第十二話 情念
吐き気を我慢しながら、なんとかズンケルさんとの会話を終えて、彼の執務室から逃げるようにして俺は廊下に出た。
懐に入っている望んでいたはずの金貨の重みは、俺の心を軽くすることもなく、その重み以上に心に深い澱みを生み出しているような気がする。
そんな状況に深い溜息が漏れ、帰宅の足取りは牛歩の歩みの様に重く遅い。
「どうしてこうなるんだろうな……、なぁ、どうしてだと思う?」
庭に出て目に入った、応えてくれるはずもないのに、あの大木に問い掛けた。彼は葉を落とした枝を風で僅かに揺らすだけで、何も応えてくれない。
「何を俺は馬鹿な事をやっているんだ、みんなが心配するから早く帰ろう……」
また一つ溜息を吐いて歩き出す、神社の宿泊所には今日の宿をここに決め荷物を降ろした人々が居るのだろう、賑やかなその声が俺の心をざらつかせる。
その楽しそうな声から逃げ出すように階段を駆け下りて、誰も歩いていない丘の麓に辿りつく。
「どうしてこんな子供みたいな情けない事、してるんだろうな……」
自分が嫌な気持ちだからって、周りが幸せそうだから逃げるなんてどうかしてる、こんな気分は今まで何度でもあった、なのに今日に限ってどうしてこんな風に心がざらつくのだろう。
「どうにか気分を変えてから戻らないと、みんなに心配をかけるよなぁ……、どうすべきかな……。」
悪いことをして家に帰れない子供ように戻るのを躊躇っていると、後ろから声をかけられる。
「あら、シュウゴじゃない、どうしたのかしら?」
誰彼時で顔は良く分からない、でもこの声はクシーナの声だと分かる、誰にも会いたくないと思っていた俺の心が声を出すことを拒否しそうになるが、それを抑えこみ、なんでもない声を出そうとする。
「ああ……、クシーナ……、こんばんは……」
失敗した、あぁ、これではどう考えても心配してくださいって言ってるようなものじゃないか、全くどうしてお前はこんな簡単な事ができないのだと、自己嫌悪に陥りそうになる。
「どうしたの?全然らしくないじゃない、なにか神社で酷い事、言われた……?」
クシーナの声は俺を労るような優しい声だった、堪らず全てをぶちまけて楽になりたいと心が揺れる、でもこれはズンケルさんとイエーナさんの過去に関わる問題だ、そんな事を撒き散らす訳にはいかない。
「いやね、ちょっと別件で悩み事が増えただけだよ、それで気持ちが少し沈んでただけさ、それにこれは簡単に誰にも言えることじゃないから、自分で考えるべきだと思う……」
だから俺はこの悩みを胸の内に隠してしまうことにした。
「ふ~ん、良く分からないけど、貴方うちにいらっしゃい、今の顔でゲンゾンたちと会いたくないって思ってるでしょ?だとしても貴方行く場所のアテないでしょ?だからうちにいらっしゃいな」
彼女に見透かされた俺は言われるがままに引っ張られる、クシーナの強引さが今はとてもありがたい。
「シュウゴ、私は寒いからもっとくっつきなさい!それとこんな美女が、くっついてこいって言ってるんだから、もっと喜びなさい?じゃないと怒るわよ?」
そんな可愛らしい我が儘に少しだけ癒やされた、一人であのまま悩んで居ても、きっと良からぬ方へ思考の舵を切ってしまう所だっただろう。
「全く……、君はいつも強引だね、でもありがとう。少しだけ気が楽になったよ、クシーナのお陰だ」
「だ~か~ら~、そういう女をその気にさせるような台詞はダメだって言ったはずよ~?全く教えがいのない生徒だわ、貴方って」
そう言って彼女はクスクス笑う、俺は確かに教え甲斐の無い生徒だろう、こうしてすぐに忘れてしまって悩んでしまう。
「うちでお茶の一つでも飲んで、落ち着いてから帰んなさいな、そうした方がいいわ」
今の俺はきっとあまりいい顔を出来ていない、だからこそクシーナはそう言ってくれるのだろう。
「ここは田舎だからそういうお店もないし、そういう時は人の家に行くの、それで友達に愚痴を言ってすっきりするのが普通なのよ?」
「そうなのか、また一つクシーナ先生に教えてもらったね」
軽口を聞けるくらいには痩せ我慢を出来るようになったらしいと、自然と口から出た言葉に俺はそう感じた。
「ふふん、そう思うなら、少しは言うことをちゃんと聞いて覚えることね、そうじゃないと折檻しちゃうわよ~?教鞭でこんな感じでペチペチ!ってね」
クシーナは言いながら俺の手の甲を手で叩く、今のは全く痛くはないけど教鞭で叩かれたら痛いだろうなと、考えている内に彼女の家にたどり着いて、彼女に連れられ家の中に招かれた。
「ちょっと待ってね、今明かりを付けるわ」
彼女は言いながら手慣れた様子で明かりを灯す、仄暗い部屋をランプの柔らかい光で満たされて、彼女の顔がはっきりと見えると、両手を腰に手を当てて俺に言い放つ。
「シュウゴ、そこにおすわりね、私はお茶を入れてくるわ、美女の家だからってはしゃいで色々覗いたり触ったりして、おイタはしないようにね?」
一体、彼女の中では俺はどういう扱いなのかと思う、随分と酷い台詞を残して厨房に去って行ってく。
「これも彼女なりの気遣い、なのかな?全く彼女には敵わないな……」
そう独りごちる、それでも気分は彼女と合う前とは随分違っていて、クシーナの行動に感謝しか無いのだから、なお恐ろしいような気がする。
「それとも俺が単純なだけなのかな?まぁ、いつまでも悩むような事ではないとは思うし、ここは切り替えておくべきなんだろうな」
相変わらず心には澱が残っているし、悩みは全く解決していない、それでも起こった出来事に対して考える程度には、心に余裕が出てきた。
「クシーナに少し聞いてみるか、ここではどういう考えが一般的なのかを聞いてみないと分からないし、判断材料が増えれば解決策も思いつくかもしれないしな」
そう思いながら彼女の部屋を見回す、彼女はあまり物を増やさない様にしているのか随分と殺風景な部屋だと思う、仕事場の雑然とした雰囲気とは違っているがどちらも彼女の姿なのだろう。仕事中は散らかす人って結構いるみたいだしな。
ぼんやり彼女の部屋を眺めて、そんな事を考えながら時間を潰していると、茶器をお盆に乗せてクシーナが戻って来た。
「はい、取り敢えずお茶ね、お菓子はご飯の前だろうし出すのをやめたわ、それじゃ貴方になにがあったのか話せる所は話しなさいな、話せない所は無理に言わなくてもいいわ」
彼女は俺にそう言って自分も席にながら話しかけ、言い切ると静かにカップに目を落としたクシーナにゆっくりと口を開く。
「かなり意外な事を言われて、それは俺にとってはあまりに奇妙な事で納得が出来ない話で、でも理解は出来る内容で、だからこそどうするべきかを悩んでいるって所かな……」
「なるほど、納得できなくて理解は出来る、頭では分かっても心が嫌がるのね、そういう話って多々あるとは思うけど、だからって無理に納得するのは辛いことね」
彼女は俺の意見を聞いて肯定する。自分と同意見を聞いて少し気が楽になる。
「それを解決するのに少し質問をしたい、分かる部分だけでも教えてくれないか?」
先ほど考えていた事を彼女に頼んでみる。
「ええ、いいわよ、私で教えれることなら答えてあげるわ」
そう言って彼女が微笑む、俺は最初の質問を彼女にぶつける。
「この世界では、夫を亡くした女性が子供を作る方法ってあるのか?あるとしたらどんな方法がある?」
俺はここが一番気になっていた、もし一般的な方法があるとしたら、それはどんな方法なのかを知って、ズンケルさんが言ってきた事と、どう違うのかを考えたいのだ。
「いきなりすごい質問を独身の私にぶつけてきたわね、まぁいいわ約束したし答えてあげるわ」
彼女が呆れるように答えてくる、どうやら随分と失礼な質問をしたようだ、でもこれを聞かないと解決しない。
「そうね~、まずは相手を見つけて結婚する、次は自分の知り合いに種を貰う、あとは街で娼婦になるくらいかしらね」
どうやらズンケルさんは二つ目の方法を選んだようだ、確かに一つ目が叶わないのなら二つ目しか無いだろう、三つ目は恐らく最終の手段としか思えない。
「一つ目は当然の手段よね、でも中々厳しいと思うわ、だって年齢にもよるけど周りの男は大体連れ合いがいるし、それに未婚の若い娘を優先するのが普通だもの」
「そういうものなのか……、でもお互い亡くした者同士なら問題はないだろう?」
「そうね、でもその殿方が結婚した奥さんの親類に妹とか下の年齢の女がいるなら、そちらが後妻になるわ、結婚は家同士の繋がりもあるのだから」
家の繋がりは少し予想外だったが、この世界ではそういう事を考える部分はあるようだ。
「もし再婚が出来る場合を考えるなら、仮に結婚している姉が亡くなって、妹も夫を亡くした状況なら、その姉の夫と妹の結婚なら十分にあるけど、姉と妹が反対だと若い未婚を優先するのもあるし、ちょっと難しいと思うわ」
男が少ない世の中だから、未婚の若い娘が優先されるのだろう、一回結婚出来たのだから遠慮しろという事なのか?随分寂しい世の中だと思ってしまう。
「じゃあ、二番目を教えて欲しい、こちらは何となくは想像がついているけどね」
「じゃあ、聞かなくていい、と思うのは私だけかしら?」
少しだけ俺の言葉を真似ねながら呆れるように両手を広げる彼女、それでもちゃんと説明してくれるようだ。
「まぁこれはおそらく貴方の予想通りよ、誰か自分の知り合いの殿方に抱かれる、亡くなった夫に操は立ててるけど子供が欲しい時はこうするわね、順番的には親類の夫、友人の夫、夫の父親になるでしょうね」
「どうしてその順番になるのか、教えてくれないか?」
「そうね、一番はさっきも言った家の関係で、二番はその次善策、三番はやっぱり親の年齢次第では殿方の方が難しい場合ってあるでしょう?」
そこも引っかかる所だ、ズンケルさんの話を考えると俺の優先度は三番以下のはずだ。
「まぁ例外として高貴な方のお情けを頂く場合ね、強い子が出来易いらしいし貰えるのなら最優先になるわ」
この言葉は先程のズンケルさんが言っていた事と繋がって居るのだろう、稀人の残した血がそうさせるのは間違いないらしい。
「それに高貴な方はそういう事をする義務があるっていうのも聞くわ、きっと国のためっていうのもあるんでしょうね、でも女の感情的には知っている人の方がいいし、親が誰と聞かれた時に答えやすい方がいいから、さっきの順番になるのよ」
「なんでだ?高貴な人の場合、言ってはいけないのか?」
話を聞いて疑問に思ったことを口にしてみる。
「当然よ、だってそんなことをしたらお家騒動なっちゃうわよ、だから基本的にお情けを頂いても許可がない限りは父親と言ってはいけないの、悪人に知られるとその子を利用して色んな問題が起きるわ、それは誰にとっても不幸でしかないでしょ?」
「なるほど、確かにそうかも知れないね、だとすると、そういう子は随分可愛そうだと思うよ」
自分の親が解らないなんて、俺の考えでは悲しいと思う。
「そういう子は稀人様の子って言われるの、昔ね多くの後家に子供を授けてくれた稀人様が居たらしくて、その話がお伽話で語られているの、だからあんまり気しない子が殆どよ」
それはきっとズンケルさんが言っていた世界的生存戦略の一貫なのだろう、子供も自分を親無しと卑下せずに済むし、稀人の子といえば英雄の子だから胸を張って生きられるのだろう。
「それでもやっぱり少し悲しいと思うね」
「そう?稀人様の子って結構いるわよ?だから稀人は英雄色を好むって思う人もいるから、せいぜい貴方も襲われないように頑張りなさい」
ああ、そういう風に結論が付くのか、まぁ昔の日本人は性に大らかだったと文献にもあるし、きっと先人が頑張ったんだろう、その考え方はこちらの世界の考え方にも一致するだろうし。
「それじゃ、最後のを話すわよ?これはかなり特別というか変わり種ね、家族が居なくて友人にも頼みたくない人、後は夫を亡くして人肌が恋しい人、後は種を貰っても中々身籠る事ができない人なんかが最終手段でやるみたい」
「そこまでして子供が欲しいと言われると、少し不思議な感覚だ」
「これは他にも何か理由があるのかもしれないけど、残念ながらあんまり知らないわ、まぁ未婚の女性もする人はするけどね」
金の為ではないのか?俺が知っているああいう商売の女性は、金が稼げるからそういうことをしてると言っていた。
「やっぱり自分を見送ってくれる人が居ないって言うのは、寂しいじゃない?だから子供を欲しいっていうのは当然だと思うわ」
こういう話はなんだか不思議な感覚だ。
「呪い師でも弟子をとって擬似的な親子関係を持つのだし、当然だとは思うけど?」
「なるほどなぁ、俺の世界では娼婦といえば大体お金が欲しくてやっているって事が多くてね、それであんまり理解が出来なかったんだ」
俺の発言に彼女は驚きと興奮で、大声を上げながら食卓を叩いて身を寄りだして詰め寄ってくる、カップが激しい振動で音を立てて倒れて中身が零れる。
「貴方の世界の人ってお金のためにそんな事をするの?あり得ないわ!そんなの生まれてきた子供が可愛そうだわ!」
「落ち着いてくれクシーナ、男が多いから余った男はそういう女性にお金を払って相手をしてもらうことがあるんだよ」
「出来た子供はどうするのよ!もしかして捨てるの?」
「子供は出来ないようにしてやっているんだ、薬とか道具を使って、俺達の世界はそうやって人口を調整する方法があるんだよ」
彼女の常識では俺達の世界は随分と醜い世界に思えるだろう、こちらの世界は子供を欲しくて仕方なくやっている行為が俺達の世界では、快楽と金のためだ、逆の立場なら到底理解できないだろう。
「そんなの神様への冒涜だわ!貴方の世界っておかしいわよ!だってそんなの悲しすぎるじゃない!どうしてそうなるのよ、欲望を満たすために子供が邪魔だなんておかしいわ……」
そう言って彼女は泣き出してしまう、俺は自分が知っている部分を語るしか無かった。
「俺もそう思う、けど俺達の世界は男が多いから、そういう商売も必要とされていたんだよ、やはり男は女を抱くと満たされるからね」
俺達の世界は元々男がわずかに多い、なので娼婦というのは昔から存在していた、それは最古の商売と言われている程、人類の歴史と寄り添っている。
「それに俺の生きている時代では、お金を沢山稼げる男にしか多くの女性が興味を向けなくなった、男が余ってるから男の欲望を処理するために歪になったんだと思う……」
日本でも江戸時代には、都会では女性が少ないから結婚できる男は少なかった、そのため風俗産業が盛んになったのだ、そのシステムは現代まで脈々と受け継がれ現代も欲望を調整している。
「そんな薄汚れた世界から来た俺は、そこまで純粋に子供が欲しいって気持ちが理解できなかったんだ、こんな質問を君にしたのは俺が悪かった、だから泣かないでくれクシーナ……」
自らの不得を謝り、やはりこんな質問はするべきでは無かったと己の愚行を恥じていると、彼女は涙を拭いて俺の顔を見る。
「ごめんねシュウゴ、なんだか貴方の世界の話を聞いて感情が溢れたみたい、だからちょっと私の話を聞いてくれる?私の過去の話よ……」
俺は黙って頷く事しか出来ない。そんな俺に彼女は心の痛みを投げ掛ける。
「私はね、もう子供を作る事が出来ないのよ……、だからそんな風にお金の為にそんな事が出来る女の人が羨ましいわ……」
そう言って彼女は自虐的な笑顔を浮かべる、クシーナの琥珀色の瞳は何も映さないままで虚ろに虚空を見つめるだけだ。
「きっと彼女達は要らないでしょうけど、どうやっても子供が出来ない私には、とても羨ましいし、妬ましい、もしそんな人達と会ったら、きっと私は自分を止められないわ!」
怒りと憎しみと嫉妬と諦観が彼女の瞳を濁らせ、絶望が心を傷つける。
「魔物に襲われて呪を植え付けられて!私の腹はもう子供を孕むことが出来なくなったわ!それに私自身も腹に封印を施している!そんな産めない女に、誰の側にも居れない女には貴方の世界は残酷過ぎるっ!」
そんなクシーナの悲痛な訴えに、俺は何も答える事が出来ずにただ黙りこんでしまう、彼女の見せた苦悩と激情になんの答を持ち合わせていなかった。
「ねぇ!どうしてよ!何で私なの?教えてよ……、シュウゴ、ねぇ何で私だけ……、殿方を愛することも……、愛される事も、許されないのよぉ……」
崩れるように彼女の力が抜ける、虚空を見つめるクシーナのとても痛々しい姿が目に映る、俺は耐え切れず彼女の傍に駆け寄って、気が付けばその弱々しく震える肩を抱き締めていた。
「本当にゴメン……、俺の愚かな質問がクシーナを傷つけた……、でも俺は君に泣いて欲しくないんだ……、俺が出来る事ならなんでもする、だから泣かないでくれクシーナ……」
彼女の華奢な肩が小さく震え、彼女の心の驚きを俺の腕に伝えてくる、彼女の痛みの深さは解らない、きっと男の俺は理解出来ないのかもしれない、それでもこんな風に抜け殻の様な姿でに泣く彼女を見たくはない。
「シュウゴ、ダメよ、私言ったでしょ?女をその気にさせるような事を言っちゃダメだって……」
だからせめて彼女の涙が止まる様に、俺の出来る事をしたいと心から思い、その気持を伝える。
「じゃないと私はね、馬鹿だからきっと自分の体の事を忘れたふりをして、全部を見ない振りをして、貴方に恋をしてしまうわ、だから、そんな愚かな女に優しくしないで……」
クシーナは俺の腕から逃れようと弱々しく身を捩る、ここで離してしまえば彼女が居なくなってしまう、そんな確信めいた予感が俺にクシーナを離すなと叫んでいる。
「君は賢くて強いひとだって俺は知ってるし、そんな君を俺は素敵だと思う、だから俺は君に惚れてもらえるなら構わない、むしろ嬉しく思うよ」
だから俺は彼女を離さない、絶対に離しはしない。
「それに知っての通り俺は稀人だよ?呪いなんて効かないんだ、だとしたら、俺に君が遠慮する必要なんて、何も無いんだよ」
暫くそうしていると、俺の腕の中でクシーナは抵抗を止めて大人しくなった。
「貴方って、やっぱりお馬鹿さんだわ……、私がこんなに言っているのにそんな言葉をいっちゃうなんて……、私は重くて我が儘で酷い女なのに、そんな甘い言葉を言われたら我慢できるはず無いじゃない、ホントに馬鹿なんだから……」
クシーナは諦めたような嬉しそうな声で俺にお説教をする、そんな彼女に男の本懐として思いを伝える
「仕方ないだろう?俺は男なんだ、美女の涙を止めるなら必死になってなんでもするさ、それが男ってもんだと俺は思ってるよ」
「じゃあ、そんな優しい殿方にお願いがあるわ、この馬鹿で重たくて、我が儘な酷い女に口づけを、してくださる?私の為になんでもしてくれるのでしょう?」
そう言って、俺に女性的な柔らかさを持つ身を委ねる、胡桃色の髪がほのかに甘い香りを鼻孔に届け、その香りは俺の理性を焼き切ろうと脳内に刺激を与えてきた。
「私は今、貴方にそうされたいの、心の底からそうされたいって、思いが溢れているの!だから受け止めてよシュウゴ……」
彼女は瞳を閉じて顎を少しだけ上げて、目に映る健康的で柔らかそうな唇が、早く早くとねだってみせる。
「分かったよ、俺はあんまり上手じゃないから、後で下手くそって、文句を言っても知らないぞ?」
軽口を叩いて覚悟を決める、そういえばキスなんて学生の頃に数回したのが最後だ、本当に久しぶりすぎて緊張して失敗しそうだな、心臓の音が沈黙した部屋に鳴り響いてうるさすぎるぞ。
通りすぎてしまった昔を思い出し、彼女と唇を重ねた、優しく唇が微かに重なるだけの幼稚な口づけは、情けない俺が出来る精一杯の口づけだ。
「クシーナ、口付けを、したよ……。これで、いいかい?」
出来の悪いロボット音声のような言葉を何とか吐き出し、恥ずかしさのせいで顔を真赤にしながらクシーナに採点をお願いする。
これはどう考えても赤点を出されるだろうが、こんな柔らかくていい香りに包まれた魅力に溢れた彼女に上手なキスが出来るなら、どう考えても俺はもっと女性にモテていただろう。
「ふふっ……、やっぱりシュウゴってお馬鹿さんね……、こんな挨拶みたい口付けで私みたいな女が納得出来ると思っているの?」
彼女は両手を俺の首に手を回し自分の元へ引き寄せてしまう、俺はそんな彼女に逆らう気も起きずに、ただ為すがまま引き寄せられる。
「そんなお馬鹿さんな殿方は、重たい女の情念で絡みとってあげるわ……」
クシーナの情熱的で激しい口付けは、さっき俺が彼女にした幼稚なキスとは全く違っていた、そんな大人の女の色気を感じさせる深く甘い蕩けるような口付けを、彼女が満足するまで続けたのであった。




