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第三話 義理堅い男の名

 全く予想すらしていなかった謁見のせいか、緊張の糸で雁字搦めになっていたロドンダさんが、王達一行が部屋を出て行った後の弛緩した空気の中、少し疲れたような様に口を開く。


「王様がいらっしゃるなんてワシは露とも思ってなかったんで、本当に寿命が縮むかと思っちまいやしたよ」


 だが目的のためとはいえ派手に城門へ突っ込むような人だ、やはり元々肝が太いのだろう、この質問を投げかける頃には落ち着きを取り戻したのか、困った様な笑顔で恨み言を口にした。


「いきなりの事で驚かせてしまって、すいませんでした。ですが私は、どうしても貴方とロドルガの献身に報いたいと思ったのです」


「するってぇと……、この事をシュウゴ様は知っていらしたんですかい?」


「えぇ、私が王やガルムンズ、彼の中隊の者達に話しました。そして話を聞いてくれた皆も、貴方とロドルガに何か報いたいと言って、このような形で英霊騎士の叙勲を行おうと言う事で纏まりました」


 人間という存在の限界、呪によって変えられた過去や失った命は戻ってこない。


 それが時間という流れを一方向にしか進めない者の定め、だからこそ一人の欲望に奪われた未来に、世界がこれから歩む道に正しいロドルガの姿を刻みたい、そう俺達は願ったのだ。


「ありがてぇこっとって、皆さんが倅を思って下さる気持は痛い程、ここに伝わっとります」


 彼の行いを正しく歴史に書き加える数少ない術が、英霊騎士の叙勲だったのだが、それを誰かが残された者の感傷だと言おうと、死者に対して弔う気持ちや報いる気持ちは忘れたいとは思わない、これは未来を生きる残された者の使命だと思う。

  

「シュウゴ様、どうか頭を上げてくだせぇ。こないだも言いやしたが、やっぱり英雄ってのは何度も軽々しく頭を下げるもんじゃねぇ、そう思うんでさぁ」 


 親が子を諭す様に囁かれた言葉に俺が頭を上げると、ロドンダさんが自らの胸に握りこぶしを当てて、相変わらずの人の良い笑顔を浮かべていた。


 優しげな父性を感じる視線を俺に向けながら、彼は静かに何かを思い浮かべるようなゆっくりとした口調で語りだす。


「確かにアイツは、お勤めの中で死んじまいやしたが、それでも、それでもテメェの夢だった英雄を助ける騎士に成れたんでさ……」


 幼い少年が夢見て憧れ、夢に真っ直ぐ一生懸命に進んだ少年が残した軌跡、その背中を押した手が、彼の残した誇りの形を優しく撫でる。


「そいつを誇れねぇならワシは、アイツのオヤジとは口が裂けても言えなくなる。だからシュウゴ様は一つも間違ってねぇんだと、ワシのためにもそんな風に思ってはくれやせんか?」


 俺を気遣う老人の言葉、ロドルガを慈しみここまで立派に育てた、彼の大きな心に俺は再び救われたのだと、不意に目頭が熱くなる。


「本当、ロドンダさんには敵わないですね……、ありがとう……」


 この人は本当に立派な父親だ、果たして自分が子を持った時、目の前の彼のような親に成れるのだろうかと考えてしまう。


「ワハハハハ、ワシはジジィですぜ?まだまだ若ぇシュウゴ様にゃ口じゃ負けれねぇですよ!」


 嬉しそうに胸を張り、大きな声で笑って応えてくれた言葉に、まだ自分は英雄として乗り越える壁があり、それでも前に進まなければならないと強く感じた。


「さぁさぁ、折角呪を跳ね除けたんだ、辛気くせーのはこのへんで終わりにしやしょうや、あっ!そうそう、荷台の上で話されたシュウゴ様の巫女様はご無事だったんですかい?」


 ロドンダさんの強引な気遣いに乗り、話題をそのままレーミクの話にしてしまおうと彼の疑問に応える。


「私はこんな体になってしまいましたが彼女は無事ですよ、今は自分の親に逢いに行ってる頃だと思います」


「おおっ!そいつぁ良かった!ワシも話を聞いてからずっと気になっていたんでさ、漸く無事だと聞けて安心しやしたよ、いやー本当に良かった良かった!」


彼はレーミクの無事を伝える言葉を聞いた瞬間、顔も知らない少女が無事な事を諸手を挙げて我が事のように大きな声で喜んだ。


「そういえば、奴隷商館でなんとか呪を倒してレーミクを取り戻した後、私を呪と勘違いした兵士に囲まれたのですが、その時にロドンダさんの知り合いだと名乗る冒険者が来てくれたんですよ」 


 そんな嬉しそうな笑顔にもう一人の功労者を思い出し、あの自分と同じ位の年齢の冒険者、奴隷商館に飛び込んできた冒険者について詳しく聞いてみようと思い話を振ってみた。


「あぁ、あん時は捕まる前に枯れ草に縋る気持ちで叫んでたんでやすが、あの男はワシの願いを本当に聞いてくれたんで?」


 冒険者の男が来たというと意外な事を聞いたとばかりに眼を広げ、少しだけ呆れたように口を開くロドンダさんの意外そうな声が返ってきたが、状況を考えれば控え目に見ても厄介事だ。


「えぇ、彼は確かにロドンダさんの知り合いだと言っていましたよ」


 確かに聞いた限りでは、下手すると犯罪にしか見えない願いを叶えるなんて酔狂な真似、信じられないと感じても仕方ないと思う。


 ロドンダさんは俺の話す言葉を黙って聞いて、しばらくしてこれまでで一番大きな声で笑い出した。

 

「ブッ……、ウハハハハッ!アイツッ、アイツはあんな事を借りだと思って、こんな厄介事に首を突っ込んだなら、相当律儀な奴か、はたまたとんでもねぇ馬鹿野郎でさぁ!」


 腹を抱えて笑うロドンダさんが、目尻に浮かんだ涙を拭いながら続きを話してくれた。


「実はね、ワシが王都に向かう前にアイツが村に来たんでさ、そんで酪農やってる家に来るなり王都の娘共の話を始めやして、ガキ共を不憫だと思う心があるならチーズを安くしろって一点張りで値切ってきやがって、その勢いに根負けして普段の半値以下で買い叩かれたんでさぁ……」


 彼の強引な値引き交渉を思い出しているのか、少しだけ苦笑いを浮かべて語る気のいい老人の表情から、売り言葉に買い言葉で相当な安値でチーズを譲ってしまったんだろうと容易に想像ができた。


「あん時は勢いでやっちまったとばかり思っていやしたが、娑婆の縁てぇのは奇なもんだ。こんな風にアイツとの縁が、シュウゴ様のお役に立つとは思っても見やせんでしたぜ……」


 しみじみと語るロドンダさんに、とうとう彼から聞くことができなかった名前について、俺は知っていないかと聞いてみた。 


「彼に危ない所を助けられたので改めてお礼をしたいのですが、最後まで名乗ってもらえませんでした。ロドンダさんは名前を知らないですか?」


「そんならワシが王都に来る前、アイツにパウを貸してやった時に聞いたんで知っとりますよ、アイツはベルガスってぇ名前で間違いねぇと思います」


 老人の口からもう一人の恩人の名前を知った俺は、今聞いた名前をオウム返しで口にする。


「冒険者のベルガスですか……、ロドンダさんとの出会いの件も踏まえると、少しばかり変わった人のようですね?」


「シュウゴ様の仰るとおりだとワシも思いまさぁ、良い年なのに冒険者なんぞやってる変わりモンだとは思いやすが、そんでもベルガスはワシが知ってる中でも相当の腕っこきですわ」


「ええ、あの盾の扱いは王国の騎士達にも引けを取らない所か、あのガルムンズ並だと素人目でも感じました」


「そいつぁはなんとも凄ぇ話だ、たった一日で村周辺の魔物どもの間引きを一人で済ましたんで中々の腕っこきだと思っていやしたが、どうやらそれ以上のタマだったてぇ事ですな」


 驚きと感心の混ざった彼の言葉に、メルデの猿頭や今回の魔犬で複数の魔物と対峙する危険性や、その難しさを痛い程に理解した俺も驚いてしまった。


「彼は思った以上の人物のようですね……、それならギルドに問い合わせをすれば名前さえ判れば探すのも容易でしょう」


 最低でもメルデで戦った魔物の数程度は相手をして、同時に村周辺の魔物の捜査を平行する。


 言葉にするだけなら簡単だが、この危険な仕事を両方纏めて一日で済ませて、余暇時間に子供たちへの土産の値切りまでしている程に余裕がある。


 こんな離れ業は優秀な冒険者でないと難しいと感じるし、仮に俺が彼と敵対して戦って居た場合、数秒で返り討ちに合っていたに違いない。


「しかし彼が敵側でなくてよかったですよ……、もし彼が呪に操られて私の前に現れていたのなら、きっと私は殺されていたに違いない、そう思います」


 今の俺は、何度か修羅場を越えて度胸だけ付いたに過ぎない、腕前を考えれば素人に毛が生えた程度であり、兵士や荒事が多い冒険者などの職業人と比べる事もおこがましいだろう。


「シュウゴ様は戦いの無い世界からいらっしゃったんですっけな、やっとうはこれから鍛えりゃええでしょうし、シュウゴ様に必要なのは腕っ節じゃねぇ、そうワシは思いやす」


「ええ、ですがやはり今回の被害の大きさを目の前にすると、どうしてももっとやりようが有ったのではないかと考えてしまいます……」


 もう少し自分が上手く立ち回れれば、上手く戦えればもっと良い結果も導くことが出来たかも知れないと考えるが、きっとこれは振り返った今だから言える結果論でしか無いと、自らの不足に忸怩たる思いが心に去来する。


「シュウゴ様に必要なのはやっとうの腕っ節よりも、こっちでごぜえますぜ?」


 そんな思いを見透かすかのように、ロドンダさんは俺の胸を指さして言葉を続ける。


「稀人様に一人で戦えとはワシ等言いやせん、一緒に戦います。稀人様が折れねぇ限りワシ等はそれを信じて戦いやす、苦しい時は皆でその背中を支えやす、だからねシュウゴ様、貴方様は絶対に折れちゃいけねぇ、ワシ等はココに宿る希望を信じてるから命を張れんですよ」

 

 激しい戦いに疲れ果て燠火の様になった心の炎が、彼の語る言葉に小さく揺れた。それは彼の言葉を肯定するかのような、穏やかな感情のゆらぎ。


「差し出がましいようですが言わせて頂きます、シュウゴ様はお一人で何でもしようと思われる責任感の強いお方です、確かにそれは殿方の資質としては好ましいと思いますわ、けれど人は誰も一人で生きていけない、だから私達女もいるのです」


 これまで俺たちの話を黙って聞いていたセラーネが、先程と同じ草原の香りのするお茶を|《側机そばづくえ》に置きながら語りかけてくる。


「巫女様達もロドンダ様と同じ気持ち、勿論私もですわ、ですからもっと周りを頼りにしてもいいのです、貴方様に世界の運命の全てを背負わせたいなど、私達は思って居ないのですから……」


 優しげな笑顔を浮かべる彼女の話を聞いたロドンダさんは、何度も頷いて口角を上げ、いたずらっぽい笑顔を浮かべながら口を開く。


「シュウゴ様、コイツぁは一本取られやしたね、女にここまで言わせて一人で突っ走ってんなら、そいつは男意気ってぇモンをしらねえ野暮天て奴だ、どうやら貴方様は女泣かせばかりしていらっしゃるみてぇですな」


 そんな老人の言葉に今度はセラーネが頷き始める、どうやら俺はやっぱり女心というのが解らない野暮な男のようだ。


「シュウゴ様、私は今朝のロリーエ様のお気持ちが痛い程伝わって来ましたわ、ですからどうしてもお伝えしたいと感じていたのです」


 泣いて飛び出したロリーエの姿を彼女は見ていた、本当なら直ぐにでも追いかけて行くべきだったと思うが、この身体ではどうすることも出来ず、ただその背中を見送ったことがまずかったのだろうか?


「ああ言う時の女は自分が何もしてあげられなかった、支えてあげられなかったと自分を責めるんです、ですから君が居てくれるだけで頑張れると、そう殿方に言葉にして言ってもらいたいんですよ?」


 そのつもりだったが言葉に出来なかった、それがいけないと暗に言われた気がして急に居心地が悪くなる、彼女は姉とは違う言い方で、姉と同じように女という男とは違う生き物について教えてくれる。


「あ~……、ワシがこう言っちゃあれでやすが、シュウゴ様は男から見りゃ惚れるに値する御仁なんでやすが、女から見りゃ朴念仁とか野暮天なんて、どやされるようなお人柄でごぜぇますな……」


 とうとうロドンダさんまで呆れたように顔に手を当てて、匙を投げるような発言をし始めた姿を見て、ああ……、やっぱり俺は姉やクシーナが言っていたように、あっちでもこの世界でも朴念仁だと自覚して溜息がでる。


「後、殿方と違って、娘時代というのは不安になりやすいのです、ですからロリーエ様とエレレファ様と、一度ゆっくりお話してあげてくださいね?」


 セラーネが諭すように話す内容が胸に刺さる、ああ、やっぱり女心は難しい。


「わかった……、出来るだけ頑張ってみるよ……」


 彼女から投げかけられた言葉に傷以外の何かが痛み、口から出たのはなんとか絞り出した様な了承の言葉だけだった。


 そんな俺の弱り切った態度に満足をしたのか、それとも情けを掛けてくれたのかは解らないが、セラーネは微笑みを浮かべ、そっと下がっていった。


「ワシも女から見りゃ、到底出来た男じゃごぜえやせんが、こんだけの器量持ちの娘さんが言うんですぜ?シュウゴ様、悪いことは言いやせんから、もう少し女ってモンを分かった方が良いと思いやすよ?」


 いかにも近所の親父さん然としたロドンダさんの言葉を聞いて、俺は思わず横にいるセラーネの顔を見る。


 セラーネは目が合うと、苦笑いとしか言えない表情を浮かべ「私はこれ以上は口に出して言いませんよ」などと言いたげな視線を返し、こちらを見ていていた。


 おそらく気を使ってくれたのであろう彼女の優しさが逆に堪え、俺はやっぱり彼女やクシーナに言われた通り、女心が分かってないんだなぁと、余計に情けなくなってしまい頭を抱えたくなったのだった。

私の不徳と不覚で怪我をしてしまい、更新が遅れに遅れて長い間お待たせして申し訳ありませんでした。


未だ装具も取れぬ完治は遠い治療中の身ですが、次回も出来るだけ早めにお送り出来る様に努力したいと思っております。


このような状況で私が願える事はないのかもしれませんが、出来ることなら皆様の思いがシュウゴさんの行く末を、明るく照らして頂ける事を願っております。


ここまで更新を待っていただいた事は、私にとっても非常に嬉しい出来事でした、本当に有難うございます。

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