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始動!ザイラスと俺

途中で視点変更の入る話です

 記念すべき第一のクエスト。

 これが俺たち『ザイラスと俺』の第一歩になる。

 気合は十分だった。初心者のザイラスがはじめて受けたクエストなんだ、せっかくだから多少無理なものでも成功にしてやりたかった。

 やりたかったん、だけど……依頼人が指定した場所に着いて、勢いが消えてしまった。


「おおっ!君たちかい?僕の依頼を受けてくれたのは⁉」


 うわっ、き、貴族?


 柔らかな金髪の男が俺たちを一目見て迎える。

 袖にフリルのあるシャツ、見るからに上質なズボン。服から覗く肌は新雪のように真っ白……しかも、ここはこの街で一番高級な宿だった。


 え~と、一晩……一万ゴルド?


 壁に書いてあった料金を見て絶句する。

 あり得なかった。こんな場所を待ち合わせに指定するなんて、俺じゃ怖くてできない……何をどう考えても貴族以外にあり得ない。

 その手には……両手でなければ抱えきれないような大きな包み。


 何だろう?結構大きな壺なのかな?


 壺の修理、だからそうなのかなって思うけど……貴族には似つかわしくない変わった姿だった。


「然り、我らがクエストを受領した探究者だ」


 観察をする俺の隣でザイラスがクエストボードから剥がした紙片を見せつける。

 その紙を見て、貴族としか思えない男が満面の笑みを浮かべた。


「おぉっ!やっぱりそうなんだね!ありがとう、助かるよ。ホテルの一室を貸し切っているんだ。まずはそこで話をしよう」


「うむ、仔細ない」


 ザイラスが当たり前のように頷いて、歩き出した男に追従する。


 か、格好いい……


 あまりにも堂々とした態度に圧倒されてしまう。

 ザイラスはすごく自然な形で貴族の男と接していた。

 まるでそれが当たり前だというかのように。


「む? どうしたのだ、ソージ? 置き去りにされるぞ?」


「あ、ああ」


 振り向いて声をかけてくるザイラスに返事して、慌てて二人に付いていく。

 貴族とか高級宿だとかに少し気後れしている俺にとって、今のザイラスはやけに眩しく感じられた。 

 

  ○ ▽ ○


 階段を昇り三階、貸し切っているという一室に案内される。 

 椅子に腰を下ろすなり貴族の男は、挨拶もせずに本題へ入った。


「早速だが依頼の話をしよう。クエストに出した直してほしいものというのはこの中に入っている、これを何とか修復してほしい」


 言い切ると同時に人差し指で包みを示す。

 椅子に座る俺たちの頭まで隠しきれるほどの大きな包みだった。

 俺はそれを横目で確認しながら小さく頷く。


「とりあえず話は分かった。これを直せばいいってことだな」


「おぉっ!話が早くて助かるよ、探究者君!」


 男は分かりやすく、俺の言葉に喜びを露にする。

 ザイラスは隣で「ふむ」と呟くだけだった。


 不愛想だなぁ……


 ザイラスの姿をチラリと見て、ちょっと悩んでしまう。

 クエストを受けてきたっていうのに、不愛想なのはあまりよくなかった。

 嫌な奴ってだけで報酬金を渋る理由になるし、依頼人から微妙な気持ちを持たれたままクエストをやるなんて単純に気持ち悪い、落ち着かなくてクエストに集中できない。そんなのはごめんだった。

 

 うぅん、仕方ないなぁ……ここは、一つ探究者としてお手本を見せるべきかな?


「悪い、遅くなったけど俺たちはザイラ……」


「待ってくれ、その先はいい」


「へ?」


「申し訳ないが、君たちの名前は聞かない。そして、僕の名前も言わない」


 とりあえず友好的に、自己紹介から始めようとした途中で止められる。

 その声は力強いもので、断固とした意志が感じられた。 


「多分、出会った瞬間から分かっていると思うが……僕はとある高貴な家の血族だ」


「……」


 うん、知ってるけど。

 口にすら出さず、ただ頷く。

 そんなことは最初から分かっていた。

 そのことを前提として話していたらしく、貴族の男は大仰に頷いて続けた。


「家の者が壺について疑問に思い、調査をすれば、そう時間もかからずクエストに行き着くだろう。そうなったとき、名前を知らなければそこから先にはいかなくなる」


 ?


 何それ? どういうこと?


「……ふん、知らないことが一番の情報隠匿というわけか」


 そこでザイラスの無機質な声が響いた。

 説明を継ぐように続けたザイラスに、男はパチンと指を弾く。


「その通りだよ! うん、本当に話が早くて助かるよ」


「ふっ、知らなければ我らからお前の名前が出ることはない。その逆にお前の口からこちらの名も出ない」

 

 貴族らしいやり口だ、と無機質な声で、しかし、どことなく吐き捨てるかのようにザイラスが言う。

 成程、そういうことだったんだ。

 うぅん、もしかしたら俺と同じくらい頭が良いんじゃ?

 頭の良い俺ですら分からなかった事実をあっさりと言い当てたザイラスに少し感心する。

 うん、それはいいんだけど……何か刺々しい

 依頼人相手にまるで物怖じをしていないことに、少し慄いてしまう。

 ザイラスが昨日初めて登録した初心者だということが一際感じられてならなかった。最初会ったときから何か喧嘩腰な感じだったけど、ここでも変わらなくて心臓を締め付けられる。 


 うぅん、ここは俺が何とかフォローを……でも、友好的に接しようとしたのはさっき潰されちゃったし……


 唸り声が洩れ出る。

 けれど、心配の必要はなかったらしくザイラスと貴族の男はにこやかに話していた。


「へぇ、君は貴族についてよく知っているんだね?本当に話が早い、あるいはその鎧の中身は貴族の内の誰かしらだったりするのかな?」


「ふむ、愚問だな。答える必要性を感じない、答える義務もない」


「あぁ、それが探究者の権利だったね。名前を捨てることができる、過去を捨てられる情報隠匿の権利。唯一、自分たちで名を決めることが出来る僕たちとは真逆の権利だ」


「……」


 ザイラスは何も返さなかった。

 少し俯き加減で、喋らず、動かず。

 でも、それは『何も返すことが出来ない』というわけじゃなかった。

 鎧の奥、無機質な塊に埋もれそうなほど小さな音で『ふぅ』とため息を吐いている音が聞こえた。やれやれと、困ったものでも見るかのように。

 呆れた吐息を洩らす。

 ザイラスは『何も返さなかった』

 そのことを男が理解したかどうかは分からない。だが、男はそのことに大した反応も見せなかった。

 ただ、肩を竦める。

 それから、ザイラスにだけ向いていた視線の中に俺も入れて、口を開いた。


「ふっ、それにしても君たちがこんなにも早くクエストを受けてくれたのは僥倖だった。実はこのクエスト、あまり時間がないんだ」


「え?そうなの?」


 聞いていなかった情報に思わず声が出る。

 男はこれまでと一転して顔から笑みを消して、続けた。


「上手くいったとして……明日まで稼げるかどうか、というところだ」


「……?」


 どういうこと?と、首を傾げてしまう。

 ザイラスは何の反応も示さなかった。腕組をし、うつむき加減のまま身じろぎ一つしない。

 言葉が足りていなかった。

 情報が足りないから判断のしようがない。

 だが、説明の補填はすぐさま行われた。


「うちの当主、まぁ、僕の父上なんだけど、それが今日どうしてもこの壺を見たいと言っている。だから、今日の朝に慌てて依頼を出したんだ」


「へぇ、成る程……」


 小さく呟き、理解をする。

 僥倖と言った、その意味。

 クエストというのは幾ら依頼をしようとそれが当日に処理される保証など何処にもない。

 依頼人がどんなに魅力的に思えるよう内容を書いても、高い報酬を設定しても処理されないものは処理されない。

 何故なら、それが探究者にとって魅力的であるとは限らないから。


「ふぅん、そっか……最下級にしては報酬が高いと思ったけどそういうことだったんだ」


「おぉ!君も中々に話が早い人だね!そう、そういうこと」


 またパチンと指を弾く。 

 300ゴルド、それがこのクエストの報酬だった。

 最下級クエストの報酬は10~50ゴルド。100ゴルドを超えるなんてまずない。俺が最もよく知る『便所掃除』は一回10ゴルドだった

 普通、最下級クエストで報酬が100ゴルドを超えることはない、俺が最もよく知る『便所掃除』は一回10ゴルドだった。

 これは『便所掃除』が一番安いからでだいたい最下級の報酬は10~50ゴルドの間なわけだが……それを踏まえるとこのクエストの報酬は破格を通り越して異常だった。

 探究者の勘が騒いで、受けたくないと思うほどには。

 

 うぅん……これは受けて正解だったかな?……でも、まだ先に何があるか分からないし……


 むぅ、と小さく呻り声を上げてしまう。

 俺は経験から知っていた。

 このような、よく分からない妙なクエストはどこかで落とし穴があることを。

 微妙に判断しかねる状況に頭を悩ませる。

 とはいえ、もう受けてしまった後なので何とも言えないわけだが……

 しかし、俺が考え込んでいる内に男は『話は終わった』とばかりに席を立った。


「さて、先ほども言った通り僕は父上を足止めしなければいけない。後は頼んだよ、探究者君たち」


「え?ちょっと……」


「……ふむ、我らは素人だ。そこまで期待をするではないぞ」


「大丈夫、形さえ整っていれば何とかしてみせるから」


 最後に、釘を刺すように言葉を発するザイラスに男はさわやかな笑みで答える。

 俺は蚊帳の外だった。

 無情にもパタンと扉が閉まる音がする。

 依頼人の男は完全に出て行ってしまっていた。

 刹那の静寂、やがて『やれやれ』と言うように息を洩らしてザイラスが動いた。


「ソージよ、では、始めるとしよう」


「あ、うん、そう、だね」


「……ふぅん、どうしたのだ?歯切れが悪い、先ほどから呆けているように見えるが?」


「あぁ、ちょっと……この依頼、受けてよかったのかと気になってさ。話を聞いた分には問題ないんだけど、なんか落とし穴があるような気がして……」


「ふむ、ソージはベテランだったな。そういえば……ならば、お前の感覚もそれほど馬鹿にしたものではないだろうな」


 大仰で棘のあるように感じる、ザイラスらしい言いぐさに俺は少しモヤモヤとする。

 いやまぁ、気にしてもしょうがないんだけど……やっぱりモヤモヤする。

 俺なら別に問題ないけど、これから先に依頼人と話してトラブルになる気がするし……


「だが、今更それを言っても仕方あるまい。クエストは受けてしまったのだ、ならば何とかするため力を尽くすのが健全だろう」


「ん? あぁ、そうだな。うん、まぁ、それは、そうなんだけど」


 ちょっと悩んでいたところに声を掛けられて歯切れが悪くなってしまう。

 しかし、ザイラスはそんな俺を見て大仰に頷いた。


「うむ、一つ一つのことに全力で当たっていかねば怠けるようになってしまうしな。それに……我らがパーティとして活動を始めて記念すべき最初の一歩がクエスト中断など嫌ではないか」


 そう、無機質な声で、しかし、笑いかけるように言う。


……あぁ、そうだよな

 

 ザイラスの言っていることは、俺の気持ちほぼそのままだった。

 ザイラスの言うように記念すべき最初だから。

 ちょっと微妙な気分はしたが、最初から文句を付けてやる気を削いでも仕方ないと『完全な新規登録者』のザイラスが選んだクエストを受けた。

 いざとなれば俺が何とかすればいいと思ったりもして。

 ふぅ、と息を吐く。


「しかし……ザイラス、相手は明らかに貴族だってのに、すごい話し方をしてたな。ちょっとハラハラしたよ」


「む、そうか?我は特に問題があるようには思わなかったが。貴族だからといってへりくだる必要はあるまい」


「いやいや、相手は依頼人でもあるんだしさ?ちゃんと言葉にも気を使わないと」


「ふむ……そこまで言うなら、ソージは敬語でもなんでも使えばよかっただろう。お前も気を使っているようには見えなかったぞ」


「へ?けい、語?」


 いきなり出てきた知らない言葉に首を傾げてしまう。

 

 けい語?けいご?


 頭を最高速度で回転させるが、頭の良い俺の頭脳でも何も引っかからない。

 返事は気づく間もなく口からポロリと洩れた。


「なに、それ?」


「む?何を言っているのだ、ソージよ?お前も日常的に聞いているだろう?数刻前にも聞いたはずだ」

「へ?そうなの?」


「うむ、『敬語』すなわち敬う言葉、ギルドの受付―レジーチのような話し方だ」


「へ?そうなの?」


 再度、同じ言葉を吐いて俺はザイラスが『うむ』と頷くのを見届ける。


……そうか、あれが敬語、知らなかった


 ぼんやりと思い出す。

 ギルドの受付がする話し方。

 堅苦しくて、何であんな喋り方をするのかいつも疑問だった。名前なんか聞いたことがなかったので、そんな名前があることも知らなかった。

 思い出し終えて、俺はもう一度『そっか』と思う。


「あの喋り方って、意味があったんだな……」


 遠くを見ながら呟く。

 ザイラスが俺の方へ無機質なフルフェイスを向けていた。


「ソージ、お前というやつは……それを知らずに今までどのように生きてこられたのだ」


「え?どのようにって、普通に?村でも聞いたことなかったし、オーベンでもギルド以外では聞いたことないし……父さんや母さんからも聞いたことなかったな……知らなくても別に問題なかったし」


「むぅ、そう、なのか」


「うん……あれ?何か妙な目で見られている気がするのは気のせい?」


「聞かなくても分かるだろう」


 ガシャリと重々しく音を立てて息を吐く。

 それから俺も同じように息を吐いた。

 

 聞かなくても分かる……何だ、気のせいか。


 一瞬、馬鹿と勘違いされているのではとヤキモキしたせいもあって、俺は一際ホッとする。鎧姿で表情がまるで見えないというのも中々やりずらい。

 そんな俺の様子を少しの間ジッと見つめて、ザイラスは何故か力ない様子で依頼人の残した包みに向き直った。


「ふむ、少し気になるが……うむ、まぁいいだろう。ソージ、今は依頼をこなそうではないか」


「ん?あぁ、そうだな。じゃ、とりあえず包みを開いちゃおうぜ」


 ハハ、と軽く笑いながら答え、包みへ手を掛ける。

 とりあえずクエストはクエスト。

 農村ではまるで使い道のない『敬語』などというものをどうして知っているのかなどと気になることはあるが……

 やることをやらなければ、先へは進まない。

 そう、俺は経験上知っていた。


 何も深刻に考えることなんてないことを。


 だって、俺たちは探究者だから。

 しがらみには囚われない根無し草、重たく考えたら動けなくなる。

 そんなことを思いながら、俺は包みを開き……


「……おっ?」


 グシャッと、三個分はありそうな色とりどりの破片がばら撒かれるのに、思わず声を上げた。


「これ、壺、なのか?」


「……ふむ」


 呆然と指を差す俺に、ザイラスは脱力をするように力なく首を振る。

 肩を竦めた状態でザイラスは、相も変らぬ無機質な声で言った。


「……存外、骨が折れそうだな」


 俺はちょっと前までに感じていた落とし穴の正体を確信した。



○ ▽ ○



 ユーディスの街―中央。

 多くの死地に囲まれるがゆえ活気づき栄える、この街の貴族が住まう邸が立ち並ぶ、一般庶民はけして立ち入らない区域。

 その中の少しばかりこじんまりとした屋敷に一人の男がハァハァと息を切らしながら駆け込んでいた。

 貴族の中でも名家と謳われるレイツェル家の所有する屋敷。

 中に入った男、先ほどまでホテルで探究者に壺の修復を頼んでいた依頼人は息を整える暇もなく叫んだ。


「レティシア!父上!父上は⁉もう来たか⁉」


「フェルミビオン様。慌ただしい御帰還ですね、御当主ガンセロイ様はまだお見えになられておりません」


 叫び終わるのと同時としか思えない刹那の空隙、音もなく現れたメイド―レティシアが空間によく通る声で答える。 

 男―フェルミビオンはその答えに安堵の息を洩らした。


「そうか……よかった、何とか間に合ったみたいだな」


「はい。随分と汗をおかきになられている御様子……御召し物をお取り換えいたします」


「待て、レティシア。それはいい」


「はい?何故でしょう?」


 宣言と同時に下半身へと手を伸ばすレティシアを制して、フェルミビオンはその場から少し離れる。

 何故ズボンからとか色々と言ってやりたいことはあったが、まず状況確認が先だった。


「レティシア、僕が出かける前に君へ頼んだことはどうなっている?」


「はい、処置は全て完了しております。この屋敷の扉は全て錠前で施錠をし、正門と正面玄関は内側から錠前を掛けるだけとなっております」


「よし、よくやった、レティシア」


「はい、お褒めに預かり光栄です」


 深々と頭を下げる。

 ちょうど正面から視界に映るヘッドドレスを眺めながら、フェルミビオンは確認の意味を込めて頷いた。

 

―これで後は気付かなかったということを理由にして、内側から施錠をした正門と玄関で足止めをして……それから、どこに壺を置いたか忘れたと言って錠前のついている部屋を一つずつ開けていく、それで何とか……


 頭の中で計算を繰り返す。

 物理的に時間がかかる状況を作り出して足止めをする。

 それが、こんな面倒なことをしている理由。

 内側からわざわざ錠前を掛けるのは、自分たちの手でなくては開けられなくするためだった。


「……正門はレティシアに、あえてあっさり開けてもらって玄関は僕が……鍵で開けようとするが、鍵が合わなく、レティシアが持っている方に付いてないかと、ここもあえて最速で合うカギを渡してもらうか……それから、レティシア」


「はい」


「錠前を付けている理由を聞かれたときには、どのように答えるかは覚えているかい?」


「はい、『フェルミビオン様のご指示です。昨今は悪事を働く輩が増えたので防犯の意味を込めて、とおっしゃられていました』と」


「うん、それでいい。あくまで僕が勝手に判断してやったという方向にしてくれ、レティシアには一切の責任はないというふうにね」


「はい、心得ております」


「さて、それから……」


 フェルミビオンは顎に手を当て、再びブツブツと呟き始める。

 それは足止めをするための作戦であり、細かな内容であった。

 何としても、クエストを受領した探究者たちが壺の修復を終えるまでの時間を自ら稼がなければならないから。

 これは、その最終確認。

 フェルミビオンは自分が考えた策を仔細洩らさず呟き終えたところで、「よし」と頷いた。


「完璧だ、一日は足止め出来る」


「はい、流石はフェルミビオン様です」


「ふふ、いいんだよ、レティシア。もっと褒めてくれ、天才の僕を!」


「はい、レイツェル家一の頭脳フェルミビオン様、他家であろうとも右に出るものはおりません」


「ハーハッハッハッハッハッ!」


 パチパチと手を叩くレティシアに、フェルミビオンは調子づいた高笑いをこだまさせる。

 今、フェルミビオンは最高にいい気分だった。

 数秒の間、拍手と高笑いが相まって響き渡る。

 フェルミビオンの息が続かなくなるにつれ高笑いは次第に小さくなっていき、完全になくなるのと同時に拍手の音も途切れた。

 それからレティシアが、息を切らすフェルミビオンの背中を擦り、完全に落ち着いたところで質問を口にした。


「ところでフェルミビオン様、二つほどお聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか?」


「ああ、何だい?レティシア」


「はい、とても素晴らしい作戦だとは思うのですが、フェルミビオン様の巧みな話術を用いて、御当主様を足止めするという作戦ではいけなかったのですか?」


「駄目だ、それは僕も考えたが……相手は産まれた時から僕のことを見ている父上だ。それはきっと不自然になる、自信がないよ」


「策を弄する以上、どちらにしろ不自然になってしまわれるのは仕方のないことと愚考致しますが……」


「うん、中々貴重な意見だね、レティシア。君の言うことは正しい、けれど僕は確実性が欲しいんだ」


「そうですか……出過ぎたことを言いました。不出来なレティシアをお許しください」


 深々と頭を下げる。

 ちょうど正面からヘッドドレスが視界に映る位置まで下げようとするのを、フェルミビオンは手で制して、首を横に振った。


「いいんだ、レティシア。頭を上げてくれ、君の意見はとても参考になるものだった。謝る必要などどこにもない……それより、聞きたいことが二つ、と言っていたね?もう一つを聞かせて貰っていいかな?」


「はい、フェルミビオン様」


 言葉を受け、レティシアは綺麗な仕草で頭を上げる。

 それからレティシアはフェルミビオンの瞳を見つめて、しっかりと『もう一つ』を口にした。


「先ほど、御召し物をお取り換えしようとしたときフェルミビオン様は『それはいい』とおっしゃられました。それは何故でしょうか?まだ答えて貰っておりません」


「えぇ?……そう、だったかな。でも、それは今重要なことかな?」


「はい、フェルミビオン様とお話しすることで重要でないものなど、このレティシアには存在しません」


 きっぱりと言い切る。

 力強いレティシアの姿に、フェルミビオンは『うぅん』と少しばかり呻ってしまう。


 時にやたらと頑固なところがある。


 それがフェルミビオンにとって、レティシアが持つ唯一の困りごとだった。


「……とりあえず、質問の答えとしては時間がなかったから、だね」


「時間がない、ですか。それは何故でしょう?」


「状況の確認も終えていないのに父上が来られてしまったら困るからね」


「はい、そうなのですか。お答えいただき有難う御座います、フェルミビオン様」


 そう言い、深々と頭を下げる。

 だが、レティシアはこれまでと違い数秒早く頭を上げた。


「では、ご確認が終わられた今ならば時間がある、ということですね。僭越ながら御召し物をお取り換えいたします」


「いやいや、待て待て」


 再度、下半身へと手を伸ばすレティシアを飛び退いて躱す。

 音も立てずに、手を伸ばした体勢のまま見上げたレティシアは首を傾けた。


「はい、それは何故でしょうか?」


 出てきたのは同じ言葉。

 フェルミビオンはそれにズボンを手で押さえながら口を開く。


「着替える必要なんてあるのかな?それよりも作戦通りの配置に着く方が先決では……」


「はい、もちろんお着替えは大切なことです。御当主とお会いになられるのにフェルミビオン様がそのような汗を吸った服でいることなどあってはならないことです」


「そうかな……今は非常時だし、相手は父上じゃないか?それにそんな堅苦しい用件というわけではないし」


「いいえ、お父上だからこそです。常にレイツェル家の跡取りであらせられるフェルミビオン様に相応しい姿でいられるよう、奉仕し尽くすことが専属メイドたるこのレティシアの役目。それが出来ないようであれば……このレティシアに価値などありません!」


「うっ、そ、そう、ごめんね」


 勢いに負けてフェルミビオンは後退ってしまう。

 常であれば「価値がないなんて言うものじゃないよ」といった言葉が出てくるものだが、この時においてはそのような余裕などは微塵もないほど気圧されていた。

 だが、謝罪の言葉にレティシアは首を横に振る。


「いいえ、フェルミビオン様に謝っていただくことなど何一つありはしません。では、御召し物をお取り換えしましょう」


「あぁ、分かった。着替えるよ……でも、自分で着替えるからレティシアは正門に鍵を付けに行ってもらっていいかな?」


「はい?それは何故でしょう?」


「だって、レティシアって不器用じゃないか。君に着替えの世話をされて何度ボタンが弾け飛んだことか……」


「はい、523回です。申し訳ございません、このレティシアが至らないばかりに」


「律儀だね、ちゃんと数えていたんだ……でも、そんな謝ってもらうようなことじゃないよ。気にしなくていい」


「いいえ、そのようなことはありません。そもそも今回のこともこのレティシアが誤って壺を落としてしまったことが発端……申し訳ございません。余所見をしていたばかりに」


「それを言うなら、どうせ壊れているならと間髪入れずに踏みつぶしたのは僕だ。レティシアの責任じゃないよ、一回ああいう大事な壺を叩き壊してみたいと思っていた僕が悪いんだ」


「ですが……」


―はい、そうですね。


 という人間はこの場には存在しなかった。

 自分が悪いという果てのない言い合いが続く。

 どちらも認めようとしなかった。

 相手に責任がある、と。

 それは優しいが不毛な言い争い。

 そのようなことをしているうちに、屋敷内に来客を知らせる魔道具の鈴を弾くような音が響いた。 

 というわけで、途中から別人視点の入る話でした。

 貴族の男‐フェルミビオン、フェルミビオンの話ではフェルミビオンがフェルミビオンという人称でフェルミビオンは○○という形式で進んで一人称で進まなかったのは、視点によって書き方を変えようと適当なことを始めたからですね。

 何でフェルミビオンの時はフェルミビオンで進むかというと、どうでもいいポジションだからですねw仕方ありませんねw


 フェルミビオンフェルミビオンばかりで何が書いてあるか分からない方、いらっしゃいますか?……ごめんなさい、この安直な名前の響きが気に入ってしまったんです。これからも安直な名前がどんどん出てきますけど、ご容赦ください

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