ゆうしゃになるには
「にっくきまおうめ!ゆうしゃがやっつけちゃうぞ!」
「うわー、やられたー」
「おにいちゃんまじめにやってよー!」
「………はい、すいません」
まさか、勇者の俺が魔王を演じる日が来るなんて夢にも思わなかった。
ことの発端は、ジョシュアの家に寄った事から始まる。
俺は一応転移魔法が使えるので、たまに顔を出すようにはしているのだけど、昼時に行った所為かジョシュアは慌ただしく家事をしていて。
「暇だったら、ニアの遊びに付き合ってくれ」
そう言い残してキッチンへ消えて行ったジョシュアを見送り、暇そうにしていたニアと遊ぶことにしたのだ。
「何して遊ぶんだ?」
近くの野原に移動してそう言うと、ニアは俺を指差して言う。
「ゆうしゃとまおうごっこ!ニアがゆうしゃで、おにいちゃんはまおうね!」
そういうわけで俺が魔王役をやることになったのだけれど、どうにもしっくりこない。
というか、俺勇者だし。
魔王の気持ちなんて分からないし、分かりたくもない。
でもこんな遊びが流行るようになったのも、世の中が平和になった証拠だと思うと、少し嬉しい。
「もっとまおうらしくして!」
「魔王らしく?」
「そう!」
ニアはいつもおままごとで使っているらしい鍋を頭に被って、剣と盾のつもりなのか木の枝と鍋の蓋を持って完全に勇者気取りだ。
ニアは本気だ。
木の枝の剣はずっと俺に向けられている。
魔王が言いそうな台詞でも言っておけばいいか。
でも魔王が言いそうな台詞ってなんだ?
まず高笑いでもしておけば良いのか?
「駄目だ。恥ずかしい」
「?」
高笑いは却下して、台詞だけにしておこう。
「よくぞここまで辿り着いたな勇者よ。この魔王様に立ち向かうなんて愚かなやつめー」
「まおうめ!ゆうしゃニアがせいばいしてくれるー!」
ニアは真剣な顔付で、木の棒を振り回してくる。
本気で挑みかかってくるから、幼児の力でも滅茶苦茶痛いんですけど。
きっと数時間後には痣になっているに違いない。
その時は、ジョシュアに苦情を言ってやる。
俺は木の棒が当たった腕を擦った。
ご飯が出来たとのことで戻ってみると、ちゃんと俺の分までサンドウィッチが作てあった。
俺の嫌いな人参も入っていたけれど、ニアの手前食べざるを得ないのかもしれない。
でも食べたくない。どうしよう。
「ねぇ、パパ」
「ん?」
「どうやったらゆうしゃになれるの?」
ニアがジョシュアに問いかけていた。
「ニアは勇者になりたいのか?」
「うん」
「そうだなぁ」
ジョシュアが顎に手を当てて俺をチラリと見る。
「じゃあ、まずは好き嫌いしないことだ」
「なんで?」
「好き嫌いしたら大きくなれないからね」
ジョシュアが俺を見ながらニヤニヤと笑う。
どうせ、俺は好き嫌い多いですよ。
でも、好き嫌い多くても十分大きくなれたからな。
「だから、ニアも人参食べるんだ」
「えー、じゃあニアゆうしゃにならない!」
「あ、こら待ちなさいニア!」
食卓の周りで二人の追いかけっこが始まる。
ニアは人参嫌いなのか。同士よ。
ニアは人参を食べるくらいなら、勇者になりたくないらしい。
ジョシュアよ、ざまあみろ。
安易に勇者を教育に使うからこうなるんだぞ。
とりあえず俺は嫌いな人参を食べるのを止めて、ジョシュアの皿に移すことにした。