第三話 傷痕
「シュウゴ様戻りました、入りますね」
俺が渦巻く後悔に頭を抱えているとレーミクが大きな湯桶抱え戻ってきた、熱めの湯が入っているので湯気が景気良く揚がり部屋に充満していく。
「お帰り、済まないね手間を取らせるよ」
いつまでも悶えている訳にもいかないとなんとか意識を切り替えて、手際よく湯桶に布を浸して絞っているレーミクに語りかけた。
「シュウゴ様のお役に立てるのが嬉しですから、お気になさらずに居てください、顔と頭を先に拭きますので目を閉じて下さいね、痛かったり痒い所があれば教えてください」
彼女は言いながら軽めに絞った布で顔を拭いてくれる、喫茶店でおしぼりで顔を拭く時に出る情けない声が上がりそうになるのを何とか抑えた。
若い頃は顔を拭かなかったのに、近頃は当然の様に顔を拭いてつい唸っている気がする、おしぼりにはおっさんを惹きつける何かがあるのだろうか?
「では次は上半身を拭きますので、上着を脱がせますね?」
俺が下らない事を考えながら彼女に身を任せていると、手際の良いレーミクは顔と頭の洗体を終割らせて、労りの感じられる動きで上着をまくり上げてくれる。
上着は上から被る形状で脱ぐ時に腕が少し引っかかり、我慢できないような激痛がある訳でもないので耐える。
「ぐっ……、ふー。腕の痛みが、最初程ではないのが有り難い所だな」
腕の痛みから気を逸らす為に零した下らない愚痴にレーミクが反応する、怪我の経過が気になるのだと思う。
「少し痛みが収まるまで待ちましょうか?」
「いや、そんな気にする程じゃ無いさ、大丈夫だよ」
気を遣わせすぎたと思い気にしないよう返事をすると、彼女が申し訳無さそうに視線を下げて語りだす。
「治癒の加護は多く掛けると身体の負担が増えるので、あまり多用ができません。私やズンケル様がより高位の加護を下ろすことが出来るのなら、代償も少なくより早い回復が出来たのですが……」
責任感があるのは良い事だが自分を追い詰めるのは良くない事だ、それに俺はレーミクやズンケルさんに感謝をしている。
「いや、ゲンゾンが言うには、俺は助かるか解らない大怪我だったと聞いている、それで命があるなら生きているだけ大したものだよ」
正直にそう思う、車に跳ねられて崖から落ちて生きてるのだからはっきり言って五体満足で生きている現状で、文句を言う方がは間違っているだろう。
「それに裸だと寒いし、その件はもう気にしないことにして続きをお願いしてもいいかな?このままだと今度は風邪を引きそうだしね?」
俺は話の流れを変える切っ掛けに洗体の続きお願いする事にした、レーミクが俺の姿を見て我に返り謝ってくる。
「すいません、では腕を拭いていきますが、よろしいですか?」
彼女は色々気にし過ぎだ、真面目なのは美徳だけどここまで気に病むのは問題だな。
「ああ宜しく、お願いするよ」
特に希望もないので俺が頷くと、レーミクが腕を拭き宝物の様に優しく丁寧にゆっくりと磨き上げる、そんあ彼女の仕事ぶりが随分手馴れていると感じ興味本位で聞いてみる。
「なんというか馴れているように見えるけど、神社ではそういうことも習うのかい?」
興味と手持ち無沙汰からの質問だったが、彼女から意外な答が返って来る。
「大きな神社では怪我人の救護の役目もあり、私もお世話をすることがありましたが不器用なので先輩から随分と叱られてしまいました」
俺達の世界でも教会も救護院という病院のような施設を運営していた、この世界で神社が同じ様な施設を運営していても可怪しくないだろう。
「その時はあまり熱心に役目を果たしていなかったので、まさかこんな形で役に立つとは思っていませんでした、今日になって真面目にやって来なかった事を少し後悔しています……」
彼女は左手を拭き終えて右手を拭き始めた、右手の方は無事なので少し力を入れてくれたようで気持ちが良い
「いやいや十分だ、俺には十分過ぎるくらいの贅沢だと思っているさ、レーミクみたいな美人が体を拭いてくれるなら男は皆喜んでいたと思うよ?だから、そこまで悩む必要はないよ」
レーミクが自分を責める方に考えが行きそうだ、落ち込む前に大丈夫だと伝えておかないと駄目だろう、それに男なんて単純で入院した若い男が看護師に優しくされたら惚れた、なんて話を昔からよく聞くからな。
「そういうものでしょうか?私はあまり誉められた事がありません、姉は社交界の宝石と讃えられていました、それに比べ、無愛想な私は氷の様だと嘲笑されていましたから……」
確かに彼女は人を寄せ付けない鋭さがある、だがそれは美しさあっての事だと思う、美というのは何をしなくても人を寄せ付け、それ故に嫉妬や妬みを生む、羨望と嫉妬の視線がレーミクを苦しめていたのだろうと容易に想像できる。
「なに、そんなことは気にすることはないさ。そういう奴には言わせておけばいい、それに君の魅力が分からない奴は放っておけばいいさ、レーミクの銀糸の髪も蒼い瞳も新雪の様な白い肌も、俺は綺麗だと思ってる」
俺の知る限り、彼女の美しさはテレビとか映画、芸能の世界の人種と比べられても引けをとらないと思うが、その美しさを表現できない臭い台詞しか出なかった。
それでもレーミクの顔を上げて、純白の頬を赤く染めて喜びを露わにしてくれた。
「というかだ、むしろ俺みたいなおっさんが君の横に立つと笑われそうだよ、まぁ男は外見じゃなくて中身が大事だし、そこまで気にはしないけどね」
貧相なおっさんがこんな美の結晶の様な少女の隣に立つ姿を想像し、あまりの落差に呆れてしまう、やはり俺の方が落ち込むべきなのかもしれないと苦笑いを浮かべる。
「あ~、でも中身もまだまだ頑張らないとな、主がダメだったらレーミクが立派でも馬鹿にされてしまうな」
冗談めかし笑って話ながらちょっとばかり心が痛いと思っていると、俺の胸を拭いていた彼女の手が止まる。
「そのようなことはありません!他の誰が、何を言ったとしても、それだけはありません!」
はっきりとした言葉、真っ直ぐな視線が見つめる。
ただ純粋で必死な感情が蒼の瞳に映されている、彼女にとって自分の仕える主を侮辱するものが許せないのだろう、それが俺自身だとしても。
「ありがとう、なんだか励ますつもりが俺が励まされてしまったな、じゃあ二人で一緒に頑張ろうか?一人が悩んだとしても、二人ならきっと進めるだろう?だから二人で頑張ろう」
彼女へ感謝をして笑顔で礼をするとようやく微笑みを浮かべてくれた、そんな彼女の姿を見てやはりレーミクには少女らしく笑っていて欲しいと強く思う。
「はい、ずっと一緒にいます。貴方様のお側で私も頑張ります……」
二人で顔を見合わせ笑い合う、俺も彼女もまだまだ始めたばかりだ、なら一緒にがんばっていけばいいんだ。
俺が彼女との付き合い方を考えていると寒さで身体がぶるりと震える、冬場に長時間上半身裸はさすがに冷え、体が急げと言っているのだろう。
「なんとも締まらなくて情けないが、流石にそろそろ冷えてきたみたいだ、急かして悪いんだけど背中を頼めるかい?このままだとに本当に風邪を引きそうだ」
彼女ははっとした表情を浮かべ素早く動き出す、長話をする状況じゃないと思ったのだろう。
「すいません、すぐに拭きますのでお待ちください、急いで拭きますので痛いようでしたら言って下さいね?」
彼女は布を濯いで絞ると急いで背中側に移動し手を動かす、ちょうどいい力加減でこすられる背中が気持ちいい。
「背中の傷も塞がっていますが、やはり傷痕が残ってしまいましたね……」
また気にしているのだろう、彼女の指が何度撫でる様に傷跡を触れてくるが、あまりに慎重で少しくすぐったい。
男の傷なんて気にする事はない、流石に顔に大きなものが残ると強面になるので気になるが、服を着れば見えないなら気にしない。
「傷は男の勲章なんて言葉もあるから気にしないさ、それにこの傷はみんなに助けてもらった証みたいな物だろ?なら忘れない様に少し位は残ってる方が良いかもね」
そう言って少し強がって笑う。これも男の見栄ってやつだろう。
「ふふ……、なんですかそれ…、シュウゴ様はすこし変わった事を言われます」
俺の下らない見栄をレーミクが笑ってくれた、彼女がこうして笑ってくれるなら見栄を張るのも悪くないなと思える。
「うん、やはりレーミクがそうやって笑ってくれる方が俺は好きだな、だからあまり深刻になり過ぎないで居て欲しいと思うよ」
この少女はどうやら随分と人間関係で苦労してきたようだ、ならその分これからは笑って欲しいと思う。
「はい……、ですが私はもうシュウゴ様のお側でないと笑えないと思います、だから貴方様が私が笑っていられる様に見守って下さいね?」
そんな風に返されるとは思っていなったが、それは責任重大だ精一杯頑張ろうと思う。
「ああ任された、それに従者一人を笑顔にできない奴が、英雄になるなんて、口が裂けても言えないだろうし頑張るよ」
俺が言うと同時に背中を拭き終わったレーミクが離れていく、今度は次は足を拭いてくれるらしく跪いて俺の足を拭いてくれる、暫くして両足を拭き終わったので、これ以上は流石に恥ずかしいと伝え、席を外してもらうよう声をかける。
「じゃあ、残りは自分でするから布を渡してもらえるかい、流石にここから上を見せるわけにはいかないからね」
手が動かないわけではないし流石にこういう部分に関しては自分でやりたい。
「私は全く構いませんが……、ですがシュウゴ様がそうおっしゃるのであれば従います」
彼女は怪我人の世話で慣れているのだろうが俺は恥ずかしい、自分の男である部分を人に見せる趣味は無いし、万一元気があっても困る。
「ありがとう、終わったら声を掛けるから席を外してもらえるかな?」
こう、美人にそんな風丁寧に扱われると男ってのは情けない程反応していまうと聞くので、今の選択は正しいと思う。
「解りました、それでは後で片付けに参ります」
立ち上がって部屋を出るレーミクを見送ってから、ズボンと下着を脱ぐ。
急いですることはないが、待たせるのも悪いのでさっとやってしまおうと手を出した瞬間、ロリーエが声をかけてくる。
「シュウゴどう?レーミクさんと交代したから、終わったら言ってね?」
どうやら時間をかけ過ぎたようだ巻きで終わらせよう、そう考えて握力の入らない手で絞り水気が多く残って少し冷たい布で一気に拭いて、悪戦苦闘の末に何とか終わらせる。
「終わったよロリーエ、待たせたね」
部屋の外で待っている彼女に声を掛ける、恐らくゲンゾンも待っているだろう。
「それじゃ入るね、でも昨日も裸を見ちゃったからなんだか今更かもって感じだね、シュウゴは怪我人なんだし、あまり恥ずかしがっちゃダメよ?綺麗にしないといけないからね?」
ロリーエの言う言葉と笑顔を見て、女性の方がこういう時は肝が座ってるのかもしれないなーと思ってしまう。
「ああ、でも明後日くらいには何とかなるし、あまり必要以上に見せる物でもないしね」
そこの線引は譲れないと思うので、言っておく事にした。
「ん~、シュウゴがちゃんと出来るならいいわ、じゃあ片付けちゃうね、お父さんもちょっと眠そうだし、ほっといて寝ちゃうと色々面倒だしね」
手際よく片付けをする彼女の後ろ姿を見送ると、ゲンゾンが入ってくる。
「なぁ、ちょいと時間が掛かってたが、なんかあったか?レーミクさんは考えこむクチだろうし、なんか言われたんだろ?」
先ほどの後だからか気にしてくれたようで、少し心配したような声を出している。
「ああ、身体に傷が残っていることを気にしていたんだよ、男の怪我は勲章みたいなもんだと言ったら納得してくれたよ」
ここで先程聞いた彼女の家庭の事情は、言わないでおくべきだろう、誰しも自分の過去を言いふらさて喜ばないだろうしね。
「そうか、そんならいいが気をつけろよ?思いつめた女の情念は恐ろしいモンがあるからな」
真面目な顔と心配そうな声色に一体なにがあったというのだろうかと思って、その妙な悲壮感にゲンゾンは何と戦っているのだと聞いてみたい気がするが、藪をつついて蛇を出すと危ないのでここは聞かないようにしておくべきだと思った。




