第五話 女心
クシーナの小さ歩幅に合わせるようにゆっくりと歩き景色を見ていたら、妹ととこうして歩いたなと、遠くなってしまった日々を思い出す。
こんな風に歩幅を合わせた懐かしさに浸っていると、クシーナが悪戯を思いついたような顔をして俺に語りかけてくる。
「あら?なんだか他の女の事を考えてますって顔してるわね、ダメよ、疑われるような態度してたらロリーエにいっちゃうわよ?シュウゴが浮気してたって」
「いやいや、そう言うのじゃ無いさ、妹が幼い時、手を繋いでこうして歩幅を合わせて歩いたなって思い出しただけさ、まぁもう二十年以上昔の話だけどね」
俺がなんでもない昔話だという風に語ると、彼女も話に乗ってきた。
「あ~、その話を聞いて私も子供の頃にこの道をある人と歩いたのを思い出したわ。その人は私よりずっと年上で憧れの人だったの」
懐かしそうにクシーナが微笑む、何故か俺にはその笑顔が少しだけ切ない笑顔に思えた。
「だからね、一緒に歩くだけでとっても嬉しかったのを今でも覚えているわ……」
彼女の青春の一ページと言う奴だろうか?語りながら視線は何処か遠くを見つめ、横顔には懐かしさと寂しさを感じる何かがある表情を浮かべていた、もしかしてクシーナの初恋の話だろうか?
「まぁ、色々あってその人はもう居ないんだけどね、だけどその人に頼まれた事があって、それだけは私に何があっても果たさないといけない約束だから」
こういう話は言いたい部分と言いたくはない部分があるものだ、何も知らない俺は何も言わない方が良いと思う、同時に聞かない方が良いと思ってしまう。
「この話は、実はシュウゴにも関係がある話だったりするのよ?だからちゃんと覚えておいてね。もし私がダメになった時は残りを話すから、その時は私の代わりをシュウゴにお願いするわね?」
「ん~良く分からないけど、俺はそういう日が来ないようにしたいよ、というか君に何かが起こるなんて想像したくないよ」
「あら、シュウゴってば私まで口説いちゃうの?ダメよロリーエが嫉妬しちゃうわよ?ただでさえレーミクさんにも手を出そうとしてるんでしょ?」
冗談めいた言葉を切っ掛けに彼女の表情は明るい笑顔に切り替わる、いつものと言えるほど俺は付き合いが長くない、彼女の表面しか知らない自分はここまでしか聞けないのだろう。
「噂になってるわよ、あの氷の巫女を溶かした男がいるってね?あの子が女の顔して歩いてる姿を見たって、近所のおばさん達がいってたわ」
俺自身も彼女の過去に無遠慮に触れていいのか解らない、賢い彼女は今は話す時でないと曖昧にぼかしてくれたのだろう。
「いや、彼女はそういうんじゃないよ一緒に働く仲間というか相棒だね、ロリーエに関してもいい子だとは思うけど、前に言った通りさ」
「なるほどね~、だからこの色男さんは、年の近い未婚のクシーナさんに愛を語るのね~?あんまり節操ないと刺されちゃうわよ?女の情念って、深ければ深い分だけ重くて怖いのよ?」
だがクシーナが選んだ話題はあまり俺にとって返答に困る内容で、調子の戻ったクシーナの発言に頭を抱える。
「冗談はよしてくれよ、俺はそんな女を転がせるような男じゃないさ、むしろ女の感情が分かって悩むような臆病な男だよ、だから今も色々と気を使いながら生活してる最中さ」
「ふ~ん、まぁ仕方ないんじゃないかしら?貴方は稀人で英雄候補なんだしね、女からすれば狙いたくもなるってものよ?」
彼女が得意げな笑顔を浮かべると同時に、俺達は神社の麓まで辿り着いた。クシーナは組んでた腕をゆっくりと解いて離れていく。
「あら、もう神社に着いちゃったわ、じゃあ私はこっちだから行くわね、また会ったらお話しましょ?それじゃあねシュウゴ」
「ありがとう、いい勉強になったよ、俺はクシーナお嬢様をしっかりエスコートできたかな?」
からかわれてばかりは癪なので、仕返しではないが少しだけやり返してみようと思い、笑顔でキザなセリフを返してみる。
「そうね、まぁまぁだったわよ?でも最後にそういう風に聞いちゃうのは少し減点かしら、次はお花でも持って誘っていただけると嬉しいわ」
そう言って片目を瞑って微笑む彼女、やはりクシーナには敵わないなと思ってしまう。
「分かったよ、次の機会にはちゃんと用意しておくから楽しみにしてくれ、それじゃいってらっしゃいクシーナ」
「うん、そう言われるのは嬉しい、やっぱりなんだかんだ貴方って女心が分かってるのね、それじゃ行ってきます、シュウゴ」
最後は二人で笑い合い互いに手を振り合って別れた、仕事へと向かうクシーナの背中を姿が小さくなるまで見送ると、しばらくしたら角を曲がって見えなくなった。
一人になった俺は当初の目的通りに鍛冶屋に向かう、レーミクから聞いていた場所に近づいていくと火床の火を操る鞴の音が聞こえてくる小屋があった。
どうやらここが鍛冶屋で毎違い無いだろう、そう思って扉を開けて覗いた先はまさに別世界だった。
薄暗い部屋の中で赤く燃え上がる炎が熱気を産んで頬を焼く、鼻孔に鉄の焼ける匂いを叩き込まれ 目に映る雑多に置かれた年季の入った道具が自らの肌を鈍く輝かせてみせた。
炎と闇の争う中心に鎮座する煉獄の主は、ヌラリと立ち上がり俺を眼ねつけ太く低い声で語りかけてきた。
「アンタ見ない顔だな……、急ぎならもう少し待て……、さっき火床に火を入れたばかりなんだ、コイツの機嫌を取らんと儂らは仕事にならんからな」
この世界の男しても低身長だといえる背丈、赤錆色の太く逞しい四肢を持つ白髪の老人はこちらを一瞥しそれだけ言うと、直ぐに背を向けて炎と向き合う作業に戻ってしまった。
揺らめく炎に照らされた、筋骨逞しい背中が俺に向かって一言だけ返してくる。
「もし、アンタがなにか取りに来たのなら、裏にいる孫に聞けばいい」
職人というのは接客が仕事ではない、彼らは腕を振るうのが仕事、ぶっきらぼうな態度を変に勘違いしてはいけない、この点を間違える人間は一流の物を持つべきではないし、持てないと思う。
「はい、では裏に回ります、大事な時間に失礼しました」
これ以上鍛冶場の空気を変えないように、短い返事を返し素早く戸を閉め立ち去る。
鉄との勝負は鍛冶場が持つ空気でも出来栄えに現れる、ほんの一瞬気を抜いたばかりに鈍らになってしまうと、あちらでの知り合いの刀鍛冶が言っていた、彼らの仕事は刹那の積み重ねの上に成り立つ真剣勝負の業だ。
そんな鉄と人の真剣勝負を邪魔をしないよう、自分の武器について話を聞くために裏へと向かう、ちなみにこの世界の鍛冶師は殆どが野鍛冶らしい。
野鍛冶とは地域の需要があれば何でも作る鍛冶屋だ、専門の場合は刀鍛冶や包丁鍛冶のような感じで決まったものを作り、打つ物の名前を冠する名前を名乗る、そういった専門職は大きな需要がある場所にしかいないらしい。
鍛冶屋なら裏手には炭小屋が有るので言われた通り作業しているお孫さんを探そうと、裏手の小屋に向かうと予想通り炭を入れた籠の前で、ロリーエより小さな女の子が炭の選別の作業を行っていた。
良い炭を使わないと温度が上がらず、良いものは打てないと刀鍛冶は言っていた、炭の選別作業も彼らにとっては大事な作業だ、彼女の邪魔にならない様に黙って後ろで待って、区切りを見計らってから声を掛ける。
「作業中すいません、ズンケルさんの注文の品を取りに来たのですが、品物は出来上がっていますか?」
「うわあああああ、ごめんなさい、人が居ないと思っていたんで、あたし全く気が付かなくて、おきゃくさんですね、ごめんなさい」
そっと声を掛けたつもりだったが、酷く驚かせてしまったようだ、彼女は狼狽して腕を顔の前で左右に振っている。
「すいません、驚かせてしまったようですね、私はシュウゴといいます、ズンケルさんが注文した槍と弓を引き取りに来ました。」
「はっはい、ズンケル様のやつですね、もう出来てます、案内するんでこっち来て下さい。」
なんとか混乱から立ち直ったのか彼女が案内をしてくれる、鍛冶場の隣にある大きめの小屋が住居兼店舗のようだ。
「ここで待っててください、すぐお茶と注文の物をもってくるです」
「分かりました。時間はあるので急がなくてもいいですよ?」
慌てるような声で言い残すと、彼女は騒々しく奥に行く姿を見ていると、慌てているというよりも、彼女はそういう性格なのかもしれないなと、奥から聞こえる騒音を聞きながら思ってしまった。
彼女が奥に行って直ぐに鍛冶場から鉄を打つ高く澄んだ音が聞こえてくる、一定の調子をとっているように打ったかと思えば暫くしたら聞こえなくなり、また暫くしたら響いてくる。
鉄を熱して叩くのは良い温度という物があるそうだ、なので鍛冶は何度も熱しては叩き、ゆっくりと人が望む形に鉄の姿を変えていく。
そこには人と炎と鉄だけがあって、鍛冶はただひたすらに望む形だけを思い浮かべ炎を操り槌を振るう、炎に灼かれる鉄を見つめ、振るう鎚に叩かれた鉄が鳴く声に耳を傾け、宥め賺して鉄に正しい形だとひたすらに言い聞かせるのだ。
彼らの姿は俺たち狩人が感じる物と似ているのかもしれない、狩場は人と自然と獣だけの世界、そこには俺たち狩人と獲物の命をかけた戦いがある。
罠を仕掛けるにしても直接狙うにしても、彼らを知り自然を知らねば俺たち狩人は獲物を得ることが出来ない、狩人が獲物を見くびれば彼らは牙を剥き、自然を甘く見れば人に罰を与える、そうやって人は森と生きてきた。
俺はちゃんと向き合えているだろうかと何度も考えた事がある、自然は寛容な部分もあるが見限る時はとても早い。
例を上げれば中世中期頃に砦を作る為に多くの木を切り倒したそうだ、そのせいで後期のヨーロッパでは森が全滅して深刻な木材不足が起こり、森が与える季節の恵みも得る事ができず、煮炊きの薪を得るに大層苦労をした地域が多かったらしい。
日本も戦国時代位は似たようなものだった、江戸の時代に入ってから少しづつ保護や植林をして林として蘇らせたそうだが、その所為で人が手入れをしなければ荒れてしまうようになった。
この世界の住人は自然との共存を上手くしているのだろう、豊かな自然は人に多くの喜びを与えてくれていると、こちらに来てから感じることが多い。
どうも最近は一人になると、色々考えすぎている気がする、たまにはこうしてゆっくりと思考の海に浸るのもいいかもしれない。
澄んだ鋼の奏でる音を聞きながら、とても贅沢で優雅な時間を味わうことにした、高く低く響くその音は、俺達現代人が忘れていた大事な物を教えてくれているような気した。




