パパのおしごと
保育園あるある。
「うわぁん!パパぁ、行かないでぇ!」
「…うーん、困ったなぁ」
「うわあああん!」
ボクの足にしがみついてくるニアに思わず溜め息が出てしまった。
目の前にいる、宿屋の娘のレーネさんも苦笑いだ。
今まで魔物相手に剣を振るっていたボクが就ける職は限られていて、今はレーネさんの宿屋のお客さん相手に次の村までの道案内や用心棒といったところだ。
たまに魔境を案内してくれと要求してくる酔狂なお客さんもいるけれど、実入りが良いから時々相手している。
その間、ニアはレーネさんに見てもらっているのだけれど、悉くニアはレーネさんに慣れてくれない。
男親だけではカバーできないところもあるだろうし、いい加減慣れてほしい。
でも、ニアには僕だけしかいないと思うと、ちょっと嬉しくなってしまうから複雑な心境だ。
「ニアちゃん。お父さんお仕事だからバイバイしようね」
「いやー!レーネおねえちゃんきらいー!」
「!」
「す、すいません」
レーネさんが一瞬すごい顔になった気がするけど、気のせいだと思いたい。
その間もニアはボクの足にしがみ付いて、地面に座ってしまう。
「い、いえ。元気なのは良い事ですからね」
ひきつった顔でそういうレーネさんには頭が上がらなくなりそうだ。
「ニア」
「う?」
「―――ごめん!」
ボクに呼びかけられて抵抗がなくなったニアをバリバリと引き離して、レーネさんの腕に託す。
「うわああああん!パパのばかぁ!」
「いってらっしゃーい!」
「ごめん!後で沢山遊んであげるから!」
ボクは後ろ髪を引かれながら、やっと外に出ることが出来たのだった。
「す、すいません。遅れてしまって」
「かまわぬ」
お客さんは2人だ。
一人は仮面を着けて顔を隠した黒衣の男。お忍びで旅行をしている貴族といったところだ。
もう一人はニアより少し年上の男の子だ。馬車の外を興味深そうに覗いている。
今日は隣の村までの道案内だから、半日で帰ってこれるはずだ。
隣の村はそこそこ栄えているから、宿屋まで引率して後任の用心棒に引き渡して終了、といったところ。
「なぁ、にーちゃん」
少年が黒衣の男に声をかける。親子じゃなかったのか。
「オレ、家に帰りたいんだけど」
ニアより少し年上くらいなのに、随分としっかりした口調で話す少年に驚いてしまった。
ニアもこのくらいしっかりしてくれれば、一人でお留守番できるんじゃないかな。
「反抗するな」
「……へーい」
どうやら、男はあまりおしゃべりなほうじゃないようだ。ぴしゃりと少年に言い放つ。
ちょっと興味があったけれど、用心棒に私語はご法度だ。おとなしく手綱を持つと前を向いた。
………遅くなってしまった。
あれから、順調に隣の村まで着いたのだけど、その村の連中からボクの集落へ届ける郵便物を回収したり、レーネさんのご機嫌伺いの為のお菓子を買ったりしていたらどっぷりと日が沈んでしまった。
ニアはどうしているのだろう?もしかして、ずっと泣いていたのかもしれない。
というより、普段レーネさんの家でニアは何をしているんだろう?
ボクはちょっとした好奇心から、ニアの様子を窓越しに見てみることにした。
「きゃははは!おもしろーい!」
「ニアちゃん、もう勘弁してぇ」
「………」
そこで繰り広げられていた光景に、ボクは好奇心で覗いたことを後悔した。
満面の笑みでレーネさんの顔に落書きしているニアの姿だ。
なんだ満喫してるじゃん、という脱力感と、レーネさんへの申し訳ない気持ちが混ぜこぜになった。
きっと優しいレーネさんの事だから、ニアの事も許してくれるのかもしれないけれど。
お菓子、足りないかもしれないなぁ。