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クエストへ

 クエスト―-それは探究者への依頼であり、試練でもある。

 クエストを達成することにより、探究者は実績を積み上げ報酬を得る。そこにあるのは単なる日々を暮らしていくための糧だけではなく、探究者自身を成長させる経験という名の糧だ。

 そして、クエストの形式は主に二種類。

 一つはギルド外の一般から申請された外部クエスト。

 これは主に住人たちが困ったときや手伝いが欲しいときになど出されるもので内容としては雑用が多い。

 もう一つはギルド内から発行される内部クエストだ。

 これはギルドから探究者たちに向けて出されるもので、その内容はモンスターの討伐に素材集め、アイテム収集など多岐に渡る。

 その二つの最たる違いは時間のかかり方だった。




「ほう、そうなのか?」


 俺の説明を黙って聞いていたザイラスが無機質な声で呟く。

 それに俺はウンと頷いて、続けた。


「ちょっとやればすぐ分かるんだけどさ、ギルドの出したクエストって絶対的な達成目標が設定されてるから、そこにいくまで終わらないんだよね」


「む?どのクエストもそうではないのか?達成目標がなければクエストが終わらないだろう?」


「あぁ、民間が出したものはギルドのより曖昧なんだよ。ちょっと困ったことを解決してほしいとかだから、結果的に達成出来ればそれで終わりなんだ」


「ほう、具体的には?」


「ん~、そうだな……これ見れば分かるよ」


 聞いてくるザイラスに、俺はクエストボードに張り出された紙を指差す。

 受付からそれほど離れた位置ではない、その掲示板には未だ無数のクエストが張り付けられていた。

 俺の指差す先を見て、ザイラスが呻きを上げる。

 そこに隣り合うように張り出されているのは『ゴブリン討伐』と『猫ちゃんを見つけて』の二つだった。


「あっ、こっち外れだな。受けないほうがいいやつだ」


「……うむ、我が思うに家を出た猫などもう戻ってこないものだろう」


「あぁ、俺もこういうの受けて見つかった試しがないな……大体、何日かして『一生懸命探してくれてありがとう』か『もう帰ってきたので大丈夫です』とか」


「ふむ、そうか。我の想定通りだな」


 腕組をしながら顔を俯かせる。

 そんなザイラスの様になった仕草に俺は『格好いい……』と思いながら、苦笑した。


「はは、いやぁ、この二つじゃちょっと違いが分かりづらかったかな?」


「うむ、確かにお前の言う通り、分かりづらい。だが、言いたいことは分かった」


 ガシャリ、と金属音を響かせてザイラスはクエストボードへと近寄る。

 そして、指の先まで金属に覆われた武骨な手を紙へ向けた。

 そこに書いてあるもの、クエスト達成条件。


「ゴブリン討伐、これはゴブリンを二十体討伐し、その耳を証明として持ってくること。それに対してこの、猫の捜索は猫が見つかること……成程、確かに曖昧だ」


 納得してザイラスが手を下す。

 俺はそんなザイラスの様子に感心した。

 こんな分かりずらい比較でこうまで理解できるなんて、とても論理的な思考だ。

 俺と同じくらい頭が良いかもしれなかった。


「要するに民間の出す外部クエストは困りごとがあって出されるため、それさえ解決してしまえば終わりということだな」


 確認をするようにザイラスが俺の方を見ながら呟く。

 俺の言いたかったことそのままだった。


「そうそう、クエスト達成が依頼人の匙加減一つだからさ、終わるものはすぐ終わるんだよね。だから、そういう最下級クエストをバンバン受けちゃおうってこと!」


「そうか、成程な。方針は理解した。だが、ソージよ?匙加減一つならばこれは曲者だぞ?終わらないものはそうそう終わらないのではないか?」


 俺の言葉に、水を差すようにザイラスは冷静な言葉を投げかけてくる。

 その言葉は正しかった。

 俺がやったことのあるクエストの中では『店を繁盛させろ!』なんてのもあったが、露店のおっさんがグダグダとあとちょっとと引き伸ばし続けて数日やる羽目になった。

 しかも、外部クエストというのは一般人が何とか金を出して依頼を出すから、集めてきた素材を売り払って安定した資金を得られるギルド内のクエストよりも報酬が渋いことが多い。

 そのため割と探究者からは敬遠されることが多いのだが……頭の出来が一味違う知的な男である俺はそんな懸念もしっかり予想済みであった。


「ふふ、まぁここは俺に任せてくれ、ザイラス。簡単でしかもすぐ終わる、俺が毎日やっていたお手軽なクエストがあるんだ」


「ほう、中々に言うではないか。ならば我も期待するとしよう」


「ああ、任せろ任せろ」


 ニヤリと口の端を吊り上げて、クエストボードへと手を伸ばす。

 受けるクエストは最初から決まっていた。

 自分だけで好き勝手に出来て、それでいて他の奴らが受けようとはしない最下級クエスト。

 その名も……


「…………あれ?」


 端から端まで視線を彷徨わせてその名前がないことに首を傾げた。


 ○ ▽ ○


「レジーチ!レジーチーーーッ!」


 来た道を逆走する。

 俺の声に気が付いたレジーチが受付で少し嫌そうな顔をした。


「ハァ……何ですか、ソージさん?騒々しいですよ」


「あぁ、悪い悪い、ちょっと聞きたいことがあったもんだから」


 ガシャガシャと煩わしい音を立てて、ザイラスが遅れて到着をする。


……あれ?俺が見たときはゆっくり歩いて付いてきてたのに、随分と早いな?


 何で?と首を傾げたくなる衝動に駆られるが、今はそれどころではなかったことを思い出して、頭の片隅へと追いやる。


「で、何ですか?聞きたいことというのは」


「そう、それそれ!『便所掃除』のクエストが見当たらないんだけど何で⁉」


「はい?トイレ掃除ですか?」


「ほう、成程。ソージが探していたのはトイレ掃除だったか」


 俺の声に、レジーチとザイラスが同時に反応をする。

 そう、俺が『便所ソージ』という名で呼ばれるほど親しんだ最下級クエストだ。

 トイレ、それはどの町にもある。

 だが、なるべくなら掃除をしたくない。

 でも、掃除をしなければ臭くなる。

 それゆえ、どんな街でも張り出されている……皆が敬遠するから、ほぼ常駐に近い外部クエスト。

 俺はこのクエストをオーベンで三年間ほぼ毎日受けていたから知っている。

 この最下級クエストはなくなることなど有り得ないのだ。

 だって、自分は掃除したくないけど毎日綺麗な方がいいと、誰もが思っているから。


「な、何で無いの?もしかしてこの街だと便所掃除って人気なの⁉みんな便所掃除したがるの?俺が来る前にみんなクエスト持ってっちゃったの⁉」


「落ち着け、ソージ」


 ザイラスに窘められる。

 鎧に包まれた武骨な手は俺の肩へと置かれていた。


「あまり騒ぐと馬鹿にしか見えんぞ、馬鹿。馬鹿なんだから少しは大人しくしていろ」


「え?」


「……待て、今のは違う。気にするな」


「あっ、そう?」


 少し気弱に引き下がるザイラスを見て、俺も小さく頷く。

 何が違うというのかは分からないが、違うというのだから違うのだろう。

 言葉通り、気にしないことにするが……ちょっとモヤモヤする。

 少し気持ちの悪い感覚に苛まれながらもレジーチへと向き直ると、彼女は何の躊躇いもなく言った。


「この街にはありませんよ、トイレ掃除」


………………え?


 言葉にすることも出来ず絶句してしまう。

 だが、そんなふうに口と目を見開く俺にレジーチは続けた。


「この街のトイレは全て最新の技術で作られていまして、探究者にお金を払って依頼するほど困っていないんです」


「………………え?そう、なの?」


「いや、我に問われても知らぬとしか言えぬが」


 衝撃的な事実に、意味もなくザイラスの方を見てしまう。

 あまりにも予想外なことで頭がまともに働いていなかった。

 だが、追い打ちをかけるようにレジーチが続けた。


「ソージさん、今日でも昨日でも、街に来たのであればどこであれ一度くらいトイレに入ったはずです。どう、思いましたか?」


「え?うぅん、綺麗なトイレだな、と」


「ふむ、我はこんなものか、と思ったが」


 ザイラスがポツリと呟くのを聞きながら、その時の光景を思い出していく。

 初めてこの街のトイレに入ったのは昨日の朝だった。

 入ったのは『小躍りすると狐と子羊亭』のトイレ。

 寝る前に出さなかったことも相まって、歩きづらくなるほど尿意が限界にまで来ていた俺は、尿意を耐えるように限界まで屹立する相棒を抱えながらトイレへ向かったのだ。

 そこは、一言で表せば沁み一つない純白。

 白磁の滑らかさと空間に香る花の匂いがとても印象的で、入ったとき一瞬立ち止まってしまうほどだった。それどころではなかったというのに。

 そのときはトイレまでしっかり手が行き届いているんだな、と店長に感心したんだけど……


「あれって、うちの宿が特別綺麗なんじゃなかったのか?」


「ソージさんが言うのが、どの宿だかは知りませんが大抵は綺麗です」


 力強く即答をするレジーチに、俺は少し後退ってしまう。

 これはとても困ったことになった。


「うぅぅ、そうなのか……うぅん、どうにか、ならない?ほら、ギルドの特権とかでさ?俺、毎日便所掃除やってたから無いと落ち着かないんだよね」


「無理です」


「どうしても?ギルドの便所を掃除させてくれるだけでもいいんだけど?うん、何なら無料で」


「要りません」


 即答だった。

 まるで付け入る隙がない。

 だが、俺はかつて『便所ソージ』とまで呼ばれた男。クエストを抜きにしても、どうにかして便所掃除だけでもしたい。


「うぅん……ほら?俺が持ってる武器だって戦闘用のデッキブラシだしさ。掃除に関しては自信が」


「え?それ、デッキブラシだったんですか⁉」


 レジーチの素っ頓狂な声がギルド内に響く。

 今まで俺が接してきた中で最も強い感情が、その声には込められていた。


「え?そんな驚くこと?一目見て分かることなのに」


「分かるわけないじゃないですか⁉何を言ってるんですか?というか、戦闘用デッキブラシ?戦闘用って何ですか?戦闘用って?」


「え?戦闘用は戦闘用だよ」


 何を言っているんですか⁉と叫んでいるが、俺の方が何を言っているの?と首を傾げてしまう。

 何が言いたいのかまるで意味が分からなかった。


「……やはり、ソードブルーム」


……?そーどぶるーむ?


 ポツリと呟くザイラスの声が耳に入る。

 それは俺とレジーチのやり取りを聞いてのものだった。


「んん?何それ?こいつの名前はデッキブラシ改『ヴォ―パル・フェンリル二世』って言うんだ。自分で付けた名前なんだけど、結構格好いいよね?」


「ふむ、我には分からんが……ソージが好きならばそれで良いのではないか?いずれにせよ、お前の言葉で我は確信を深めた」


「へ?確信?何の?」


「なに、些末なことだ。気にするな」


「あ、そう?」


 気にするな、と前を向くよう促す声に、俺はレジーチの方へと向き直る。

 まぁ、小さなことだと言うんならそうなんだろう……ちょっとモヤモヤとする部分もあるが。

 それは傍で聞いていたレジーチもであるらしく、納得いかない表情をしていた。


「……私からはあまり根掘り葉掘り聞きませんけど、何で『二世』なんですか?」


「うん?こいつの名前?」


 背中にある相棒を指差して問う。

 どうやら、レジーチはザイラスのことよりも俺の言葉にモヤモヤとしていたようであった。

 成程、頭の良い俺にしては珍しく勘違いをしてしまったらしい……ちょっとばかり恥ずかしい。

 が、聞かれたのは簡単に分かることなのでスラスラと口から出た。


「名前の通り、こいつは二世なんだよ。一本目は普通のデッキブラシだったんだけどさ、それじゃ戦闘に耐え切れなくなって特注の戦闘用デッキブラシを作ってもらったんだ」


「……そう、ですか。分かりました、深くは言いません……教えていただいて、ありがとうございました」


 何故か元気なく礼を言うレジーチに気にしなくていいと手を振る。

 レジーチの様子は何やらよく分からないものであったが……人に気遣いが出来る察しの良い俺には分かっていた。

 レジーチは喋るのが苦手なため、俺と長時間会話をして疲れてしまったのだろう。

 便所掃除に関しては何とか食い下がりたいところなのだが、レジーチのことを考えるとそろそろ会話を切り上げた方がいいかもしれない……


「うぅん……まぁ、話も一応はキリのいいところまで来たし……仕方ない、今はとりあえず諦めて別のクエストを受けることにするよ」


「はい、そうですか……よく分かりませんけれど、ありがとうございます」


 相変わらず元気のないレジーチの声を聞きながら、俺たちは受付を後にした。


○ ▽ ○


 無数の依頼が張られるクエストボードの前。


「それで、望んでいたクエストは無かったわけだが、どうするのだ?ソージよ」


「うん……どうしよっか?」 


 ザイラスの問いに、少し気落ちした声で答える。

 当てが外れるとは思っていなかったので、先のことなどまるで考えていなかった。

 まぁ、考えていなかっただけでやることに関しては決まっているわけだが……


「あぁ、こうなったら仕方ないな……何でもいいから、とりあえずクエスト受けちゃおう」


「うむ、そうだな。ここで足踏みをしても無為なこと、我もその案に賛成だ」


 ガシャリと大げさな音を立てて頷くザイラスに、俺はクエストボードの方へ向き直る。

 内部クエスト、外部クエストと問わずに依頼は多い。

 数としてはパッと見でも半々といったところだ。

 クエストボードに張られている紙片を剥がして持っていくことで、クエスト受領となるのだが……今の俺たちでは最下級しか受けられないため選択肢は狭まる。


「うぅん、俺達でも選べるものとなると……」


 掲示板をざっと眺めていく。


『猫ちゃんを探して』


『あの人に僕の気持ちを伝えてください!』


『代わりに買い物やっといて、刻限昼下がりまでには私のところへ』


…………………


…………


……何かロクなものがない気がしてならない。


 基本的に最下級クエストは『便所掃除』以外はあまり受けてこなかった俺には判断材料が不足していた。

 選ぶとしたら早めに終わりそうな買い物なのだが……本当にこれでいいのかと二の足を踏んでしまう。

 俺が悩んで決めきれずにいると、隣にいるザイラスが手を伸ばして一枚の紙を取っていた。


「ふむ、これなどよいのではないか?」


「へ?なになに?」


 俺の声に、ザイラスは紙をこちらへと見せてくる。

 そこに書いてあったのは


『壺を直して!家宝を落として割っちゃった!』


 というクエストだった。 

          

          

         

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