第十一話 丘の上
クシーナ先生による授業の後は、彼女ご自慢の特製ハーブティと、それに合う素朴な焼き菓子をご馳走になった。二人で穏やかな時間を過ごして、心と腹を満たした。
俺は足取り軽く神社への道を歩いて行く、遠くに見える山々は日々少しずつその装いを真冬の物に変えていく、ゲンゾンと初めて見た景色よりその雪化粧は深くなっていた。
山から降りる風が俺の頬を冷たく撫でるが、さっき腹に入れたハーブティのお陰で体が温かいから心地良い、クシーナの気遣いにそっともう一度感謝する。
「しかし、返済計画もまだ立っていないお金の無心なんて、俺も随分図太くなったものだと思えるよ」
一人で歩く道すがら呟く、あちらに居た頃ならこんな無謀は恐ろしくて出来なかったろう。
だけど、なんとかなると考えるのは、きっとみんなが希望を与えてくれたからだ。
「人はいくつになっても変わる事が出来る、か。じいちゃんに言われた時はイマイチ理解出来なかったけど、今ならよく理解出来る気がするな」
過去に聞いた祖父の言葉を思い出して考えながら、神社が立つ人工の丘の麓と空堀を繋ぐ小さな橋に辿り着いく。
少し急な階段を登った先の大きな門を通り過ぎた先に、木と石で作られた建物が佇んでいる、俺の目に目に映る姿は神社という言葉で思い浮かべる物からは少し遠い、それでも素朴で厳然な佇まいは確かに神の住まう場所だと俺に訴えてくる。
「遠くからしか眺めたことはないけど、俺が神社って言葉から思い浮かべる物と違うな、それに教会や仏閣とも違う、でも確かに神聖さを感じるから不思議だ」
質素な木と石組みで出来た僅かに苔生した姿はキリスト教の教会ほど派手さはないし、あちらの世界の神社の様に朱色の鳥居も無い、俺の集落にあった神社によく似た素朴さがそう思わせているのだろうか?
「あら?初めて見る方ですね、旅の方ですか?参拝にまいられたのでしょうか、それともなにか御用で?」
そうやって建物を眺めていると後ろから柔らかい女性の声を掛けられた、墨染めの神官服に白い前掛けをした小豆色の髪を肩の辺りで切りそろえた女性、背の高さはレーミクと同じ位で、恐らく年は二十代後半に見える。
どこか安心させるような母性的な丸みを帯びた姿で、泣き黒子が良く似合う愛嬌ある笑顔を浮かべている。
「いえ、ズンケルさんに用がありまして参りました、私はシュウゴと申します、ズンケルさんはいらっしゃいますか?」
「ああ、貴方がシュウゴ様でしたのね、申し遅れました私は救護の位を頂いているイエーナです。どうぞ良しなに」
深々と頭を下げる彼女、俺はそこまで頭を下げられた事はそうはない、恐らく彼女も俺が稀人だと知っているのだろう。
「ええ、よろしくお願いします、早速で申し訳ないんですが、ズンケルさんにお取次をお願いできますか?」
「はい解りました、ではご案内しますね、こちらにいらして下さいな」
彼女は笑顔でそう応え案内をしてくれたのだが、なんというか彼女の後ろ姿はどうにも目に毒だ、歩く度に女性らしい丸みのある線に合わせ、神官服が揺らめいて妙に艶かしい。
ロリーエやレーミクとは違う大人の女性の持つ色気が彼女から溢れている様だ……、などと、こんな下品な事を考えてしまうのは、やはり溜まっている所為かもしれない。
自らに沸いた邪念を振り払いながら彼女の背中を追って、静かな境内を建物に向かいながら歩き、ふと庭にある神社の壁よりはるかに高い木が目に留まる。
その堂々とした姿に目を奪われ、いつからこの村を見下ろしていたのだろうと思って眺めてしまう。
「気になりますか?あの木はこの神社が建立された日に植えられたそうです、ですからニ百年以上はそこに立っていますわ」
どうやら俺の歩みが遅くなったのを察したのか、彼女が振り向いて話してくれる。
「そうでしたか、俺はあんな立派な木をあまり見た事がないもので、つい見惚れてしまいました」
「神社には必ず同じ年月を過ごした木がありますの、中には千年以上を共に過ごした木もあるんですよ、そういう木には精霊が宿ります。この木は残念ですけど若いから宿していませんけどね」
こんな立派な木を若いと言うほど、この世界には古老な大樹が多くあるのだろう、そう考えるとそんな木をこの目で眺めてみたいと欲が沸く、いつかきっと見に行こう。
「ふふっ、シュウゴ様は随分熱心に木を見つめられるのですね、てっきり女の後姿の方がお好きなのかと思っていましたわ」
どうやら、俺の邪な視線は彼女にバレていたようだ。そう言われて先程までの自分が物凄く恥ずかしくなる。
「そうして殿方に見られるのは嫌いではありませんけど、やはりあんなに熱心に見られると女としては嬉しくても……、やっぱり恥ずかしいですわ」
彼女がそういって上品に俺をたしなめる、あんな風に女性の姿を見るのは確かに失礼だろう。素直に謝っておこう。
「申し訳ない、あまりに魅力的だったので、お恥ずかしい……」
「あら、そう素直に殿方に謝られてしまうと、はいとしか言えませんわね?褒めて頂きありがとうざいます」
ここに来る前からだけど、やはり男は女性には敵わないのかもしれないな、そんな事を思いながら気持ちを入れ替えて邪念を追い払い、彼女の案内でズンケルさんの待つ部屋まで歩を進める。
「ズンケル様、シュウゴ様がお見えです」
一番奥にある部屋の前でイエーナさんが声をかけると、直ぐにズンケルさんが姿を現して俺に声を掛けてくる。
「ようこそシュウゴ殿。ささ、どうぞお入りくだされ。イエーナよ、お茶をお願いできるかな?」
そう言って彼に招き入れられる、立派な机と沢山の本棚に囲まれた、それほど大きくはないが時代を感じる落ち着きのある部屋だ。
華美な装飾はないがその作りから質の良さが分かる室内は調度の数々にも品の良さを感じる、素直に趣味のいい部屋だ、部屋の一角に切り取られた窓から先ほど見上げた大木の幹が見えるのも、俺的にはいいと思う。
「はい、それでは失礼します、今日はお時間を頂いてすいません」
「なんのなんの、ワシはそこまで忙しくは無いのでお気に召さずに、さぁこんな狭く何も大した物がない部屋ですが、ゆるりとしてくだされ」
ズンケルさんはそう言いながら席を勧めてくれる、勧められた席に腰を降ろしてから俺は今日の本題を口に出す。
「もしかするとレーミクから話を聞かれているかもしれないのですが、恥ずかしいお話で実はお金を少し用立ててもらえないかという相談に今日は来ました」
「ええ、聞いております、その件については実はワシの方から今日あたりに持って行こうかと思っていたのです」
どうやらズンケルさんの方でも動いてくれていたようだ、ありがたい話だ。
「それは俺にとっては渡りに船というか、ありがたい話です」
「いえいえ、人の世で生きるには金は必要なものです、それなのにあれだけ偉そうに言っておいて用意が遅れてしまったのを謝らねならぬ程ですよ、ご不便をお掛けしましたな」
そういって頭をさげるズンケルさん、お金を借りる側にすれば逆に申し訳なってしまう。
「いやいや!ズンケルさんが頭下げる必要なんて何処にもありません、むしろ用立てて頂けるだけでも俺が頭を下げる話です!」
「そう言って頂けると助かりますな、ではこちらに大金貨一枚分用意しました、どうぞお持ちくだされ」
大金貨と言うのは金貨十枚の価値がある、金貨は大銀貨十枚の価値があるので俺が頼んだ小刀が百本が買える金だ。
腕の良い猟師であるゲンゾンの年の稼ぎが大金貨で二枚から三枚程度らしいので、十分大金と言える金額だ。
「すいませんな、田舎ゆえこの程度の金子を用意するのに時間がかかりました、またご入用になれば用意しますので、そのような時は早めに言ってくださるとありがたいです」
「いやいや!こんな大金は受け取れませんよ!?俺は精々金貨1枚もあれば十分ですよ、それも返すのに時間をもらおうと思ってたくらいですし……」
ズンケルさんは、申し訳なさそうに言ってきたが、俺には手に余る大金だ、こんなの渡されても正直困る、返せる気がしない。
「はっはっはっ、その金子は返す必要などありませんぞ、それはもうシュウゴ殿に差し上げたのです、大社から必要なだけ用立てる様に言われておりますからな、むしろ少すぎる程ですぞ?」
そういって笑うズンケルさん、これは小市民な俺には理解が出来ない。
「我らの希望たる稀人に金子をケチる様な真似は出来ませんな、そんな事をして怪我でもされては困りますでな、最高の防具と武器を用意せねばいけませぬ、その金子程度では到底足りるものではないのですよ」
確かにそうかもしれないが、この村で使うには多すぎる金額だと思う、それに俺には過ぎた大金だ。
「それに、いつまでもゲンゾンの家に間借りとも行きますまい、屋敷も用意せねばなりませんし旅に出て頂く事もありますのでその分の費用も必要でしょう、なので少すぎると申しておるのですよ」
「そう言われれば、確かに少ないと言えるかもしれませんが……」
そう言ってもまだゲンゾンの家を出る予定も旅に出る予定もない、精々当面の防具を買いに近場の街に行くべきかと考えている程度だ。
「まぁ納得できぬとおっしゃるのであればレーミク殿に預けておけばいいでしょう、彼女であれば必要な時に必要なだけ渡してくれるでしょう」
「確かにそれなら俺がそのまま受け取るよりは、神社の方のお金であるとは感じる事が出来ますが……」
そう、問題点はそういう事では無いのだ、己に対してこんな大金をあっさり用意された事に驚きと、申し訳無さを感じて俺が戸惑っていると、お茶を持ってきてくれたのだろうイエーナさんの声が聞こえてくる。
「お茶をお持ちしました、失礼しますね」
「ああ、すまんのう、イエーナ。ささ、彼女のお茶は中々のものですぞ?どうぞシュウゴ殿、先ずは落ち着くためにも飲まれた方が良いでしょう」
彼女が入れてくれたお茶を手元に置いてくれる、柔らかな芳香が鼻孔にゆっくり広がっていく。
「シュウゴ様どうぞ、これでも私はお茶を淹れる腕前はここで一番だと思っていますのよ?まぁ私ともう一人しかいませんけどね」
そう言って笑う彼女、レーミクとは少し違うが彼女の髪もいい香りがする、いかんまた邪念が湧いてきそうだ、それを振り払うためにもお茶を頂こう。
「これは……、たしかに美味い、これは素晴らしいなんとも癒やされる、ありがとうございます」
「そうでしょう、彼女は大社で修行をしたこともあるので、レーミク殿にも引けを取るものではありません、彼女の淹れたのを飲んだら下手なお茶が飲めなくなりますからな、ハハハッ」
「あら、ズンケル様、今日は随分私の事を持ち上げますのね、後で何を言われるかが怖いですわ」
彼女はそう言って笑う、どうも彼女の登場で場の空気が変わってしまった。
「ハハハ、ワシは思ったことを言ってるだけじゃよ、イエーナよ、この発言に何も裏など無いぞ?」
「そうでしたら、良いんですけどねぇ……、ではシュウゴ様、失礼致しますね」
言い残してイエーナさんが退室していった、なんだか二人は仲が良いらしい。
同じ仕事をする仲間だからその方が良いが、それだけでは無い様にも見える、だが俺が口を挟む事では無いだろうし、ズンケルさんに意識を戻しておこう。
「では話を戻しましょうかの、まぁその金子は必要以外はレーミク殿に預けてくだされ、それでもそれはシュウゴ様の必要な物で御身の為の金子です、遠慮はせずに使って頂く様にお願いしますぞ?」
「……、解りました有り難く頂戴します、ですが根が小心者なのでご期待に応える様な遣い方を出来るかは分かりません、そこはご容赦ください」
「ふむ、まぁ浪費に使うより好感が持てると言えますな、あとは他になにかお困り事はありますかな?」
そう言って話題を変えてくる、困っている事といえば俺は槍術の嗜みが無いので、槍の使い方を教えてくれる人を紹介して貰う位か。
「そうですね、槍を教えてくれる方が居れば紹介して頂けると嬉しいですね、せめて何か参考になる本があれば貸していただきたい」
「なるほど槍ですか……、そうですな、一人いますがその者は大社の方におりますので暫く時間を頂きますがレーミク殿と同じ巫女の者です、良い腕前の持ち主で、人に教えるのも中々上手いと聞いておりますゆえ、シュウゴ殿のご期待に応えれると思いますぞ?」
それは助かるがまた女性か……、本当に男が少ないのだろう、男同士の方が楽な部分が多いので出来れば男性を……、と望んでしまうのはやはり贅沢なのだろうな。
「解りました、よろしくお願いします、後は精々町に行って何か鎧でも用意したいと思っている程度ですかね」
「そこはレーミク殿に聞けば良くしてくれるでしょう、下手にワシが口を挟むとレーミク殿に恨まれそうですしな」
楽しそうに声を上げて笑うズンケルさん、この人って意外とお茶目だよな、どうも俺が悩んだりするのを少し楽しんでいるフシがあるように見えるけど。
「ああ、そういえば、もしレーミク殿に手を出すのなら部屋を用意しますので、いつでも言ってくだされ、さすがにゲンゾンの家では手も出しにくいでしょうしな」
そんな事を考えていたら、ズンケルさんは好々爺の笑顔のままで、特大の爆弾を投げつけてくるので、口に含んだお茶を吹きそうになってしまった。
「な、なにをいきなりいっているんですか?そんな、彼女にそんなコトする訳が無いじゃないですか!」
「ふむ、実はレーミク殿から相談を受けておるのですよ、シュウゴ殿が毎朝起きると辛そうだと」
ああ、これは絶対に楽しんでいる、現に悪戯が成功した顔だ、これは下手に焦ってしまうと墓穴を掘ってしまう、穴があったら入りたいが虎穴や墓穴は勘弁して欲しい。
「いや、俺と彼女では年が違いますしそういう風に見るのは少し厳しいですよ、彼女はまだ子供ですし、なので折角のご好意ですが遠慮しておきますよ……」
「ほう、年齢ですか、彼女も今年で16で初婚の娘はそれ位ですぞ?本人も随分と乗り気ですし、まったくもって問題はないかと思いますぞ?」
ああ、これは俺を手のひらで転がして遊んでるわ、どう答えれば逃げられるか考えないと、手痛い目にあうぞ。
「私の気持ちの問題です、私の国は二十歳で成人ですので、私にとっては子供ですよ。彼女がどうという訳では無いのです」
「ふむ、では年の近いイエーナはいかがですかな?あの子は後家ですので、そういうことも嫌がる事も無いでしょう、ワシの贔屓目抜きに十分魅力的だと思いますが?」
こんな風にこの場所で、今日初めてあった女性をそういう意味で薦められる日が来るとは思わなかった、ズンケルさんは何言ってるんだ?
「からかうのはよして下さい、彼女にも気持ちがあるでしょうし、そんな簡単に言わんで下さい!」
「いやいや、あの子も産まずに後家になってますので、それに子が欲しいと言っておりましたからな、妙案と思ったのですがお気に召しませぬか?」
この人は一体どうしたんだ?と言うか、さっきクシーナに怒られたばかりだよ、そうでなくてもそんな軽々しく出来るわけ無いだろう、なにかがおかしい。
「どうしたんですか?なんだかおかしいですよ、どうして俺にそこまで女性を薦めるんですか?何か意図でもあるんですか?もしこの金がそういう意味なのなら、お返しします」
「ふむ、どうやら気分を害してしまったようですな、それではお詫びに話ましょう、なぜこうも薦めるかと言いますと、それは稀人の血を残していただきたいというのがありますな」
どうやら本音を話してくれるようなので、黙って話を聞いてみる、流石にいきなり女を抱けと言われるのは怖い、それに精神的にも来るものがある、常識的な考えがあるなら早々乗れるものじゃない。
「稀人の子は呪いに強い、そういう血を持つ子供は巫女や宮司としての才能が有る子が多い、そうでなくても冒険者なら大成する者や、軍人としても素晴らしい結果を残しているのです」
彼は、先程の好々爺の顔を真剣な顔に変えて話を続ける。
「それに呪から国を守るために、王族や貴族などは定期的に稀人の血を入れるのですよ」
ズンケルさんが言っていることが正しいとしたら、防衛戦略的な意味で必要だと言っているのだろう。
「これは個人の感情の前に国家として、そして世界を守るためにも必要な事なのですが、シュウゴ殿にしてみれば我等の身勝手を押し付けられているも同然でしょう、だからこそ少しでもシュウゴ殿が楽しめる方が良いと思うのです」
先程までのズンケルさんの態度は、せめて俺に楽しんで欲しいと思っての事だったのか?それにしても酷い話だ、そうでもしないとこの世界は呪に抗う事が出来ないのか?
「そこまでは理解します、国家の大事となれば個人の感情は二の次というのも理解は出来ます」
そうだとしたら彼女たちは道具ではないか、もしそうであればそんな悲しいことは無いと思う。
「ですが彼女たちは道具ではないでしょう、そんな愛の無い無機質な虚しい行為なんて俺はしたいとは思えないのです」
こんな事を言っているから、俺はきっと結婚できなかったのだろうと思うが、何も考えずに女を抱くなんていうのは勘弁願いたい。
「ですがイエーナに関してはワシの気持ちもあります、あの子の夫はワシの息子でした、あ奴は功に焦り、無理をして彼女に子も残さずに逝ってしまったのですよ」
ズンケルさんは、暗い表情で続きを吐き出す、俺はそれを黙って聞く。
「子を残せない女はこの世界では悲惨です……、誰に見取られるでもなく一人で死なねばならない。ワシはあの子に舅として申し訳ないのです……」
ズンケルさんはまるで罪を告白する罪人のように頭を垂れて額に両手を当てて震えている、
「そんな結果になってしまったことも、そんなワシを慕って、彼女がワシの世話を最後まで見ようとしている事も……」
きっと実の子のように見ているのだろう、そんな彼女に一人で生きていくという決意をさせた自分を許せないのだろう。
「どう言えばいいのか俺には分かりません、ですが、貴方は立派な人だと思います。少なくとも彼女がそうしても良いと思える程、立派な人ですよ」
「ワシは自分を慕う娘一人救えません、ですが、もしこの愚かな老いぼれを、いや!あの哀れな娘に一欠でも情がわいたなら、抱いてやって欲しいのです……」
そう言ってズンケルさんは地に額を擦り付ける、鬼気迫ると言うのが軽く聞こえる程、彼は必死に頭を下げる。
「我が愚息の業をシュウゴ殿に押し付けてしまうのは申し訳ないが、それでも……、それでもワシにはもう、シュウゴ殿にお縋りするしか無いのです!稀人に抱かれて子をなすと言うのならば、イエーナも納得します……」
そこにある家族の情が、この老人の後悔が、自分の息子への思いが、イエーナさんの幸せな未来を願う気持ちが、すべての感情がこの背中から溢れているように感じる。
「どうかっ……、どうかお願い致します、シュウゴ殿、お願いします、ワシに出来ることなら何でもしよう、もしも直ぐ死ねと言われても喜んでそうしよう、儂の全てを賭してでもお願い申し上げます!」
その純粋で悲しすぎる懇願に、俺はどう答えるべきなのか答に窮してしまう、これは俺の気持ちだけで蹴ってしまって良いものではないとは思う程に、この老人の願いは想いは重く深い、だが彼女の思いは?彼女自身を無視して決めて良いものではないはずだと思う。
「ズンケルさん……、どうか顔を上げて下さい、貴方の気持ちは痛いほど痛すぎるほど理解出来ました、ですが俺は彼女の気持ちも、貴方がそうまでする彼女の気持ちも考えてあげたいです、いえ考えるべきだと思います、ですからこの場では答られません」
そこで一度言葉を切る、ズンケルさんの視線と俺の視線がぶつかる、彼の瞳は諦めを知らぬ懇願の色を写している。そして俺は深く息をして決意をして口を開く。
「でも……、もし彼女がそれを望むなのなら、俺はそれに応えましょう、貴方の気持ちにも彼女の気持ちにも……」
俺はズンケルさんの懇願に耐え切れず言ってしまった……、言ってしまったのだ、この必死な老人のすべてを賭けた懇願に俺は負けたのだ。
この懇願を蹴り飛ばす程俺は非情にもなれないし、だからといって何も考えずに女を抱けるほど向こう見ずにもなれない。
「おぉ……、ありがとうございます、ありがとうございます……、それで、それだけで十分です……」
俺はただそんな情けない男だっただけだ、下らない自分が嫌になる……。
「それでワシは……、ワシは十分です、シュウゴ殿ありがとう、この哀れな年寄りの恥知らずな願いを聞き入れて頂いてありがとう……」
ズンケルさんは俺の手を取り、何度も何度も俺に感謝の言葉を言ってくる、俺はその言葉を耳にする度に心が重くなる。
ああ、自分が嫌になる、彼女が断ってくれないかと思っている自分が嫌になる、そしてこの人に希望を見せて、真逆を思う自分がもっと嫌になる、どうしてこうなってしまったのだろう。
俺の心を表すように、夕日に照らされたあの大樹だけが、部屋に昏い影を落としながら俺達のすれ違いを見つめているのだった……。




