第七話 身を守る物
村の中で得物を裸で持つのは、予想通りあまり褒められた行為でないとバルバさんから聞いたので、ルエルさんに借りた布で得物を隠して歩くことにした。
若い冒険者などは見栄を張る為か虚栄心か見せつける者もいるが、そういう者はやはり冒険者としても三流以下の者ばかりだそうだ。
「ようやく得物が手に入ったが、狩りに行くなら脛当てと防寒具それと腰毛皮位はいるな。靴は今履いてる登山靴で十分だし構えを変えれば篭手は無くても何とかはなりそうだ、だけど安全を考えれば欲しいところか」
欲しい物を考えた時に人の財布を宛てにする生活というのは胸と頭がが痛い、やはり早く稼ぎたいものだと痛感する。
「そうなると皮職人の所だな、きっと毛皮の供給元のゲンゾンに聞けば何とかなるとは思うけど、元手が無いからまずはズンケルさんに相談して無心をするしかないか……」
少しだけでも前に進んでるので気分は前向きになった、まぁ未だに色んな人におんぶに抱っこなので情けない限りだけど、この世界で生きていく為に考えを巡らせる。
狩りをするなら体を道具に馴染ませる必要があるが、生活の資金は狩りが出来ればなんとかなるだろう、せめて自分の食い扶持程度は何とかしたいと前向きに先の事を考えながら村を歩いて行く。
道すがらすれ違った村人に挨拶をしながら思うのは男性の少なさだ、先程から女性か子供ばかりで成人男性が一人も居ない、こうして歩くと言葉で聞いた知識以上に男性の少なさを感じてしまう。
勿論ゲンゾンみたいに仕事をしていて森に行ったり、畑や家畜の世話をしている人も居るだろうし、室内で働いている人もいるのだろう。
それでも現代人の感覚では男衆に会わないのは奇妙だと思う、徴兵で三割の戦死率と言っていたが、その後でも村を魔物から守るために戦って亡くなる人もいるのだろう、実情を自分の目で見て想像以上に後家や未婚の女性が多いのではないかと感じ、改めて聞いてみる方がいいのかもしれないと思う。
百メートル程度はあっという間で色々と考える内に家の手前までついていた、このまま外に居ても仕方ないので帰りの挨拶をしながら扉を開く。
「ただいまレーミク、得物が出来ていたしそのまま貰ってきたけど、素晴らしい出来だったよ」
「お帰りなさいませ、随分とお早いお帰りでしたね?他の道具はご覧にならなかったのですか?」
「ああ、流石に他人の財布で買い物をするのがどうにも心苦しくてね、でも解体用の小刀だけは時間がかかりそうなので頼んでしまったよ」
室内の掃除をしていたレーミクに箒を持ったまま出迎えられる、姿勢が良い彼女はそんな姿も絵になる。
「後でズンケルさんに大銀貨一枚の代金を無心をお願いすることになるよ、まったくもって金が無いのは首がないという先人の言葉の意味が身にしみるね」
情けない自身身の上を冗談にしたのだが、どうやら真面目な彼女には通じなかったようで心配されてしまったようだ。
「シュウゴ様がお心を痛めなくとも、その位のお金は私が用立てします。ですのでシュウゴ様は遠慮などなさらず私に言って下さい」
「いやそれは流石にマズいだろう……」
「いえ、むしろシュウゴ様が何も持たず御身一つでこちらに来た事は理解しています。ズンケル様も必要な物を用立てしてくれると思いますよ?」
こんな彼女の献身的な態度に身を任していると色々と駄目になりそうだと思った、どうにも彼女は尽くす事が喜びの様で、俺をあの手この手で甘やかそうとする。
流石に高校生位の娘さんに金をせびるヒモのおっさんという、どう考えても不名誉な称号、男としては絶対に避けなければと強く思い、彼女の好意をやんわりと断る。
「ありがとう、でも自分の使うものだろ?せめて礼儀は尽くしたいんだ、ズンケルさんにお金の無心で頭を下げるのも、バルバさんの仕事に対してお金を払うのも敬意を払う意味もあるよ」
そう、仕事の対価は適正な金額をきちんと支払うべきである、それは相手の仕事への敬意を払う事でもある、対価と言うのは値切る物ではないと思う、まぁ商人はそれが仕事なんだろうけどね。
「俺はね、そういう仕事に対して礼儀と敬意を欠くのは酷く恥かしい好意だと思うんだよ、勿論君の好意は有り難いと思ってるよ?いつも助かっている」
「いえ、シュウゴ様のお考えは立派なものだと思います、私の方こそ差し出がましい事を言ってしまいました」
ただ単にお金の無心するのにズンケルさんに頭を下げるという話を立派と言われた、これが若い頃ならきっと勘違してしまっていただろうな……。
本来は自分の生活のための金を無心しない方がずっと立派だ、なので早くそうなりたいものだと思ってしまう俺の気持ちは届くこともなく、彼女はなにか素晴らしい物を見る目で俺に敬意と熱のこもった視線を投げつけてくる。
そんな状況が実に居心地が悪いので、少々強引でも話を切り替えようと思う。
「そうだ、バルバさんが作ってくれた槍なんだけど、魔物とも戦えるようにと丈夫なものを作ってくれたそうなんだが、俺は魔物がどんな動きをするかを知らない、だからレーミクが知ってるなら魔物について教えてくれないか?」
「魔物ですか?この近くで出るとしたら弱い小型の物が中心ですので、獣型は魔鼠と魔犬、人型なら子鬼がほとんどです、あとは稀にはぐれの豚頭が出る程度だと聞いています」
「魔鼠?魔犬?その二つは初めて聞く魔物だね。どんな奴なんだい?魔鼠から教えてもらえるかな?」
聞いたことのない魔物に興味が湧いて話を聞いてみる、こういうのを聞いておかないと迂闊な真似をして怪我をしてしまったり、気が付かずに危険に身を晒す事になるので確認は大事だ。
「魔鼠というのは、ネズミが魔物化した物です。魔への抵抗力が弱いネズミがなるのではないかと学者たちは考えているようですが、詳しいことは解っていません」
「因みにそいつらの大きさは?」
「大きさは人の腕くらいで、鋭い牙を持っていて強くはないですが数が多く、畑を荒らします」
確実に農家の敵だ、まぁ実際げっ歯類はあちらの世界でも畑を荒らすのであまり好かれていない。
「噛まれると弱い人は毒で熱病に冒されます、更に弱ってる人が噛まれた場合はそのまま死に至ることもあります。農家の大敵と呼ばれ人里まで来る厄介な魔物です」
「更に病気までばら撒くのか……、農家としては最悪の相手だな」
「更には大量に発生すると黒死の穢れをばら撒いて街を滅ぼした事があり、駆除対象として国から冒険者への常時依頼とされています、最弱と言われますが厄介さは上位ですね」
イメージとしては俺の世界でいう所のドブネズミを大型にしたようなものか?ネズミはペストの原因、恐らくそんなイメージなのだろうか?それなら駆除対象なのも納得だ。
「魔犬は魔鼠と同じく魔物化した犬です、こちらは魔鼠と違って数は多くはないですが、群れを作ったり人型と一緒に現れる事が多いです、子鬼はこれに騎乗して襲ってくる事もあります。
「子鬼が乗ってくるとか、魔物は連携もするのか……」
「そうです連携もします、大きさは普通の犬と同じくらいですが凶暴で力が強く、兵士でも素手で倒すことは難しいですね」
こちらは野犬だな、バブル崩壊直後なんかは大型犬が捨てられて群れを作っていたと聞いたが、あれは人間が相手しようと思うとかなり大変だったそうだ。
「こちらは家畜を襲って殺す畜産、酪農家の大敵です。その牙は強い穢れを持っていて噛まれると傷口に穢れが残り、そこから徐々に身体を腐らせる呪を持っていますので、噛まれると危険な魔物です」
性質的には野犬や狼と一緒だと思って良いのかもしれない、だけど噛まれた時の被害の大きさは狂犬病以上に恐ろしいな。
「ありがとう魔獣については何となく理解出来たよ、それなら、魔物は子鬼から教えて貰っていいかな?」
「解りました、まず子鬼は纏まっている事が多く、非力ですが素早い動きで襲ってきます」
「コイツも数が多いのか、魔物っていうのは弱いのは群れで来るのが多いみたいだね」
「豚頭は力が強く魔物全体としては鈍重ですが、前方への突進はかなりの速度なので厄介です、冒険者は豚頭を倒せるようになると一人前と言われています」
どう聞いても厄介そうな子鬼や豚頭がが弱いと言われるのだから、なんとも恐ろしい世界だと思う、しかもその脅威が人間の生活圏内の近くに存在し常に戦わねば生きていけない、多くの男が戦いで死ぬという現状が、否が応でも理解してしまう。
「魔獣も魔物も遭遇したり噛まれないに越したことはないが、噛まれた時はどうすればいい?効果的な対策があるなら教えて欲しい」
「対策として遭わないようにするのであれば魔物よけの呪いの護符を持つことです、もし噛まれた場合は噛まれた直後で浅ければ聖水で、深い場合は聖別された蒸留酒で洗い流せば穢れを落とすことが出来ます」
「なるほど噛まれた場合の対策はあるが、聞いている分には手間が掛かりそうな物ばかりだね」
「そうです、そして時間が経っているのであれば、神社で祈祷を行い加護を賜り治すという形になります」
「もし、処置が遅れて病気になった場合はどうすればいいかも教えてくれるかな?」
「熱病の場合は、薬師の薬を飲んで治すという方法もありますが、弱っている人であればやはり短期間で効果がある加護のほうが良いですね」
救護の物資は大量の患者が発生する場合だと不足して、治療が追いつかない可能性があるだろう、こうして冒険者や軍人といった者に限定して対処をさせる事で、全体の被害を大きくさせないようにしているのだろう。
「ありがとうよく分かった、ちなみにそいつらの牙を防ぐ防具について知っているなら分かるだけ教えて欲しい」
一度レーミクにお礼を言ってから、彼女に防具に付いての講義を引き続きでお願いする。
「まずは森の民が使う堅木で出来た鎧、革なら我々平原の民が使うロウで煮て硬くした硬革、草原の民が編み出した膠で煮込んだものを重ね、重しを掛けたり槌で叩いて薄くした革などの特殊な加工を施した物であれば通すことは有りませんが、処置をしていない普通の革では厳しいです」
木鎧や膠の革は日本の鎧に近いかもしれない、日本の鎧はこれの複合で出来ているので、もしかしたら似たような特性なのかもしれないな。
「金属なら目の細かい鎖帷子は防げますが粗い物は隙間を牙が通り抜けて危険です。猟師が使う羊毛と毛皮を使った防寒具は獣の牙を通さないので大丈夫だと聞いています」
やはり防ぐならそれなりの用意が必要なんだな、毛皮と聞いて一瞬意外に思ったが、昔の話よると熊の毛皮は非常に丈夫で当たり方によってはマタギの銃の玉を弾いたなんて話も聞いたことがある。
マタギもそういう物を着て熊と戦っていたらしいから案外効果があるのかもしれない、まぁ犬の訓練用の袖は麻で出来ていたりするから、一言で布や革と言っても防御力は案外侮れないのかもしれない。
「ありがとう勉強になった、じゃあ得物だけじゃなくて防具も手に入れないと森に入るのは危険だね」
「この村で手に入れるのは少し難しいですね、大きな街なら専門の木工職人や革細工職人、鎧鍛冶が居ますが、村には専門の方は居ませんから材料は手に入りますが加工ができません」
「さしずめ手に入れれそうなのは猟師の防寒具かな?他のは本格的な物のようだし、そう簡単には手に入らないだろうしね」
確かに田舎で革鎧や木鎧が飛ぶように売れるとは思えないから、これも当然だろう。
「もし時間を掛けてもいいのであれば行商人に仕入れて貰う手もあります」
「そういう手なら何とか手に入るのか、でも大きさとかの問題が在るね」
「輸送に手間がかかるので結構な値段になってしまう事、採寸が出来ない以上は汎用の簡易な物しか注文できないので、あまりお薦めは出来ません」
冒険者が集まる街なら手に入れる事はできるだろうが、鎧は身体に合わせて作るものだろうし、そんな風になってしまうのは当然だ。
「汎用品は幾つかの部品を組み合わせて調整をして使うので、調整が出来る人が居る、もしくは自分で調整が出来る以外で手を出すのは危険です」
「だろうね、防具の手合は自分に合うものでないと痛い目にあうだろうね」
服なら多少大きさが合わなくても直せるし、そこまで大きな問題はないだろう、だが命を預ける防具となると慎重になるべきだろう。
「それとシュウゴ様は背が高いので、汎用の物はお召になれないと思います」
ゲームのようにお店で吊るしで売ってる鎧をその場で着替えたり、宝箱や拾った鎧をそのまま着たりするなんて当然無理だろう。
昔の鎧も人に譲る時や鹵獲品は打ち直したりしたらしいからな、分かってはいたけど街に行く迄は手に入れるのを諦めた方が良さそうだ。
「だとすると俺の場合、専門の鎧を作る職人に頼んで作って貰う以外の方法は無いってことだね?となると近いうちに魔物と戦う為の装備を作りに街にも行かないとね、まぁその前に狩り用の服を手に入れるの先だな」
今が冬でよかった、今の話を考えると夏だと猟師も音を考えて皮鎧辺りを着て森に入るのだろう、そうなると森に入れなかったと思う。
「それでしたらゲンゾンさんは私よりも詳しいと思いますので、お昼の食事の際に聞いてみましょう」
「そうだね、じゃあそれまで俺は庭で槍の練習をしているよ。弓も練習したいけど的がないしね。槍は狩りでしか使ったことがないから魔物相手にどこまで通じるかはわからないけど、何もしないよりはマシだと思うしね」
槍を使えないと魔物との遭遇戦になった時に大変なことになりそうだし、鍛えておいて損はないだろう。
本当は槍術を習えれば良いのだけど教えてくれそうな伝手も知らないし、我流は良くないのかもしれないが、せめて振り下ろしと突き、払いは練習しておくべきかもしれない。
形状的になぎなた様な振り回す形もありなのか?こういのは素人にはなんとも言えないなぁ、武術はやっぱり術理が分からないし、しかたないので筋力だけでも鍛えておくか。
武器を失わないための握力や保持するための腕力、武器を振り回す持久力や土台となる体幹の強さ等は、どんな武術をやるにしても基本になるからな。
「でしたら、ズンケル様に伝手を訪ねてはどうかと思います、あの方なら色々な方と友誼をお持ちですので頼られてはいかがでしょうか?」
「ズンケルさんは顔が広そうだし、確かにいい伝手があるかもしれないね、早速後で聞いてみるよ」
やはりここもズンケルさんを頼っておこう、なんというか他力本願の塊みたいになってきたな……。
「剣でしたら私も心得が少々ありますのでお教えすることが出来ましたが、槍は扱ったことが無いのでお教えできず申し訳なく思います」
「へぇレーミクは剣を使えるのか、俺が知っている巫女って、武器を使うって話はあまり聞いた事が無いのでちょっとびっくりしたよ」
巫女と聞いて思い浮かべると大幣を持った姿くらいしか思い浮かばないし、精々破魔矢つながりで弓くらいかしか思いつかず、剣を持ってる姿はちょっと想像が追いつかなかったな。
「いえ、私の実家は軍人貴族の家系でしたのでそれで剣を習っていました」
薄々そうだろうなと思っていたが、ここで本人から言われたので納得してしまった。
「私の他に数人の巫女が居ますが弓や槍を使う者も居ます。巫女は貴族の子女が多く、何かしらの武術を収めている者が多いです」
「今までの会話や行動を見ていてそうじゃないかと思っていたけど、やっぱり貴族のお嬢様だったのか」
同時に申し訳ないと思ってしまい苦笑いを浮かべながら返事をしてしまう。
「そうでなくてもレーミクには迷惑をかけているのに、貴族のお嬢様に世話をさせていると思うと余計に申し訳なくなるね」
言った後に、あまりに悪手だったと次の瞬間、俺は後悔をした……。
「シュウゴ様は私がお側に居るのがご迷惑なのでしょうか?私は貴族の娘などという肩書よりも、貴方様のお側で従僕で有る事のほうが大事なのです」
俺の軽い気持ちで話した言葉にショックを受けたのか、レーミクは俺の胸にしがみつき懇願するように縋り付きながら涙を浮かべる。
「シュウゴ様どうかお願いします、お役に立ちますから私を側において下さい……」
その軽口の対価はレーミクを納得させて縋り付く彼女を、どうにか引き剥がす作業が始まるという事実だった。
ああ、この子はどうしてこうなってしまったのだろう?
どうにかして今にも泣きそうなレーミクを見つめながら、俺は頭の中で納得させる言葉を必死で思い浮かべるのであった。




