第一話 行儀作法
ズンケルさんが神社に戻り、レーミクとゲンゾンはベッドを取りに出て行った。
その間、俺は一人今でロリーエの奏でる鼻歌と調理の音に耳を傾ける、彼女はいつも楽しそうに料理をしてる、きっといい奥さんと母親になるだろうなどと、少しおっさん臭いことを考えながら、二人が帰って来るのを待っている。
すると、家の手前で木の擦れるような大きな音が響き、二人の声が聞こえてくる。
「おう!帰ったぞ、あ~結構重かった、今日はよく動いたし、今日の酒は美味そうだな!」
「私の我が儘で、お手数を掛けて申し訳ございません」
どうやらレーミクは少し悪い方へ考える癖があるようだ、この辺も少しずつ直してあげたいと思ってしまう。
「気にしない気にしない!若い娘がそんな顔するもんじゃねーぞ、俺もロリーエも歓迎してんだぜ?」
「ゲンゾンがこう言ってるし、あまり気に病むのは逆に失礼になるし、もう気にしない方が良いよ、違う形で俺と一緒に恩を返していけばいいさ」
そうレーミクに笑顔で語りかける、きっと真面目な彼女は内罰的な考え方をする子なので、その半分を俺も請け負っておく。
「シュウゴ様がそう仰れるのでしたら、私もそうします」
「おう、そうしてくれ!」
楽しそうに言い切ったゲンゾンは、ベッドを入れるための準備を始める。
「俺がこんな身体じゃなければ手伝うんだけど、役に立てなくて済まないね」
女性としても華奢な方になるレーミクに、力仕事を任せる自分の状態が情けない、せめてもう少し動けば手伝いにも入れるんだけど、今だに体は言うことを聞かないからきっと邪魔になるだろう。
「いえ、私は増力の加護を下ろせますので、ベッド位なら大丈夫です」
少しだけ彼女は誇らしげに俺に笑いかける、氷のようだと思っていたが、それはレーミクと言う少女を俺がきちんと見ていなかっただけなのだと、この短い間に理解した。
そうして二人は手早い動きで持ってきたベッドの搬入を始める、レーミクは宣言通り涼しい顔でベッドを運んでいるので、先程の言葉は強がりでは無く事実なのだろう。
ゲンゾンとレーミクがロリーエの部屋にベッドを入れてから居間へと戻ってくると、レーミクを歓迎をするために張り切っていたロリーエも料理を仕上げたようで、楽しそうに鼻歌を歌いながら食卓を様々料理で彩っていく。
「おっ、もう出来てんのか、んじゃさっさと手ぇ洗ってくるか、そうだ!シュウゴも体調良さそうだし今日は一緒に一杯やるか?」
ゲンゾンが酒飲みが一杯やる仕草で笑う、俺も嫌いじゃないしなにより友と呑む酒は美味い、だけど体調を考えれば今はやめておくべきだろうな。
「いや、折角だけど止めておくよ、やはり今は体を治すことを一番に考えるべきだろう、だからそいつは暫くお預けかな」
彼の誘いを断るのは少しばかり残念だが仕方ない、ゲンゾンには暫く待ってもらう事にしよう。
「そうか、んじゃまぁ仕方ねー俺も控えめにしとくか、やっぱ自分が呑めねーのに周りが飲んでると我慢すんのキツいしな、だが俺も一緒に禁酒はキツいから一杯いかせてもらうぜ?」
ゲンゾンが酒好きにしては中々律儀な台詞を口にする、きっと彼なりの気遣いなのだろう。
「すまないね。じゃあ身体が治ったら二人でゆっくりやろうよ」
「おう、期待しているぜ?」
俺達が笑いながら話をしていると、女性陣二人が夕食の準備を終わらせ、食卓はもう準備が済んでいた。
「もう、男の人はお酒のことばっかりなんだから!お父さんは手を洗って!シュウゴはこっち!」
どうやら男の酒会の話は、ロリーエにはお気に召さなかったようで怒られてしまった。
「あいよ、んじゃ手を洗ってくるわ」
これ以上、ロリーエに怒られるのは御免だとばかりにゲンゾンが逃げていく。
自分も彼女に怒られないよう動きの悪い身体で所定の位置に向かおうとすると、さり気なくレーミクが移動する俺を支えてくれた。
「おっと、ありがとうレーミク助かるよ」
素早く支えてくれた気遣いに素直に感謝したが、まだ人を使うのに慣れてない俺がレーミクを頼らないのを納得していないらしく、少し厳しい表情を浮かべる。
「シュウゴ様、ご自愛下さいそれに遠慮は不要と申し上げました、もっと私を使って下さい」
いきなり使えと言われても、今まで高校生位の女の子に仕えてもらう経験なんて無い、いきなり上手く出来るものではないと思うので素直に告げておく。
「レーミク、俺は人の上に立ったり人に仕えてもらうような人生経験があまり無いんだ、だから君に物足らないかも知れないが、これから頑張って勉強するから長い目で見てくれると嬉しい、ダメかな?」
レーミクの意志を尊重するなら、仕えられるに値する知識と経験が必要になる、勿論勉強するべきだとからズンケルさんに教えを乞うべきかもしれない。
「あ……、あの、そんなつもりで言った訳ではなくて……、もっとわ、私を頼りにして欲しいというか、お役に立ちたいというか……」
流麗な顔立が冷たく見える彼女が下を向いて照れる、歳相応に可愛らしい少女の姿に思わず笑みが溢れてしまう。
「あぁ頼りにしてる、だからこんな情けない主人でも愛想を尽かさないで居てくれるかな?」
彼女との関係で少しずつ主人としての立ち振舞を覚える形になるのだから、何も出来ていない俺が言えるのはこれくらいだ。
「解りました、それならシュウゴ様が立派な主になられるように、私も微力を尽くします」
俺の答にレーミクは微笑みで返してくれた姿に何とか赤点は避けれたと安心すると、今度はロリーエが不満気な声を上げてきた。
「は~い、ご飯の準備出来たよ!お父さん、ご飯の挨拶をして!」
不機嫌なロリーエがゲンゾンを急かし、名指しされた彼は慌てて食事の挨拶を始める。
「お、おう!分かったって!んじゃ、糧を与える全ての物に感謝します」
ゲンゾンの食事の言葉を唱えると皆も続けて挨拶をする、きっと俺が時間をかけすぎて料理が冷めてしまうのが気に入らなかったのかもしれないな。
焦げ茶色のシチューには大きな肉がゴロゴロと入っており、とても食いでがありそうで食欲が湧く、そして今日も緑豆の色が中央に彩りを添えている。
「お、今日はこの前獲った鹿のシチューか、うさぎは昼に食っちまったしそうなるわな、って!また緑豆入ってるじゃねーか!」
彼は本当に緑豆が苦手な様で、昨日同様しょんぼりと項垂れている情けない父親の子供っぽい抗議に対して、ロリーエは容赦無い言葉が浴びせられる。
「お父さん好き嫌いはダメだからねー、まだ沢山あるし残したりしたら、お父さんの分だけ毎日入れちゃうんだからね!」
まるで子供を叱るように言い放つロリーエと、がっくりと項垂れて頭を抱えるゲンゾン。
よっぽど嫌いなのだろうと分かる姿に少しだけ同情をしていると、意を決したように彼が顔を上げて情けない返事をする。
「わーったよ、喰えばいいんだろ?喰えばっ!しゃーねぇー酒と一緒に流しこむかぁ……」
今までのロリーエの教育の賜物なのか、ブツブツ言いながらも食べるそんなゲンゾンに彼女は更なる追撃を入れる。
「あ、お酒はダメ!シュウゴが欲しくなったら可哀想でしょ?だからお父さんも我慢ね?」
ここまで来ると流石にゲンゾンが可哀想になってくるので、一つ助け舟を入れようと口を挟む。
「俺は平気だからゲンゾンに一杯付けてあげないか?ベッドを持ってきてくれたんだ、そんな仕事後の一杯を取り上げるのは、流石に可愛そうだと思うよ」
「そうだぜ!やっぱ晩飯には酒の一杯もないと、男としちゃあ物足りないってモンだぞ?」
俺の発言とゲンゾンの切ない言葉をを聞いた彼女は、少し考える素振りをしてから仕方ないとばかりにロリーエが口を開く。
「ん~。そう言うなら仕方ないから一杯だけだからね?お父さんはちょっと甘やかすとすぐ一瓶位は開けちゃうし……」
ロリーエが渋々といった感じでゲンゾンの酒盃に酒を注ぐ、どうやら葡萄酒のようだ。
「おお!オマエはダチの危機を見捨てないと思っていたぜ、シュウゴ~!」
そんな情けない声を上げる一児の父は娘のお許しを得て、これ以上ないであろう満面の笑みを浮かべている。
「ふふっ、お二人は仲が宜しいのですね。羨ましい……」
彼らの見てレーミクが小さく笑いを零した、俺と同様にこの光景を楽しいと思うのだろう。
「実家は家族のこのような団欒など、とても縁遠い家でしたので本当に羨ましいです……」
そう囁くと今度は少し寂しそうにする目を伏せてしまう、関係が深まっていないこの状態で聞いて良い物か判断が難しいので、自らの思いをレーミクに語る。
「俺もここに来て久しぶりに温かい空気で食事をしたよ、家族が亡くなってからは一人で食事を取っていたからね」
俺達の囲んでいる食卓の空気はとても温かいと思う、それ故に彼女は自らの寒々しい過去の食卓と、今を比べてしまうだろう。
「これからは君も一緒に食事をしてくれる、だからこれからは皆で今みたいな食事をしよう、そんな寂しい過去は忘れてしまおうよ」
寂しい子供時代の思い出は簡単に忘れる事は出来ないだろう、けれど過去に引き摺られて今を楽しめない事は、若いレーミクにとって勿体無いと思ってしまう。
「そうそう、ウチにいつでも来りゃいいさ、ウチならいつでも歓迎するぜ?」
話を聞いたゲンゾンがよく見せる人懐っこい笑みを浮かべ、ロリーエも父の言葉を肯定するように頷きながら口を開く。
「そうですよ、いつでも来て下さい、私も嬉しいです、頑張って美味しいご飯作ります!」
二人の言葉と暖かい気持ちがが届いたのだろう、レーミクの顔は柔らかく微笑を浮かべる。
「皆様ありがとうございます、折角のご馳走を前に考えることではありませんでしたね、失礼しました」
微笑みを浮かべ反省の言葉を口にして頭を下げる、レーミクはなんというか真面目なのだろう。
「いえいえ、気にしないでくださいね、冷めない内にどんどん食べてください、まだまだいっぱいありますから!」
場の空気を切り替えるようにロリーエが明るく料理を勧め、ゲンゾンが美味そうに酒を飲み、俺もシチューを口に入れる。
鹿肉の持つ旨味と野菜の甘さ広がって幸せな気分の中、ふと考えた事を実行に移しみたくなり隣にいるレーミクに声を掛けた。
「レーミク、悪いがパンを取ってくれるかい?片手だと取りにくいからね」
先程の話を考えると素直に手伝ってもらった方が良いだろう、彼女も少し嬉しそうにパンの盛られた皿に手を伸している。
「シュウゴ様、どのくらい取りましょう?」
少し品が無い食べた方になるがシチューに浸して食べてみたい、公の場ではやるべきではないだろうが、今は仲間内だから許して欲しい。
「その大きなヤツの半分位欲しいな、あまり行儀が良くないかもしれないが、浸して食べてみたいんだ、きっとシチューと合うと思うんだよ」
ロリーエは褒められたこと喜んでいる様だけど、同時に行儀が悪いと怒るべきか困ったような顔をしている。
「解りました。ですが、余所ではあまりなされない様にして下さい、特に貴族や商人の前でやると下に見られます」
元の世界でも国によるが浸して食べるのはあまり良い作法とは言えない、まぁ元々そういう食べ方をする物もあるので一概には言えないが、見た目が美しくないと言うのが理由じゃないかと思う。
「やっぱりか、君が不快ならやめておこうと思う。正直に教えて欲しい」
どうしても品が無いのを嫌がる人も居る、なのでレーミク本人に聞いてみるしかないだろう。
「いえ、私は気にしませんがシュウゴ様はとても綺麗な食べ方をされていたので、意外には思いました」
そりゃあ一応いい年のおっさんだ、仕事の兼ね合いで食事会等にも顔を出す事があるから作法は勉強したので、最低限は見苦しくない程度に食事は出来る。
「こういうのは仲間内だからするんだよ、うん、やっぱり美味いな、レーミクも嫌じゃなければやってみるといい、このシチューはパンに凄く合うからね」
ゲンゾンは良くパンを浸して食べているので、俺に賛成する。
「作法とか行儀とか、堅苦しくて面倒くせー事言いっこなしだぜ?好きに喰えばいいだろ?」
ゲンゾンはいつものように浸して食べている、そんな男二人を見てロリーエは呆れたような顔をしている。
「もう、お父さんだけじゃなくてシュウゴも真似してる!もう、恥ずかしいんだから!」
また叱られてしまったが、やはり美味いならやりたくなるのは当たり前だと思う、レーミクも恐る恐るという感じで、少しだけパンを浸して食べる。
「あっ……、とても美味しい……」
レーミクが自身の驚きを小さく呟く、やはり美味いものは美味いのだ、勿論作法も大事だけど美味しく食べるのも大事だと思う。
「実は子供の頃、このような食べ方をしてみたいと思った事がありました、ですが両親や家中の者に叱られ、こうして食べる事がありませんでした、これが初めてです」
なにか悪戯をしたようにレーミクはとても嬉しそうに笑う、それに釣られて俺も笑顔を浮かべ返事を返す。
「ふふ、やっぱり美味いだろう?ゲンゾンみたいに何時もっていうのは流石にダメだけど、たまにはいいだろう?」
「ふふふ、そうね、シュウゴまでお父さんみたいなっちゃうと、ちょっと恥ずかしいわ」
俺がそう言うと、とうとうロリーエも吹き出してしまい、三人で笑ってしまった。
「うっせ!バッカ!お前らも俺の真似したくせに!ちきしょ~、シュウゴが裏切るとは思わなかったぜ~!ちきしょ~!」
そんなゲンゾンの恥ずかしそうな声と俺達の笑い声が食卓を包んで、今日の夕食はとても賑やかな暖かく楽しいものになった。
こんな食事を続けるためにも、俺は稀人として呪と戦い平和な日々を守っていきたいと思う、そう感じる時間だった。




