俺の本当の旅立ちを……
世界には幾つもの死地が存在する。
何者かが作りたもうた地下深く続く大迷宮。
方向感覚を狂わせ気まぐれに命を刈り取る恐ろしき樹海。
灼熱の炎と吹き出る溶岩が容易く命を溶かす火山。
他にも怪しき影が潜む湖や、内部が空洞で明らかに何がしかの手が入っているであろう巨大樹など……危険と謎に満ちた死地が各地に存在する。
それらは危険であるがゆえに未知を内包しており、死地を知る誰もがこうは思わずにいられなかった。
きっと、この先に何かがあるはず。
そんな想いを行動力へと変え、未知を求めて死地へと赴く者たちを人々は『探究者』と呼んだ。
そして、この場所は幾つもの死地が点在する中心地点に位置する街『ユーディス』
その探究者ギルドで一人の男が受付の前で目をパチクリとさせていた。
「え?ここで探究者をするには新しく登録しなおさないといけないの?」
「はい、それがこの街『ユーディス』で探究者として活動するための規則となっております」
杓子定規な返答を行う受付―レジーチと名札に書かれている女性に、ただポカンとした顔をしてしまう。
寝耳に水とはこのことだった。
「え~と、登録し直すとなると俺が今持ってるこのカードは」
「回収させていただきます」
またも杓子定規に答えるレジーチに、少し呆然としながらギルドカードをカツカツと指で叩く。
ソージ・ファーマニス、と自分の名前が書かれた綺麗な色のギルドカード。
その色はランクを上げて段階的に変えていったもので、それは自分が努力をしてきた証とも言えるもので……正直、名残惜しい。
「……うぅん、何とか、ならない?」
「無理です」
清々しいほどの一刀両断だった。
付け入る余地も感じさせないほどの即断に流石の俺もちょっと後退る。
そんな俺の反応を気に留めた様子もなくレジーチは手元の紙、先ほど俺が書いて提出した紙を見て続けた。
「見たところ、以前に探究者として活動をしていた街『オーベン』では中々の活躍をしていたようですね」
「え?いやぁ、急に褒められると照れちゃうなぁ」
「いえ、別に褒めてなどいませんが?」
「へ?そうなの?」
早とちりだったのか……恥ずかしいな。
羞恥で少しばかり頬を赤くする俺にレジーチは呆れたような息を洩らした。
「出鼻を挫かないでください、時間が勿体ない」
睨みつけるようにこちらを見て、レジーチは仕切り直しをするようにまた紙に目を向ける。
「さて……クエストの達成率もなかなかですね。上級が13回、中級が25回、下級が103回に最下級が……1076回!?何で最下級だけこんなに」
「うん?それはまぁ、探究者としての嗜みだし……そんな驚くこと?」
「っ、いえ、申し訳ありません。少し取り乱しました、詮索をするような真似をしてしまい誠に申し訳ありません」
深々と頭を下げる。
そんなレジーチの姿に俺は少し頭を捻った。
なんか会話の流れが可笑しいような……?
数秒にも満たない時間悩んでからふと思い出す。
そういえば探究者には様々な人が居るから同じ探究者でもないただの個人が過去を詮索するのは最大のタブーとされているんだった。
普段はまるで使わない決まり事だからすっかり忘れていた……
「あ、はは、いいよいいよ、その~、大したことじゃないし」
「そうですか、ありがとうございます。ソージさまの心の広さには畏敬の念を抱きます」
「う、はは、は、そんなことないよ。だから、その、そう、話の続きは?」
気まずさを誤魔化すために渇いた笑いをする俺に、レジーチは礼を述べるために下げていた頭をようやく上げる。
俺からしたらこの話題はさっさと流れてほしいので、少し安心した。畏敬の念とか、気まずさを誤魔化すためにした行動からそんなことを言われるのは少し以上に心苦しい。
「はい、では、続きですね」
コホンと小さく咳ばらいをして、手元の紙を脇へ移動させる。
そんなものはもう要らないとばかりに。
「そのような経歴などはここでは一切関係ないということです」
「…………はぁ」
説明が足りないから反応がしづらい。
ポカンとする俺の顔にレジーチは数秒待って、焦れたように続けた。
「要するにこれまで積み上げた実績による優遇、ランクやネームバリューなどでの不正は行わないということです」
「へぇ……」
曖昧な相槌を打ちながら遠い目をする。
何を言っているのかよく分からなかった。
つまり?と俺としては正直に聞いてしまいたい衝動に駆られるが……察しの良い俺には大体のことが分かっていた。
多分レジーチは話をするのが苦手な人なのだろう。だから、補足説明をしているはずなのにどうにも要領を得ないことを言ってしまうのだ。
レジーチの人柄に思いを馳せて、遠くを見ていた目をレジーチの方へと戻す。
当の本人は、何やら不安げな表情で俺のことを見ていた。
きっと自分でも話をすることが苦手なのは分かっているから、しっかりと伝わっているか不安なんだろう……
ここで
つまりどういうこと?
なんて正直に聞くのは簡単なことだけど、それはちょっと可哀そうな気がして……俺は少し気を利かせてあげることにした。
「その規則が出来る前にはどんな問題が起きたの?」
「……そうですね、この規則がなかったのは随分と前になりますが」
前置きをして何かを思い出すような素振りで考え込む。
そんなレジーチに俺はエールの意味も込めてふむふむと頷く。
話をするのが苦手なレジーチは既定の会話だけでは対処できない、想定外の質問に戸惑っているのだ。受け答えの前に少し間があったのもそういうことに違いなかった。
頑張れ、ここで上手く出来れば経験が増えて自信に繋がるんだ!
密かに心の中で応援していると数瞬にも満たない時間でレジーチは空白のギルドカードを掲げて見せた。
色は金、光り輝くギルドカードだ。
「『このカードの色が示す通り、俺は第一線級の探究者だ。俺が登録するんだから当然どんな難関クエストでも最初から受けられるようにしろよ?いや、むしろこの俺がここに来てやったんだから金を寄越してもらいたいもんだぜ』などと言っていた、ランク虚偽男が居ました」
「うわぁ、それは酷い……」
絶句する。
その言葉は先ほどよりも遥かに分かりやすかった。
探究者というのはその性質上、馬鹿が多い。
無論俺はそんな多数とはまるで関係がない頭の良い男であるわけだが……そんな俺でも聞いたことがないほどに酷い話だった。
金色のギルドカード、初めて見た物。だけど、俺には思い当たることがあった。
「ランク虚偽、っていうとその金色ってやっぱり」
「はい、金鉱石をコーティングしてランクが最上位であると言い張る、昔によくあった金持ちだけがやる馬鹿な詐欺の一つです」
したり顔でレジーチが肯定をする。
顔が呆れたものに変化するのを止めることが出来なかった。
金色のギルドカードをまじまじと見て、何とも言えない気分になる。
この話、本当にやった奴が居たんだ……
今まであったかどうかも分からない、そんな噂話レベルでしか聞いたことがなかったから余計にそう思う。
そんな詐欺があるから金や銀などコーティングで偽装できる輝く色は止めてしまった、と。
その話を思い出して、俺はちょっとばかり気分を落ち込ませた。
金色のギルドカード、格好良かったんだろうなぁ……
昔ちょっとだけ憧れていたこともあって、その傷は今も少しだけ残っていた。
「そのような輩が他にも数人ほど居まして、他にも似たようなことが大小さまざまあって規則が出来た、というわけです」
「あぁ、そうなんだ……」
レジーチの説明に、少し気落ちをしながらも言葉を返す。
今度こそ完全に分かり易い補足説明だった。
「それに加えて、ここ『ユーディス』の街は死地に囲まれている、探究者にとっては非常に魅力的な場所。多くの探究者がこの街へと集ってくるのですが、魅力的であると同時に他の死地とは一線を企す死地に囲まれた場所、危険度が段違いなのです」
「あ、うん、それは知ってる。だから、一獲千金を夢見た探究者が最後にやってくる街だって」
「はい……そして、一獲千金を夢見て碌な情報もないまま『俺なら大丈夫だ』と根拠のない自信で危険な死地に飛び込んで無謀に命を散らした数が多すぎた」
「……」
厳かな声で言うレジーチに、俺は無言で頷きを返す。
場の雰囲気的に神妙な仕草をやってみただけなのだが、正解だったらしい。
俺の仕草にレジーチは瞑目して、小さく頷く。
「ソージ・ファーマニスさん、あなたも探究者であれば死地の危険性は十分に承知しているとは思いますが、この地はあなたが以前いた街よりも数段危険なのです」
レジーチの目は真っ直ぐとこちらへ向けられていた。
繋がる瞳の中に映る像。
レジーチの目には俺、俺の目にはレジーチ。
目の中に居る姿に相手が映り、その目の中に居る姿にまた相手が映る……無限回廊のように続く虚像の中でレジーチは真剣な声で言った。
「それゆえにここで行う二度目の探究者登録は、探究者が無謀に命を散らさぬよう一からやり直してもらうための、せめてもの安全策でもあるのです」
そう、どこか弱々しくも力強く言い切るレジーチのその声は
もう誰にも死んでほしくない。
そう言っているようでもあった。
悲痛で、必死で、矛盾を抱えたその言葉に俺は……
まあ、別に一獲千金を狙って来たわけじゃないし関係ないか
どうでもいいから頭の片隅に追いやった。
成る程、とりあえずは何で登録をし直さなければいけないのかは分かった。
要するに馬鹿が居たからだ。
話の要点を掴むことが上手い頭の良い俺は十全に把握していた。
「うん、規則の由来は分かった。で、話は戻るんだけど……ギルドカード、今自分が持ってるコレそのまま使えないかな?」
「……無理です、規則ですので」
前に聞いた杓子定規な台詞をそのまま言われる。
レジーチは何やら力の抜けた表情でこちらを見ていた。
呆れるような、とも表現できるかもしれない。
何で?
と、首を傾げかけてから気付く。
そういえばレジーチは話をするのが苦手な人見知りさんなんだった……また急に転換された新しい話に付いてこれないのだろう。
こんなに真剣に語ったのにもう次の話?もっと何か無いの? と、きっとそういう感じなんだろう。
「ちゃんと、話を聞いていたんですか?」
案の定、少し怒ったような声でレジーチが言ってくる。
どうにも俺の反応が薄いもんだから催促をしているのだろう……気持ちは分からなくもない。
必死に話して何かいい感じに締めくくった後はそれ相応の返答を期待するものだ。
話が苦手なレジーチからすればその想いは一際大きなものだろう。
とはいえ、俺にも譲れないものがあった。
やっぱり、今まで自分とずっと一緒にやってきた相棒とも言えるギルドカードが変わってしまうのはちょっと寂しい。
「うん、ごめんね。話はしっかり聞いていたし、ちゃんと理解はしたんだけどさ……ねぇ?本当に、どうにもならないの?」
「なりません。規則ですので」
頑なな対応。
頼み込んでいるというのにまるで態度が軟化しない。
困ったな、とギルドカードを手で弄びつつ悩んでいる俺にレジーチはそのままの硬い声で告げた。
「最初に言った通り、ここで活動するのであれば再新規登録は必須事項です。あなたが持っているギルドカードは回収して、鋳潰してから新しいカードを作らなければいけないのです」
「……へ?これを鋳潰して材料にするの?」
「そうです。それが嫌だというならここでの活動は諦めて以前居た街に―」
「なんだ、じゃあいいや持ってって」
「-帰っ、て、はい?」
ポンと俺から渡されたギルドカードを手に、キョトンとするレジーチ。
それに対して、俺の表情は晴れやかなものだった。
「……渋っていた割にはあっさりと渡しますね?」
「ん?それはまぁ、気になっていたことはもうなくなったからね」
あはは、と爽やかに笑いながら半目のレジーチに語り掛ける。
まったく少し前までの俺は何を気にしていたんだ、という気分になる。
今あるカードが材料になるんだったら、初期ランクのカードに戻るだけで同じカードの色が変わるだけみたいなものじゃないか。
レジーチも人が悪い、最初から言ってくれればいいのに。
そんなことを思いながら晴れやかな笑う俺の笑顔をジッと見て、レジーチはようやく俺から受け取ったギルドカードを机に置く。
それから少し前に脇へとずらした―俺の経歴が書いてある紙へサラッと簡素なサインを施して、その上にカードを乗せた。
「……えぇ、では、ソージ・ファーマニスさんは再新規登録を了承するということで、これから最下級探究者になるということでいいんですね?」
「あぁ、大丈夫大丈夫」
「そうですか……では、新しいギルドカードは明日にはお渡し出来ますので、明日もう一度ギルドまでお越しください」
「うん、分かった」
何やら納得をしていない様子のレジーチに対して俺はハッキリとした声でそう言う。
それでもレジーチは怪訝な顔のままだったが……まぁ、話をするのが苦手なレジーチには頭の回転が追い付かないんだろうな。
察しの良い俺には分かっていた。
じゃ、もう用はないしクエストでも受けて帰っ……て、あれ?
そして、踵を返しかけたところで気が付いた。
「そういえばギルドカードが無いから受け取るまではクエスト受けられない、のか?」
「はい、そうなります。なので今日はもうゆっくりとお休みすることをお勧めします」
「ふぅむ……」
うん、最初からそのつもりだったから特にレジーチへと言葉は返さない。
クエストが受けられないとなると少し困ったことになるのが事実だった。
いつも朝の日課として最下級クエストを一つこなすわけなのだが、行ったときに出来てなかったら……それが出来ない。
加えて、クエストというのは基本早い者勝ちなのだ。
最下級クエストに関しては数が多いからそんな心配はないのだが……他にいい感じのクエストがあった場合に取られてしまう可能性がある。
まぁ、一日くらい別にいいや、というのも正直な気持ちでもあるのだが少しモヤモヤとする。
と、考え込んでいる俺にレジーチが何かを思い出したように話しかけてきた。
「そういえば、明日から最下級の探究者として活動が可能となるわけですがパーティメンバーの募集はかけますか?」
ゴソゴソと引き出しから申請用紙を取り出しながら言うレジーチに、俺はすぐ頷く。
「あぁ、貰う貰う」
「そうですか、では明日ギルドカードを受け取ってから用紙を提出してくださいね」
「……あ、そうか。これもカードが無い間は探究者じゃないから出来ないってことか」
「えぇ、そうなります」
俺の言葉に同意するレジーチの声に、貰った用紙をポケットに仕舞い込みながら考える。
募集を掛けられるのが明日からとなると、パーティで動くことが出来るのは明後日からとなる。
一日募集を掛けて、俺が書いたパーティの要望を見てもらって集まった人で活動を開始する。募集を見た相手の準備時間も考慮に入れて、この形が一番いいはずなのだ。
以前、オーベンにある武器屋のおっさんが言っていたことを覚えている。
そのため今から募集を掛けられれば、ギルドカードを受け取ると同時に本格的な活動が可能になるわけなのだが……
「うぅん……まぁ、しょうがないか」
「えぇ、規則ですので」
お堅い声で特にいらない返しをしてくるレジーチを、チラリと見て俺は歩きはじめる。
「じゃあ、今日はもう帰るから、ありがとうレジーチ」
「え、呼び捨て……オホン、ではソージさん、また明日」
ペコリと頭を下げるレジーチに手を振って、入り口まで歩いていく。
何やら妙な顔をレジーチはしていたような気がするが、俺は気にせず扉を押す。
とりあえずパーティ募集の申請用紙を書かなければいけないから、今日はゆっくり考えよう。
そう、頭の中で考えながら俺は扉を押して外に出……
………………
…………あれ?開かないぞ?
何で、と思いグイッと力を入れるがやっぱり扉は開かない。
おかしい。ギルドにやってきて、扉を押して入ってきたときにはしっかり開いたのに……
何故?と、考え込みかけて気付く。
あ、入るとき押したんだから出るときは引き戸か……
俺が頭の回転が早い人間でよかった。
もし遅かったら、開かないぞ!どういうことだ!?なんて騒ぎ立てて赤っ恥を掻くところだった。
そう、俺はホッと胸を撫で下ろしながらギルドを出た。
と、この話はこんな感じで進行していきます。
登場人物の名前などは分かりやす~い付け方でされていますけれど、気が付いてもスルーして下さいw






