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第十六話 兄と妹

 俺がこの前に絶望していると玄関から物音が聞こえてくる。 

 

「ごめんくださ~い、ロリ~エ~居ないの~?中に入るわよ~」


 そんな威勢のいい挨拶の声が聞こえ、扉を開いて誰かが家に入ってくる、先程の二人の話を思い出し、俺は涙を急いで拭くと返事をする。


「ゲンゾンの妹さんでしょうか?今二人は出掛けています、すみませんがこちらまで来て頂けませんか?」


 頼まれた伝言役を果たすべく、彼女を呼ぶ、今の姿を誰かに見られるのはあまり嬉しい事ではないが、約束をした事を果さない理由にはならない。


「聞きなれない声ね、貴方がロリーエが言ってた可愛い人かしら?」


 どうやらロリーエから話が通っていたようで、不審者や物取りの類と勘違いされずに済んだようだが、可愛い人というなんとも妙な印象を投げかけられる。


 そのまま彼女はこちらに来てくれた様で軽快な足音が響いた後、部屋の戸が開き声の主が姿を現し中に入って来る。


 腰まで届きそうな胡桃色の髪を毛先の方で一つに結んだ女性、見た目はこちらで出会った女性の中では一番年上に見える、彼女と目が合ったので俺は口を開いた。


「はじめして、私は神山周護と申します。森で怪我をしてゲンゾンさんに命を助けられた者です」


 軽く頭を下げて挨拶をすると彼女は笑顔で返してくれた。


「ご丁寧にどうも私はクシーナよ、よろしくね?可愛いシュウゴくん」


 少しだけからかう様な言い方だが、彼女の笑顔は嫌味を感じさせない。 


「こちらこそよろしくクシーナさん、どういう風にロリーエから聞いたかは知らないですが、俺はただの三十路のおっさんですよ」


 そう返しておく、何を話しているかは良く解らないが今はこう返しておかないと危険な気がする、男の沽券的な部分がだ。


「あら?以外ね~、見た目で私と同じくらいかなって思ってたわ、そうなるとゲンゾンと同じくらいかしら?」


 ゲンゾンの年齢をはっきり聞いていないが、大して変わらないとは思うので自分の年を彼女に伝えてみる。


「俺は今年で三十二歳ですよ、彼とはそこまで変わらないとは思います」


「へぇ、ゲンゾンが確か今年二十八になるから、貴方ってゲンゾンよりも上なのね~」


 なんだと!?あの顔でアイツ年下だったのか!そっちのほうが意外だよ、でもまぁこの国の結婚の早さと、ロリーエの年齢を考えればそうなるか。


「逆に年下って事を今知って、俺の方がびっくりしましたよ」


「そう、でも本当に若く見えるわね、これは村の未亡人とか未婚の女が喜ぶんじゃないかしら?」


 どうやらゲンゾンが言っていた事を彼女も感じているようだ、こちらでは未婚の男というのは珍しい、だとすると俺のような男でも需要がある、この世界の悲しい現実だ。


 先程読んだ手記の事を思い出し、俺にそんな資格はないんだと暗い気持ちになって彼女に投げやりな態度で返してしまう。


「ははは、俺にはそんな資格なんて無いんですよ、どうせ何も守れずに死ぬしか無い情けない男なんです、そんな奴に結婚なんてする資格はないんですよ……」


 先ほどまで何とか取り作ろっていた外面が剥げ落ち、生の感情を見ず知らずの女性にぶつける、何たる無様だろう。


「どうしたのいきなり?シュウゴ、貴方、泣いているの……?」


 彼女に指摘されて気がついた、俺は今泣いているのだ。


「すいません、何でもないんです、きっと怪我で感情が荒ぶっているんだと思います……」


 これ以上無様を晒さぬように顔を隠す、そんな俺の傍に近寄って彼女が俺を抱き締める。


「きっとね、貴方が私の事を知ったら嫌がるのかもしれないけど、泣いている殿方を一人で放っておくのは私の流儀ではないの、だから今は我慢してね?」 


 彼女がそう囁くと俺はクシーナさんの柔らかな胸に包まれた。


「ロリーエが入っていたとおりだわ……、シュウゴって可愛いのね?一人で辛いことを必死で我慢して、こんな傷だらけの身体なのに、それでも誰かに迷惑を掛けまいと頑張ってるのね……」


 そんなことはない、自分の無力さや理不尽に絶望して勝手に泣いているだけの情けない男なのだ、こんな奴は放って置いて欲しい


「安心して、貴方がどんな風に思っていたとしても、私は貴方を嫌ったりはしないわ、だって私も昔同じようなことがあったのよ」


 彼女はゆっくりと昔話を始める、俺は何も言えずにただ涙を流すばかりだ。


「自分も傷を負っていた大事な人が自らを犠牲にして何とか逃がしてくれて、ただ逃げ帰っただけの何も出来ない自分の無力に泣いてた時にね、ゲンゾンがこうして抱きしめてくれたのよ……」


 俺の頭をゆっくりと撫でながら彼女は話す。

 

「お前が生きててくれ事が嬉しいって、私何にも出来なかったのにそう言ってくれたの、だからアイツはきっとね、貴方が今こうして生きてる事を喜んでいるわ、ロリーエだってそう、私もよ?」


 そう言われて俺は、この世界で初めて友人と言ってくれたゲンゾンの事を、不安で怯えて板折れを救い出してくれたロリーエを思い出す。


「確かに、ゲンゾンはそういう奴だね……、ロリーエだってそうだ……。」


「そうね、アイツにはもう絶対に言ってあげないけど私の最高の兄なの、ちょっと素直すぎてお馬鹿な所はご愛嬌だけどね?」


 彼女がそう言った後に楽しそうに笑う、その声につられて俺もつい笑ってしまう。


「はは……、いいのか?自慢の兄貴なんだろう?」


「ふふ、だって仕方ないじゃない?事実なんですもの……」


 そう言って少し彼女が暗くなる。


「慰めて貰った情けない俺が、こんなことを言うのも可笑しいかもしれないけど、君の事を聞かせてくれないか?」


 踏み込むべきかは解らないが、俺はゲンゾンやクシーナの事をもっと知りたいと思った。


「ダメよ?クシーナさんは謎の多い女でしてよ?美人にには謎が付き物なの、だから今は内緒ね?もう少し仲良くなったら教えてあげるわ」


 そう言いながらゆっくりと彼女は俺から離れ、俺の頬を優しく拭いてくれた。


「やっぱり泣いている殿方を慰めるのって、女にとっては誇らしいものね」


「男の俺には良く解らないがそういうモノなのかい?」


 情けなく泣いた後で頬を拭かれる照れ隠しに、クシーナさんに質問を投げかける。


「そうよ?だって自分の胸で殿方をもう一度立ち上がらせてあげれるんだもの、これほど女として誇らしいって感じる瞬間は、子供を生む時と、育て上げた時位じゃないかしら?」


 そういうものなのだろうか?男の俺には解らない感情だ、だが誰かの為になったと思う気持ちは理解できるので、きっと彼女が優しい人だからそう思うのだろう。


「情けない話で俺はここに来て女性に慰められてばかりだよ、君がロリーエに続いて二人目だよ、だから子供を産んだり育てたりとは比べ物にならないかもしれないな……」


 そう、俺はもう何度もロリーエに慰められている、この世界の理不尽に俺は情けないほど散々打ちのめされているのだ。


「いいんじゃない?貴方がそう感じていても、女としてはね殿方をそうやって慰めるのは嬉しい事、だから誰も嫌な思いなんてしていないって、胸を張ればいいじゃない?」


 彼女が嬉しそうに言った言葉、それは随分と恥ずかしい男だと思ってしまう。


「はは、でも泣いてばかりだとさすがに情けないし、いっつも慰めてばかりじゃ君達も流石に飽きるだろ?だからもう少しだけ頑張ってみようと思うよ」


 きっと下らない男の意地なのかもしれない、だけど、男にはそんな意地が必要な時がある、絶望が目の前にあっても意地を張るそんな瞬間が今なのだと思う。


「そう?じゃあ、しょうがないわね~、またシュウゴが泣くまで待っているわ、だから泣きたくなったらいらっしゃいな?」


 そう言って彼女は腰に手を当てて、俺に笑いかける、その笑顔はやはり大人の魅力に、少しだけ少女の可憐さを残した素敵な笑顔だと思う。


「ああ、その時はまた宜しくお願いするよ、クシーナさん」 


「ええ、よろしくお願いされました、でもきっと私のことを知ったら貴方は嫌がるかもだけどね?」


 そう言って少し寂しそうに笑う彼女、さっき断られたので聞くことが出来ない、だから少し強引でも話を変える。


「じゃあ、また今度その理由を教えてもらうとして、今日は何の用事で来たんですか?ロリーエに伝言役を頼まれているので教えてくれませんか?」


 少し強引な言葉に乗ってくれた彼女が俺の質問に応えてくれた。


「ああ、これをねロリーエに頼まれたの、ゲンゾンの嫌いな緑豆の塩漬けよ?」


 ゲンゾンが苦手な物か、一体どんなものなのだろう?少し興味があるな、今持ってきたということは晩飯に出るんだろうけど、ゲンゾンがそこまで嫌がると聞くと少し気になる。


 料理をする方からしたら好き嫌いや残すほうが悪い、特に家庭料理ならなおさらで俺の姉もよく言っていたよ『嫌ならもう御飯作らないからね』って、あれは最終兵器だよ。


「ちなみに、どんな物なのかな?良かったら見せてくれないか?」


 やはり純粋な興味が湧いたので聞いてみる、それにどうも少し腹が減っているようだ、コチラに来てからなんだか腹が減りやすくなったような気がする。


 これは怪我をしてるせいで栄養を身体が求めいる所為かもしれないな。


「貴方変わってるわね?こんなものを急に欲しがるなんて、まぁいいわ、少し待ってねお皿に取ってくるから」


 クシーナが部屋を出て奥に行く、俺は彼女の持つ雰囲気に連られてかどうも口が軽いような気がする。


「持ってきたわよ、味見なら少しでいいだろうから、ちょっとだけどね」


 そんな注意と一緒に渡された皿を見る。


 どう見てもグリンピースそっくりの豆がある、これが俺の想像する物と一緒ならゲンゾンは随分と可愛らしい物が苦手なんだと思う。


「ありがとう、確認なんだけどこれは直接食べるものではない?」


 クシーナさんに一応聞いてみる、大丈夫だと思うので本当に念のためという感じだ。


「ええ、スープの彩りにそのまま入れるようなものよ?だから食べても平気よ」


 不思議そうにクシーナが返してくる、確かに普通にある物を知らないと変な奴だと思われて当然だろうな。


「でもシュウゴって、緑豆なんかを気にするなんて、ずいぶん変わってるのね」


 彼女の何処か呆れた返事が返ってくる。


 ならば味見をしてみようと口に入れると予想通りの味と食感がした、あの逞しいゲンゾンがこんな豆を苦手だと思うと少し面白く感じてしまう。


「うん、予想通りの味と食感だったよ、俺が知っているのと変わらないから安心したよ。ありがとう」


 礼を言ってから皿を返す。俺は好き嫌いは無いが人それぞれだが、ゲンゾンは意外と子供ぽい部分があるんだな。


「そう、貴方が満足したならまぁいいわ、じゃあ片付けてくるわね」


 再び彼女が席を離れ、一人になると、少しだけ笑ってしまう。


「はは、ゲンゾンが嫌がる顔が思い浮かぶよ、きっとこんな豆食わなくても生きていけるとか言うんだろうな、アイツ!」


 思わず言葉にして笑ってしまう、どう考えてもゲンゾンが言いそうだと思ってしまう。


「そうね、アイツ似たようなことを言うと思うわよ?」


 皿を奥に、片付けクシーナさんが戻ってくると俺の声が聞こえていたのか、予想を正解だと言ってくる。


「ああ聞こえていたのか、あのゲンゾンがと思うと面白くて、つい言葉に出てしまったよ……」


 独り言のつもりで言った事を聞かれて、少し恥ずかしくなった俺は頭を掻いていると、クシーナさんはベッドの横の椅子に座って話しかけてくる。


「確かにアイツの好き嫌いはすごく子供っぽいと思うわよ?青臭いのが嫌いなのよアイツ」

 

「ああ、肉食獣ぽいからなゲンゾン」


 ひどく納得する答で頷いていると、何気ない話の様にクシーナさん新たな話題を投げかける。

 

「そういえば貴方は随分とロリーエに好かれているのね?あの子は私の姪なの、仲良くしてあげてね?」


 楽しそうに笑う彼女に俺は笑顔で返す。


「ああ、彼女はとてもいい子だよ、俺みたいな何処の誰かもわからないおっさん面倒を甲斐甲斐しく見てくれる、あんないい子滅多に居ないさ」


 そう俺が返すと、彼女は自分の事を褒められた様に自慢げに返事をする。


「そうよ?だって私の自慢の姪ですもの。もし気に入っても手を出すならもう少し後にしてね?まだ身体ができていないし、なによりゲンゾンが泣いちゃうわ。娘を取られたってね」

 

 いきなり彼女は全力でとんでも無い爆弾を投げてきた、流石にこの年であんな幼気な少女には手を出さないよ……。


「何を言ってるんだよ!あんな幼気いたいけな少女に手を出すほど落ちぶれちゃいないよ!まったく酷い叔母さんだ……」


 そう言って溜め息を吐くと、クシーナがちょっと拗ねた様な声で返してきた。


「残念でした私まだ二十六よ?そんな年で叔母さん扱いって悲しいわ……、だからロリーエには名前で呼ばせてるのよ?あとそれと敬語は結構よ、私は殿方に畏まられる程淑女でもないしね」


「了解だ君は素敵なお姉さんだよ、あと敬語は止めるよ、これいいかな?」


 彼女のお言葉に甘えて敬語を止める、そして女性の年齢は触れてはいけない。


 これは非常に繊細なものなので下手に触れると大怪我をしてしまう、まぁ彼女言う通りおばさんというような年でもないし、歳相応な色気と可憐さの混じった雰囲気だ。


「ええ結構、それでいいわ、どうせこの家に居るなら良く会うでしょうし、あんまり堅苦しいのも息が詰まるでしょ?」


「そうだねその方が助かるよ、俺もさここに来て色々慣れてないから気が抜ける方が楽でいいしね」


 別に稀人であると隠す気はないがあまり公にするものでも無いだろうし、ここは適当にごまかしておこう。


「ふぅん、やっぱり貴方って変わっているのね?なにか変わった理由でここに来たのかしら?」


「ああ、ちょっと色々あってね、あまり気にしないでくれると助かるよ」


 俺がそう返すとクシーナに暫く見つめられた後、なにか納得したような顔で彼女は頷いた、一連の流れがゲンゾンが納得する様子にそっくりだった。


「まぁいいわ、いい女に秘密があるように殿方にも隠された過去の一つや二つあるわ、それを暴こうと躍起になるのはあまりいい女とはいえないし、聞くのはまた今度ね」


 腰に手を当てて、不敵に笑い彼女は俺に笑いかける、なんだかバレているような気もするが、追求はしてこない様なので何も言わずにいるべきだろうな。


「そろそろゲンゾンが帰ってくるでしょ?私が緑豆を持ってきたってバレたら、きっと煩いでしょうから帰るわね。じゃあまた会いましょうね、シュウゴ」


 手を降って挨拶をして部屋から出ていこうとするクシーナに、俺は別れの挨拶と軽口を彼女に返す。


「ああ、ちゃんとゲンゾンには黙っておくよ、それじゃあまたね、クシーナ」


 俺と笑い合ったクシーナは、まるで悪戯をする子供の様な笑顔を残してそのまま手を降って部屋から出て行こうとした時、ロリーエが帰って来た音が扉の方から聞こえてきた。

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