。
「俺は村の避難が終わってるのを確認したら、こっちに応援を連れてくる!」
「良い判断だ、兄弟!それまで何とかやってるから早くしてくれよ?」
「シュウゴ様のお側が私の戻る場所です!それまで待っています!」
二人の言葉で、次の行動を確認して二人に背を向けた瞬間、俺達の頭上をやたらのんきな声が響いてくる。
「いっやあほおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!待ってろよおおおおお!俺のヒロイン候補ぉ~~~~!ハ~~~レ~~~ムさいこ~~~~~~~~!」
黒ずくめの若い男が、訳の分からない叫び声を上げながら恐ろしい早さで飛んで行く、その先はメルデ村しか無い。
「なんだか良く分からんが、あれはやべえ!シュウゴ急げ!アイツはおかしいぞ!」
「お気をつけてシュウゴ様!あのモノからは良からぬ気配を感じました」
「分かった!急いでみんなの所へ行ってくる!二人も気をつけてくれ!」
それだけを二人に言い残して、俺は振り返らずに一目散に村に走りだした。
この時、俺はアレの正体が何なのかすら気が付かなかった、予想すらしていなかった、そうやって見落とした為に俺はこの後支払う代償の大きさに、一生後悔をする事になることを知らなかった。
もしもこの時に戻れるとすれば、俺は奴を手に掛ける事について一欠の躊躇もしないとはっきりと言える様な事が、これから起こる事すら想像していなかった。




