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第十一話 老人の答え

 ロリーエが出かけてからしばらく一人で待っていると、扉を開ける音と誰かが訪ねてきた声が聞こえてくる、宮司様はずいぶん早く来てくれたようだ。


「ゲンゾンに言われて参った宮司のズンケルと申す、失礼しますぞ」


 老成を感じる声が外から響くと扉を開ける音が聞こえ、部屋の前までゆっくりとした足音が聞こえ、ズンケルさんの開き戸を叩く音が室内に響き渡る。


「おはようございます、シュウゴ殿起きておられるかな?」


「はい、起きています、どうぞお入りください」


 入室を促す言葉を掛けると戸が開き、白髪で白い顎鬚を蓄えた簡素な墨染めの装いの老人が入ってくる、その立ち姿は確かに宗教人だと理解できる説得力と清廉さを持っていた。


「今日は私の願いを聞いて頂きありがとうございます、私は神山周護と申します。このような身体なので歩くことも出来ず、ご足労頂いた上に床から対応をすることをお許し下さい」


 そう言ってまず頭を下げる、二人からズンケルさんは良い人だと聞いているが、それでも礼儀は大事だと思うので、しっかりとした態度で話し合いに挑もう。


「いやいや、このジジは散歩のついでに来たようなもので、そのような大層な礼を言われるような事をしておりませぬ、先ずはお体を大事にされればよいのです」


 そういって笑顔を浮かべる老人の雰囲気は、人を安心させる人好きのする空気を持っていて、どこか自分の祖父に似た雰囲気を感じてしまう。


 そんな客人をいつまでも立たせておくのは失礼だと思って、俺はベッド脇の椅子を勧める事にした。


「ありがとうございます、まずはこちらにお座りください」


「それはジジにはありがたい、ではありがたく座らせていただきますわい」


 そう返事をするズンケルさんが、素朴な作りの木の椅子にゆっくりとした所作で腰掛けるのを見届けてから、俺は一呼吸置いてから再び声をかける。


「ゲンゾンからお聞きとは思いますが、お知恵をお借りしたいと思っております、宮司様は博識だと二人から聞いております、どうかよろしくお願いします」


 俺は話が下手だから、挨拶もそこそこだが先に本題を出して置かないと、うまく話を持っていける気がしないし、先に呼び出した理由を述べておく。


「ふむ、このジジと話がしたいとは聞いておりましたが、どうやら色々とあるご様子ですな。ワシでお役に立てるのでしたら何でも聞いてくだされ、迷える者に手を差し伸べるのがワシの仕事ですからの」


 すると深くシワが刻まれた顔は微笑みを浮かべ、こちらを見つめる優しげな視線と、朗らかな笑い声と一緒に返された答えが、俺の心を落ち着かせた。


 今までのご老人の全てが、この人ならおかしな事にはならないだろうと、自分の中で信頼感へ変わって、俺は聞きたいことを言葉に変えてズンケルさんに最初の質問をした。


「ではまず、私のことですが、ゲンゾンからどこまでお聞きになりましたか?そこから確認してお話をしたいと思っています」


 まずは前提を確認すべく、どこから話すべきかを確かめる、話しすぎてもきっと理解されないこともあるだろう、なので確認から始めるべきだろう。


「そうですな、ワシがゲンゾンから聞いたのは、シュウゴ殿が怪我から意識を取り戻して色々知りたいと言っている。といったところですな」


 そう、稀人ということは言っていない、ゲンゾンに頼んでそういう風にした。こちらでの扱いは悪くはないのかもしれないが、それでも何が有るかわからない用心をしたほうがいいと思う。


 前回からかなりの月日が経っている、何十年もすれば色んな事が変わって当たり前だろう、なので状況が変わっているかもしれないから慎重になるのは悪いことではないだろう。


「そうでしたか、どうも私は色々あったせいか記憶と知識が混乱していて、頭の整理をするため色々知りたいのです」


 嘘をつかず、違う世界から来たと言わないで話すために考えた答がコレである、普通に考えて相当怪しいが、それでも無いとは言い切れない。


 というかコレくらいしか言いようがなかったとも言えるだろう。


「ふむ、それは大変ですな、一応ワシもこの村一番の知識人と言われておりますので、そういうことなら多少は役に立てると思いますぞ?」


 そう言ってくれるズンケルさん。少し騙すような気分になるが、まだ安心して話せるほど信頼関係を築けていない、まずは話せる機会を伺うべきだろうと考えていたら、次の発言で俺は驚くことになった。


「それでは恐らくシュウゴ殿が一番知りたい事は、この世界とシュウゴ殿が居た世界の違い、この辺りですかな?」


「え?何でそれを?」


 いきなりの言葉で頭が真っ白になる、情報はなにも言っていないし渡していないはずだ、なのにどうしてそこに辿り着く?一気に身体中が強張り、背中に嫌な汗が流れる。


「おっと、いかんいかん、びっくりさせてしまったようですな。どうして分かったのか説明せねばなりませぬな」


 まるで子供を驚かせるのに成功した老人の笑顔でズンケルさんが語る。


「簡単に言えば髪と肌の色、それと名前、最後に見つかった場所です」


 たったそれだけで?正直そう思ってしまうが、ズンケルさんは話を続ける。


「先ずはここらの国で黒い髪は殆ど見かけないのですよ、その肌の色は居ないではないですが、そういう肌の者は、もう少し毛深いのですよ」


 確かにここであった人達は皆白人種のように見える、この世界の人種的には、俺はかなり特殊な雰囲気なのかもれないと、ズンケルさんの言葉で理解した。


「次にシュウゴ殿が名乗った苗字は八十年程前こちらに来た稀人と同じでしてな、見つけた場所もその稀人と同じ池のほとり、ここまで揃っておれば察しはつきますじゃろ?」


 確かにうちの集落には神山姓は多い、おそらくは明治の政策時、集落の名前を皆が苗字にしたのだろう、落ちた先も同じ鎮守の森、だとすればたどり着く先が同じでもおかしくはない。


 そして前の稀人と似た容姿の人間、ズンケルさんが推論を立てれるだけの状況証拠は揃ってるといえるだろう。


「いきなりで驚かせた様で申し訳ない、悪い様にはせぬと神に誓いますぞ。この老いぼれに話してはいかがですかな?シュウゴ殿」


 黙っている俺に続きを促すズンケルさん、知られているのに隠してしまえば信用出来ないと言っている様なものだ、そうで無いのであれば正直に話すべきだろう。


「分かりましたお話しましょう。私は確かに稀人と呼ばれる者かそれに準ずる者だと思います、そしてこの世界の事を詳しく知りたいです、そして叶うなら元の世界へ戻りたいのです」


 俺は腹を決めて、ズンケルさんとの話し合いを始める。


「元の世界に帰りたいと思っておられるのなら、おそらくその方法は無いと言わねばなりませぬな。幾人かの先人も随分と戻りたかったようでの色々調べたようでして、うちの神社にも文献が残っておるのですが、ですが結果は戻れないと記されておりました」


 戻れないと記されていた……。この答は昨日から覚悟はしていたはずだったのに、決意したはずの覚悟を超えるような喪失感を感じてしまう。


 俺はもう故郷を失ってしまった、そう目の前に叩きつけられたのだ。


 胸の内に湧き上がる様々な感情を溢れさせないよう、歯を食いしばって必死に堪えた。


「申し訳ない、嘘をついて有りもしない希望を持たせるような真似はできませんでな、これは先人の手記です、シュウゴ殿に必要だろうと思って持ってきたのです」


 ズンケルさんは少し傷んだ手帳の様な物を差し出し、俺の手に優しく預けてくる。


「これはシュウゴ殿達の世界の言葉で書かれております、儂らには何が書かれいるかよう分かりませんが、これは同郷の者に託した方が故人も喜ぶだろうと思い、持ってまいりました」


 そういって、ゆっくり立ち上がるズンケルさんの姿が視線の端に入り、ただ反射的にそちらに顔を向ける。


「今日はこれまでにして後日にした方が良いでしょう、シュウゴ殿のお気持ちが落ち着いた時にゲンゾンに言ってくだされ」


 確かにこんな気持では前向きな気持で話し合うことは出来ないかもしれない。その言葉は正直ありがたい。


「すいません、こちらから呼び立てて折角来ていただいたのに……」


 受け入れ難い事実に挫けそうになった心を誤魔化して、なんとか謝罪の言葉を絞り出す事ができた。


「なに。気に病むことはありませんぞ、故郷に戻れぬと知れば誰でもそうなるでしょうし、お気になさらずに」


 ズンケルさんがこちらを気遣ってくれるが、それに応える余裕は俺に無かった。


「ワシはこれで失礼します、なにかあればいつでも言ってくだされば結構ですので、遠慮なさらず言ってくだされ、後でうちの者が修行を兼ねて怪我の経過を診にきますので、その時はよろしくお願いします」


 そう挨拶を残して、ズンケルさんは部屋を後にしていった。静かになった部屋で静かに息を吐き、その後を追うように先程から頭に浮かんでいだ言葉が流れるように口から溢れる。


「やっぱり覚悟はしてても、思ってた以上にきっついなぁ……」


 そうして漏れた言葉と現実が胸に刺さり、一人になった部屋で、二度と帰れない故郷を思って少しだけ泣いてしまった。

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