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第十九話 氷の巫女再び

 四人で朝食を摂ってから、皆それぞれの予定を進めるために家を離れてゆく、まずはゲンゾンが機能しかけた罠の様子を確認する為に出て行く。


「んじゃ、今日はうさぎ用の罠を仕掛けたし、晩飯はうさぎの香草焼きで頼むぜ!」


 確認の前に捕まえて居る自信があるのは彼が優秀な猟師だからなのか、自信過剰なのかは分からないが、きっと前者であるのはロリーエの態度でなんとなく理解できる。


「はいはい、でも捕まえた数が少なかったら、また緑豆の入ったうさぎスープにしちゃうかも」


「大丈夫だ!緑豆を避けるためなら俺バッチリうさぎを三羽捕ってきてやるぜ!行って来る!」


 そんな台詞を残してゲンゾンは扉を開いて飛び出していく、そんな姿をみながら次は片付けの終わらせてロリーエとクシーナが一緒に出るようだ。


「それじゃ、私達もそろそろ行きましょうか?アイツみたいな脳みそまで筋肉にならないようにあなたちゃーんと勉強しないとね?」


 言いながらロリーエに手を差し出したクシーナに、ロリーエはその手を掴んで笑顔を返す。


「そうね、もう少しお父さんも落ち着いてくれたらいいんだけど、でもああいうのがお父さんって感じじゃない?」


「確かに賢くなったゲンゾンって、なんだか想像もできないわね?」


「おいおい、相変わらずゲンゾンには厳しいね、アイツは良い奴だし、裏表がなくて俺は好きだぞ?」


 ここにはいない友人への厳しい評価に対して俺は反論を入れると、彼女達はよく似ている悪戯っ子のような笑顔で俺に返事を返す。


「良い奴なのと、頭がいいのは別問題よ?アイツはもう少し勉強して欲しかったわ、最近じゃロリーエの方が賢いんだもの」


「お父さんって、お馬鹿じゃないけど、適当だからよく色んな事をいい加減に片付けちゃうもの……」


 どうやらゲンゾンの豪快さで被害を受けた二人は、色々思う所があるようで、あまり被害を受けていない俺では解らない事もあるのだろうと思う。


「それじゃあ、私達もそろそろ行かないとね、またねシュウゴ、お大事に」


「行ってきます!お昼前に帰って来るからそれまでおとなしくしててね?」


「ああ、二人共いってらっしゃい、大人しくしているよ」


 そして俺は二人が出て行く姿を見送って、一人部屋に残って留守番を始めることになる、昨日レーミクさんに聞いた通り、なにかに捕まって何とか歩ける様になったとはいえ、まだまだ怪我人である事には変わりがない。


 まぁ一人で動ける範囲が増えたので、お手洗いに行く度に人の手を借りなくて済むのは正直嬉しい、やはり下の世話を人に頼むのは尊厳が脅かされる気がしてきつかった。


 窓に目を向け外の天気を見ると、少し雲が多いが雨が振る程ではないといった天気だ、メルデ村は冬はこのような日がもう暫く続き、少ししたら雪が降る季節になるらしい、山の方は既に雪化粧を纏って居るので、もう少しでここまで来るそうだ。


「さて、今日は何をするべきか、手記の方も読めそうな所はだいたい読んでしまったしな……」


 あの手記は残念ながら多くの箇所が傷んでしまっていた、何かの血や水の跡などの汚れが多く、読める部分が少なくなっていたが俺には多くの事を教えてくれた、手記を残してくれた源蔵さんの思いを感じる事が出来たと思う。


 だが、俺はきっと源蔵さんの思いの丈の全ては理解できたとはとても言えないだろう、恐らくは半分も正しく理解できていないかもしれない、文字だけで感じたことが全て理解できるのであれば、人はもっと素晴らしい生き物になっていると思う。


 だからこそ、これからの身の振り方を確りと考えて進まなければ、彼が感じた後悔以上の物を失ってしまうと思う、そうなった時には、果たして俺は源蔵さんのように立ち上がることが出来るのだろうか?


 もう一度手記を手に取り新たな情報を探しながら読みなおすが、やはり新しい情報はない。


 だがこの世界に新しい知り合いが増えれば増えるほどに、無くしてしまう可能性を考え、呪という未知の存在への恐ろしさを感じ、心が痛む。


 一度も会ったことはない、だが一度会ってしまえば戦うしかない相手、自らの欲望が主体で人を人と思わない、世界を腐らせる悪意。


 源蔵さんの怒りと哀しみに塗れた後悔の言葉を思い出して、俺の意識が深い思考の海に意識が沈みそうになっていると、外から扉を叩く音がしてレーミクさんの声が聞こえてきた。


「シュウゴ様、おはよう御座います、レーミク参りました」


 今日も彼女は俺に話があるようで、昨日と同じ冷たく温度を感じさせない声で俺に挨拶をして来た、どうやら、読み終わった後、結構な時間を悩んでいたようで、気がつけばもう昼前になっていた。


「どうぞ、開いていますよ」


 一度出来た不信感はどうにも抑えられず、少し固い返事で彼女招き入れる。


「失礼します、お体のご加減、いかかでしょうか?」


「ああ、貴方の見立て通り、何とか歩ける程度には回復したみたいだ、そんな所に立っていないでまずは座って欲しい」


 体の状況を確認しに来たのだろうか?まぁ、彼女は俺の身の回りの世話を大社という所から指示されたと言っていたし、仕事としてきたのだろう、とりあえず椅子を勧めて話を聞く事にした。


「では失礼します、お加減が問題無さそうで良かったです、あと一日もあれば動けるようにはなります、それでしたら大社に移動の準備を連絡しても問題ありません」


 勧めた椅子に着席すると、彼女は先の予定を語りだす、俺はそれを即座に否定する作業に入る。


「いや、まだ俺は何も決めていないですよ」


 彼女はどうやら自分の仕事だけを考えて、俺の気持ちなどは汲んでいないように思える。


「それにズンケルさんだって忙しいでしょうし、そんな人を俺の為に毎日時間を作ってもらうのは悪い、だからもう少し時間が欲しいのですが、どうしてそこまで焦っているんです?」


 俺が一番気になっている点を彼女に聞いてみる、そう、彼女からは何か脅迫的な焦りの感情をぶつけられている気がするのだ。


「それが巫女の存在意義であるから、でしょうか?稀人に仕える事こそ、私達巫女が唯一生きる価値を認められる事です、ならばそれを果たそうとするのは当然です」


 宗教上の理屈は俺にとっては理解できない、彼女の考え方、いや自らの有り様はある意味思考の放棄のように感じてしまう。


「そうですか、でも俺は貴方が言う事を鵜呑みはできないし、未だに理解もできていない、だから貴方の都合で動く気はないと言っておきますよ」


 自分の口から出た言葉の硬さに、少し居心地の悪さを感じる、目の前の少女は自分の仕事をこなそうとしているだけなのに、まるで自分がそれを邪魔する意地の悪い嫌味な人間になったかのような、後ろめたさと気味の悪さを感じてしまったからだ。


「そうですか、そう言われると私は待つしかありませんね」


 一言そう言ってから、彼女はただ俺を見つめる何とも言えない、無言の時間がただ流れる。


「済まないが、喉が渇いたので、少し失礼するよ」


 この空気に参りそうになって彼女から少しでも離れたくなり、喉の渇きを訴えて立ち上がろうとすると彼女に止められた。


「私が何か用意しますので、シュウゴ様はそのままお待ちください、奥を少しお借りします」


 静かに彼女が立ち上がり、そのまま返事すら聞かずに奥に向かってく彼女に聞こえないように、俺は小さくため息を吐く。


 彼女が嫌いではない、解らないのだ、理解できない者を側に置く事ほど、恐ろしい事はない、相手の行動原理が分かっているのであれば何らかの対策も打てるが、俺にとって彼女考えは全く持って理解ができない。


「もう少し、宗教についても勉強すべきだったかもな……」


 俺は科学を盲信し無神論者を気取るような真似はしないし、熱心に神を祈る程に信心深い訳でもない、ただ神はそこにあるという、日本神道の考え方は俺には合っているとは思うが、だからといって足繁く神社へ通うほどでもなかった。


 だから彼女の様な自分命より上に宗教を考えている熱心な宗教人の考え方は全く理解できない、そんな大きな精神性の齟齬が、俺達の間に嫌な空気を醸し出しているのだろう。


「何とかならないものかな……」


 なんともならない事を悩む事ほど精神を削られることはない、どう解決すべきも解らないのに悩むだから解決の糸口すらつかめない。


「シュウゴ様、お茶を入れますね」


「ありがとう、頂きます」


 微妙な空気の中、仄かに開いた茶葉の香りが広がって、消耗した精神に少しだけ余裕ができた、そのまま口に運んで一口飲むと、彼女の腕前に驚きを覚える。


「美味い……、素晴らしいお手前ですね……」


「喜んでいただけたら、光栄です……」


 俺は彼女の腕前は大したものではないだろうと決めつけていた、だが実際はこんなにも繊細なお茶入れる女性だった、そして俺が褒めた時、彼女は微かだが確かに微笑みを浮かべていた。


 きっと彼女にもなにか理由があるのだとは思う、それさえ理解ができれば俺達はも少しだけ歩み寄れるかもしれない、お茶を飲みながらそんなことを考える。


「今日は結論が出せないでしょうし、私はシュウゴ様のお世話をさせていただきたいと思っています、ロリーエさん達も出掛けていますし、手が必要かと思いますがいかがですか?」


 質問という体だが、なんだか思い詰めた感情が込められた彼女の質問、ここで突っぱねても進展はないだろう、ならば譲歩するべきではないかと思う。


 どちらの結果にせよ、俺がこの村で生活する以上は顔を合わせる事が無くなる事はない、これ以上関係を拗らせるとゲンゾン達にも迷惑が掛かる可能性だってあるだろう。


「構わないですが、俺はまだどこかに行けるような身体ではない、ロリーエが帰るまでは家に居るだけになりますよ?」


「構いません、私にとっては貴方様の側に侍る事が第一なのですから」


 彼女はそう言って、黙って椅子に座ってしまう、非常にやりにくいが暫く様子を見るしか無いだろう。


 俺は特に話すネタを持っていないので、ただ黙ってお茶を飲み、彼女に見つめられるという妙な時間を過ごす、だが前回の時よりは少しだけ嫌悪感は少ない。


 二人の奇妙な時間を過ごしている内に、ロリーエが戻ってくる時間になって居たようで、彼女の明るい声が聞こえてくる。


「ただいま~、シュウゴ調子はどう?」


「おかえり、ロリーエ、体調はまぁ、悪くはないけど、お客さんが来ててね」


「お邪魔しています、シュウゴ様のお茶を入れるために奥を少しお借りしました」


 ロリーエにとってレーミクの存在は予想外だったらしく、驚きの声を上げる。


「あっ、レーミクさん……、いらっしゃい、奥の方は気にしないで下さい、今からお昼を用意しますから一緒にどうですか?」


 昨日の事もあり、ロリーエも少しだけやりにくそうにしている、それでも昼に誘う辺りが彼女の人の良さを表していると俺は思う。


「では丁度良いので、頂きます、その後にズンケル様にこちらに出向いて頂き、シュウゴ様の説得をお願いしましょう」


 どうやら彼女はまだ何も諦めて無かったようだ、そして自分の計画進行する為にここに来ていたのだ。


「分かりました、それなら一度ズンケルさんのお話を聞きましょう、ロリーエもそれで構わないかな?」


「え?う、うん、いいけど……」


 このままで居ても埒が明かない、ズンケルさんは話が分からない感じではなかったし、きっと彼女よりはマシだろう、そう思って俺は彼女の話に乗ることにした。


「じゃあ、ゲンゾンが了承を出すのであれば、皆で話を聞きましょうか」


「分かりました、それで構いません」


 彼女の返答を聞いて俺はゲンゾンの帰りを待つ、ロリーエは四人分の昼食を作るために奥に向かって行く、そして彼女と二人の時間を再開するが、俺は一つだけ話題が出来たので聞いてみる。


「ズンケルさんが俺を説得すると言ってたけど、俺が了承しなかったらどうするつもりなんですか?」


 そう、俺が了承しない結果だって考えられるはずだ、なのにどうして彼女がここまで自信を持って語るのかが気になった。


「それを聞いてどうなりますか?貴方様は稀人なのです、決意を決めないと言われるのであれば、全てを失い続ける、そう聞いて戦わないと仰るような方であるならば、この世界に来る事が無かった」


 まるで俺の未来が決定付けられて居るように語る彼女、だがその内容は源蔵さんの言葉と一致して、俺に動揺を与える。


 雪のように白い肌と、氷の様に冷たい瞳が俺に何かを訴えかけようとしてる、そう感じた時ゲンゾンが戻ってくる音が聞こえてきた。


「おう!帰ったぞ!って、レーミクさんもいたのか、いらっしゃい」


「はいお邪魔しています、午後からズンケル様にシュウゴ様の説得をこちらでして頂く予定ですので、場所をお借りしますがよろしいですか?」


 彼女はゲンゾンの顔見るなり、挨拶もそこそこにゲンゾンにもズンケルさんのとの予定を語りだす、それを聞いたゲンゾンがこちらを見て説明を求める視線を送ってくる。


「おかえりゲンゾン、ちょっと色々話がある、済まないが時間をくれないか?」


 俺はゲンゾンに事情を話す、彼は昨日の状況を思い出して少し苦い顔をしたが、このまま放置しても居られないという、俺の意見に賛同してくれた。


「そういうことならしゃあねえな、分かった、シュウゴの好きにすりゃあいい、俺に出来る事はしてやるから言ってくれ」


「済まないね、このまま放置しても誰も納得出来ないし、居心地の悪いままだと思ったんだ」


「たしかにな、お前の言うとおりだ、まぁ午後の仕事はとりあえず置いておくわ、ウサギも結構とれたし罠も仕掛けてあるから問題もねえしな」


 笑って応えるゲンゾンの言葉は頼もしく、俺は少しだけ余裕を感じることが出来た。


「んじゃま、腹ごしらえして、落ち着いて話すしかねーだろ、とりあえず手ぇ洗ってくるわ」


 洗い場へ向かっていく彼の背中を見送りながら、これから迎える話と昨日よりは少しは味を感じられそうな食事のことを考えて、目の前に居る氷の巫女と呼ばれる少女の視線に耐える作業に再び入ることにした。

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