第二十話 宣誓
源蔵さんの手記の事や今しがたズンケルさんに聞いた教典の言葉を考えると、呪というのは恐ろしくて強力なものだと理解が出来た。
「話を聞いて思ったよ、やっぱり俺は英雄になんて成れる気がしないよ……」
俺が英雄になんて成れる気はしない、俺はただ運命という大河に押し流され、ここに辿り着いた哀れな漂流者に過ぎない。
俺は自分が聞いても弱音としか思えない言葉を呟くが、四人は黙って話を聞いてくれた。
「俺はさ、向こうの世界では今まで戦ったことすら無いんだ、平和ボケした国から来た臆病者で情けない男なんだ……」
俺は平和な日本で生まれ、戦争どころか戦いすら知らない、こんな俺が呪と戦えば絶望に負けて心が折れて、無様な屍を晒して後悔をしながら死んで行くのかもしれない。
「だけどさ、こちらに来たあの日、そんな情けない俺は死の淵を彷徨って、皆の力で命を繋いでもらったんだよ……」
だとして、俺はロリーエが殺されてしまう未来を容認出来るのか?ゲンゾンが蹂躙される姿は?あの優しいクシーナを助けられるのが自分だけと言われたら?
「皆には本当に感謝をしているんだ、そうじゃ無かったら、俺はこんなに悩まない……」
今こうして語っている俺の生命は、山の中で車に轢かれ喪った様なモノだろう。
死ぬはずだった俺をゲンゾンが見つけてくれて、ズンケルさんが癒しの祈祷で助けてくれて、ロリーエが一生懸命看病してくれたからこそ繋がった命だ。
「消えかけた命をゲンゾンに拾ってもらった、ズンケルさんにはボロボロの身体を癒してもらった、ロリーエには何度も心を救われた、クシーナにも助けてもらったよ……」
こちらに来てからも、世界や稀人について繰り返し告げられた絶望的な事実に心が折れそうな時、何度と無く理不尽な自分の運命に涙を流した時、ゲンゾンの裏表のない明るさに助けられ、ロリーエの純粋な温もりに救われて、クシーナの優しさと明るさに触れて、ここまで絶望を乗り越えて生かして貰った。
「それなのに、まだこの世界に何の恩も返していない……、俺は未だに何も返していないんだ」
周りを見渡せば恩人ばかりの世界になってしまった、俺が今こうしている間にも呪いという大きな脅威に晒され危機的な状況であると知ってしまった、自らだけが脅威に立ち向かえる可能性がある事を理解したのだ。
「この世界の景色を美しいと感じたよ、初めてゲンゾンと見たあの景色は今でも忘れていない、静謐な空気と、朝日に照らされた美しい山々を今でも思い出せるよ」
初めて外に出たあの日、ゲンゾンと二人で朝日を見た時に感じた世界の美しさに俺は心を救われた。
「幾度と無く救われた、それなのに弱い俺は今まで何度も逃げようとした、一緒に戦って欲しいと望んでも、臆病な言葉にしてた俺を責める事はしないで待ってくれた」
今、全てを知って考えた、与えられた全ての恩を返せない生き方、そんな恥知らずな生き方を選ぶことが出来ないと思った。
「俺はこの短い間でこの世界の人達や世界を好きになったんだ、それと同時に沢山の恩を受けた、そして死んで欲しくないと滅びて欲しくないと心から思うようになった」
だから今選ぶ事は他の誰から言われたからじゃない、自分の心が訴える思いを形にする願いなのだ。
「だから俺はは戦う、英雄なんて立派な役目を出来るかは分からない、だけど、やらなければ誰かを失うというならせめて戦うと決めた、他の誰が言った事でもない自分に対しての決意だ」
家族を喪ったあの日、赤い炎に焼かれる世界で俺は何も出来ず、無力さに打ちひしがれて失う辛さを知った。
あの日の苦悩を知っているから、苦しみを知ってしまったから選ぶ、俺が決めた想いは選択では無い、自らが定めた覚悟なのだ。
俺は立ち上がって彼女の側に近づくとレーミクさんが、先程と同じ熱のある言葉を言葉を紡ぐ。
「巫女は稀人の剣です、シュウゴ様が戦うというのであれば、私を使って下さい」
それが彼女にとっての矜持であり誇りなのだろう、ここに来てやっと理解した、彼女は俺と同じ事を望んでいるのだと。
世界を守りたいと思い、自らを剣だと盾だと定めていたのだ。
「俺は英雄に成れるかどうかは解らないし、そんな素晴らしい資質を持つ男では無いと今この時も思っているよ……」
決意を決めれば強くなるなんて、そんな物語の様な事は起こりはしない、折れそうな弱い心を必死に隠して強がっているだけだ。
「きっと、今決めたことが出来なければ呪に磨り潰されて無残に全てを喪って、後悔しながら死んでいくしか無いと思っている、そして身の丈に合わない大きすぎる願いに、自身が磨り潰されるかもしれない」
俺は彼女にゆっくりと胸の思いを形にして聞かせる、そう、覚悟を決めて強くなったなんてこれっぽち思えない、今も覚悟に押しつぶされそうになっている。
「だけどこの手が届くなら、もし少しでも誰かを守れる力があるのなら、それを脅かすモノに俺は抗いたいと思うんだ、情けないけど、今俺が言える事なんてこれくらいしか無いんだ」
情けない男が強がって吐き出した決意。
「これから話す言葉は弱い自分を追い詰める事になるかもしれない、だが、もう後戻りする事を自分自身が許さないと決めたから、形に言葉にしてしまうよ」
英雄未満の俺の全てを、自分の思いの丈を全て彼女に伝えよう。
「分かりました、シュウゴ様のお言葉、拝聴致します……」
情けない俺の言葉を彼女は恭しく聞いてくれる、その姿に精一杯の思いを語る。
「世界を救う英雄になる等と大逸れた事を言う気もない、だけど、ただ座して全て失う気はないと宣言する位しか今はできない。そんな子供の様な未熟な理想を掲げて宣言した愚かで小さな男で良ければ、どうか君の力を貸して欲しい」
情けない男の精一杯の意地と、希望の形、自らを逃さない為に不退転の楔を、誓いと共に打ち付ける。
「有難うございます……、今のシュウゴ様の言葉と決意に私がずっと求めていた答を頂きました、私が心から憧れた英雄の姿は貴方様の中にありました……」
小さな意地を吐き出した滑稽な英雄に、レーミクさんは静かに言葉を返してくる。
「何も持たず、なんの縁もない世界の為に戦うと言えるお方に仕えるのです、胸を張って下さい、貴方の想いは数々の英雄が目指した物と同じなのです……」
冷たく感じた美しい顔に微笑みが浮かぶ、それは雪解けを促す春の日差しのような笑顔だった。
「シュウゴ様、これからは私をレーミクとお呼びください。巫女の務めとしてではなく、だだのレーミクとして貴方様に生涯の忠誠を誓います、どうか最期の日まで貴方のお側において下さい……」
レーミクさん、いや、レーミクがゆっくりと椅子から離れ、先程と同様に頭を垂れ片膝を着いた。
だが、その意味も重さも全く変わってしまった、使命だから仕えるのではない、俺の言葉を信じて仕えると、彼女は言っているのだ。
胸に宿した決意と今俺に言える精一杯の感謝、これから掛けるであろう苦労を思い浮かべながら彼女の手を取って言葉を返す。
「レーミク、俺は君に沢山迷惑をかけると思うんだ……、俺は情けない男だから何度も絶望に負けそうになるかもしれない」
一度言葉を区切る、彼女は俺の目を見つめて静かに返事を返してくる。
「はい、シュウゴ様」
「それでも今日掲げた理想を曲げる気はないし、身の丈に合わない願いを捨てる気もない我が儘な男なんだよ……」
そう、きっとこんな大それた事を願えるほど俺の両手は大きくもないし、叶えられる力もない。
「それでも諦めて付いてきて欲しい、それでもこの約束だけは絶対に裏切らないし後悔はさせない、だから最後まで付き合って欲しい」
それでも自らの意志でこの道を歩むと決めたのだ、それがどんなに困難な道でたとえ想像を絶するような苦悩に満ちた選択だとしても、それは俺が選択して望んだ願いなのだ。
ならその願いと思いは決意に変える、この決意を守る為にこれから自分と彼女の命を使うと宣言したのだ、それは酷く身勝手だと思う限りなく傲慢だと思う。
それでも誰かを自分の目に映る大切な人々を守りたいと願ったのだ、それは今、俺の中で確かな形となって心に刻まれる。
そんな言葉を聞いてレーミクが静かに、そして力強く返答を返してくれた。
「はい、この時よりこの命が燃え尽きる日まで、レーミクは貴方様と共にある事を誓います」
俺の宣誓に応えた彼女の蒼い瞳からおこぼれ落ちた涙が窓からの陽光に照らされ輝く、俺はその涙をとても美しく尊い物だと感じた。
だからこの光景を生涯忘れないよう、胸と瞳に焼き付けた。
「よろしく頼む、正真正銘レーミクが俺の初めての従者だ、だから主として至らないかもしれないけど、そこは長い目で見て欲しい」
安心して軽口を叩いて、椅子に座り込むと今まで黙っていた三人がそれぞれ口を開く。
「シュウゴ!私も出来る事はなんでもするから!遠慮は要らないからね!」
俺達の宣誓に当てられたのか、ロリーエは興奮した様な言葉を言ってきた。
「まぁダチが格好つけたんだ、だったら俺も付き合わなくっちゃな?一人でやろ~だなんて格好良すぎる真似はさせねーぞ?」
そんな娘の姿を見ながら、ゲンゾンがいつもの人懐っこい笑顔で言ってくる。
「どうやら、ワシの仕事は成功したと思ってよろしいようですな、これで拗れでもしたらジジは寿命が縮んでお迎えがくるかと思ってヒヤヒヤしましたぞ?」
冗談の様な事を言いながら、楽しそうに笑うズンケルさん。
「シュウゴ様、私は氷の女と言われるような不器用な女ですから、優しく出来るかは分かりません、ですからなるべく早く立派な主になって下さいね?」
年頃の少女が浮かべるような笑顔を浮かべるレーミク、今まで俺が彼女に感じていた不快感など一切ない、剥き身の表情を浮かべた姿がそこにあった。
信頼と敬意の感じる彼女の言葉に、俺は少しだけ背伸びをして返事を返す。
「厳しそうだけど精一杯頑張るよ、これも自分で決めた道だからね」
今日、この時、俺はようやく本当の意味で日本と決別をした、この世界で新たな決意を持って、新しい人生を歩むと決めた、その一歩は苦難の始まりであると解った上で、この世界で出会った彼らに支えられて踏み出した。




