20✖️✖️年心霊爆弾落つ⑤〜影起こし〜
氷雨が降ってきた。
さすがの心霊桜も花を落とす。
屋敷妖怪の静香さんが、がっかりしていると、心理探偵も気をもむ。
もちろん、陽がさせば、直ぐに花をつけてくれるのだ。
暖かい日が続いて寒い日の来る三寒四温の春とはいえ、雪混じりの雨はさすがに寒い。
近所の梅の樹になってる実も縮んでしまっているようだし、水仙も雨の冷たさにうつむいたままだ。
多々良は、暖房のきいたソファの上でイビキをかいている。
もの凄いバレンタインデーを生き延びた、陣内聡と、お返しのマシュマロをつくっていた。
生マシュマロだ。
「ピンクにしないのですか。」
聡が、小馬鹿にした様に笑う。
「何も知らないんですね。
マシュマロはつき合わないって意味なんすよ。
彼女、出来ましたからね、俺。」
鼻の穴が広がっていて、探偵も苦笑するしかなかった。
彼女へのキャンディもチャッカリ作ってる。
ハートの形のべっこう飴だから、探偵に手伝ってもらえば、アッと言う間だった。
これは大事に冷蔵庫で冷やす。
とにもかくにも、50個の卵を割り、黄身と白身をわける。
黄身はボールに入れたまま冷蔵庫へ。
白身に、砂糖を入れ泡立て、メレンゲに。
ゼラチンを入れたら、急がなくては固まってしまう。
コーンスターチを引いたパッドに流し込む。
ヘラで慣らして、後は冷やすだけ。
数が数で、全部は冷蔵庫に入らない。
こんな日で良かった。
北側の窓のある部屋が、程よく冷えてる。
直前まで窓を静香さんが開けていていてくれたので、外より寒い気がするぐらいだ。
パッドを並べ、早々に部屋から退散する。
後は、固まったら、切り分けるだけ。
静香さんが見ていてくれるから、のんびりしたものだ。
「卵の黄身、どうします。
山ほどあるよ、これ。」
探偵がにっこりする。
「明石焼、作りましょう。」
「あかしやきって、何ですか。」
「えーと、そうですね、たこ焼きみたいなのって、言えばわかりますか。
卵の白身を細工物に使って黄身が余ったから生まれた料理なんです。
たこ焼きと違って、出汁で食べますから、さっぱりしてますよ。」
「それ、食います、俺。」
男子高校生、毎日飢餓状態には、魔法の言葉だろう。
しばらくすると卵の黄身の焼けた匂いが辺りを漂いだした。
すって冷凍しておいた山芋も入れたが、3本尻尾の三毛猫お師匠さんからもらった物の、半分だった。
出汁の入った丼と箸を持って待つ聡の前に明石焼が来た。
「地味な外見っすねー。」
ソースも鰹節も青海苔もマヨネーズも無いから、脇に紅生姜だけは添えてみた。
黄金色の明石焼が10個。
「食べてご覧なさい。
出汁をタップリつけてね。」
一個食べてからは、探偵は大忙しだった。
聡がいくら食べたか、分からないが、二台のたこ焼き機を時間差で、駆使して大量に作ってるはずが、追いつかなくなるほど、食べられていた。
卵の甘い匂いに噎せ返って、静香さんが窓や戸を開けて、匂いを逃し始めた頃、ようやく箸が止まった。
「もう、喰えない。」
そうだろう。
最後の10個を焼きながら、探偵が笑う。
「こんなにたこ焼き食った事無い。
普通だと、この半分くらいだったはずだしさ。」
「出汁で食べるからね。
それでも黄身なんだから、結構、重いんだけどね、普通の人には。」
焼きたてをジュッといわせて、探偵も明石焼を食べた。
あまりの数の多さに、多々良は嫌気をさして、何処かに逃げて行っていってしまっていた。
静香さんがマシュマロが固まったのを教えてくれる。
さて、これをパッドから出して切り分ける。
ここがみそ。
つまり、人数分、切り分ければ良いのだ。
チャッカリしてる陣内聡だった。
一個一個袋詰めすると、凄い数だ。
最早、オロチ草の影響は無いはずだったが、聡は自信をつけていた。
チョコをくれなかった子に、告白して、彼女になってもらっていたのだ。
探偵に紙袋をもらい、膨らんだ腹と共に、聡は帰って行った。
明石焼を焼きすぎて、探偵はマシュマロを食べる気分ではなかったので、余りをしまった。
台所をスッキリさせて帰ると、多々良が何処からともなく、居間のソファにとぐろを巻いている。
窓の外に、パラパラと音がする。
霰だ。
春雷がドーンと落ちる。
「聡くんは、帰り着いたでしょうか。」
「着いてる。
ただし、彼女の家だがな。」
フンと、多々良が笑う。
「良かったです。
屋根の下にいてくれれば。」
暗くもなってきたし、聡が帰ってから、部屋が寒い。
甘酒をわかした。
多々良もこの匂いは好きだ。
機嫌が直ってくれるだろう。
霰と雷が終わると、シトシトした春の氷雨に、変わっていった。
そのまま、暗くなり、日がすっかり落ちてしまった。
静香さんが、扉口を気にする。
風の音が無い。
雨は柔らかく落ちている。
その中を、スッと扉口に立つ影。
呼び鈴を押さず、帰って行った。
「知ってる方、でしょうか。」
静香さんが違うと言う。
闇は益々深く、雨は音もなく降っていた。
多々良は、甘酒の匂いを堪能していて、気にもかけていない。
翌日は朝から日差しが強い。
みるみる気温が上がり、汗ばむほどだ。
霰のあとは、すっかり消え、花も草もグンと伸びる。
心霊桜にも蕾がたわわに付いている。
静香さんの機嫌も良いのだ。
そこに、ぷらっと聡の天の魂がやって来た。
退屈な授業なのだろう。
地の魂が頑張って受けてるはずだから、こんな事が出来るのだ。
聡の魂は、天と地に分かれて、天の方が気ままに離れても、地の方がしっかり身体を管理し、普通に動くし考えるし、話せる。
天の方は、こんな時は、口がきけないが、多々良とは通じてるので、問題はない。
「わかったよ。」
多々良が、鎌首を上げて探偵の方を見て、紅い口を開けた。
舌がチロチロと出るし、牙は相変わらずデカい。
「昨日はありがとうってさ。
お礼言うの忘れてたからって、律儀だよな、馬鹿喰いするくせに。
今日は彼女とデートだから、来られませんってさ。
お前、もう帰れよ、くだらねぇ〜。」
日差しを受けて、白蛇の鱗が煌めいている。
ペコンと、頭を下げて、聡の天の魂が帰って行った。
ノンビリした暖かい春の午後だ。
咲き始めた心霊桜の匂いを静香さんが、部屋に運んで来てくれている。
あれっと、静香さんが扉口を気にした。
「昨日の。」
頷く静香さん。
多々良がゾロっと影に隠れる。
探偵の耳が呼び鈴を待つ。
が、またしても、その何かは、扉口から消えた。
行ってしまったと、静香さんが、教えてくれた。
「仕方ありませんね。」
探偵は静香さんと罠を仕掛ける事にした。
最初にかかったのは聡。
まあ、これは想定内。
次は、屋敷の結界を、強化する為、心霊桜の苗木を取りに来た蔦屋敷の白黒ブチの仔猫。
これも仕方ない。
探偵が迷惑をかけてしまうから、罠を外そうかなと、考え始めた時、人外が掛かった。
白いコートを着たそれは、百合原莉真と、名乗った。
探偵は、オレンジの花模様のカップに、ダージリンを入れて、お茶受けにあのマシュマロを出していた。
白いコートは、消えそうな淡い手足と顔のない頭をユラユラさせている。
ようやく腰掛けたが、ソファは、1ミリも沈まなかった。
「どうぞ、お口に合えば良いのですが。」
ニコニコと探偵はお茶をすすめた。
金気を嫌うものが多いので、ミルクは陶器、砂糖はガラス、スプーンは木だった。
「あれは、桜ですか。」
震えるかぼそい声が、白いコートのあちこちから漏れ、どうにか意味がわかる。
「そうです、桜、芳しい香りでしょう。
年中咲いてます。」
頭がクラクラ動くと、顔らしき青黒い影が出たり入ったりしてるようだ。
「どうしたら良いのでしょうか。
見てください。」
コートが、ハラリと落ちた。
美しい裸体に縞模様。
多々良がその眼を光らせた。
顔のない頭にも縞模様が現れ、手も足も、薄紙を重ねたように、ばらけていく。
千枚の人型の紙の様な身体が、そこにあった。
散り散りバラバラにならないのが不思議なぐらいで、残酷な紙の花嫁人形の様だった。
「そのままだと、ばらけてしまいませんか。」
莉真は、無い眼からハラハラと涙をこぼしたが、何枚もの莉真がハラハラと泣いた。
探偵がコートを肩に上げてあげると、ばらけそうな指で、莉真がコートを着た。
「千枚の葉のようでしょう。」
顔が無いので口も無い。
重なった何処かの隙間から声が漏れる。
「これは、病気なのでしょうか。」
「違います。
多分、何かに取り憑かれてるのかと。
時間がかかると思いますが、調べてみましょう。
思う結果が出ないかもしれませんが、ご了承下さい。」
探偵が頭を下げると、莉真も揺れた。
静香さんが、ゲストルームの支度をしてくれていた。
紙が重なっような莉真を部屋に案内し、しばらくここにいてもらう事にした。
あれ以上、あちこち歩いていたら、本当にバラけて、風に飛ばされてしまうかもしれなかったからだ。
「あれでなんで、人の匂いがするんだ。
完全に物の怪だろうに。」
多々良が、眼を眇めて、シュウシュウと息を吐き出す。
休まれました、と、静香さん。
「そうですか、ありがとうございます。
あれで歩くのは、疲れる事でしょう。
さあ、調べましょう。
人から顔を取るのはノッペラですが、紙を重ねたようにしてしまう妖魔には、心当たりがありませんからね。」
「それでも、あれは物の怪以外の何物でも無いだろう。」
多々良が一緒に、ノッペラの文献を読んでくれる。
多々良には、字ではなく、書いた本人の匂いがわかるのだ。
顔の無い妖魔は多いが、顔の皮を剥いでも、ペラペラに人を千枚に剝ぐのはいない。
第一、そんな事をしたら、人は人として存在出来ないはず。
莉真が人の形を繋ぎ止めていたのは奇跡に近い。
静香さんもアレコレ、調べてくれるが、これといった物が出てこない。
こんな事は珍しい。
「聡、呼ばないか。
あれなら、何があったかぐらいは、わかるんじゃ無いか。
あの千枚じゃ、話すだけで1年かかりそうだからな。」
「そうですね。
もう少し、調べましょう。
それからでも遅くないないはずです。」
静香さんと探偵は、古い古い本を、読んだ。
紙切り、手妻、紙漉き、織姫、千枚田。
付喪神、稲荷、蝋燭、行燈、油紙。
あやかしやその周りの祟りや偏屈な神々。
ノッペラ、のっぺらぼう、ムジナ。
「白澤か、ぬらりひょんでもなきゃ、わかんないじゃないか。」
悪態をついた白蛇の多々良は眠そうだ。
「白澤って、森羅万象を語れる古代の妖獣の事ですか。
ぬらりひょんの事を知ってる妖魔に、心当たりが、ないのですが。
そこに行くまで、どれだけ間に物の怪が入るでしょうか。」
探偵がため息をついた。
古い古い妖怪や妖獣は、連絡を取るだけでも、かなり骨が折れる。
その上、会ってくれる保証はない。
あの千枚の紙は、どこか一部でも、繋がっているだろうか。
まさか蛇腹になってるわけでは、ないだろう。
とぐろを巻きかえた多々良が、うーんと伸びをしている。
多々良の腹が綺麗な鱗模様を出して、とぐろの中に消えた。
だが。蛇なら、多々良がわかるはず。
同族の匂いはかなり強烈なのだ。
「人間の匂いだな、あれは。」
そう言うと、多々良は眠ってしまった。
やれやれと探偵と静香さん。
静香さんが灯りをつけながら、二階の莉真を、見に行ってしまった。
疲れた探偵もお腹が空いていた。
莉真は、最近何も食べられないし飲む事もしないというのを、静香さんが、聞いてきた。
眠いそうだ。
探偵が部屋に行くと、莉真は寝息をたて、寝ている。
バラけてしまう恐怖から、千枚の身体に白いコートを着たまま。
探偵は聡を呼ぶ事にした。
下に降りて、多々良に聡を呼んでもらった。
白っぽい聡が、フワフワと現れた。
寝てる莉真の周りを漂う。
そのうち、身体の方の陣内聡もやって来た。
探偵は、台所で、炊き込み御飯の仕込みを、してから、お吸い物を作っていた。
これに照り焼きチキンとマカロニサラダミカンの缶詰入りを作る。
地の魂の聡は、宿題を始めた。
静香さんが、ついていてくれてる。
羊羹をどら焼きの様な皮で巻いた物と焙じ茶を出してあるから、食べながら、宿題を片付けていく、聡だ。
やがて、天の魂が帰って来た。
「チェッ、あと一頁残ってたか。」
サッサと宿題を片付ける。
終わると、静香さんは、莉真の元に行ってしまった。
「どうでしたか。」
横のダイニングテーブルに、夕飯を並べながら、探偵が聞いた。
「あれは人間です。
なんであんななのか。
あのペラペラしたのは、魂でつながってます。」
「天のですか、地の、ですか。」
「両方。
魂が抜けたりはしてないし、でも変ですよね。
顔は何処に隠れてるのか。」
ご飯が炊けるのが待てない聡は、お吸い物や照り焼きチキンに、頂きますと、箸をつけた。
「人。
多々良も人だと。」
探偵は、炊き上がった朝掘りの筍の混ぜご飯をよそって、聡に出した。
おかずも全て並べて、探偵も食べ始めた。
食べ終わると、場所を移して、お茶を入れた。
ミルクティーとサクサクのパイ。
パイの中身は、缶詰ながら中々の洋梨。
生より、濃厚なのでパイ生地のバターに、勝ってしまう程だ。
煮なくて良いので、時短にもなるし、今日は、少し手を控えたかった探偵だ。
聡には、アイスを2種類脇に添えてあげた。
「俺、莉真さんの家見てきますか。」
探偵は今回はうなずかなかった。
「いけません。
莉真さんが、ああなった訳がわからないのですし、相手の正体がわからないのですからね。
聡くんの天の魂を切り刻まれては、御両親に、顔向けできません。」
「そっか。」
「そうだぞ、聡。」
多々良も口を出す。
「今回は多々良と2人で行きます。
莉真さんの家、教えて下さい。」
聡が言った住所は、意外と近い。
あんな千枚切りで、フラフラ来られるのだから、そうだろう。
「あと、Uの字、みたいなのが、見えたけどね。
蟹の爪、みたいなのが、さ。」
多々良の鎌首がこちらを向く。
「和鋏だな、それは。」
聡のイメージを、多々良が教えてくれた。
「付喪神の範疇に入るのかもしれないですね。
でも、あれらには、こんな悪さをする様な物の怪は、いないのですけど。」
手伝う、と、いう聡を返し、静香さんを交えて、和鋏を調べた。
「もう、当たって砕けねぇか。」
多々良は、もうジリジリしている。
「わかりました。
静香さん、準備を手伝ってください。
今回は、忍びの法を使います。
莉真さんがフラフラ出て行っても、構わないぐらい、荒い相手かも知れませんから。」
闘志が湧いてきていた。
静香さんが、春の心霊爆弾の桜は、1番力が強いからと、小袋に詰めてくれた。
この花弁は、枝からもらったから、生きてますよ、と静香さん。
「ありがとうございます。
留守の間、莉真さんをお願いします。」
心霊探偵は、多々良を懐に入れた。
白蛇の多々良は、色を変えていた。
忍びの法の為に。
白銀の輝く鱗を暗く冷たい銅銀色から、闇のエナメル色に光らせ、その光りを徐々に消しっていった。
探偵は小瓶の中の小さな舌を銀糸混じりの和紙に包んで胸ポケットに入れた。
多々良が脱皮した皮で作ったベルトを左手首にはめると、長いマントを肩から羽織った。
「では、行って参ります。」
ほんの少し、探偵が空に浮く。
そのまま、足跡も音も無く、外へ出て行った。
夕闇の中、顔を半分マントに埋めて、探偵は、百合原莉真の家に急いだ。
崖の下の行き止まりに、莉真の家はあった。
ゾワッとする。
獣臭いと、多々良が唸る。
屋敷には、人の気配はなく、灯りも無い。
多々良が、あれは、と門の左側を気にした。
中々立派な三角屋根の車庫がある。
側のヒマラヤ杉に頼んで、そこをスルスルと上がる。
隠れの目隠しをしているから、外からは、探偵の眼の光は見えないが、中の眼はギラッと光っていた。
枝の先にフワリと浮きながら覗いた車庫の二階に、莉真の顔がいた。
裸電球の下、かたわらに、ユラユラと影がいる。
真っ赤な眼の多々良が、あれが莉真の影だと教えてきた。
歪んだ莉真の顔をかぶったあやかしは、毛だらけの手に和鋏を逆手に持ち、何やらブツブツ言いながら、立ち上がってる莉真の影を切りながら、少しづつ、黒い皮を剥ぎ取り、自分の身体に貼っているが、不器用すぎて、ハラハラと落としている。
あの毛は、と、探偵には、相手の正体見えてきた。
なんで鋏を使って、振り回しているのだろう。
莉真が切り刻まれ、千枚の人型になってしまったの訳がわかる気がした。
いくら切っても、顔ほど上手く、張り付かないので、イライラしてるのがわかる。
それを、誰かが根気よく、皮剥ぎさせているようだ。
懐から出た多々良は、黒々とした身体を車庫の下に持って行き、地の神の力でドドドーンッと、揺すった。
慌てた、莉真の皮をかぶったあやかしの前足から、和鋏が、ゴロリと、落ちた。
開け放たれた両開きの窓から、マントを広げた、探偵がフワリと舞い降り、銀糸の和紙から瓶をだし、投げつけ割った。
瓶の中身の舌に、和鋏は狂った様に襲いかかって行った。
探偵は左手の多々良の抜け殻をはずして、短剣の様に持ち、あやかしの喉笛につき刺した。
ドロリと黒い血が、流れ出す。
ドブドブと流れながら、フツフツ泡だち、嫌な臭いを辺りに撒き散らし始めた。
ブブブブと、床に貼り付いている舌に、和鋏が、切り刻もうと、もだえてる。
多々良が、元の白銀の鱗になって、あがってきた。
その輝きは、辺りを浄化している。
「それは。」
「ムジナです。
百合原莉真さんの顔を剥いで、成り代わるつもりだったのでしょう。
顔以外は、くっつかなかったようです。」
ムジナと一体化してる莉真の顔は、泡だつ黒い血で染まり、ムジナと共に、ドロリと溶けてしまっている。
どうす事も出来なかった。
ムジナから、剥がしても、そのまま腐ってしまっただろう。
探偵は、触らぬ様に、和鋏と舌を、心霊爆弾の桜の花びらの入っている袋に、サッと入れた。
中で、和鋏は舌を切り刻んでいる。
そのうち、袋の中の騒ぎも収まり、静かになった。
落ちている影の皮を、影に戻し、マントの中に入れて、多々良と共に、この屋敷をあとにした。
影を莉真に戻すと、少しづつ切られた身体が治って行ったが、顔が無い。
ひと月たって、美しいうなじから下だけの、なんとも奇妙な、のっぺらぼうの綺麗な娘が、そこにいた。
最早、人、とは、呼べない物になっている。
莉真も、運命を感じていた。
あれは、和鋏の狂気に振り回された、若いムジナだったのだ。
ムジナは、歳をへて、人に化ける。
が、顔が化けられない。
それでのっぺらぼうに、なってしまうのだ。
人を脅すには良いが、昼間、人の世に出れはしない。
そこに、顔をあげようと、あの和鋏が、持ちかけ、独り暮らしの百合原莉真に眼をつけたのだ。
影の方に、莉真の生命力の一部を、閉じ込めて、薄皮一枚、影に沿わせ、切っては、貼っていたのだ。
ムジナには、顔だけが張り付いた。
残りは、ハラハラと落ち、一枚皮をなくした莉真をあんな風に、バラバラにして、しまったのだ。
莉真は、バラけぬよう、あの白いコートを着て、フラフラと歩きでて行ったが、用のない中身だと、構わずそのままに、されていたのだった。
影が戻ると、聡が莉真は織姫の血筋だと、教えてくれた。
「莉真さん、機織りの神社に行きましょう。
身の振り方がわかるはずです。」
聡がもう1つ教えてくれた。
莉真は、すでに人間の眼には、映らない物に、なりつつあると。
探偵は、莉真を神社の機織りの姫神様に、預かってもらう為に送って行った。
それ以上、してあげられる事はなかった。
あの和鋏は、付喪神が、引き取ってくれる事になって、迎えが来て、連れていかれた。
大裁ち鋏が、監督して、叩き直してくれるというので、ホッとした。
「しかし、最後の最後まで、舌に喰ってかかっていたよな〜。
いくら、あれが告口の舌とはいえ、あの和鋏は、業が深すぎる。」
「えーっ、告口する舌なんかあったんですか。」
探偵が聡のビックリ加減に思わず笑う。
「まさか、偽物ですよ。
聡くんが作った生マシュマロを、少しピンクにして、舌らしくカットしただけです。」
「エー、あれを。」
「そうです。
偽物だから、和鋏がいくら切っても、ただ切れるだけだったのです。
霊験あらたかな事は、何も起きなかったんのですから。」
「あれって、そんな舌なんですか。」
静香さんが、聡に告口舌の頁を開いて、読ませてくれた。
「そうか。
物知りで、色々知ってて、あちこち告口する舌だけど、秘密の宝物の場所も知っていたから、あの鋏、宝物のが欲しかったんだ。」
多々良が、大笑いをする。
「聡は、ヤッパリ人間だな。
化け物の住み家が、狙いだったんだよ。
あの和鋏、下等な妖怪を手に入れて、一大勢力にのし上がって、この世をメチャクチャにしてやるだって、引っ張られていく時に、息巻いていたんだぜ。」
「ウゲー、嫌な奴。」
探偵は、タップリのミルクティーとケーキやスコーンや胡瓜のサンドイッチと心霊探偵特製のクラブハウスサンドを並べながら笑った。
「そんな力、手にすることなんて出来ないでしょうにね。
告口舌も切った伝説の和鋏も、とうに不動明王の火炎の剣で、この世から消えてしまっています。」
頂きます、から、サンドイッチが、消えていく。
「和鋏の妄想です。
莉真さんには、迷惑な妄想でしたが。」
静香さんが、探偵を慰めてくれている。
「に、してもだ、なんで莉真の影は立ち上がって、あんな風になったんだ。」
「わかりません。
血の中のあやかしが目覚めたのかもしれませんね。
死者は寝姿になるものですが、たとえ理の外であっても、生者は起きてますから。」
綺麗で寂しげな人だった。
4人は、儚げな莉真を思い出すが、顔だけは、思い出せなかった。
今は、ここまで。




