終わりの後のプロローグ
「とまぁ、こんな感じの人生を俺は歩んでいきたいんだ」
「何を言っているんだ?お前は」
闇色の全身鎧に身を包んだ男―ザイラスが呆れたような声で言う。
金属を響き合わせたかのような重低音、人間臭さが微塵も感じられない無機質な声。
うん、相変わらず渋くて格好いい良い声だ。
心の中で素直な感想を洩らして机に置かれたエールをグイッとあおる。
この場所は宿屋に併設された酒場だった。
大繁盛、というほどではないが空席が無いほどには賑わっていて『いかにも』な探究者たちが思い思いに酒をあおっては下品な笑いを上げている。
かくいう俺たちもそんないかにもな探究者のワンシーンだったりするわけだが……俺のすぐ前に居るザイラスは酒に一口も口を付けようとはしなかった。
それを半目で見据えながら、エールを半分ほど飲み干す。
「っ、ぷはぁっ……ふぅ、温くなるぞ?早く飲めよ、ザイラス」
「何やら急に語り始めたのはお前の方だというのに、こいつは……困ったものだ」
言いつつ、ザイラスは促されるままにジョッキを持つ。
無論、フルフェイスは着けたままだ。
顔の辺りで傾けたジョッキから中身が少しずつ消えていく。
不思議だ……
「ふむ……温くなるとは言うがな。ここの酒はやはり大して冷えてなどいないぞ?」
少し、不満そうに文句を言ってジョッキを置くザイラスに、何を言ってるんだこいつという顔をする。
冷えた飲み物などは贅沢品だ、こんな宿屋で提供できるわけがない。
そんなものを提供するには、勝手に溶けてなくなるため保存方法がない氷を使うか、そういう魔道具を使うか。
やっている場所は貴族御用達なんていう高級宿ばかりで、どちらも高コストだ。
「あんまり無茶言ってやるなよ。ほら、看板娘のビィナちゃんがこっち睨んでるぞ」
「看板娘……我が思うにあの者をちゃん付けで呼ぶのは性別上おかしいのでは」
「シーーッ!それあんまおっきい声で言っちゃ駄目」
危険な発言を途中で遮り、鬼のような形相でこちらへ来ようとしていたビィナちゃん(46歳、パンツとエプロンのみ着用の筋肉男)にニヘラと愛想笑いを送っておく。
まったく、危ないな……こんなふうにザイラスは時折り地雷を容赦なく踏み抜いていくから油断ならない。
愛想笑いを数秒続けていく内に誠意が伝わったらしく、ビィナちゃんの表情から険が取れていく。
どうやら許してくれたらしい……よかった。
と、ホッとするのも束の間でビィナちゃんが何やらパクパクと口を動かしていた。
「ん?え~と……」
なになに?後で……
し・り・を・さ・わ・ら・せ・ろ?
………………
…………
見なかったことにして俺はザイラスの方へ向き直る。
「大体な、あんまり冷えてないって言うけどこれでもここは結構頑張ってる方だぞ?」
「またお前は……しばらくぼうっとしていると思えば、また急に話を戻す……まぁ構わんが。ふむ、そうなのか?」
「あぁ、普通はなるべく涼しい場所に置くことで多少冷えたものを提供するわけなんだけどな。ここはそれが結構涼しいらしく他と比べたら格段に冷えている」
「ほう、そういうものか……そんなもの外気の温度と大して変わらんと思うが」
気のない返事をして、またザイラスがジョッキを少し傾ける。
そして、やっぱり小声で「温い……」と文句を言う。
やれやれ、困ったもんだ。
こういう世間知らずな面があるから俺も中々ザイラスと離れて行動することが出来ない。
まぁ、友達の俺からしたらこういう面もこいつの魅力の一つなわけだが……ハァ。
とはいえ、どうしてザイラスがこんな世間知らずで飲み物が冷えていないなどと文句を言うのかは勘のいい俺には全て分かっていた。
おそらくザイラスは田舎もんなのだろう……今まで碌に店で飲み物などを飲んだこともなくて、都会はこういうもんだっていう適当な又聞きでそう思ってしまっているのだ。
純粋であるがゆえの悲しさというべきか……そしてある日に呪いの全身鎧を身に付けてしまって、それを解呪する方法を見つけるため探究者になって……今に至る、と。
そんなところだろう、俺はザイラスが歩んできた悲運の半生を思い浮かべて、ウンと頷く。
「ザイラス……俺は何があっても傍に居てやるからな」
友達として。
そんな想いを込めて語った言葉に、ザイラスはガタッと身体を浮かせた。
「っ、いきなり何だ?そんな不意に言われたら我も照れる……今日のお前はいつにも増しておかしいぞ」
「……あの、ザイラス?いつにも増してって、いつも俺が頭おかしいみたいに言われているのは気のせい?」
「確認するまでもないだろう?」
俺の素朴な疑問にザイラスは自信ありげに即答をした。
確認するまでも、ないだって?
……何だ、じゃあ俺の気のせいか、良かった。
ホッと胸を撫で下ろしているところにザイラスは言葉を続けた。
「大体にして、先ほどの夢語りも一体何なのだ?」
「いや、何なのだとか言われても……俺の夢だけど?」
「というと、わざわざ擦れ違いを起こしたり、喧嘩をしたりして不仲になりたいと言うのか?我は嫌だぞ」
「んん?もうザイラスは分かってないなぁ。そこから仲直りをしてもっと強固な絆で結ばれるのが醍醐味というか、物語性というか」
「そういうものか?」
「そうそう」
「むぅ……」
呻り声を上げて考え込んでしまうザイラスを見て、やれやれと肩を竦める。
まったく、ロマンが分からない奴だなぁ。
それから数秒、ザイラスは呻った末にポツリと無機質な声で言った。
「やっぱり我は好きな者とは喧嘩などしたくないぞ」
「はは、そっか」
純情だな~、と心の中で続けて背もたれに身体を委ねる。
思えばザイラスともこんなふうに女性との出会いについて語れるほどに仲良くなったんだな、と少し感傷的な気分になる。
最初はお互い探り合いでぎこちない感じだったっけ?
何か急に刺々しいことを言ってきたり、何か微妙そうな……俺がモヤモヤするような感じの視線を向けてきたリ
ザイラスと出会ったときのことをボンヤリと思い出す。
別に最初から今とそんな変わんない感じだったけど、俺たち仲良くなったんだなってしみじみと思う。
だって、一緒に居て安心するから。
「ソージさーん!ご注文のアースドラゴンの香草焼き出来ましたよー!」
「お? はいはーい!」
っと、店長が俺のこと呼んでるから行かなきゃ。
大体の人がはじめまして。
これ、ここで掲載する必要なくね? と思う方も居るかもしれません。無論、私もです。
そんな方も、極めて少ないとは思いますが楽しみにしてくれる方もとりあえずは安心してください!一部は完結済みで、それまでは完全予約投稿で更新していきますので。
拙作ですが、よろしければご覧ください。