はるのあらし
ちょっと遅いけど、春一番ネタ。
騒がしい夜だ。
今朝から、強風が一向に収まる気配が無く、室内にいると何かの叫び声が聞こえるかのようだ。
がたがたと窓を揺らす様は、何か良くないものが家を取り囲んで中に入ろうとしているかのよう。
そんな想像をしていた大人のボクでさえちょっと気味が悪く聞こえているのだから、子供のニアにとって耐えられないものだったようで。
「パパ。きょうはいっしょにねんねして」
そう言って涙ぐみながらベッドに寝転んで本を読んでいるボクのところに来た。
ニアの自立の為を思って自分の部屋を与えていたのだけれど、たまに寝付きが悪い時や怖い目にあった時はこうしてボクと一緒に寝たがる。
こうやって些細な事でボクに頼ってくるのも何歳くらいまでなのだろう。
きっと数年後には、父親のボクの事を煙たがる様になるのだろうな。
少し、切なくなってしまう。
ニアの成長にとっては、それが最善だと分かってはいるのだけれど。
読書を止めて少し壁際にずれてやると、ニアがボクの隣に滑り込んできた。
ボクのシャツの前部分を掴んで体を寄せてくる。
相当風の音が怖かったようだ。
「怖い?」
「ん」
問いかけてみると、ぐりぐりとボクの胸元に顔を押し付けてくる。
風が唸り声を上げる度、震える姿が愛おしくなってくる。
「……パパはこわくないの?」
「んー、ニアと同い年位の時は怖かったなぁ」
小さい頃は今よりもずっと臆病で、泣いてばかりいた。
ボクは施設育ちだから自分の両親なんていなくて、ニアの様に親に縋るということはできなかったけれど。
毎日が不安で不安でどうしようもなくて、当時姉のように慕っていた女の子の後ろにしがみ付いて泣いていた。
今となっては何が不安だったのかよく覚えていないけれど、子供にしか分からないような感覚があったのかもしれない。
「かぜさんはどうしておこってるの?」
「風が怒ってる?」
「だって、大きな声だしているんだもん」
ほら、とボクの背後の窓を指さすニア。
一際大きな音を立てて、風が窓に当たる。
ニアは風の音を、風自体の怒鳴り声だと解釈したようだ。
子供の発想は無限大に広がるから面白い。
「ニアなにかわるいことしたかな」
「ははは」
「パパなんでわらうの!?」
本気で悩むニアが面白くて、思わず笑ってしまったのを咎められてしまった。
「パパは風さんは怒っていないと思うよ」
「そうなの?」
「うん」
説明を求めるように、ニアがボクの顔を覗き込む。
「この風はね。春が来たことを知らせに来たんだよ」
「はる?」
「そう。ニアは空気が暖かくなってきたのが、分かる?」
「うん」
「それが春だよ」
世の中には四季がある。
4つの季節が巡り巡って1年。
ニアはまだ小さいから、大した違いは分からないかもしれないけれど。
4つの季節にはそれぞれ良いところがあるのを、ニアには感じてもらいたい。
「春が来ると雪が解けて、お花が咲いて、動物達が起きてくるよ」
「ニアおはなすきー」
「じゃあ、これから咲くのが楽しみだね」
「うん」
この集落は国の南部に位置しているけれど、一応少しだけ雪が積もる。
その雪が解けて、春一番が吹けば本格的に春がやってくる。
「じゃあ、かぜさんはよろこんでるんだね」
「そうかもしれないなぁ」
正直風の気持ちなんて分からないけれど、雪一面だった景色が変わっていくから、もしかしたら喜んでいるのかもしれない。
ニアが窓に目を向ける。先ほどまでの怯えた様子はない。
どうやら怖くなくなったようだ。
「かぜさん。うれしいのはわかるけど、もうすこししずかにしてね」
そう窓の向こうに言うニアを見て、また少し笑ってしまった。
それを咎められて、機嫌が悪くなったニアを宥める羽目になるのは、また別の話。