黒うさぎ編
ある家で住んでいる真黒なうさぎ「黒豆」の物語。
ガチャッ
「ただいまー」
……もう帰ってきたのか。
平日の3時半ごろ。その時間になると、飼い主の涼太が小学校から帰ってくる。
その時間は昼寝の時間で動きたくないから、リビングのカーペットの上で寝たまま涼太が来るのを待つ。涼太は荷物を自分の部屋に置くと、すぐに俺の隣に来てゴロっと寝ころんだ。そして、目を瞑り、はぁーっと深いため息。
…………
「やばい。利香、マジ可愛い」
パチッと目を開き、真顔で呟いた。
始まった。
毎日この調子だ。学校では本音が漏れないようにあまり話さないようにしているらしい。家ではうるさいくらい、利香ちゃんという子が可愛い可愛いって言っているのに……。
涼太はガバッと体を起こし、俺の方に顔を向ける。
「黒豆、分かる? 本当に可愛いんだって。 僕、絶対利香と結婚する」
お、おぉ? け、結婚!? こいつ本気で言ってんのか?
涼太は、真顔のままブツブツと利香ちゃんについて語っている。
……めんどくさ。寝よ。
俺はゆっくり瞼を閉じる。太陽の光が温かくて、心地よい。完全に目を閉じると、俺を小さな手が優しく撫でてくれる。涼太の小さな手が撫でてくれる。
涼太は正直変な奴だと思う。表情は見せないし、利香ちゃんに対しては愛が溢れ出てきてるし、まだ小学生のくせに大人ぶってるし。甘えることが下手くそだ。
涼太が友達を連れてきたときは、驚いた。俺を見た途端、俺を触りたがった。いっぱい撫でられ、抱き上げられで疲れた。でも、涼太は俺を撫でまわしたり、抱き上げようともしなかった。涼太はただ俺の隣に座って、人間と同じように話しかけてくれる。利香ちゃんのことばっかりだけど。
でも、撫でられるのも、抱き上げられるのも好きだけど、それ以上に何故か嬉しかった。
俺は、涼太の中では人間の友達と同じなんだ。
そう思った。
でも、ずっと一緒にいて気づいた。涼太はやっぱり涼太の友達と変わらない子供だった。今みたいに誰も見ていない時、普通の子供のようになる。人がいない所でしか素直になれないからか、俺にしっかり触れるまでに時間がかかる。
今、目を開けると笑っているのだろうか。子供らしく笑っているのだろうか。笑っていると嬉しいな。
ほんっとうに不器用な奴……。
「あ……」
涼太は俺を撫でる手をピクッと止める。
? どうしたんだ?
「今日、利香と遊ぶ約束したのに怒らせちゃったんだった」
……は? お前、絶対に遊ぶ約束したことに浮かれて、怒らせたこと忘れてただろ。
涼太は頭をぐしゃぐしゃとかくと、少し考えるように首を傾げる。
まぁ、まずは謝ることだな。
俺が視線を向けると、涼太は俺を見てあっと声を出すと俺に視線を向けた。
えっ、伝わったのか?
俺は少し緊張をして、涼太の次の声を期待して待ってしまう。
「でも、怒った利香も超可愛かった」
違う。
俺は、床に顎を乗せ、ぶすっと涼太を睨む。涼太は俺の視線に気づかず、ゴロっと床に寝転んだ。
「……でも、怒らせたんだから謝らないと、だね」
……分かってんじゃん。
涼太は一息吐くと、ガバッと起き上がる。
「利香との待ち合わせ場所に行ってくる」
涼太はそう言うと、スタスタと玄関の方に歩いて行ってしまう。
え、こいつ怒らせたのに待ち合わせ場所に利香ちゃんが来るとでも思っているのだろうか? 家に行けよ。
俺が呆然と涼太の後ろ姿を見ていると、涼太が振り向いた。
「今、怒らせたのに利香が来るとでも思っているのか?って思ったでしょ」
!?
「……何言ってんだろ、僕」
涼太は小さくため息をついてから、いってきまーすといつも通り抑揚をつけずに言って家を出ていく。涼太が家を出ると、とても静かになった。外の音だけが聞こえてくる。
ビックリした……。
何で涼太があんなことを言ったのか分からない。
きっとこれは、もう一生あり得ない偶然なのだろう。でも、ずっと思っていることを伝えることをできないと思っていた俺にはこの喜びは抑えることができない。
伝わったわけじゃない。分かってる、分かってるけど……。
俺が人間だったら、きっと笑みをこぼしてしまっているだろう。うん、たまらなく嬉しい。
やっぱり涼太は、俺の親友は最高だな。
2時間くらいたつと涼太は帰ってきた。家の中に入ってきたと思えば、すぐに俺のところに来て四つん這いで俺を見る。驚いて、俺は少し体を引いてしまう。
……何?
「あのさ……」
お、おう?
涼太の声がいつもより興奮しているように聞こえる。
「利香もうさぎ飼ってた! 白いうさぎ。 アイっていう名前なんだってさ」
涼太はいつも以上に語り始める。いつもより嬉しそうだし、表情も少し出ている気がした。
よっぽど嬉しかったんだな。
「それで今度、その子つれて利香が家に来るから」
は?
「仲良くね? 黒豆」
は?
まさか、涼太の野郎……。俺を利香ちゃんとの話を広げるネタの1つにしやがったな!! まぁ、ネタにするのはいいとして、俺の昼寝の時間を削るつもりか!
俺の気持ちなんて知らない涼太は、今からでも利香ちゃんが家に来る日を楽しみにしている様子だった。遠足行く前の小学生のよう、と言えば伝わるだろうか?
……まったくしょうがないな、俺の親友は。